ヴォルデモートなんていない   作:taku1531

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28.蛇・ダーティソウル(1)

 屋敷しもべ妖精はヒトと体系は異なるものの、強大な魔法の力を持つ。

 これは多くの人が知らず、知っている少数の人も認めたがらないことではあるが……間違いなく事実だ。

 

 その屋敷しもべ妖精が、一瞬にして絶命させられていた。

 人の手によるものではない。強大な闇の魔法生物でなければこんなことはできない。

 そう考えて懐の切り札に手を伸ばす。最強の毒、バジリスクの毒だ。たとえ何が相手でもこれを食らわせれば――いや待て!?

 

 私の部屋や医務室に忍び込めるサイズで、かつ一瞬で屋敷しもべ妖精すら死に至らしめる闇の魔法生物。

 考えれば考えるほどそれはある魔法生物の特徴を指し示しているように思えた。

 そう考え、注意深く耳を傾けると掠れるような音が床から聞こえる。今となってはそれは蛇が這いずる音にしか聞こえない。

 

 当然の話だが、バジリスクの毒はバジリスクに効かない。

 

 私が用意した切り札は見事に空振った……いや、トロールのときに見せたのが向こうにも伝わったか? ともかく相手はかなり本気で私を殺すつもりらしい。

 毒は効かず、その外皮はほとんどの魔法を弾くと言われている。魔法薬と呪いを武器とする私としては天敵といえるかもしれない……なにか手はあるのか?

 そう考えているうちにも這いずる音はこちらに近づいてきているように感じる。

 

「セクタムセンプラ!」

 

 バジリスクがいる方向に対して目を向ける危険は犯せないため、大雑把に呪いを放つ。

 セクタムセンプラは強力な切断の呪いで、多少の障害も切り裂いてそのまま命中する。こうした状況で魔法生物に当てるには最適の呪文と言えよう。

 それには十分な威力がこもっており、魔法使いはもとより大抵の魔法生物に対しては致死的、少なくとも痛手を負わせられるはずのものだった。

 

 が……バジリスクの動きは一切鈍っていない。悶える音やのたうち回る音も聞こえなかった。

 ブラッディ・ヘル(くそったれ)。バジリスクの外皮の強力さというものを身をもって知るハメになるとは。せめて時間を稼ぐ手が欲しい。何かないかと探っているうちに目に入ったのは、アンブリッジの動きの調査に使っていた追跡薬だ。

 これは使えるかもしれない。

 バジリスクには毒が効かないが、実質的には塗料である追跡薬であれば効果は発揮するはずだ。

 目を合わせるわけにはいかないので、奥の部屋とこちらを繋ぐ道に派手にばら撒いて、痕跡検知ドリンクを摂取する。

 

 目を瞑ると、先ほど自分がばら撒いた追跡薬の中で、うごめく何かを感じ取れた。

 よし。ひとまず位置は把握できるようになった。が、安心する暇もない。バジリスクは障害物を器用に避けながらこちらに向かって進んできているのがはっきりわかる。

 どうやって? 向こうから直接見える位置関係ではないはずだが。とにかく一旦部屋を出て、扉を魔法で施錠する。

 程なくして……扉に衝撃が響き渡った。

 バジリスクが思い切り体をぶつけているようだ。率直に行ってその衝撃はトロールが棍棒を振るったときとほとんど遜色ないもので、押さえつけて施錠した扉は一発で吹き飛びそうになっている。

 

直れ(レパロ)! 固まれ(デューロ)! 逆詰め(ワディワジ)!」

 

 扉を破壊しようとするバジリスクに対抗し、あらん限りの呪文を扉にかける。

 魔法省による魔法生物の分類で危険等級最大(XXXXX)なのは伊達ではないようで、今にも突破されかねない瞬間はあったが、どうにか踏みこたえられている。相手の位置もおおまかには追跡薬のおかげで掴めている。少なくともここでかなりの時間粘ることは……

 

「そうは問屋が卸さぬ、か」

 

