ハリーは乳棒を持つ手に力を入れるがなかなかうまく砕けてはくれない。乳鉢の底に溜まった蛇の牙は指示された"粉状"とは未だ程遠いありさまだ。
「……砕いた蛇の牙は、まんべんなく鍋全体に散らして投入せよ。魔法薬学の初歩すら知らぬ諸君らのためのレシピだけあり、アバウトに投入した後に鍋をかき回しても大きな問題は起こらないが、投入後速やかに反応が始まる材料も多くある。現段階でそうした習慣をつけておくように。もっとも、本日をもって魔法薬学の適性のなさを証明し以後ホグワーツへと出入り禁止になるものにとっては無用な習慣ではあるが」
だが、スネイプ教授は作業の遅れを待ってはくれないようだ。
一旦乳棒を置いて走り書きでノートにメモを取っていく。ホグワーツの黒板はひとりでに消えていき待ってはくれない。
共同作業者であるネビルもどうやらメモがなかなか追いついていないようで、理解しきれないままひとまず蛇の牙を入れようとするのでストップをかけた。
「板書を優先したほうがいいよ」
「うん……でも全然作業も追いついてないから少しでも進めないと」
「スネイプ教授は厳しいけど、指示をちゃんと聞いているぶんにはそんなに怒らないはず……ってママが言ってたんだ。とりあえず完璧に指示を書き取ろう。作業は少し遅れても大丈夫さ」
調合作業にノート取りに……と慌ただしく手を動かしていたところ、後ろから声をかけられた。
「おい、ポッター」
「なんだよマルフォイ、見ての通り忙しいんだけど」
「昨日やったクィディッチの練習だが……今日も行くのか?」
「嘘!? 本気で言ってるの、あの地獄をもう一度味わいにいく気?」
「いや、確かに地獄だったが……それでも箒に乗れることに変わりはないだろう? それでだな……」
「ミスター・マルフォイ、およびミスター・ポッター」
教室に響いた低い声に振り向くと腕を組んだスネイプ教授がこちらを見咎めていた。
思わず顔をしかめる。もらい事故だよ、もう!
「鍋に蛇の牙を入れた後、最も注意すべきことは?」
「……すみません。わかりません」
「ミスター・ポッターはどうかね?」
「えーと……水銀温度計の破損、とおっしゃっていました」
「スリザリンのみ1点減点。ただしどちらも授業後居残って鍋の掃除を命じる」
「はーい……」
たった1点とはいえ、自分の寮監から点数を引かれたのはやはりショックなのだろう。
マルフォイは大きくうなだれていた……いや、それはそれとして僕が巻き込まれて居残り食らったことについて一言ぐらい欲しいけどね!
「では再度話そう。ただし3度目を期待することはないように。一年生の魔法薬学の課題は基本的に大きな危険はないように設計している。もっとも諸君らの的はずれな発想が我輩の予想の範囲であればの話だが。数少ない例外として水銀温度計の破損というケースがあり、これは非常に大きな事故に繋がる恐れがある。水銀は温度を測る媒体であると同時に、非常に深遠な魔法薬の材料の一つでもあり、それ単体でも危険であるのに加え────」
「それじゃあ気をつけてね、ハリー」
「うん。また夕食で」
着実に作業を進め、どうにかおでき薬を完成させたネビルが魔法薬学の教室を去っていくのを尻目に、僕は共用鍋の側面についたフジツボをこそぎおとそうとしていた。どういう条件が揃うとそうなるかはまったくわからないが、ともかくなんらかの魔法薬の材料だったはずのフジツボは煮込まれる寸前の土壇場で生命力を発揮し、鍋を岩場だと考えたらしい。迷惑な話だ。
「ポッター、小さい薬さじかなにか、そっちにないか」
「あるけど、何に使うの?」
「鍋の底で硫黄が膜を作っている……どうやったらこうなるんだ、これ」
マルフォイは手渡した薬さじでゴリゴリとこそぎ取ろうとしている。
「それにしても……魔法薬学で私語なんてどうかしてるよ。僕だってスネイプ教授がすごく厳しいのは知ってるのに。今年からスリザリンの寮監もやってるんだっけ」
「まあ、それは……申し訳ない」
どうやら僕を巻き込んでしまったことについては負い目に思ってるらしく、マルフォイは言い返しては来ない。フーチ先生の授業での様子を見る限り、グリフィンドール好きってわけではないのは間違いないだろうけど。
「しかし、君から見ても厳しい教授というイメージなんだな」
