闇祓いはもっぱら強行突入を是としているが、それしか能がないわけじゃない。
結局のところ、通報があればひとまず駆けつけて、その現場でやらされるのが危険な闇の魔法使いの相手ではなく、老人の介護だったり、クー・シーの世話だったり、はたまた移動キーの交通整理になるかは未知数だ。
その中には、魔法警察の真似事だってさせられることもある。
「やあやあやあ! そちらにいらっしゃるのはもしや、噂に聞いたアレクト・ベイリーさんですな? 来年度からマグル学の講師を務められるという」
俺が声をかけた女性はピクリと肩を震わせたあと、笑顔でこちらに振り向いた。
「……いえ。まだ筆記試験も交えた面接中です。内定とはとても。ホグワーツの教授のかたでしょうか?」
「ええ。
「
「いえいえ、とんでもない! 首尾よく運べば10月からは同僚ですからね。挨拶だけでもと思いまして。どうです? 他の教授陣も交えて少し談話室でバタービールでも。呪文学のフリットウィック教授とか、あるいは魔法生物飼育学のケトルバーン教授……は今日は座学の授業中だな。まあ呼べば他にも誰かしら来ると思いますよ。顔合わせなんていかがです?」
バタービール、と俺が口に出した辺りでピクッ、と反応した。
意外なところだな。フランクならこのあたりからプロファイリングできそうなもんだが。
「いえ。バタービールは苦手でして……」
「ほう。そうなんですか? ならそうだな、ホグズミードまでちょっと足を伸ばして四本の箒にでも顔を出せば、いくらでも他の飲み物も仕入れられますよ」
「四本? の箒、ですか。なるほど、ホグズミード村にはそんな店があるのですね。こちらで仕事する日が楽しみですわ。とはいえ、まだイギリスへの転居の手続きがいろいろありまして、今日もこのあとすぐに省に顔を出さないといけないのですよ。お誘いいただいたところ大変恐縮なのですが」
「お、そりゃ悪いこと言ったかな。お時間を取らせて申し訳ない」
「そんなことないですよ。また機会があれば」
ニコリと笑って去ろうとした背中を見ながら――杖を構えて、あえて声に出す。
「
アレクトと呼ばれた女性はパッとこちらに振り向いた。
さっきの笑みとはまったく違う形相だ。血相を変えている。
その様子を見て……こちらは手元のいたずらグッズを見せながら、ニコリと会釈して返した。
「驚かせたかな? 申し訳ない。さっき生徒が持ち込んだいたずらグッズがあってね。他愛ないものならいいんだが、闇の魔術がかかった物品の場合はとても危険だ。こうやってチェックするのが慣わしなんだが……ミス・ベイリーがもし講師になった場合はそういう業務も任されるかもしれない。試してみてもいいんじゃないか?」
「……いえ。結構です。それでは」
踵を返した彼女を手を振って見送り……そのまま校長室へ向かう。
杖はもちろん放さない。暗視、かくれん防止器、敵手鏡、全部ONだ。まあ、完璧とは程遠い守りではあるんだが……
幸いにしてそれらが反応することはなく、無事校長室にたどり着く。
「
合言葉を唱えるとガーゴイルが動き出す。
「校長、ありゃアウトです。真っ黒ですよ、真っ黒」
「ふむ。その勘を疑うわけではないが、『忍びの地図』の表示はしっかりと『アレクト・ベイリー』じゃった」
「こっちの
「アレクトという名前はそう珍しくないとはいえ、ちょっと気になる記憶はあるの。スリザリン寮でリドル派の最右翼。アレクト・カロー」
「あー。魔法省でやりあったアミカス・カローの親族か?」
「妹さんじゃの」
「なるほど。まあ、疑いとしてはド本命だな。苗字が違うのは籍でも入れたかね。とはいえトロールのときは侵入経路となりそうなとこをうろついていたわけではないからな。他に協力者がいると見るのが妥当か。石化にしても直接の実行犯ではなさそうだ」
トロール襲撃の折に『忍びの地図』でミス・ベイリーの動きを確認はしたが、マグル学の応接室と2階の女子トイレを行き来したぐらいで一見したところ確認できる範囲では怪しい動きはない。
俺の勘では間違いなく既になんらかの動きはしているとは思うが。
「疑いたくはないが……クィリナスを使っているのかのう」
「残念ながらその可能性は高い。しかし、石化の現場にはクィリナスどころか人っ子一人近くに居なかったみたいなんだよな。ハリーとミス・グリーングラスだけだった」
