「やあ! 僕はマルフォイ家のドラコだ。君は?」
「あ、えーと。はじめまして。し、自分はクラッブ家の、えーと。クラッブ……じゃなかった、ビンセントです!」
「ああ。父上から聞いてるよ。今日から君は僕の手下だ。よろしく」
「……え?」
「あ! はじめまして? 俺はグレゴリー・ゴイルって言います。マルフォイ様」
「よし! お前も手下だ!」
「ははー! ありがたい幸せ、って父が言えと言ってました」
第一印象は酷いものだった。
ただし、最悪ではなかった……だって、それから顔を合わせるようになってからのほうが、よほど酷かったから。
「わははは! おいゴイル、お前の図体はデカいんだから、このまま僕を背中に乗せて走ってみろよ!」
「あ、あい……マルフォイ様!」
「クラッブは道を作れ! 邪魔なやつは僕の名前を出していい。全員どかしてやれ!」
家と家の力関係を使ってわがまま放題。
同年代の相手を本気で手下だと思っているらしく、イタズラやらクィディッチやら、ありとあらゆることにこき使われた。
「おいクラッブ、ゴイル! お前らはビーターをやれ! 僕はシーカーをやるからちゃんと守るんだぞ!」
「はい! マルフォイ様!」
「……はい。わかりました」
やりたくもないクィディッチにつきあわされ。
「おいクラッブ、ゴイル! これは水を美味しいジュースに変えるマルフォイ家に伝わる呪いだそうだ」
「はい! マルフォイ様! ……ぜんぜんおいしくないです、マルフォイ様!」
「よし。だろうな。クラッブも飲め!」
「……不味いです」
バカみたいな魔法の練習台にされて。
「なあ、父上が何をしても褒めてもくれないし、怒ってすらくれないようになったんだ……あんまりにも悪いことばかりしているから、僕を後継ぎとして見限ったのかな、クラッブ」
「そんなことはありませんよマルフォイ様。自分たちはホグワーツ入学間近。きっと、ご自分で判断できる大人として扱い始めたのですよ」
「そうか……そうだよな、よし。僕は大人になる。マルフォイ家の人間としてふさわしい振る舞いをするのだ!」
愚痴の相槌を打つハメになり。
「クラッブ、ビンセント! 今日は学用品を揃えに行くぞ! ホグワーツからの書類によると魔法薬学用の鍋は詳細が書かれていないが、できれば材質にもこだわったほうがいいらしくて……」
「あ、はい。マルフォイ様……家名ではなく、名前のほうで呼ばれるとは」
「よくなかったかな?」
「いえ、少し驚いただけです」
「うん……ほら、僕達はこれからホグワーツで同級生だろ? それなのに手下とかそういう扱いをするのは、あまりふさわしい振る舞いでないんじゃないかと。もちろん、これは僕の勝手な考えなんだけど……率直に言って、僕も不慣れだし呼び方を間違えることもあるんだが……友達として肩を並べたい」
「お! じゃあ俺もドラコ様って呼んでいいですか、マルフォイ様?」
「もちろん、グレゴリー。こうやって振る舞えば、いつか父も僕を見直してくださるはずだ! ほら、クラッブ……じゃなかった、ビンセント。僕のことはこれからドラコと呼ぶがいい。なにせ友達だからな」
「は、はい。ドラコ様」
子供の大人ごっこに付き合わされた。
その風向きが変わったのはホグワーツ入学の前だった。
「ビンセント。明日からホグワーツだな。どうだ? 楽しみか?」
「ええと……少し不安です」
「そうか。でもお前なら大丈夫だろう。ビンセントは俺に似た。きっといい、狡知を持ったスリザリン生になるだろう」
そう言って父は僕の頭を撫でた。
クラッブ家は名門ではないけど純血の古い家で、ほとんどがスリザリン生であることを誇りにしていたし、自分もそれに連なる一人になりたい、と思っていた。
「スリザリン寮ってどんなところなんですか?」
「一言で言うのは難しいが……しかし、あそこで7年間過ごすだけで相当な自信がつく場所なのは間違いない。授業や課題や点数集めだけじゃない。学生のうちから人脈というものの重要さを理解させられる」
「はあ、そうなのですか。自分はまだそういった実感はありませんが……人脈と言っても、友達と言ったらゴイルと……ドラコぐらいだし」
「ドラコ? ……ああ。マルフォイ家の子か。仲がいいのか?」
「いえ、仲がいいかというと……難しいです」