「うん。パパが『これ見よがしに公平な採点をしやがって、俺へのあてつけか!』って伝えたら鼻で笑われたって愚痴ってた覚えがあるよ。僕は正直ドン引きした。パパに」
「あー……君の父か……いや、スリザリンでも悪評だけというわけではないぞ。上級生も『必要なときは親身になってくれる』『プロに向けてなにか試したいときは最適』と言っている人もいた」
「無理してフォローしなくていいよ、僕が一番どんな人か知ってるから……あ、でもママはスネイプ教授については『努力をちゃんと見てくれる人よ、あと笑顔が素敵』って言ってたな」
「ああ、確かに。父上と話しているときはお互いによく笑っていたな……くそっ、素手で触ると爛れるな、これは!」
お互いに鍋にこびりついた汚れと格闘しながら机越しにスネイプ教授について話す。どうやら、マルフォイは僕と違ってホグワーツに来る前から面識があるようだ。
「スネイプ教授と君のお父さんは親交があるんだ」
「といっても数年前の話だがな。まだ小さかったから記憶はあまり定かではないけれど、僕自身も何度も面倒をみてもらった記憶がある。9歳のときには誕生日プレゼントで直接ではないが箒クリーナーを頂いた」
「へー、その時から君はクィディッチ狂いだってみんな知ってたってこと?」
「いや、父上のプレゼントが箒であったから、それに合わせてくれたのだろう。もっとも、父上から頂いたプレゼントはそれが最後になったんだが……」
最後のプレゼント? 9歳のときだから……おととしか。
そんなに魔法界の上流階級の事情は知らないけれど、マルフォイ家はよく知られている名家だ。プレゼントなんてケチるタイプじゃないだろう。
「はっきりと理由は話してくれないが……家督を継いでから父上は厳格になられた。おそらく、将来の跡取りである僕にも自覚を持ってもらいたいんだと思う……たぶん。でも、僕としてはやっぱり父上からの最後のプレゼントは思い入れがある。できれば普段から使ってやりたいんだ」
「ああ、そういう事情なんだ。理解はしたけど……それでもフーチ先生のとこであれをもっかいやりたくはないかな」
「そう言うなよ。1年生は寮のチームに所属できない以上、遊びでもクィディッチするには飛行教官の目の届く場所でやるしかないらしい」
「話は弾んでいるようだが、鍋の掃除の進捗は如何かな」
二人で教室の入り口を振り返ると、口を結んだスネイプ教授が立っていた。
「ふむ……作業自体は進んでいるようだな」
「は、はい。すみません。また集中できていない様子を見せてしまって」
恐縮した様子のマルフォイが答える。僕? 怖いから目を逸らしてたよ。
「……授業中の私語を禁じているのは、我輩の指示を聞き漏らすことがあれば即座に危険に繋がりうるのが魔法薬学の実技であるからだ。無論、私語に興じる愚か者が損害を被ることについては興味はないが、騒ぐ生徒が隣に居たせいで聞き漏らすものが現れるのは断じて我慢ならんのでな。少なくとも、鍋の掃除中程度であれば大目に見よう。きちんと進んでいるのであればな」
「スネイプ教授は手厳しいわね」
入り口の向こう側からひょこっとベクトル教授が顔を出した。
数占い学、および数秘術学の教授だ(どちらも1年生が履修する科目ではなく授業で会う機会はないので、あまり馴染みはない)。
「ベクトル教授。非常に残念なことに魔法薬学は今自分がかき混ぜている鍋が、自分の杖やちょっとした悪戯用のおもちゃよりも遥かに危険なものであることを認識できない生徒に対しても必修であり、教えなければならない。自覚が足りない生徒についてはたしなめる必要がある」
「でも、さっきしてた話は『同学年の生徒と親交を深めるのは良いことだ』って意味でしょ? もっと柔らかく言ってもいいんじゃない?」
「断じて違う」
「そうなの?」
ベクトル教授は去年までのスリザリンの寮監だったそうで、ネビルの調合を見届けたスネイプ教授はその引き継ぎで一旦教室を離れていた。
「寮監を引き継いでくれて助かるわ。今年は数秘術の研究に打ち込めそう」
「……昨年もそうだったのでは?」
「去年はいっぱいお手伝いしてくれたものね」
「"お手伝い"にあたる程度の量の雑務だったとは初耳ですな」
「だってわたし数秘術以外のことやりたくないもの。スリザリンの後輩が来てくれて助かるわ」
これ見よがしにスネイプ教授はため息をつくが、ベクトル教授はどこ吹く風だ。