 這いずる音が周囲から聞こえた。

 幸いにしてバジリスクではないようだ。もし、そうだとしたら私はもう死んでいるから。

 廊下の石壁の割れ目、配管、天井のひび割れ……至るところから小さな蛇が這い出てくる。まず間違いなく毒蛇だろう。

 

蛇よ消失せよ(ヴィペラ・イヴァネスカ)!」

 

 すさまじい勢いで湧いて出てくる蛇を消失させるが、次から次へと蛇が湧いてくる。

 消失呪文は激しい疲労を伴う。ほとんどの魔法使いが単純な呪いで戦うのはそのためだ。一帯の蛇をまとめて消せるこの呪文はかなり効果的なもののはずだが、乱用はできない。

 この襲ってくる蛇たちはバジリスクの眷属といったところか? それともこのバジリスクを操る黒幕が同じようにけしかけてきたか。

 そうしている間にも閉じ込めたバジリスクは、扉に巨体を叩きつけている。なんとか都度修復呪文(レパロ)などをかけ直しているが……いつまで持つだろうか? 周囲に蛇は無限に湧き続けているように見えた。

 ジリ貧の現状を解決する呪文。

 そう考えて私が唱えたのは……

 

守護霊よ、来たれ(エクスペクト・パトローナム)

 

 言伝を託して走らせる。

 『一人で抱え込むのはいかんぞ』などとまあ、上から目線で説教をくれたのだから、責任は取って貰おう。

 幸いにして、これは彼の得意分野に違いない。

 

 

 ─────

 

 

 魔法生物飼育学の授業は通常野外で行っている。しかし、それは座学が不要という意味ではない。

 

「ケトルバーンせんせー。やっぱ外で授業やんない? 先生もそっちのほうが好きでしょ?」

「うむ。ジョージ・ウィーズリー君。儂もそう思うんじゃが、火蟹の扱いを学ばずに実技に臨むと、ちょっと痛い思いをすることになるからのう。そうなると儂は退職金をもらえなくなるかもしれんので、嫌じゃ」

「俺はフレッドですよ? 先生」

「いやいや。君はジョージじゃな。ナールとハリネズミよりもわかりやすい」

 

 退屈な座学に文句の声が上がるが、今日は座学と決めている。今日中に火蟹とマンティコアとマートラップとグリンデローの扱いを叩き込んでしまえば、残りの授業は全部外でやれるからのう。

 そう思っていたじゃが、思わぬ形で邪魔が入った。教室の後ろの空の額縁の中に現れたのはディペット元校長じゃった。

 ディペット元校長は儂を雇ってくれた素晴らしい人物で、かつ儂を少年少女の集う校舎に放り込む狂人である。

 

「やあ。シルバヌス。アルバスから緊急の連絡じゃ。詳細はわからぬが、なにか怪しげな企みが進行している可能性が高いらしい。アルバスはホグワーツに来れない状態で釘付けにされているとのこと」

「ふむ。校長がそう言うなら……よろしい、聞け、諸君。今日はつまらん座学の時間はなんかわからんが中止らしい。座学のカリキュラムは来週に順延になる。追って連絡するのでそれを待ちたまえ。」

 

 ざわざわと教室が騒がしくなるが、ひとまず各寮のリーダーとしてマシそうな人間に目をつけて、引率を任せる。なにが起こっているかわからんが、とりあえず寮に戻しておけば間違いはないじゃろう。

 さて、そこで儂はどうするかというと……ここから近いのはスリザリン寮か? 地下まで降りてセブルスかセプティマあたりと合流しつつ、スリザリン寮生を確認するかのー。

 などと考えているとタタン、タタンと軽快な蹄の音が聞こえる。

 む? ジェームズ……いや違う。明らかに軽い。

 目の前に入ったのは魔法動物でも動物もどき(アニメーガス)でもなく、守護霊であった。

 牝鹿。

 

「セブルス・スネイプだ。私の居室の中に巨大なバジリスク、および多数の毒蛇の襲撃を受けている。至急支援を」

 

