「あー、はいはい。次の方。外来者ですかね? ではこの書類に記入して杖を預けて……」
「ふむ。できれば杖を持ち込みたいのじゃが……外来者用ではなく最高裁主席魔法戦士用の書類を頂けるかな?」
「……! こ、これはダンブルドア校長! たいへん失礼しました、外来者なんてとんでもありません、中へどうぞ」
「ありがとう、ソネット」
昨今は魔法省に足を踏み入れる頻度はさほど多くないからか、すぐに顔パスとはいかんみたいじゃのう。
とはいえ、ここを訪れるときというのはたいがい面倒事とセットじゃから、なんとなく億劫になるんじゃよな。
そのようなことを考えながら、受付のかつてのハッフルパフ生に手を振りながらエレベーターへと乗り込む。
毎度のことながらに思うが、魔法省のエレベーターのデザインはまさに機能美の結晶じゃな。偉大なる建築家にしてデザイナーとして羽ばたいたレイブンクロー生、カルロスに頼み込んでホグワーツにもつけてもらいたいぐらいなんじゃが、『エントランスからエントランスに移動し続けるエレベーター』を提案したところミネルバがもの凄く嫌な顔を見せたので引っ込めざるを得なかった悲しい思い出が頭をよぎる。
絶対楽しいと思うんじゃがなあ。生徒たちも大喜びで、3日ぐらいは飽きずに使ってくれるはずじゃ。
そんなことを考えているうちに乗り込んでいたエレベーターは既に目的の階に辿り着いていた。
地下2階。魔法法執行部のフロアじゃ。
もちろん今日はここのスタッフに用があるわけではなく、単に理事会や省への説明のために用意された会議室が地下2階にあるだけのこと。もちろん、まあ……トムのホームグラウンドじゃから警戒は欠かさぬが。
廊下を歩いていると、やはり少しばかり衆目を集める。
たいがいは好意的なものじゃが、時折強い敵意を感じることもある。油断できんのう。
「遅れてはおらんようじゃな。しかし、みなさん既にお揃いのようで」
「やれやれ、アルバス。今回あなたは責任を問われる立場なんですよ? グリーングラス卿はカンカンで私のとこにも怒鳴り込んできたぐらいだ」
言葉とは裏腹に、今回の魔法省側での代表であるコーネリウス・ファッジはかなりリラックスした様子で話しかけてきた。それほど重大ごとと捉えていない様子じゃな。
魔法事故惨事部のトップとして大臣の椅子を狙っていたときのギラギラした目は鳴りを潜めており、名目上は次官室付きとはいえ出世の道の細い閑職に押し込められた今となってはもう野心もへし折られておるようじゃ。
トムがライバルを叩き潰す手際といったら実に手段を選ばず、かつ極めて強烈な打撃を与えるものであるから、閑職とはいえ魔法省の上澄みに留まっておられているコーネリウスは幸運なほうかもしれぬ。
「さて、現状じゃが……まず朗報から話しておこう。今、コーネリウスによって共有してもらった通り、グリーングラス卿とは今回の事態の重大さを共有しておる。被害者であるミス・グリーングラスの治療の進捗はかなり順調で、グリーングラス家の手配で――かなり高くつけられはしたが――素材はほぼ集まっており、すでに順次、調合を始めておる。治療は4月末までには、といったところじゃろう」
まず、現状の見通しを示す。
生徒が一人石化というのはまったくもって痛ましい事件じゃが……治療法自体はすでにプロトコルが確立されておる。
その点に関しては不幸中の幸いと言えよう。
「問題は原因がわからぬことじゃ。悪意ある攻撃であるのは間違いないが、当時周辺には被害者のミス・グリーングラス、およびその第一発見者の男子生徒1人しかいない状態じゃった」
「石化はかなり暗い闇の呪文なので考えたくもないが……その生徒がかけた可能性は?」
「1年生の子じゃ。見るべき才能はある子とは思うが、資質的にも性格的にも可能性は低いと思っとる。現状は調査を進めながら、生徒の単独行動を避けるように指示を出しておる」
「起きて数日だ。ここにいる人間も完全な原因究明は期待してはいないだろう。省としてはその判断で大きな問題はないと考える。ホグワーツ理事会の皆様は?」
ポツポツと単発的ではあるが、コーネリウスに同意する声があがる。