「まあ、話は聞いていた。君がルシウ……マルフォイ卿からの箒に思い入れがあることは理解している。しかし……ホグワーツの規則上、クィディッチクラブに所属しない生徒は飛行教官の監督下での飛行が義務付けられている。そして、フーチ先生の"監督下"が非常に評判が悪いのは我輩も聞き及んでいる」
「評判が悪いっていうか、マルフォイに付き合いたい気持ちもないわけではないけど……そのうち死んじゃうよ、あれ」
「ドラコ、寮則は絶対だ。君の意欲ならば2年になればスリザリン・クィディッチチームのレギュラー加入は十分可能だろう。ポッターも父息子ともども退学にならない限りは訓練生としての参加は可能であるし、そうなれば自由時間に練習試合などは自由だ。無理な飛行で君の大事な箒を痛めてしまうこともあるまい」
「はい……セブルスおじさん」
ドラコ自身もそれが正しいと内心わかっているのだろう。うなずいてはいるが、悔しそうな表情を見せている。
……あれ? でもちょっと疑問がある。
「スネイプ先生、1年生がクィディッチチームに所属できないのって、寮則でしたっけ?」
「ふむ……まあ、確かに寮則ではなく各寮のクィディッチクラブ規則だったか。しかし当然ながら、それも寮則と同程度の拘束力を持つ」
「そうでしたよね、ちょっと確認してみます」
「10ポンドはある本を懐から急に出すな、ポッター」
「えっ……ポッターって見かけによらず割とレイブンクローなやつ……?」
"ホグワーツの歴史"には校則や寮則についての記述もあった。(なにかあるとすぐに口を挟もうとする両親から逃れて)隣に住んでいるバチルダおばあちゃんの家に招いてもらうことがしばしばあったけれど、そのときに「法律やルールってのは"生きている歴史"なんだ。歴史を学ぶんならまずここから始めるといい、坊や」と強調して話してくれていたから印象に残っている。
「先生、やっぱり各寮のクィディッチ・チームに参加できるのが2年生以上、とするのは校則でも寮則でもなく、各クラブの入部規則みたいです。だから……」
「ポッター、それがどうしたんだ? 寮則だろうが入部規則だろうが、入れないのは変わらないだろう」
「察しが悪いなあ、マルフォイ」
「なんだと!」
「合唱クラブ、チェスクラブ、ゴブストーンクラブ……ホグワーツにはいっぱいクラブがあるし、1年生からでも入れるものはもちろんある。つまり……僕たちが作っちゃえばいいんだ! 1年生のための合同チームを!」
そう言いながら"ホグワーツの歴史"の規則の部分を指差す。
「なるほど。ポッター、グリフィンドールにしては悪知恵が回るな。ただ、問題は顧問と副顧問が必要なことだが……」
「え゙っ。私は嫌よ。絶対面倒だし……」
即座にベクトル教授は断った。あとはスネイプ教授だが……(イギリスの魔法使いとしては極めて珍しいことに)クィディッチに興味がほとんどないらしいということをパパから聞いている。タダでさえ興味がないのに、一年生のお守りなんてやりたくはないだろう。
ところが、僕の予想に反して彼はうなずいた。
「よろしい。スリザリン・クィディッチクラブの合間という条件付きではあるが、実質的に面倒を見るのは吝かではない」
「ほんとですか、セブルスおじさん!」
寮監の肯定の意にマルフォイは大喜びだ。
「嘘……セブルスくんが生徒を素直に喜ばせるようなことをするなんて……」
「そして副顧問はベクトル教授になる」
「絶対に嫌!!」
「名義だけで良い。貸したまえ」
「一年生の皆さん、こういうのに頷いて安易にサインすると後で絶対にひどい目に遭いますからね! スリザリン生なら絶対に学ぶ鉄則よ!」
「昨年のお手伝い分ぐらいは返していただかねばなと常々思っていたのですよ。スリザリン生に安易に借りを作ってはいけないということも身を持って生徒に教えてもらわねば」
正直なところ、話を持ちかければ喜んで引き受けてくれるであろう教員を一人知っているけれど、あまり自分からお願いするのは気は進まない相手だ。ベクトル教授が受けてくれるならばそれに越したことはないだろう。
「ただし」
とはいえ、すべて雑務を引き受けて僕らは遊びで飛び回れる……というようなクラブにするつもりはスネイプ教授はないらしい。