 バジリスク。

 ……ホグワーツの校舎に? 解き放たれれば、いったいどんな被害になるか想像もつかん。

 そもそもどう対処しろ、というんじゃ。儂はもうジジイじゃぞ。

 とはいえ。

 

「前に偉そうなこと言ってしまったしのう。しゃあないか、多少骨を折るとしよう」

 

 まずは生徒への対応だ。寮に戻しておけば間違いはないと考えたが……バジリスクがその辺をうろついているとなると話は別じゃ。廊下に出すことすら避けるべきじゃろう。

 

「諸君! 先ほどの指示は全部取り消し! 儂が教室を出たら扉をすべて施錠せよ。死にたくなければ毒蛇も庭小人も入れぬようにガッチリとな。おお、そうだ。ジョージとフレッド。なんでも廊下をバジリスクがうろついてるそうじゃ。本当は観察授業と行きたいんじゃが、目を合わせると死ぬので外に出るなら覚悟の上でな」

「おっ、俺達への挑戦か?」

「というかバジリスクって……先生が育てたの?」

「今回は違わい!」

 

 まあ、連中は悪戯好きじゃが、ホントにヤバいときは従ってくれるじゃろう。たぶん。バジリスクの美しい姿を見て死にたいというのなら儂としては止めない。そういうことにしておけば儂の責任も軽くなるじゃろう。うむ。

 

 さて、巨大なバジリスクに対処しろなどと言われてもなかなか手のつけようがないもんじゃが……そこで諦めたらホグワーツの魔法生物飼育学の教授は名乗れんのう。

 そう言いながら、義手をさする。ううむ。このフック、バジリスクに刺さるんかのう。巨大というのがどれぐらいかわからんが、セブルスが言うぐらいだと相当なのだろう。意味もなく盛るタイプではないじゃろ。

 そうやって思案しているうちに、ひとつ閃きがあった。うむ。なんとかなるかの。まあもともと計画的ってタイプじゃないもんなあ儂。当たって砕けろじゃな。石化だけに。

 巨大なバジリスクと毒蛇の群れ。それに立ち向かっているセブルスには悪いが、もうちょっと粘ってもらうとするか。

 

 まずは、校長室に向かうとしよう。

 

 

 ─────

 

 

 遅い!

 

 ケトルバーン教授に守護霊を飛ばし、ひたすら粘っているがなかなか教授は姿を表さない。

 あのジジイなら何かバジリスクの天敵やら弱点やら知っているかと思ったが……準備しているのか? それとも生徒の誘導を優先したか?

 ともかく、扉どころか壁すらも破壊する勢いのバジリスクを抑え込めるのはもうすぐに限度が来そうだし、襲ってくる毒蛇については相変わらず勢いはまったく止まっていない。

 そのうち一体はこちらに飛びかかり――まずい。ついに噛まれた。即座に叩き落とすが、間違いなく毒を血中に送り込んできただろう。

 

 内ポケットにしまっていたベゾアール石を指でつまんで飲み込む。

 ベゾアール石はたいていの毒に対する解毒剤になるとはいうものの、調合もなにもしていないベアゾール石をそのまま飲み込んでも効果はたかが知れている。

 とはいえ、飲まないよりは遥かにマシだ。

 多少めまいはするものの、まだ戦える。再び身を起こして飛びかかってきた毒蛇に対して杖を振る。

 

麻痺せよ(ステューピファイ)」 

 

 バタリ、と飛びかかってきた毒蛇は地に落ちて動かなくなる。

 麻痺呪文(ステューピファイ)は低学年の生徒が喧嘩で使う程度のものとして甘く見られているところはあるが、間違いなく強力な呪いだ。

 魔法使いや魔女と比べて遥かに小さく、呪いへの抵抗力も弱い単なる毒蛇は、私の呪いを受ければそのまま動かなくなる。

 こうしたことを繰り返して、今や私の周囲にはおびただしい数のちぎれた蛇の死体、あるいは麻痺、石化したものが転がっている。

 だが、その同族の死体の山は遮る壁にも足を止める理由にもならないらしく、むしろその隙間を使ってこちらを噛みちぎろうと押し寄せる。

 なんとか封鎖しようと試みている扉の蝶番は既に粉々になっており、実質的に単なる板切れの両側を無理やり変身術と固定化(デューロ)の呪文で留めているにすぎない。

 