「謎も悩みも深まるばかりじゃ。グリーングラスといえば……グリーングラス家の家長であるサイラスから猛抗議の手紙が連日届いとる」
校長が指差した先を見ると、開封済みの吠えメールが積み上がるほどに置かれていた。
「まあ、そりゃそうだろうな。同じ目にあえば俺もやるかもしれん。それで?」
「当初は自宅に運ぶと主張して断固譲らない考えではあったが、石化したご令嬢を運ぶことに高いリスクを伴うこと、高いレベルの
「あー。もしかしてあれか。医務室の前におそろしい数のかくれん防止機やらなにやらが置かれてるのは親御さんが送りつけてきたものか」
校長室には空の木箱が積み上がっている。
どうやら、すべてグリーングラス卿から届いたもののようだ。
「うむ……すべて着払いのボッタクリ値で来とる。サイラス、そうとうおかんむりのようじゃ……とはいえ、助かってはおる。超特急で石化の解除に必要な素材の大部分は届いた。足りないものの調達をポモーナとシルバヌスに任せ、すでに調合にセブルスが取り掛かっておる。話によるとなかなか手間も時間もかかるということじゃが、春休みまでには準備が整いそうじゃ……何事もなければ、の話じゃが」
「そこは俺も気になってた……敵さんの狙いは、まあミス・グリーングラスではないだろうな」
医務室のバックヤードに罠を仕掛けていたとすれば、マダム・ポンフリーあたりを狙っていた可能性が高い。
「うむ。本命はポピーか、ちょっと迂遠じゃが魔法薬を届けに来る可能性があったセブルスじゃろう。どちらも同じように狙われれば、石化解除どころではなくなるかもしれぬ」
「オーケー、それで医務室前の廊下にグリーングラス卿から頂いた警報装置を設置しまくってるわけだな。ただ、あれはよろしくない。人間の性質上、あれだけあると慣れちまってアラームとしての意味をなさんだろうな。なにせ今は3つ隣の教室でも何かが鳴り響いてるのが聞こえるような状態だ」
警報というのはなにか起きたときに鳴らないのも困るが、なにも無いときに頻繁に鳴るのも同じぐらい困る。
最初のうちは怪しい兆候や鳴った理由を探し回るが、そのうちに「また誤報だろう」と決めつけてチェックもおろそかになるのが人間というものだ。
人間の手が必要な防犯システムというのは、そうならないように設計する必要がある。
(人間の手が不要な場合はこの限りではない。触れた生物をすべて蛙にする呪いを放つトラップの場合はチェックすら不要になる。ネズミやらなにやらが蛙に変わったところで気にする必要はないからだ……アラスターの家の空き巣を狙う盗っ人がもしいるなら、しっかりと覚えておこう)
「ふむ。なるほど。となると少し設置の方法を考えたほうがいいかもしれぬな。本来ならばわしがやるとこじゃが……ちと用がある。ジェームズ、頼んでよいかの?」
「そりゃ、問題はないが……用というと?」
「この不始末について省とホグワーツの理事会から呼び出しじゃ。まあ、生徒に危害が加えられているんだから理不尽な呼び出しとは流石に言えんのう」
基本的にダンブルドア校長は省から呼び出しがあったときはボケ老人になったフリをして積極的にサボっていくタイプだが、さすがにホグワーツの理事会からもあわせて呼び出されるとなると如何ともし難いらしい。
「了解だ。敵の本丸だ、気をつけてくれよ」
「もちろん。油断大敵、じゃな。せめて夕食は取ってから行きたかったのう」
そう言って校長は指を鳴らすことでいくつか荷物をまとめて、暖炉へと飛び込んでいった。
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「ポッター。カタクリの花びらを煎じて鍋に加える際に、私は湯の温度とかき混ぜ方について指定しなかった。火を止めずに沸騰させた状態で加え、右回しと左回しを交互に繰り返した理由は?」
「はい。前回の授業でも使ったカタクリの花びらですが、これに期待する清浄化作用を最大限高めるためにはできる限り高温で反応をさせるのが効果的と考えました。そのために生じる不安定さを補うために、魔術的反応が全体に短時間で広がるようにかき混ぜ方についても工夫することで、調合される生命保存剤の保存期間が長引くと考えました」