「なんだ、そうでもないのか? それなら丁度いい。マルフォイ家の子にはもう付き合う必要はないぞ。あそこは落ち目だからな」
子供ながらに勝手な話だと思った。
手下みたいな立場に勝手に押し込んでおきながら、親の都合であっさり翻す。
自分がそれからもドラコとの付き合いを続けたのは、そんな親への反発もあってのものだった。
でも、ホグワーツに入学してスリザリン寮に組分けされて半年暮らすうちに……パパが言っていた意味というのものがある程度理解できるようになった。
学生生活を一人でこなすのは困難だ。日々移り変わる迷路のような校内、絶え間ない宿題、そして迫りくる期末試験に
同じ寮内にいるというだけでおおよそ結束できる気楽なグリフィンドールやハッフルパフと違い(レイブンクロー生は例外。自助努力で手段を獲得できない人間は、レイブンクローに組分けされない)、スリザリンは校内におけるパワーバランスですべてが決まる。
だから、家格の低い連中と付き合うのは労力の無駄だとすぐにわかった。
そんな中、マルフォイ家は日に日に政界での影響力を落としているのがホグワーツの中にいてもわかる有様。ドラコ自身は一年生のためのクィディッチクラブの中心人物としてホグワーツ内のパワーバランスのある種のニッチに収まってはいたけれども、それはあくまでニッチ。
スリザリン寮内で大きく評価される項目でもなく、腰ぎんちゃくを続けるほどの見返りもなかった。
だから、自分がドラコを見捨てるのは自然な話だ。
それがスリザリンというものだろう?
―――
なにやら周囲が騒がしい。
まだ起きる時間じゃないはずなのに……いや、違う。ここは寮のベッドじゃない。
確か自分たちはスネイプ寮監の手伝いのために校舎の外に行こうとして……
「おい、起きろよクラッブ!」
「ロン、どいて!
思い出した。
廊下でクソ女、アンブリッジに3人まとめて
ドラコは鞄に放り込んで運ばれ、グレゴリーは自力で目覚めて、追いかけていったんだった。
「これでどうかしら! ねえ! クラッブくんが起きないわ! みゃ、脈を見ないと!」
「……うるさいな。起きてるよ」
「よかった、目を覚ましたみたいだ!」
あたりにはいけ好かないグリフィンドールの連中……ポッターにウィーズリー、グレンジャーやらなにやら。その中にスリザリン生はデイヴィスが一人紛れているだけ。
ドラコとグレゴリーは、いない。
「……今何時だ!?」
「うわぁ! 急に身を起こすな。えーと、17時半だけど」
あのアンブリッジが自分たち(つまり、自分にドラコ、グレゴリーだ)に
つまり、まだグレゴリーとドラコはそんなに遠ざかっていない。
「ドラコが危ない!」
「え!? どうしたの」
「さらわれたんだ! アンブリッジに! グレゴリーはそれを追いかけていった。数分前の話だ」
「な、なんでアンブリッジ監督官がそんなことを……?」
「知らねえよグレンジャー。お前の賢い頭で一生考えてりゃいい。とにかくあのクソ女は俺たちに呪いをかけて、鞄にドラコを突っ込んでホグワーツの外のほうへ走り去った。グレゴリーは呪いの効きが弱かったらしく、すぐに立ち上がって追いかけて……そこで意識が途切れた」
「助けに行かなくちゃ!」
そう最初に声を上げたのは……その場にいたもう一人のスリザリン生であるトレーシー・デイヴィスではなく、意外にも普段、反目しあっているウィーズリーだった。
「噂で聞いた話だと……アンブリッジは自室に呼びつけた生徒に平気で拷問まがいのことをしてるらしい」
「そんな!」
アンチ・アンブリッジで随分とホグワーツを騒がせていたディーン・トーマスの話に対して、グレンジャーが悲鳴をあげた。
自分もそのたぐいの噂は少し耳に挟んだことがある。アンブリッジの評価はあの女の出身寮であるスリザリンの中ですら非常に悪い。
ウィーズリーはそれを聞いて、アンブリッジへの嫌悪感を隠さずに続けた。
「ホグワーツの中ですらそうなんだから、外にさらったら、たぶんもっとひどいことをするに違いない。マルフォイは嫌なやつだけど……アンブリッジに拷問されるほど嫌なやつじゃあない」
「わかった。すぐに追いかけよう。クラッブくん、どっちの方角に走っていったかわかる?」
ポッターに尋ねられる。
あんな奴助けに行く必要あるのか? こんな馬鹿げた騒ぎに付き合う必要ないんじゃないか?
