ヴォルデモートなんていない   作:taku1531

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36.Dressing Up

「そうですね。全体として骨格は少し細身ですが、筋肉質な体格をされておりますのでこのようなお召し物とか……」

「うーん。そうね、ハリーくんはスタイルがいいからやっぱりこういうちょっとスタイリッシュな感じのドレスシャツが似合いそうね。これなら秋とかも綺麗めのジャケットを羽織ってあわせれるほうがいいと思うし。でもデザインはもうちょっとカジュアルめのほうがいいかしら」

 

 ダフネさんと一緒にダイアゴン横丁のアパレルショップに入って小一時間。

 僕は彼女の着せ替え人形にされていた。

 

「下はどういたしますか?」

「やっぱり腰回りはタイトにしたほうがトップスと雰囲気が合ってるし今風よね。ルーズにするのはちょっと古臭く見えちゃうわ」

「えっ!? そうなの!?」

「そうですね、お客様。まあ、率直に言って一回り、あるいは二回りまえの流行でしょうか。もちろん、ファッションは流行に乗るのだけが正解ではありませんので、好みに合わせて着ていただくのが一番なのですが」

 

 どうやらシリウスおじさんとパパのファッションセンスは一昔前のものだったらしい。

 割と本気で恨むぞ。こういうのは。

 

「こういうのもどうかしら? スポーティだからクィディッチが好きなハリーくんにも雰囲気が合ってると思うわ」

「あ、確かに……これは僕、好きな感じだな。色使いがシンプルだけどおしゃれな感じ」

「お目が高いですね、グリーングラスお嬢様。まだロンドンにフラッグショップもないアメリカ新興のブランドですけれども、わたくしめはこれから名を馳せると睨んでおります。魔法界に持ち込んだのはわたくしが最初と自負しておりますの! これは! これから! 来ますわ!」

 

 目の前の魔女は鼻高々で僕にシャツを押し付けてきた。

 やっぱ魔法界って変な人多いな……って思いつつも口には出さず、試着する。

 ダフネさんが見繕ってくれたポロシャツは落ち着いた色使いでなかなか着やすい感じ。着心地も悪くない。国旗のようなデザインで、紺と赤と白で構成されているシンプルなブランドのマークもおしゃれな感じだ。

 さっきからおしゃれな感じ、としか形容できていないのは僕がこの手の服のよさを具体的に説明することが一切できないからだ。さっきからダフネさんに「ルーズ」とか「スポーティ」とか言ってもらってるけどぜんぜんわかってない。

 でも、パパが「いいか、女性と服屋に入ったら出るまでニコニコ笑いながら全部頷いて、意見を求められたらとにかく褒めるんだ。これは全世界で決まってる法律で破ると死刑になるからちゃんと守るように」って言ってたし、そう振る舞うべきで……いや、でも、パパの言うことだしなあ。ほんとにそれでいいのかなあ。

 

「それにしても色々詳しいんだね、ダフネさんは」

「んー……まあ、好きだからかしら。子供の頃は服のデザイナーになりたいなんて思ってたから」

「え! カッコいい!」

「今は諦めちゃったけどね。父は絶対反対するだろうし」

「いえ! 諦めることはありませんよ! グリーングラスお嬢様のセンスはよく存じております、魔法界のデザイナーは常に不足気味ですから、間違いなく需要はありますよ!」

「それ、僕が言ったほうがいいセリフじゃない? 流れ的に」

 

 ダフネさんの夢を励ましたのは僕……ではなく店員のお姉さんだった。

 

「クリスさんはうちの事情、知っているでしょう?」

「ああ。妹さんのことですね。でも、あなたが重荷に考えることでもないと思いますが……お家の事情に口を出すわけではありませんけれどもね」

「店員さんはダフネさんのこと、よくご存知なんですか?」

「グリーングラスお嬢様ですか? ちっちゃいころからよく存じ上げていますよ! うちは昔からご贔屓にして頂いてまして。お望みでしたらいくらでもエピソードをご披露……」

「ちょっと! やめて!」

 

 ニッコリと店員のクリスさんは笑った。

 正直言って興味はあるけど……ここで本気に聞きに行くと嫌われそうなのでやめておく。

 

「あー……お家の話なら僕には話さなくても大丈夫だよ?」

「隠してるわけじゃないわよ。ただ楽しい話ではないわ……その、グリーングラス家はね、呪われてるの」

 