「……よろしい、多少は鋭い洞察と言えよう。グリフィンドールに1点」
教科書とスネイプ教授の指示に正確に従ったにも関わらず、ハリーに出し抜かれたグレンジャーがあんぐりと口を開けている。みっともないぞ。一応女子だろう、はしたない。
しかし、それにしても……生徒だけの活動は危険だからとクィディッチも禁止されて暇を持て余しているのはわかるが、突然ハリーが魔法薬学に目覚め始めるとは思わなかった。
謎の怪物がグリーングラスを石化させて以来とんでもなく落ち込んだままだし、なにか余計なことを考えていなければいいが。
無事授業が終わり、みんな教室から逃げ去るように出ていく中(怪しい匂いの漂う魔法薬学の実習室も、厳格な教授もあまり人を長居させたい条件ではない)、ハリーは席に残っていた。
「あの……スネイプ教授。少し相談があるんですが」
「? ハリー。僕も離れたほうがいいか?」
「ああ、ドラコ。別に気を遣わなくていいよ。聞かれて困る話ではないし」
どうやらハリーはスネイプ教授に用があるようだった。
教卓の上に置かれた提出されたサンプルのラベルを確認している教授に、こう尋ねた。
「先生がダフネさんの治療薬の調合を始めてると聞きました。なにか手伝わせてください」
「ポッター、父親に似てずいぶんと自信過剰なようだな? 最近の魔法薬学への意欲を少しは認めてやってもよいと思っていたところだが、極めて高度な魔法薬の調合に1年足らずの経験で携われると思っているのならば、その評価も取り下げざるをえまい」
しかし、その請願はあっさり切り捨てられた。
スネイプ教授はため息をつく。
「この調合は一ヶ月かけて行い、失えば再入手に何ヶ月もかかる可能性がある希少な素材も扱っている。君の出る幕ではない」
スネイプ教授にそう言われると、ハリーはがっくりと落ち込んで項垂れた。横からでも泣きそうな表情なのが見える。
流石にスネイプ教授も察したのか、すぐに付け加えた。
「あー……よろしい。率直に現状のポッターの評価をしよう。事故が起きた当時、異常をすぐに察し現場を保全するとともにすぐさま近くにいたマクゴナガル教授に助けを求めた。これは、あの場において期待されている最善の行動だ。負傷した状態でしっかりと責任の取れる大人に引き継いだことは加点されることはあっても減点の余地はない。よって気に病むことはない。引き続き周囲に気をつけつつ学業に勤しみたまえ」
スネイプ教授はたぶんフォローを入れたつもりなんだろうけども、ハリーは落ち込んだままだ。悪くないと言われて割り切れるわけじゃないときがあるのはわかる。
こういうときはなんでもいいから体を動かすほうがマシと決まってる。
「あー……スネイプ教授、単純な手伝いとかでもいいと思いますよ。僕も手伝いますので」
「む……そうだな、ケトルバーン教授とスプラウト教授に用意して頂いた素材がまだホグワーツの外庭に積まれているはずだ。調合室の裏手の倉庫への搬入を命じよう。カトラリー!」
「お呼びでしょうか、教授」
スネイプ教授が
前に鍋掃除をしたときに僕らを手伝ってくれた
「今から彼らに外にある素材の搬入を頼むところだ。何をどこに入れるかの指示を頼む。……ポッター!」
「は、はい!」
「現状なにが起きるかわかっていない状況だ、必ず2人以上で行動するように。必要であれば他の人間の手を借りてもよい。参加者に関しては後ほど書面で報告するように。本活動は現在休止中のクラブ活動の一つとして計上する。夕食の30分前までに終わらなければ作業は中途で構わぬ。完了にせよ未了にせよ報告だけはきちんとするように」
「わかりました!」
ハリーは力強く頷いた。まあ、多少は前向きに戻ったようだ。
「ではお坊ちゃまがた。簡潔に説明いたしますと……搬入する物品は様々ですが、すべてこのような木箱に収められております。これがまずスプラウト教授の管理する温室の前にひとかたまり、ケトルバーン教授の管理する森の監視小屋の前にもうひとかたまり、といった形です。かなり量がありますから……お二人だけだと相当な回数の往復が必要になるかと」
「だろうな……もう少し人を集めよう。どうせ廊下にいるだろう」
そう言って魔法薬学の実習室を出ると、案の定グリフィンドールの連中がたむろしていた。