そういう疑問が頭の中で浮かぶ。
浮かぶが……いや、別に多少追いかけるフリをするぐらいはスリザリン生の流儀に反しないはずだ。
「ホグワーツの外のほうだ。人目を避ける理由のあるアンブリッジはともかく、ゴイルが必死で追いかけているようだから、その先の足取りも周囲の人に聞けばわかるだろう」
そう言って全員が駆け出す。アンブリッジが逃げた先は……自分たちが何度も使っていたクィディッチの練習場の方のようだった。
「この辺りは人もいないからね……見たって人の話もこの辺りで途切れてるみたい」
「こっちの方から逃げたとなると、禁断の森に逃げ込んだのか? 自殺行為だろ」
橋を渡って練習場より奥へ抜けていくと、あるのは禁断の森とその監視小屋ぐらいだ。ホグワーツから逃げ出すルートなんてそれぐらいで……
と、自分はそう考えていたがポッターは違うようで、再建された木の橋の上で周囲をきょろきょろと見ている。
「僕らの練習場といえば、ここでトロールに襲われて……」
「ハリー? 何か気付いたことでもあるの?」
「あの時、吊り橋が壊されていて立ち往生したわけだけど……じゃあ、あのトロールはどこから来たんだって思って」
「ハリー、それは確かに奇妙だけど今考えることでもないだろ?」
トーマスがポッターに突っ込む。もっともだ。
しかし、ポッターは首を振った。
「いや。もしかして……それを手引きしていたのがアンブリッジだったんじゃないかって。みんな、谷底を見て!」
ポッターの指さした先は下水道の入り口。
……そうか!
「トロールの侵入経路があそこで、そこからよじ登ってホグワーツに、一部は練習場に来たってわけね。確かに、落ちた橋には何者かが引っ張った跡があったわ!」
「ハリーもハーマイオニーもよく見てるなあ。僕はその時そんなの見る余裕はなかったよ」
「トロールの侵入を手引したアンブリッジは、そのルートを知っていたと」
「クラッブ君の言う通りね! ああ、なんでそんなことにも気づかなかったのかしら!」
「よし。箒を使って下に降りよう」
トーマスの呼びかけに従い、急いで箒をロッカーから引き出して全員で谷底に降りる。
そうしたら案の定、下水道とこちら側を隔てる鉄の柵は人為的に曲げられていた。
「うわー、おったまげー。でも、ジョージとフレッドが言ってたぜ。下水道にはやばい魔法生物がウヨウヨしてるって。どうする?」
「アンブリッジもグレゴリーも、その魔法生物がウヨウヨしてるところに突っ込んだわけか。世話を焼かせやがって」
「危険かもしれないけど、早く追いかけないと! たぶん下水道の中もホグワーツの敷地の範囲内だろうけど、外まで出たら姿くらましでどこへでも逃げられちゃうよ! 今から走っても追いつけないだろうし、箒で追いかけるんだ!」
ロングボトムが喚き散らすが、それができれば苦労しない。似たような懸念をグレンジャーも抱いていたようだった。
「でも、この中って真っ暗よ? こんな中を歩くならともかく……箒で飛んで追いかけるなんて自殺行為よ!」
「
「相手は大人の魔法使いよ?
「わかった……僕が一人で行こう」
相変わらずの英雄気取りで、グリフィンドール精神を発揮したのは、やはりポッターだった。
「トロール騒ぎのときに説明したけど、僕の眼鏡には暗視機能がついてる。僕一人なら
「ハリー、追いかけて終わりじゃないのよ! 追いついて大人の魔女から人質を奪わないといけないの、一人じゃ危なすぎるわ!」
「でも、行かないとドラコが……」
そう。一人で追いついてもなんにもならない。アンブリッジは卑劣な女だが、さっき、僕達に素早く呪いをかけた杖さばきを見るに、決して舐めてかかっていい相手ではないはず。ホグワーツの一年生で挑むなら、せめて数人で気付かれずに近づくぐらいはしないと二重遭難になりかねない。
そんな風に思っていたところ……考え込む様子になっていたウィーズリーがボソリと呟いた。
「リストバンドだ……」
「え? ロン、なにか言った?」
「リストバンドだよ! この前のクィディッチの試合でも使ったやつ! あれで指示を出して皆で飛べばいいんだ!」
「……それはつまり、ほぼ全員見えない状態で、唯一暗視の眼鏡で見えるポッターの飛行に全員が命を託して飛ぶってことか?」
「さすがクラッブくんね! そうすれば追いかけられるわ!」
皮肉のつもりだったのだが。
グリフィンドール生は、どうやら意地でも飛ぶ方法を見つけるらしい。