ヴォルデモートなんていない   作:taku1531

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20.You've Got To Have Freedom

「アンブリッジにつけた追跡薬の痕跡を念入りに調べましたが、疑わしい行動はありませんでした」

 

 夜の校長室で、私は校長に定例報告を行っていた。今回の主な議題はアンブリッジの動きだ。

 突然の生徒への外出禁止令。我々スタッフにとっても寝耳に水のものだった。

 こうした動きになにか狙いがあるのではと推測し調査してみたが……めぼしい結果は出なかった。いくら仕事とは言え、あの女が猫なで声で自分の猫グッズを撫で回すとこなど見るものではない。

 この定例報告にはしばしばあのポッターも居合わせるが、今日は不在。奴の要領を得ず脱線に脱線を重ねる話を聞かずに済んでせいせいする。

 

「ご苦労じゃ、セブルス。わしが見る限りもそのようじゃった……ジェームズからはいくつか便利なものを借りうけているが、中でもこの地図は便利じゃのう。なんとか複製してセブルスにも持たせたいのじゃが」

 

 そう言いながら手元で校長は忍びの地図(マローダーズ・マップ)と呼ばれる地図をいじくり回していた。

 グリフィンドールの阿呆どもが在学中に作った悪質な道具だ。私としては今すぐ極めて危険な闇の物品に指定したい。

 

「あの四人組の作った地図など……まったく御免被りたい」

「モノは単なるモノじゃろう、便利なものは使うほうが人生楽じゃぞ。まあ、それはさておき……怪しい動きがないとなると当初の予想通り、この騒動はアンブリッジ高等監督官の独断のようじゃな」

「ええ。小銭稼ぎに勤しんでいるようです。ホグズミードへの外出権は賄賂やコネによって乱発されており、親類に留まらず直接生徒にも金銭を要求することもあるよう……救いようがありませんな」

「世界魔法大戦のさなかに省がホグワーツ生徒の外出を禁じた例は知っておったが……まさかこのように使ってくるとはのう」

 

 年明け、教員にも知らせぬ形で突如ホグワーツ生徒の外出禁止を打ち出したアンブリッジ。

 こちらの話ではないのに未だに抗議のふくろう便は連日届いており、処理にあたらされている。理不尽な話だ。

 

「この手の直接的な金銭の要求は巷ではもう珍しくないと聞きます」

「上の姿勢が下に伝搬していく……古今東西の政治腐敗の典型例じゃな。そしていつの世も困窮させられるのは弱者じゃ」

 

 校長はため息をついた。

 まあ、無理もない。正直なところため息をつきたいのは私も同じで、省にいたときに私が設計に携わった法律群が現場ではずいぶんと歪められて運用されているのを目の当たりにすると目を覆いたくなる。

 これがトム・リドルの陰謀によるものなら諦めもつくのだが、実際のところは現場の人間の私利私欲に基づいたものなのだからたまらない。

 

「ところで、気になっておったんじゃが…追跡薬とはどのような機序で作用しておるんじゃ? 流石に魔法薬を直接飲ませているわけではあるまい」

 

 目の前のご老人はとぼけた顔で尋ねてくる。

 確かに追跡薬はマイナーな代物ではあるが、校長の立場で気にするほどのものでもないだろうに。

 

「ほっほっほ。わざわざ問いただすこともないだろうにという顔じゃの。いやいや、わしが上手くなったのはさも賢者のように振る舞って見せる程度のことで、知らないことはもちろん数多くあるものじゃ。数少ない、しかしよく理解していることは、知らないことに気づけた時点ですぐに無知を少しでもマシにしていったほうが人生が愉快になる、ということじゃの」

「まあ、そう言うのであれば。薬と銘打ってはおりますが、実際は塗料や顔料に近い代物です。今回はアンブリッジの靴底にマットを介して付着させており、痕跡検知ドリンクの摂取とあわせることで移動先をほぼ一日追跡できます」

「ふむ、蛍光塗料のようなものかの」

「マグルの物品で例えるのであればそうなります」

「勉強させて頂いた。さすが本校の誇るポーションマスターじゃ。フォークスもそう褒めとる気がする」

 

 絶対言ってない。魔法生物飼育学の成績はそれほど良くはなかったが、それぐらいは私にもわかる。

 老人はにこやかに笑い、校長室の机に止まる不死鳥の毛づくろいをしながら私にそう答えた。

 