まあ、こんなところじゃろうな。まさか魔法省の部長が黒幕の可能性が高い、などとは言えんしの。
「大きな異議はなさそうだ。とはいえ、これは今後の事態の収拾を期待しての信任だぞ、アルバス」
「もちろんわかっておる。全力を尽くそう」
ひとまずは説明の責任は果たしたといったところか。比較的冷静に会議は進んで安堵した。
正直なところ、省も含めての呼び出しとあってトムが大きく動いてきたかと思ったが。
その兆候は少なくともこの会議からは見られなかった。
「では、一旦会議はここまでとしよう。学校に春休みが明けても事態の収拾が付かず、ホグワーツ独力で解決できないと判断した場合は魔法事故惨事部の調査チームが向かうことになる、よろしいかね?」
「妥当なところじゃろう。その場合はコーネリウスが指揮を取ってくれるのかの?」
「魔法事故惨事部は私の古巣だ。おそらくそうなるだろうな」
「なるほど、それならば心強い。とはいえ、そうはならぬようにせねばのう」
「頼むぞ、アルバス」
コーネリウスが締め、ひとまず会議は終わる。このまま何事も起こらぬままであればよいが。
なにごとにも悪意を見出してしまうというのはあまり精神的によろしい状態ではないかも知れぬのう。アラスターを笑えぬわ。
じゃが、そうした少しばかりの安堵は……部屋を出た瞬間に吹っ飛んでしまった。
「やあ、これはこれは……ずいぶん久しく顔を合わせていなかった恩師が。ごきげんよう、校長」
「……ほう。これは、魔法法執行部の部長殿」
偶然を装ってはいるものの……これは、明らかに意図してわしの顔を見に来ておるの。
「昔のようにトムと呼びかけてはくれないのですか?」
「おっと、確かに。とはいえ責めないでほしいのう。随分と再会には間が空いてしもうたから」
「ええ、確かに。もちろんお見掛けはしていたが、こうして話すのは数十年ぶりだ」
お互いに即座に杖を抜いて、という雰囲気ではない。
単なる勘じゃが……この策謀の直接のターゲットはわしではないな。となると、ホグワーツか。わしと話すのは時間稼ぎか?
「こうして昔話に花を咲かせるのも悪くはないが……仕事の手際が悪くてホグワーツにしこたま残務があっての。とんぼ返りせねばミネルバの稲妻が落ちそうじゃ」
「ああ、愛しの母校。私も帰りたいものですな」
「いやいや。学ぶ意欲のあるものすべてに門は開いておる。気軽に訪れてくれていいのじゃよ。ホグズミード村もずいぶんとにぎやかになった」
「確かに。ホグズミード村……私が学校に通っていた頃とはずいぶん様変わりしているのでしょうな。卒業以来、一度も訪れていませんから新鮮でしょうし。とはいえ、なかなか私の手際も輪をかけて悪いもので、そう暇もとれない。今日もずいぶんと急な仕事が溜まっていて法執行部の面々を残して徹夜の業務になりそうだ」
「それは残念じゃ。いっそ引退して趣味に生きてもいいんじゃよ」
「ははは。それを校長に言われるとは。仕事が趣味のようなものですよ……生きがいでもある」
お互いに少しずつ探り合っておる。なにか狙いがあるのは間違いないようじゃが……このような雑談で止められる時間などたかが知れておる。
「なるほど、これは一本取られたかの。では、そろそろ失礼する」
「あーっと。引き止めてしまったかな。ですが、帰るのはなかなか大変ですよ。なにせ……先ほど、
これが狙いか。
ホグワーツへの移動手段は多い。とはいえ、一番簡便に利用できるのが
とっさに代替手段を考える。とはいえ、ここでトムに見られてしまったのは拙かったかの。ホグワーツにはアンブリッジ監督官がおる以上、あまりにも早すぎる移動は手段を問われるじゃろう。つまり、違法な移動手段はかなり制約されるということじゃ。
姿あらわし/姿くらまし。
スコットランドの奥地のホグワーツまで連打するとなると、さすがのわしもそれなりに疲弊する。そこを狙ってなんらかの罠にかけるつもりかもしれぬ。加えて、長距離の姿あらわしは海外渡航に準ずるとして事前通達が必要、となっていたはずじゃから、バレない工夫が必要じゃ。
新規の申請は数年前から却下されておる。手元で作って移動は可能じゃが確実に違法じゃし、
数年前から営業停止のままじゃ。