ウィーズリーとグレンジャー、それにロングボトムはハリーを待っていたようで、僕達が出てきたのを見てすぐに近寄ってきた。
「ハリー! さっき話してた生命保存剤の調合のやり方だけど、教科書にはそんなことどこにも書いてなかったわ! なんて本に書かれてるの!? 今すぐ読み通すから教えて!」
「え、ママから届いた手紙でのアドバイスだけど……」
「ぐぬぬぬぬ!」
グレンジャーは自分がアクセスできない領域からの知識と聞き、歯噛みして悔しそうにしている。
まあ、とりあえず見るからに手は空いてそうなのでこいつらも巻き込んでしまおう。
「おい、ロングボトム、ウィーズリー、グレンジャー。どうせ暇だろう。手伝え」
「あ、うん。なんの手伝い?」
「おいネビル。そんな安請け合いしちゃだめだぞ。マルフォイ、いつから僕達を顎で使えると思ったんだ?」
「えーと。忙しかったら断ってくれてもいいんだけど僕からもお願いしたいな。もしよかったら手伝ってくれる?」
「ハリーが言うならしょうがないなあ」
「こいつ……」
ムカつく顔のムカつく赤毛だ。心底そう思った。
「まあいい。ハリーはこいつらをまとめておけ。僕らはスリザリンの連中にも声を掛けてくる」
「了解。とりあえず温室の方を担当するね」
「あ、スリザリン寮の方にいくなら僕も行くよ。単独で歩くのは避けてって先生方が言ってるし」
「ロングボトムは気が回るな。ウィーズリーと違って」
「なんだと! 僕が言う人によって態度を変える男みたいな言い方しやがって!」
いや実際そうだっただろうが。
ひとしきりウィーズリーをバカにしつつ一旦
「薄暗くて、この辺りって正直苦手なんだよね」
「スリザリンに組分けされないでよかったな。毎日通ることになるぞ」
「あ、ネビルくんじゃない! マルフォイと連れ立ってどうしたの?」
スリザリン寮のコモンルームの近くの廊下まで進んだところで、トレーシー・デイヴィスに声をかけられた。都合がいいことに近くにはグレゴリー、あと……クラッブもいる。
「あー……ハリーがどうやらグリーングラスのために、スネイプ教授の手伝いをしたいらしくてな。大した仕事ではないんだが……あいつはずいぶん落ち込んでて、どうしても何かやらないと気がすまないらしい。よかったら手伝ってくれないか? これもクラブ活動の一部としてカウントしていいらしい」
「あら! そういう理由なのね。もちろん手伝うわよ。ゴイルくんとクラッブくんはどうかしら?」
「おれもやる! グリーングラスも、ポッターも仲間! 仲間は助ける!」
「……おい、ゴイル。もう忘れたのか? 今日はスリザリンの上級生に顔を売るって話だっただろうが。こんな連中に付き合うな」
「あー。でも、俺はこいつらのほうが好き!」
「ねえ、クラッブくん?」
デイヴィスがニコリとクラッブに話しかけた。一見微笑んでるようではあるが……目は笑っていない。
「あなたが最近寮内での政治ごっこをやりはじめたのは好きにすればいいと思うけど……わたし、ダフが好きだし、ハリーくんも気に入ってるの。 ……しょうもない話で水を差さないでくれる?」
「ひっ!」
声にドスがきいているような気がする。クラッブは思わず小さく悲鳴をあげた。
しかもグレゴリーやロングボトムには聞こえないような角度でクラッブをビビらせている。器用なことだ。
「それじゃあ、行きましょうか。行きたくない人はどうぞ、ご自由に」
「……クソッ! 仕方ねえな、少しぐらい手伝ってやるよ! ただし夕食前までだからな!」
「そんな嫌そうな顔しなくていいのにねえ」
「よし。これで人手は足りたな。収める調合室の倉庫が今どうなってるかもチェックしたいから、誰かふたりはそっちに行ってもらっていいか」
「オッケー。じゃあネビルくん、一緒に来てもらっていい?」
「大丈夫だよ、トレーシーさん……いや、ちょっと待って。向こうに……監督官が」
廊下の向こうには……アンブリッジ監督官だ。別に咎められるような活動をしているわけではないが、顔をあわせたい相手とはいいがたい。避けたほうが無難だろう。
そう考え、一旦全員で逆方向の廊下の角を曲がった。少し遠回りになってしまうがまあいいだろう。
だからその時、僕はそのアンブリッジの……妙な、焦ったような視線には気づかなかった。
お待たせしました。
10話程度の間17:30頃の毎日投稿となります。