「さてさて、堅苦しい定例報告は終わりにして。君が可愛がってるドラコは友達と連れ立ってのクリスマス、ずいぶん楽しんでいたようじゃ。微笑ましいの」

「生徒のプライベートまで察知するとは、あまりいい趣味ではないのでは」

「いやはや、確かに。しかし正直なところ、トムの間接的な影響下にある彼がどういった育ち方をしたかわからず不安なところもあったのじゃが……ジェームズの息子やミス・グリーングラスなどと仲良くなれたというのは僥倖じゃ。不安は杞憂のようじゃった」

「まあ、確かに。あいつの息子と、というのは気に入りませんが……私としても歓迎すべきことです」

 

 笑みを絶やさぬ老人はドラコの挙動も一応は監視していたらしい。

 相変わらずおせっかいなことだ。

 だが、私は少し油断していた。目の前の老人の眼光が鋭くなる瞬間を見逃してしまった。

 

「うむ。その場であったダイアゴン横丁には君もいたようじゃな。そして、ミス・グリーングラスを送り届けたであろう、彼女のご両親も」

「……」

 

 どこから漏れた?

 グリーングラス家は必ず秘密を守る……もし漏れたとしたら私の動きが迂闊だったのだろう。

 そう。私はクリスマス当日、グリーングラス家との交渉のためにダイアゴン横丁に出向いていた(クリスマスでごった返す通りは、むしろ密談を覆い隠すだろう)。

 目的はもちろん――トム・リドルの暗殺。

 暗殺を家業として秘密裏に扱っているグリーングラス家を通してであれば、通常の市場では手に入らない物品も手に入れることができる。対魔法生物用の秘密兵器としてバジリスクの毒も彼らを通して手に入れた。

 今回は単純な毒の受け渡しではなく――その利用のノウハウまで含めての会談だった。

 

「セブルス。別に責めとるわけではない。わしが不甲斐ないのが理由じゃからな……じゃが、短絡的な行動はいかん。怒りに任せた方法はやつに今度こそ正当な投獄の口実を与えるじゃろう」

「ルシウスが服従の呪文にかけられてからもう3年です! 私は死ぬまで教職をやるつもりなどない!」

 

 マルフォイ家の財産も名誉もトム・リドルによって奪われ、日に日に削られているのを私は目の当たりにしている。

 私はホグワーツに避難しているのではない――復讐のための拠点として嫌々ながら教職についているのだ。

 

「わかっておる。せめてあと1年、1年待ってはくれんか。ようやく仕掛ける準備が整いつつあるのじゃ」

「そうやって煙に巻くのはもう聞き飽きました! いったいなんの準備だというのか!」

「言えぬ。セブルスが奴の最重要視するターゲットなのは未だ変わらぬ。ホグワーツにいる限り全力で守る所存ではあるが、それでもお主が攫われてあらゆる情報を吐かされる可能性は常にある」

 

 普段の校長の態度からは思いもよらぬような悲観的な発言だが、確かにそれはまさに私が常々認識していることだ。

 そう言われると流石に問い詰めることはできない。渋々引き下がる。

 

「誰もがあなたほど気が長いわけではない」

「無論じゃとも。しかし、反社会的な手段で破壊した秩序を元通りにするには、下手をすれば避けようとした流血よりも多くの血が必要になるかもしれぬ。毒殺されたトムの空けた席に座る人間が、トムより善良である保障はない」

「社会など関係ない! 私は見知らぬ誰かよりもルシウスのほうが重要だ」

「そう思っていた若い頃のわしは、その見知らぬ誰かというのが身内の人間になりうることを目の当たりにするまで気付けなかった。誰かを蔑ろにした結果生じた牙は身近な人間に突き刺さりうる。それを『より大きな善のために』と目を瞑って忘れられるのなら幸福なことじゃが……わしが見たところ、セブルスもそう割り切れる人間ではないじゃろう」

 

 痛いところを突いてくる。

 凄まじく迂遠な言い方ではあるが、私の古傷を突いているのだろう。

 つまり、マグル生まれ(ボーン)に冷淡な法執行部の姿勢を咎めなかった結果、リリーに負担が重くのしかかったこと。

 そして、私が未だにそのことについて重荷に感じていることを目の前の老人はしっかりと見抜いているに違いない。

 

「奴が決めたルールに従って奴を打ち倒せというのですか?」

「そうは言わんよ。わしはなかなかアナーキーじゃからの。多少非合法な手段なら目をつぶろう。しかし……社会の秩序を根本から揺らすような手段は君のためにも避けるべきじゃ。彼は邪悪な手段を多数使っているが、正式な手段で魔法法執行部の部長の座についている」

「そこまで言うのであれば、あなたが言う秘策というのは彼の立場を崩せるものなんでしょうな?」

「そうじゃ。トムの考えている戦略を根本から揺らすものじゃ」

 