 呪い。

 ママから少しだけ聞いたことがある……解明されていない古い呪いの中には、血族や家、果ては土地や民族まで呪うものがあると。

 

「妹のアストリアは……その『血の呪い』を抱えてる。同じように『血の呪い』を受けていた私の叔母にあたる人も私達が生まれる前に亡くなったわ……だから、私が家を背負っていかないといけないのは決まってるの。デザイナーなんて夢、抱く余裕はないわ」

 

 16歳といったらホグワーツをまだ卒業すらしていない。

 手紙のやりとりの中でダフネさんが妹さんを愛してるのはよくわかっていたから、その痛みが僕にも伝わってくる。

 

「そんな悲観的にならなくてもいいんじゃない? お父さんには話したことあるの?」

「確かに話したことはないけれど、習い事ばっかり私に押し込もうとしてる父がそんなの認めるはずないわ。実際、父も母も家務で常に忙しそうにしているし。父なんか家でゆっくり休んでいるところを見たことがないわ。家にいるときも常に勉強、勉強……純血の名家なんて名乗ってるところはたいがいめんどくさいことばっかりなのよ」

「うーん……確かにそう言われるとピンと来ないけど。家務なんて言われてもよくわからないし……」

「いや、ちょっと待って、ポッター家もたいがい名家よね。まあ、あなたの家のお父さまは特殊だから……」

「お父さまは特殊……」

 

 初めて聞いた形容の仕方だ。ちょっと聞いただけなら褒めているようにさえ聞こえる。

 これがスリザリンのユーモアというやつかな……

 

「まあ。湿っぽい話はこれぐらいにしましょう。私はハリーくんと楽しいことがしたいわ、ダメ?」

「そ、そうだね。楽しい、楽しいことかあ」

「例えばハリーくんの着せ替えとか。トップスは決まったけどまだ下が決まってないしね、色が明るめのチノとかかしら」

「このスラックスなんかどうでしょう。今はベルボトムが流行ではありますが、個人的にはポッターさんにはテーパードのほうがお似合いかと思います」

 

 なんだかわからない呪文を目の前で唱えられながら、また試着室に押し込まれる。おもちゃにされてる……!!

 

 

 ─────

 

 

 窓から見えるダイアゴン横丁の大時計は14時半を指していた。もう遅いランチという時間ですらない。

 

「ごめんなさいね。結構遅くなっちゃって」

「謝ってる割には顔がすがすがしい……」

 

 だって楽しかったんだもの。

 

「もう……でも僕も楽しかったよ。今のメンズファッションが9割はわかったね」

「ホントかしら」

 

 そうお喋りしながらパン・オ・ショコラを口に運ぶ。サクサクして美味しい。

 セカンドフラッシュのダージリンも素晴らしい味だ。

 

 服屋を出て向かったのはダイアゴン横丁の路面店、魔法使い向けの紅茶メーカーが出店しているカフェで、店内だけではなくテラス席もあるということでそちらに座ることにした。今日は天気もいいしね。

 私は軽食だけれどもハリーくんはやっぱり男の子ということで結構お腹をすかせていたみたいで(これに関してはちょっと申し訳ない)、アーノルドベネット・オムレツとフライドポテトをガツガツと口に放り込んでいる。結構ワイルドな食べ方だ。

 

 ただ、ちょっと気になるのは……私達のあとから入ってきて店の奥に座った女性をちらちらと何度か見ているような気がすることだ。

 知り合いなのかしら。でも、そういう様子でもないし……

 あんまり一緒にいるときに、他の女性に目が行って欲しくない、かも。

 

「ごちそうさま!」

 

 そんなふうにちょっと考え込んでいる間にハリーくんは皿を平らげてしまった。

 私もちょうど手元のパンを食べきったところだ。

 

「ここはパーラーも兼ねててね。デザートが美味しいそうなの。頼んでいいかしら?」

「もちろん。僕は飲み物を頼もうかな」

 

 頼んだのはチョコレート・アイスクリーム(Knickerbocker-Glory)。このお店自慢の一品で、店頭のショーケースにも一番よく見える位置にサンプルが置かれていた。

 ダイアゴン横丁のこの辺りを通るたびに、幼い頃の私とアストリアはねだったものだけど、結局いままで食べずじまい。なので、今日は密かに楽しみにしていたのだ。

 注文してすぐにテーブルに届く。華やかな色のパフェはとても見栄えのするもので、見ているだけで幸せになってくる。

 でも、今日やりたいのはこのパフェを見つめるだけではない。

 

