ヴォルデモートなんていない   作:taku1531

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29.蛇・ダーティソウル(2)

 不死鳥、フォークスはもちろんケトルバーン教授のような珍妙な眼鏡はつけていないし、私のように視線を外しているわけではない。

 しかし、生命の象徴たる不死鳥はその強力なバジリスクの邪視をも意に介さない様子だった。

 

「うむ。これで駒は揃った」

 

 そう言ってケトルバーン教授はバジリスクがいる方向へ前進して行ったようだ。

 私は周囲の蛇を鳥とともに打ち払っている。

 不死鳥がどれほどの切り札になるか、私は知らないが……教授が言うのであればバジリスクは恐れている生き物なのだろう。

 ……バジリスクからはそんな様子は感じないが。見えないからわからないだけかもしれない。

 

「このフォークスがバジリスクを倒すのですか?」

「ん? そんなわけなかろう」

「……先ほどバジリスクの天敵とおっしゃっていましたが」

「はっはっは。それは言葉の綾というものじゃ。成体のバジリスクに天敵はおらぬ。押しも押されもせぬ頂点捕食者じゃ」

 

 頭がくらくらしてくる。こいつ、ポッターとよく飲み歩いているだけあって同類のようだ。

 なにも考えず行きあたりばったりで生きている類だ。

 

「不死鳥の涙には強力な癒しの力がある。バジリスクの毒ですら治癒するほどのな」

「それは存じていますが……」

「まあ、見ておれ。いや見ちゃダメじゃぞ」

 

 そう言い残してケトルバーン教授はおもむろにバジリスクのほうへ近づいていき……その義手に取り付けられた鉗子でバジリスクを掴もうとして……噛まれた。

 

「うおおお! これがバジリスクの毒か! 食らうのは初めてじゃが……これは泣きそうなぐらいに痛いわ! フォークス、助けてくれ!」

「……そりゃあ、初めてでしょうな」

 

 フォークスがそこへ駆け寄ったようで、例の涙を滴下しケトルバーン教授は一命をとりとめたようだった。

 

「ちょっと儂でも初めて感じるレベルの痛みじゃった……よく生きとるな、儂」

「だから、あれほど……そこからどうするおつもりで? バジリスクの外皮は強力です。私の呪いも全く通じませんでした」

「そりゃそうじゃろうな。しかし、もうほとんど終わっておるようなものじゃ。バジリスクを掴めたし、儂は生きとるからな」

 

 バジリスクは大暴れしており、先ほど私の部屋の扉を破壊した巨体をケトルバーン教授に叩きつけているようだ。

 

「こらこら。暴れるでない。うーむ、骨が逝ったの、これは」

 

 そう言いながら懐から何かを取り出し――その直後にバジリスクの悲鳴が響いた。

 

「よし。しっかり固定できとるな」

「おそろしい声が聞こえましたが、いったい何を……?」

「教えてやろうセブルス。大概の魔法生物は、逃げないように掴んでナイフで刺し続ければ殺せるんじゃ。これが魔法生物飼育学の奥義である」

「……!?」

 

 バジリスクを義手で掴んでナイフで刺し続ける!?

 それは奥義ではなく、誰もやらないことにすぎないだけだ! そう思ったが……バジリスクの主な武器は二つ。邪視と毒だ。これを視界を遮ることと不死鳥の涙で無力化できている以上……まあ、確かに、完封はできている……のか?

 私はそんな雑な手段は思いつくことはないだろうし、思いついたとしても実行はしないだろう。

 だが、現にバジリスクは退治されつつあるようだ。

 

「儂、もう片方は生身で退職したいんじゃ。フォークス! おかわりを頼む!」

 

 ケトルバーン教授はバジリスクに噛まれるたびにフォークスに涙を促し、それですぐさま治療をすることで作業を無理やり続けた。

 

「よし、よし、ありがとう、フォークス。こら! バジリスク! 噛むなら義手のほうを……ああ! 噛まれた義手が! 溶けとる! 高いんじゃぞ、これ!」

 

 優雅とは程遠い。

 スリザリン寮の掲げる狡猾なやり方でも自己保身的なやり方でもない。

 ケトルバーン教授はしばしばレイブンクロー的、あるいはグリフィンドール的と呼ばれてはいるが……自分の体を汚してでも事態の収拾を図るやり方はまさしくハッフルパフだった。

 

「うおおお、尻尾、尻尾の当たりが強い! 逃げるんじゃないぞ! フォークス、涙をもう一杯頼む! そんな嫌そうな顔するな!」

 

 そう言いながらも完全に逃さぬよう義手に取り付けられた鉗子でバジリスクを固定化しており、その状態でザクザクと感触と音を頼りに刺し続けている。

 次第にバジリスクは……動かなくなったようだ。

 周囲から湧く毒蛇についてもいつのまにか止んでいた。

 

「文字通り骨が折れたわい……しかしまあ、ホグワーツの大先輩としての意地は保てたかの? とはいえボロボロじゃ。念のため視界はバジリスクの方向から外した上で医務室まで頼む」