 ダンブルドアの考える秘策……正直、私がそれを予想するには材料も何もかも足りない。

 しかし、グリーングラス家からもトム・リドルの暗殺の実行は「ほとんど絶望的」と評されている。一縷の望みに賭けて準備は進めておくが……思わず舌打ちしそうになるが、ここは校長の意見を汲んでやろう。

 

「よろしい。それが成就することを強く願いますよ。では失礼」

 

 

 扉を閉めて校長室から出ると、門番のガーゴイルをしげしげと眺めている男がいた。

 ケトルバーン教授だ。

 

「やあセブルス。もうアルバスは空いてるかのう?」

「ええ。私の用事は済みました。退任の件ですか?」

「そっちはとっくの昔にアルバスに丸投げしておる。別の問題じゃ……ホグワーツの外れ、禁断の森の手前の小屋で飼っている鶏が殺られおった。ほぼ全滅……少なくとも単純な狐などの仕業ではない」

 

 腕組みをしながら唸るようにケトルバーン教授はそう話した。

 鶏の殺害……もちろん憂慮すべき理由はわかる。闇の魔法の中には生贄を要求するものもあり、生徒が非常に危険な呪文に踏み込んでいる可能性はある。

 しかし、ときに若者というのは残酷だ。その程度のことは悪戯でやってしまう存在でもある。

 

「単なる生徒の悪戯とは違うのですか?」

「だとしたら相当悪質なものじゃな。生きている鶏6羽を一夜にして殺すというのは。アルバスであれば『ホグワーツに悪戯っ子は多いが、このような陰惨な悪戯を好む者はいない』などと言ってのけそうじゃが」

「まあ、確かに。では、闇の魔法を誰かが試そうとしていると?」

「単なる悪戯というには度が過ぎているが、一方で生命と死を使った何かをしようとしている、という気配もしないんじゃよなあ。なにか、明確な意図があってやっているように見えるというか……無論、このあたりは儂の勘にすぎんが。もちろん、単なる悪戯という線は捨てきれん。教師をやってうん十年、そういう残酷なことができる生徒がいるということを否定はできん。儂がつい数年前に見ていた生徒を予言者(日刊予言者新聞)で見るような経験を何度も重ねると、の」

 

 ケトルバーン教授はそう声を落として呟いた。

 

「幸いにして、まだ私はそういった経験はありませんな」

「セブルスはまだ3年目だったか? 長年勤めていると色んなめんどくさい問題に当たるぞ。もう教え子の在学中の妊娠はこりごりじゃ」

 

 ケトルバーン教授は大ベテランではあるが(おそらく、頻発する問題行動の火の手が広がることをダンブルドアは懸念して)寮監などにはついていない。

 なのでセプティマのような学問にすべての力を注ぐタイプの人間かと思っていたが……そうでもないらしい。

 確かに彼は最もクレイジーな教員の一人として知られてはいるものの、生徒にはよく慕われていたように記憶している。魔法生物飼育学を得意としていたレギュラス・ブラックも敬意を払っていた。

 

「意外に生徒たちを見ておられるのですな」

「なんじゃい。その儂が魔法生物にしか興味がないアホみたいな言い方は」

「よくご存知で」

「セブルス、生意気な後輩に教えてやろう。最も身近な魔法生物は魔法使いと魔女じゃぞ? 当然のように飽きもせずに生態を見ておれるわ……犬猿の仲であったジェームズとおぬしが仲良しこよしでホグワーツに舞い戻って来たのもそれに含んどる」

「やめてください。寒気がする」

 

 誰と誰が仲良しこよしだというのだ、まったく。

 しかし、意外と言ってはなんだがケトルバーン教授は我々のことも気にしているようだった。

 

「なにやらいろいろ抱えてるようじゃが……もっと儂とかに頼っていいんじゃぞ? よし、今夜は飲みに行くぞ」

「生徒に外出禁止令が出ている今フラフラと出歩くのは得策ではないでしょう」

「お硬いのー。ともかく一人で抱え込むのはいかんぞ。人には得意なこと、不得意なことがある。儂なんかは他の人間がやろうとも思わんことを得意にした結果なんとか食えとる。迷ったのなら尋ねるがいい、若人よ」

 

 

 ─────

 

 

「ェヘン、ええ、ええ! もちろん。あなたの親御さんからはきちんと気持ちのこもった手紙を頂いていますからね。トロールがうろついている危険なホグワーツでも、あなたのような生徒であれば安心して外に出せるというものです」

 

 まるで幼児を扱うように生徒の頭を撫でるアンブリッジ。外出許可証を受け取っている生徒も苦笑いを隠せていなかった。

 