上昇せよ(アラーテ・アセンダーレ)

 

 周囲の蛇をまとめて浮かせ、地面に叩きつけるが……下は今や硬い石ではなく蛇の死体。着地の衝撃は半減しているようだった。

 押し寄せる毒蛇のうち半分程度はそのままこちらに噛みつこうとしてくる。

 なんとか更に抵抗しようとしたところで――

 

 扉がついに叩き割られた。

 

 思わずそちらを振り向きそうになる、が……絶対に見てはいけない。見たら死ぬ。

 クソッ、周囲の毒蛇の対処をまずして、それからこのバジリスクを――

 

「いかんのう。散らかしすぎじゃ。鳥よ(エイビス)

 

 廊下の奥から少ししわがれた声が聞こえた……と同時に、けたたましい鳥の鳴き声。

 鳥? 鳥を飛ばしてどうするというのか?

 そう疑問に思ったのもつかの間、ケトルバーン教授の杖から放たれたおびただしい数の魔法の鳥たちは、群がった蛇たちをついばみはじめた。

 

「蛇の天敵を知っとるか? 山程あるが、鳥類はその典型じゃな」

「ケトルバーン教授! ……その眼鏡は一体?」

「遅刻してすまんのう。巨大なバジリスクに立ち向かうとなると、少し準備が必要でな。ん? この眼鏡か? バジリスクの邪視を防ぐ魔法の眼鏡じゃ」

「そんな便利なものをお持ちでしたか」

「嘘じゃ。まったく見えなくなるだけの代物でな。ここまでは方角示せ(ポイントミー)に頼ってフラフラしながら来た。それが遅れた理由の一つじゃ」

 

 そう言っている今も、ややフラつきながらこちらに向かってくる。

 

「セブルス。絶対に後ろを見るんじゃないぞ? 儂がそいつはなんとかする。君は蛇のほうを頼む」

「お任せします。それと、痕跡検知ドリンクです。その眼鏡越しでも薄っすらと位置がわかるようになるかと」

「お、これは実に助かる。手探りでバジリスクと戦うなんてあんまりやりたくないからのう」

「いや、見えたからといってどうにかなる相手ではないと思うのですが、どうするおつもりで? 雄鶏でも持ってきたのですか?」

 

 雄鶏の時をつくる声が、バジリスクの唯一の天敵と読んだことがある。

 魔法生物飼育学の教授であるケトルバーン教授であればもちろんそれを知っているだろう。

 しかし、ケトルバーン教授はそれを否定した。

 

「うむ。よく勉強しているのう。しかし……君が言う巨大というのがどれぐらいかわからんが、雄鶏を一羽、二羽持ってきたところで多少ひるませる程度。無意味と思って端から持ってこなかった」

「バジリスクの唯一の天敵ではないのですか!?」

「セブルス。君が魔法薬を作るとき、本の通りに作るのかの? 一切アレンジをせんのか?」

「は……? いえ、そうではありませんが」

「では、儂の場合も同じこと。書いても意味がないので、わざわざ教科書に書いておらぬことがある。なぜなら、ほぼすべての人が使えんからな。しかし、ホグワーツにおいてはそうではない。そら、遅れて来たぞ!」

 

 廊下の曲がり角の先から、甲高い鳴き声が聞こえた。くわえて大きな、羽ばたいている音も聞こえる。

 それと同時に――歌が聞こえる。

 心正しき者には勇気を与え、悪しき者の心を恐怖に陥れる――と、言われているホグワーツの心臓部から響く歌。

 ホグワーツに住まう、アルバス・ダンブルドアの守護者による歌。

 

「フォークス!」

「教科書には載っておらぬ、バジリスクの天敵というやつじゃ」

 

 我々に姿を見せた不死鳥、フォークスはもう一度甲高い鳴き声をあげた。

 

 

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