「ハリーくん、こっち向いて」

「ん? なに?」

「口開けてくれる?」

「こう?」

 

 パフェの先端部についていたクリームを載せたスプーンを、ハリーくんの口の中に勢いよく突っ込むと、ハリーくんは驚いた様子で目を見開いた。

 うん……なにか違うわね。

 トレーシーが言ってたロマンチックな雰囲気とはなんか遠い気がするわ。

 

「どうかしら?」

「びっくりした」

 

 そりゃそうよね。突然スプーンを口に突っ込まれるとそうなるわ。なにがいけなかったのかしら。

 

「もう一回やってみましょうか」

「もう一回!? これ何の儀式!?」

「逆がいいのかしら? ハリーくんが私にやってみて」

「ええ……」

 

 今度はハリーくんにスプーンを渡してみる。交互にやるとロマンチックな雰囲気になるのよ! とパーキンソンが言ってた気もするし。

 

「こうかな……あ、あーん」

「あーん?」

「えーと、口を開けてほしいときの合図で……自分で言うとより恥ずかしくなるなあ……」

 

 ああ。確かにそういう合図を出すのがならわしとスリザリン寮の談話室で見せてもらっていた『週刊魔女』にも書いていた気がする。こうするものなのね。

 合図に従って口を開くと、ゆっくりとアイスクリーム部分が差し込まれた。

 

「おいしいわ」

「う、うん。よかった……?」

 

 なにか釈然としない雰囲気ではあるが、確かにとても楽しい。

 まるで雛鳥みたいだけど、もう一度口に運んでもらおうとねだろうとしたところ――

 

 ダイアゴン横丁の路地のほうから叫び声が聞こえた。

 

「盗っ人だ! おれの杖をヤツが盗っていきやがった!」

「お前ら! どきやがれ!」

 

 ガタン、とハリーくんが立ちあがった。そのほかにも周囲で同じようにしている人が何人か。先程ハリーくんが見ていた女性は慌てた様子で店から駆け出してきた。

 私があっけに取られている間に素早く杖を抜き、一切ためらわずに呪文を唱えた。

 

縛れ(インカーセラス)!」

「うぐっ!」

 

 ハリーくんの呪文は的確にひったくり犯の足首にヒットし、男は前のめりになって地面に倒れ込んだ。

 

「おめえさん、ちっせえのに大した呪文の腕だーな! 助かったぜ」

「ハリーくん!? 大丈夫」

「うん。早く魔法警察の人を呼ぼう」

「……それには及ばんよ」

 

 その捕物劇が終わったのにあわせて、私達に声がかかった。

 声をかけた当人が奥の建物の影からゆっくりと歩いてくる。どこの部署かはわからないけれど、省の役人かなにかのようだ。

 

「見事な腕だった。この手の軽犯罪は増加傾向でね。たいがいがマグル生まれ(ボーン)による犯罪なんだが……まったく嘆かわしいことだ」

「あなたは?」

「おっと。先に名乗らねばな。魔法不適使用取締局のロウルだ。彼はこちらで預かろう……ただ、少しお話がある。わかっているね?」

 

 魔法不適使用取締局。

 ハリーくんはピンと来ていないようだけど、思わず私の顔は歪んでしまった。

 今、もっとも悪名高い役所の一つだ。

 

「君はホグワーツの生徒かね? 『未成年魔法使いの妥当な制限に関する法令』はもちろんご存知だろう」

「そんな! 今のは明らかに急迫性のある状況だったじゃない!」

「やあ、お可愛らしい魔女のお嬢様。よく勉強しているね。確かに未成年魔法使いの制限は身体にかかわる危険の際には例外となっている。しかし……今のは彼が危険にさらされたわけではなかったね?」

「ちょ、ちょっと待ってくーれ、お役人様! このボウズはおれを助けたんだ!」

「黙りたまえ、スタンリー・シャンパイク。飲食の営業も取り上げられたいか?」

 

 被害者の男は割って入り、わたしたちを庇おうとしたが……取締局の男は

 

「まあ、しかし釈明の余地はあるだろうし軽微な違反には違いない。そうだな、罰金10ガリオンで十分だろう」

「10ガリオン!」

 

 ハリーくんが飛び跳ねる。そりゃそうだ。私達学生にとって10ガリオンは大金だ。

 