「練習場の手配程度は行うが、道具の確保、クラブ規則の制定、メンバーの確保などまでは肩入れしない。適切なクエスチョンを提示できればアドバイスは行うが、立ち上げから自主的な運営までを学習することをクラブの目的とする。単なるルールの回避手段と思わないように」
「はい、わかりました。スネイプ教授」
「では、リーダーを決めて我輩に必要な書類を提出するように。期限は月曜の21時まで」
そう言って杖を振ると「新規クラブ創設届」と題された紙がヒラリと舞い落ちた。
「だってさ……やったねドラコ副部長!」
「なにナチュラルに君がリーダーになろうとしているんだ! 僕こそが適任だろう!」
「諸君。まずは鍋の清掃という当初の目的を果たしてから考えるべきだと我輩は思うがね」
「後輩のとこに首つっこんだら余計なもの押し付けられた……」
汚れた鍋は当初は山のようにあったけれど、あれから小一時間ほど立つと終わりが見えてきた。
口調は皮肉ばかりだけれども、なんだかんだでスネイプ教授も手伝ってくれていたし(主にマルフォイをではあるけど)。
「……そもそも、家の格が違うんだ。僕の家には将来の大臣と目されるような大物が何度も訪れるほど密接に魔法省に影響を及ぼしている」
「いや、それはクラブのリーダーとは関係ないでしょ」
「あるさ。僕は期待され、将来的なリーダーとなるべく訓練を受けている。僕がリーダーになるのは当然だ」
綺麗にした鍋とまだの鍋を選り分けていたところ、突然誰も居なかったはずの教室の奥から声がした。
「スネイプ教授、少々お時間よろしいでしょうか」
「……!? びっくりした! 屋敷しもべ妖精はホグワーツ内でも姿現しできるってホントなんだね」
「カトラリーか。どうした?」
振り向いたところにいたのは屋敷しもべ妖精。
いるのは知っていたけど、徹底して僕らの目に映らないように仕事をこなしていると聞いていた。実際入学してからこれまで見る機会はなかった。
「緊急ではありませんが、校長がお呼びです」
「……了解した。申し訳ないがカトラリー、綺麗になった鍋を棚にしまう手伝いをしてもらってよいかな」
「お安い御用です」
パチン、とカトラリーと呼ばれている屋敷しもべ妖精が指を鳴らすと綺麗になった(と僕たちが判断した)鍋が備品棚にしまわれていった。
「感謝する。ただし、鍋の掃除は彼らへの罰則だ。しっかりと行わせるように」
「ええー! こういうのは、そのプロである彼らがやったほうが良いんじゃないの?」
「残留物が思わぬ結果を呼び起こす可能性のある魔法薬学において、"良い掃除とは何か"ということを学ぶために諸君らに命じているのだ」
苦い顔を浮かべる僕に対して、スネイプ教授はただし、と前置きしながら続けた。
「今日の仕事ぶりに関しては及第点を与えても良い――今のところは、の話ではあるが。カトラリー、作業の出来次第では、終わった後に君の判断で多少のねぎらいは与えてやってもよい。無論、不適切であれば報告するように。我輩が適切に対処しよう――特に、現在点数が首位のグリフィンドールに対して」
では失礼する。と言い残してスネイプ教授は去っていった。
「では、お坊ちゃまたち。僭越ながら手伝える範囲で手伝わせていただきましょう。手早く終わらせれば、お菓子ぐらいは出していい、との仰せでした」
「あー、あれそういう意味なんだ……」
「今回は比較的わかりやすいほうだと思うぞ」
鍋が一気に片付いて広くなった机の上で再び作業に戻る。
多少手間取ることはあるものの、その度にニコニコした屋敷しもべ妖精が僕たちに「この汚れはこのブラシを使うのが良いでしょう」「水に漬けずに乾かした状態でこそげ取るのがよろしいかと」と指南してくれるので、マルフォイと僕、二人だけのときよりも随分作業が早く進んだ。
今は魔法薬学の教室の隣の応接室? のようなところに移って、ソファに二人で腰掛け、屋敷しもべ妖精が淹れた紅茶とレモン・キャンディを味わっていた。
「ふむ……独特な味だな、これは初めての食感だ」
「えっ!? 君今まで食べたことなかったの?」
「まあ、こういう俗なものはマルフォイ家には相応しくないのだろう。君の家とは違うのだよ」
「そう? じゃあ貰うけど……」
マルフォイの皿に入ったキャンディを頂こうとすると手をはたかれた。
「いらないとは言ってない!」
「ほぼ言ってたよ。でも、そんなにすごいんだね、君の家」