つまり、トムの狙いというのは……わしが魔法省で確実に足止めを食らっているのを確認し、そしてトムのほうは魔法省に一日中詰めることで完全なアリバイを確保する。間違いなく狙いはホグワーツ。
ううむ、これはちと、困ったの。
─────
ポッターに目をつけられた。
先程の会話は単なる雑談ではない。明らかに警戒し、機先を制して牽制に来ていた。
急用で帰ると言ったのに残っている時間が長くなればなるほど、疑いの目は強くなるだろう。もちろん、
リドル様の策略でダンブルドアはすでにホグワーツを離れているはずだ。手筈ではダンブルドアを省に釘付けしたことを確認してから仕掛けることになっているが……こうなると一刻の猶予も惜しい。
"絵"を通してリドル様にその旨を伝えたのち、足早に歩を進め、3階の女子トイレへと向かう。
私自身7年間通った母校ではあるが、その時の記憶はすでに錆びついていて(あるいは、ホグワーツのほうが変わっているのか)ぐねぐねと動く階段には手を焼かされ続けていた。
アメリカから来た、ホグワーツなど知らない魔女……という設定の人間としてはスムーズに動きすぎるのも不自然なのだが、それも今日までの話。この任務ともおさらばだ。
とはいえ、油断はできない。すぐに去ると言った手前ポッターにもう一度見られるとなると相当警戒させるだろう。すでに一度しくじっているのだ。前回、つまり医務室の襲撃で対象を間違えた件について、我々に落ち度は"ほとんど"ないと寛大にも認めてくださったが、それでも罰は非常に厳しいものだった。
今回、事前に取り押さえられた日にはいったいどうされるか想像もつかない。
そう思うとじわっと汗が吹き出す。落ち着け。焦っていいことはない。それはわかっているが、回転する階段の上を駆け足で昇りたくなっていく。
そうした逸る気持ちを抑え、不自然なふるまいにならないよう……せいぜい早足にとどめる。
無事見咎められることもないまま、3回の廊下にたどり着く。あとは内ポケットにしまってあるリドル様の絵を利用して、蛇語でバジリスクに指示を出してもらうだけだ。
「流石だ、ディオニュソス。ここからは私の仕事だな」
「お褒めいただき、恐縮です。帝王」
念の為、お互いに特定不可能な名前で呼び合う。
この瞬間だけは、わたしがまるでリドル様にとって特別な存在になったように感じてしまう。
実際、そのようなことがありえないのはわかっているのだが。
蛇語でリドル様が"秘密の部屋"に向かって語りかける。私は蛇語はわからないが、何を言っているかは事前に知らされている。つまり、哀れなスネイプをバジリスクが殺す。もう誰にも止められない。
あとは手筈通り、証拠となる絵を燃やして……
火を付けた瞬間に、背中に鈍い衝撃を感じた。
杖を否応なく手放す羽目になり……大きく前のめりに吹っ飛び、地面に這うことになる。
「ホグワーツのトイレは火気厳禁だぜ。タバコを吸うやつや怪しい魔法薬を作るやつがいるからな」
背後にいたポッターは手慣れた手付きで、続けざまに無言呪文の
ポリジュースによる私の変装はあっさりと解かれてしまった。
「さっきはブラフを入れてみたが……正しい順番はこうだ。まず
ポッターは私に杖を向けながらにじりよってくる。お喋りなやつだが、吹き飛んだ私の杖と私の両手から目を離すことはない。
次にやるのは拘束だろう。幸いにして決定的な証拠であるリドル様の絵に関しては処分が間に合ったようだが……わたしの身柄さえあればなんとでも情報は引き出せると踏んでいるのだろう。トイレでなにかを燃やしていたのは見られていたようだが、さして気にしている様子はなかった。
だが。
油断している相手を仕留めるのはたやすいはずだ。
私に向かって
私の心中を察したように――ポッター、奴の死角からこのための伏兵が顔を出す。
「魔法省の騒動以来だな、ジェームズ・ポッター! 死ね!」
忌々しい地図には映らない、秘密の部屋への洞穴に潜んでいたのは私の兄上、アミカス・カロー。
兄は死角から、棒立ちしていたジェームズ・ポッターに向けて杖を振った。
「アバダ・ケダブラ!」
防御を許さぬ死の呪文の緑色の閃光が、狂いなくポッターの体に向かっていった。