「了解した。もっとも私も毒蛇に至るところを噛まれてボロボロで、似たような状態ですが……助かりました。まったく、人というのは頼ってみるものですな」

「セ……セブルスのこの褒め言葉は……皮肉ではない!? まね妖怪(ボガート)か!?」

「どうやら今お伝えした言葉は無駄のようですな」

 

 多少素直に言ってみたらこれだ。この連中とまともに向き合う気が失せてくる。

 

「待った待った! もう一回褒めとくれ! あと酒の席で『儂はあのセブルスに皮肉ではない褒め言葉を貰ったことがある』と自慢してよいか?」

「拒否します」

 

 なんだそれは。誰に自慢するつもりだというのか。

 お互いボロボロの体で廊下に座り込んだままの状態で、ケトルバーン教授はケタケタと笑っていた。

 

「……おや、こちらも随分な有様ですな! ご無事でしょうか、お二方?」

 

 そこに、別の人物が訪れる。

 未だ状況は掴めていない。敵の可能性もある――と、とっさに杖を向けるが、その訪れた男を見て胸を撫で下ろす。フリットウィック教授だ。

 

「おお、フィリウス! いやあ、セブルスに巻き込まれてひどい目に遭いましたよ、わはは」

「ふむ……蛇の群れ……そしてひときわ目立つ巨大な蛇……気の毒に、セブルス。彼の退職金は君へのボーナスになるでしょう」

「フィリウス! 事情も聞かずに儂のせいと断定せんでくれんか!?」

 

 フリットウィック教授はこの廊下の現状を見て、教授陣でトップクラスのトラブルメーカーであるケトルバーン教授による事故だと判断したらしい。

 まあ、無理もないことだとは思う。とはいえ助けてもらった手前だ。助け舟を出す。

 

「いえ、今回は……ケトルバーン教授は無関係です。おそらくは。私に何か隠していないのであれば」

「セブルス! そこは断言してくれたまえ!」

「ははは、なるほど。まあ、実際なにかホグワーツに起きているのは事実のようです。ジェームズとクィリナスも襲撃を受けました。幸い無事ですが」

「なんと! あの二人も! 無事でよかったわい」

 

 攻撃を受けたのは私だけではなかったらしい。

 同時攻撃とは丁寧なことだ。

 

「ふむ。お二人も彼ら同様医務室行きのようですな」

「この3人と一緒に医務室などご遠慮願いたいが……背に腹は代えられませんな」

「その3人って儂も入っとる?」

「ですが、医務室に行く前に報告すべきことがあります。本当でしたら憂いなくベッドに寝ていてもらいたいものですが……寮監にはやはり伝えておかねばならぬでしょうな」

「もしや、生徒になにか?」

 

 寮監というからには私のことだろう。この言い方だとスリザリン生に何かあったに違いない。

 ふだん温和なフリットウィック教授にしては非常に珍しく、明確に怒気を含んだままこう言った。

 

「本来ならばあってはならぬ言語道断なことです。アンブリッジ監督官によって、スリザリンの1年生であるマルフォイさんが誘拐されました」

 

 

 ─────

 

 

 これも。これも。これも。

 いま、わたくしは。執務室の持ち込んだ私物、あるいは金か何かに変えられそうな物を片っ端からボストンバッグに詰め込んでいます。

 このボストンバッグはなかなか優れもので、これだけ荷物を詰めてもなおスペースは余っています。用意しておいてよかった。転ばぬ先のなんとやらでしょう。

 

 わたくし、ドローレス・アンブリッジは身一つで成り上がったことを誇りにしております。

 

 魔法省は蠱毒のようなものです。強力な権力を手にし羨望の的となる者もいれば、空気の読めぬ間抜けとして使い潰される者。様々います。

 数日前に前者であったはずのものが、より高いところで起きたコントロール不可能な出来事で底辺まで叩き落されることもあります。例えばボーンズなどがそうでしょう。あの間抜けな女は法執行部で部長にまで上り詰めておきながら、今はスコットランドの寒村に押し込められております。

 

 わたくしはその時流に乗ることに関しては天才的であると自負しております。

 だからこそ、わたくしは現状に強い危機感を抱いています。

 極めて危険な状態――すぐにでも逃げ出すべき状況。

 

 ボーンズやなにやらを蹴落として、クラウチになにやら唆して。法執行部の長まで上り詰めたトム・リドル。

 あの男こそが今の魔法省におけるパワーバランスの楔であり、ファッジという泥舟に乗ってしまった失敗を補うにあたって乗るべき相手としては、最適なものと考えました。

 だからこそこんな薄暗く肌寒い、そして一切良い思い出のないホグワーツへの赴任という貧乏くじを受けたのです。

 

 トロール騒ぎに関しては事前に連絡がありました。侵入ルートも伝えられており、わたくしはそれを避けることができました。

 ですが――今回の生徒の石化騒ぎに関しては、一切何も聞いていません。

 無能な人間であればそれは単なる報告ミス、などと考えて貴重な時間を使い潰してしまうのでしょうが、生憎わたくしはそうではありません。

 