「うむ……そうだな。我がマルフォイ家は『社交の家』だ。格だけでなく人付き合いも広い。その証拠に省の大物中の大物、次期大臣とも噂される人物もよく出入りして、父上となにやら話し合っている。僕がホグワーツに入る前日もそうだった。マルフォイ家ぐらいの大きな家の当主になると、おそろしく多忙なんだ。父上は、いつだってなにやら仕事をされている」
「へー、そうなんだ。僕のパパも魔法省に前はいたけど、すごい偉そうな人なんか来たことなかったなあ」
なるほど、次期大臣? なんて人? と相づちを打ちながら紅茶をいただく。
あっ、これ美味しいな……ママが淹れるやつとは大違いだ。
「うむ。君も是非名前を覚えておくといい。祖父の代からの我が家の盟友と目されており、この魔法界きっての重要人物であるその名は――――」
─────
ドラコとポッターの息子がきちんと居残り作業を済ませたことを確認してから、私は校長の呼び出しに従い校長室へと足を運ぶ。
「……おお、来たかセブルス。忙しい中呼び立てしてすまぬな」
ガーゴイルに扉を開けて貰い校長室に入ると、ダンブルドア校長とポッター(無論、いけ好かないほうだ)が居た。この3人を集めての話ということは、魔法省絡みだろう。
「おい、遅いぞ。お前が来ないと俺は無限にレモンキャンディを渡される羽目になるんだ。できるだけ早く来い……そうそう、聞いたぞ! お前俺のハリーに罰則を言い渡したらしいな!」
「校長、この不快な男と同室させるだけの価値の話であると期待してよいのでしょうな」
「露骨に無視しやがって……」
何やら騒いでいるが、口の中にレモンキャンディが入ったままもごもごと話しているため一切気迫が感じられない。
……こいつ、何個口に入れてるんだ? 馬鹿か?
「セブルスも一ついかがかな? 最近リニューアルした味の方が儂の好みでの。できるだけ古い方は減らしていきたいんじゃ」
「結構」
「校長、もしかして俺に押し付けてたの在庫処分だったんですか。急に美味しくないように思えてきた」
このままこの馬鹿に付き合っていると話が進まなそうなので、両者を睨む。無論、どちらも意に介さない。これだからグリフィンドールは。
とはいえ校長は私の不快さを幾分かは理解してくれたようで、本題に入っては頂けた。
「話というのはな、先ほど省令の改定が伝えられてな。来週から、ホグワーツ高等監督官という役職の人間が派遣される」
「……省令? 公教育機関の役職を増やすならば教育法の改定か、せめて政令の新規制定が筋でしょう」
「そう抗議も多少はしてみたんじゃがなあ。あくまで名目上は魔法法執行部による省令の役職名の変更、ということになっておるらしい」
ずいぶんとアクロバットな法運用をしてきたようだ。
法律の改定であれば
一方で、省令の改定であればそうした手続きは不要であるし、公布期間についての義務もない。
「よほど我々を驚かせたかったのでしょうな」
「そこで、せめて派遣されてくる人物がどのような人物か押さえておきたいんじゃが、二人はドローレス・アンブリッジという人物をご存知かの。……うむ、セブルスがどうやら存じているようじゃな」
「『ゴキブリゴソゴソ豆板』を食わされたときより苦々しい顔してるぞ、スネイプ」
「儂はそんなに嫌いじゃないんじゃがのう、アレ」
ドローレス・アンブリッジ。
直接話したことはほとんどないが、そのごく僅かな機会ですら逃さずに極めて不快な印象を与えることができる稀有な女だ。
「籍自体は
「お、おう……お前がスリザリンの先輩に対してそこまで言うとは、よほど溜め込んでたんだな」
「仕事について無責任な輩を憎悪しているだけだ。お前のような」
派閥争いで負けたはずの無能な女が舞い戻ってくるということは、新たな寄生先を見つけたということだろう。あの女が自発的に省から離れる仕事を受けるはずもない。
「となると……教育に対して思い入れのある誠実な官僚、というものを期待するわけにはいかんようじゃのう」
「あの女ほど誠実という言葉が似合わぬものは世界中を巡ってもおりますまい。……法的根拠が魔法法執行部の省令ということは、間違いなく奴の肝煎りでしょう」
「ついに表でも動いてきたというわけじゃな……トムが」
そうして、校長は私が滅ぼすべき、仇敵の名に言及した。
忘れもしない、2年前の6月。
現魔法法執行部部長、トム・リドル。