「ぬぐぐぐ……パーキンソン家の力をもってすればあんな小役人靴だって舐めさせられるのに! なんで外出を禁止されなきゃいけないのよ!」

「あー、素朴な疑問なんだけど……君ならあの許可証も余裕で貰えるんじゃないのか? こんな署名活動なんて泥臭いことやることないだろうに」

「当然貰えるわ。でもドラコが『ハリーたちが行けないのに僕らだけで行ってもしょうがなくないか?』って言って乗り気じゃないから……ぬぐぐぐぐ!」

 

 どういう縁かわからないけど……いま僕、ディーン・トーマスの隣にいるのはスリザリンの金持ちお嬢様、パンジー・パーキンソンだ。

 

「まあ、確かに。僕一人で行けるとしても愛しのパールと行けないと寂しいだけだからね」

「でしょ? 友達だけでホグズミードに連れ立って行く男子なんて背中が寂しいモテない悲しみを背負った魔法使いだものね」

「いや、そこまでは思ってないけど……」

 

 ホグズミードでのデートを禁止する暴虐を振るうアンブリッジに対して僕らは立ち上がったわけだけど……具体的にどうするかはまだ決まってなかった。

 

「それにしてもアンブリッジに対抗するってどうしたらいいんだろうね。せいぜい僕は外出禁止措置に反対する署名を集めたぐらいだけど……」

「ちょっと待って、行動早くない?」

「そんなことないよ。1回2回デートした女の子とかに頼んで他の寮でも集めてもらっただけだし。せいぜいホグワーツ全体の2割ぐらいしか集まってないと思う」

「多くない?」

「うーん、といっても過半数とか集めないと実効性無いだろうしなあ。パーキンソンさんはなにか考えてる?」

「私も正直いってまだあんまり行動してないわね。『外出禁止令に反対しよう』バッジをホグワーツに広めて反対運動を周知させるぐらいしかしてないわ」

「行動早くない?」

 

 僕の行動が早いという割に、パーキンソンさんもめちゃくちゃ既に活動していた。

 え? ほとんど全校生徒に普及するレベルのバッジの仕入れ? いくらかけてるんだそれ。

 

「あれ君のとこから出てたのか」

「結構自信作よ! 杖で叩くと文字が変わるのがウリね」

 

 取り出したバッジをパーキンソンさんが杖で叩くと、『外出禁止令に反対しよう』が『アンブリッジ臭い』に変わった。

 なるほど。そういう仕掛けだったのか。急に付けてる人を見るようになったからてっきり二種類流通してるのかと。

 

「まあ、割と順調に活動が進んでるのはわかったね。けど根本的には集めた署名をどこに投げるのが一番効率的かって話だよなあ」

「そうよねえ。やっぱ省に送ってみる?」

「うーん。でもアンブリッジをここに送ってきたのがそもそも魔法省でしょ?」

「楽しそうな話してるわね。ちょっと一枚噛ませてよ」

 

 アンブリッジが視界にいるから油断していた。

 聞かれると流石にあんまりよろしくない密談だから、いつもは周囲に気を配っているんだけど。

 振り向くとそこにいたのはハッフルパフの同期生、常にピンとした姿勢でスマートな態度なんだけど、よく見てると時折みせるかわいい仕草のギャップがすごい魅力的だと思う女子ホグワーツランキング1位(僕調べ)のスーザン・ボーンズだった。

 

「あら。ボーンズじゃない。あんたん家はもう中央にパイプないでしょ。見栄張るよりすっこんでたほうがいいんじゃない?」

「お生憎様。こういうときはそれが役立つのよ」

「というと?」

 

 魔法界の政治事情は詳しくないけど、どうやらスーザンさんにはなにかツテがあるらしい。

 

「今回の外出禁止令で一番打撃を受ける立場の人を動かせばいいのよ」

「は? 誰が打撃受けてるって私達じゃないの?」

「それもそうだけど……でも、突然商売が立ち行かなくなるほうがよっぽど大変よね」

「……あ! ホグズミード村の人たち!」

 

 あ、そうか。

 僕も気付いてなかったけど……ホグズミードに立ち並ぶ店の主たちは週末の僕らを客としておおいにアテにしてたに違いない。

 それが突然激減したんだ。間違いなく困っているだろう。

 

「ホグワーツの生徒の大半が反対してるとわかれば動いてくれるわ。ホグズミード村のリーダー、アメリアおばさまがね」

 

 なるほど。やるべきことはわかった……

 でも、これからは今までのようには行かないかもしれない。

 なぜなら廊下を挟んだ先にいるアンブリッジが、『アンブリッジ臭い』というバッジをつけている生徒がいることに(ようやく)気付き、激怒し始めたからだ。

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