 まあ、確かに多少ミスはしました。

 学生風情と侮っていましたが、ホグズミード村に叩きつけられた署名は少し、すこーしだけわたくしに心痛を引き起こしました。

 ホグズミード村の人間は自分の店の売れ行きの悪さ、つまり自分たちの不甲斐なさをどうもわたくしに責任転嫁したようで、激しく憎まれてしまいました。まあ、それはどうでもよろしいのですけれども、どうもその件は「週刊魔女」の報道を通じて中央にまで届いてしまったらしく、早急な釈明を要求されています。ちょっとこれは立場的によろしくありませんね。

 だからいま、わたくしが軽視され、今は一時的に放置されている、あるいは今年度が終われば切り捨てられる……それぐらいなら良いでしょう。

 しかし、あのトム・リドルはそのような生易しい相手ではありません。

 あの男の企みを知った人間が何も考えずにホグワーツの執行部に留まっていれば、陰謀の最中で起きた出来事の不自然な点の犯人としてその間抜けを生贄にするに違いありません。

 そのような間抜けになってはいけません。それを回避するためには、あらゆるものを犠牲にするのも許されます。

 

 ええ、ええ。なんて可哀そうなんでしょう。ドローレス・アンブリッジ。

 そうはなりたくありません。

 惨めな敗北者には、絶対になりませんわ。

 

 荷物を詰めたボストンバッグを肩にかけて、早足で部屋を去ります。

 正直言って名残惜しい部分もあります。あの可愛らしい生徒たちからホグズミード行きの権利を取り上げたときの表情。そして何より素晴らしかったのは、その権利を再度受け取るためなら何でもする、といった表情!

 許可されているものを禁止してから譲り渡す……つまり、元手なしで権力を生む。無から有を生み出す。

 ええ、ええ。わたくしには天才的なビジネスマンの才能もあるようです。

 

 ともあれ、その栄光の日々はひとたび終わりのようです。正直言って敗残兵のように逃げ去るのは口惜しい部分もありますし、せめてあのトム・リドルに対してぶつけるカードの1枚や2枚、持っておくべきなのでしょうが……あの男はファッジのように脇は甘くありませんでした。

 ないものねだりをしては仕方ないのですが、このままただ逃げ出して省でトム・リドルの怠慢や悪意や不徳を権力者に訴えかけるなどという惨めな真似はしたくはありません。なぜなら、それは負け犬であるから。

 

 

 騒がしい校内の階段を降ります。

 廊下は相変わらず騒がしいのですが(わたくしがホグワーツにいたときもそうでした。わたくしよりも遥かに成績で劣っており、権力者に取り入ることもしない愚かな怠け者ほど騒がしいものでした。わたくしの弟を引き合いに出して「スクイブ」などと呼ぶ者。わたくしの母を引き合いにだして「穢れた血」などと呼ぶ者。わたくしの父を引き合いに出して「屋敷しもべ人間」などと呼ぶ者。うんざりでした。全員死ね)、私が姿を現すとその喧騒は少し小さくなりました。

 先日ちょっと夜までお話に付き合ってくれた穢れた血の男の子がいたので、ニコリと微笑むとビクリ、と顔を引きつらせながらもちゃんと私に笑顔を見せてくれました。いいですね。教育とはなんと素晴らしいものなのでしょう。

 とはいえ、この快感が味わえるのも今日で最後。重ね重ね残念です。

 

 もちろん、こうやって普段どおり振る舞っているのには理由があります。

 ここで慌てている素振りを見せて、脱兎のごとく走り去るなんていうのは、魔法省での激しい出世競争における生存意識、これが欠けた畜生でしょう。

 それではいけません。いつでも優雅に、恐怖と利益をもたらす美しいドローレス・アンブリッジさんでなければいけません。

 まあ、正直なところ辺りにいる有象無象のガキどもなんてのはどうでもいいですが、トム・リドルの息がかかったスタッフが他にいるかも知れません。そういう連中に見咎められると面倒ですからね。

 注意深く辺りを見回しながら歩を進めていると――視界にある生徒が入りました。

 

 ドラコ・マルフォイ。

 わたくしは親族も血族もクソどうでもいい存在、かつ汚点であり、わたくしの役に立たないものはすべてがゴミと考えていますが、魔法界はそうではない人間がほとんどらしく(そこに付け込むことで利益を得ることもできます。ありがたいシステムですね)、特に名家における将来の跡継ぎというのは非常に重く見られるのが一般的です。

 マルフォイ家といえばトム・リドルの側近中の側近。トム・リドル本人は親族も血族もいない隙のない存在ですが、その周辺はどうでしょうか? 少なくとも、わたくしが海外で優雅に暮らす程度は認めてくれるに違いありませんわ。ええ、ええ。

 

 ええ、ええ。思わずバッグを開けて確かめてしまいました。

 

「ねえ、そこの坊っちゃんたち? 先生のお手伝いをしているの? あらあら、いい子ね……よろしい、麻痺せよ(ステューピファイ)

 

 わたくしのボストンバッグには、まだスペースがあるようです。人一人分ほど。

 

 

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