「払えないわけではあるまい? なかなかいい身なりのお坊ちゃんとお嬢様のようだからね。嫌なら然るべきところに処理をお願いするしかないが」

「わ、わかった。ここはおれが出す。助けてもらったんだ、これ以上めえ惑かけるわけには……」

「それには及ばないねえ」

 

 私達の後ろ、カフェの入り口の方から突然声が聞こえた。

 ハリーくんが見ていた女性のものだ。

 

「『未成年魔法使いの妥当な制限に関する法令(US制限法)』に罰金刑はないよ。だいたい、どう法律をひっくり返しても窃盗犯は不適使用取締局(フトリ)の管轄じゃないでしょ」

「と、突然なんだね君は!」

 

 黒だった髪が苛烈な赤色へと変わるのに合わせ、顔も変化していく。

 『七変化』だ。

 

「どうも、闇祓い(オーラー)のトンクス・ニンファドーラよ。未成年から賄賂取ろうなんて『未成年魔法使いの妥当な制限に関する法令(US制限法)』の違反よりはっきり重罪じゃない? 現行犯よ現行犯」

「トンクスお姉さん、見習いってつけるのを忘れてるよ」

「黙ってて、ハリー! 私は非番だから面倒事は起こしたくないけど、魔法警察(本職)ならもう呼んであるわ。やましい事があるなら逃げたほうがいいんじゃない?」

「ぐっ……クソ闇祓い(オーラー)が……」

 

 そう言って男はすごすごと逃げ出していった。

 

「ごめんね、ほんとはあんなやつ逃がさずにアズカバンにぶち込んでやりたいんだけど……間違いなく徒労に終わるだろうから」

「別にいいよ。ムカつくけど」

「デートの邪魔もしちゃって悪いわね。でもまあ、昨年末いろいろあったんでしょ? 悪いやつをぶっ飛ばしたとか蹴っ飛ばしたとかなんとか。性根が腐ってるやつって、子供を狙って報復とか普通にありうるからね」

 

 どうやら、闇祓い(見習い)の彼女は私達の護衛でこっそり監視していたらしい。

 ああ、だからハリーくんは気付いてチラチラ見てたのね。

 

「というか、私だってバレてた?」

「バレてた。わざわざ店の奥に座るのに目線は僕らから放さないのは不自然すぎるよ。悪いやつかもとは思ったけど、僕の杖には視線行ってなかったし」

「シリウスには黙っといてね。絶対ボスにチクって訓練させ直してくるから」

「うむ。その件は私がしっかり伝えておこう」

「あ! ネビルのお父さん!」

「げ」

 

 駆けつけてきた魔法警察の職員は、どうやらロングボトムくんのお父さんらしい。

 世間って狭いわね。

 

「見習いのうちに失敗を洗い出せたのはむしろ良いことだろう。精進しなさい」

「へいへい。わかってまーす」

「それじゃ、失礼するよ。休日を楽しんで!」

 

 そう言って窃盗犯を連れてロングボトムくんのお父さんは姿くらまししていった。

 まったく。ハリーくんといるとトラブルには事欠かないわね。

 

「あー、おめえさんら。色々あんがとな。礼の一つぐらいしたいとこだが……」

「盗まれた杖は大丈夫でしたか?」

「おう……それ!」

 

 シャンパイクと呼ばれていた男は杖を振ると……突然、目の前に三段のバスが現れた。

 無言の呼び寄せ呪文かなにかを使った様子はないから、おそらくバスの方にも何かしらの呪文がかけられていて、すぐに呼び出せるようにしているのだろう。

 

「ようし、バスも杖も無事だな……おめえさんら、どうした?」

「うわー……え? これバスだよね? 魔法界にもこんなのあるんだ!」

 

 ハリーくんが目を丸くしている。

 私も正直驚いている。マグル・ロンドンのほうに出ればそりゃいくらでも見れるけど、ここまで大掛かりな魔法がかけられた交通機関というのは見たことがない。

 とはいえ、主な用途は移動手段ではないようで、バスの側面には看板がかけられ軽食やドリンクのメニューが記されていた。なるほど、飲食の営業と言われていたのはこういうことか。

 

「おめえさんら、迷子の魔法使い、魔女のための夜の騎士(ナイト)バスを知らないなんて……いやあ、営業停止食らってからずいぶんなげえしなあ。坊主らが知らんのも無理はねえか」

「え、動くの!?」

「そりゃ動くさ。カネ取って人を運べねえだけでモノ自体は合法だから……そうだ、暇なら乗ってくか? ロンドン観光は1世紀前からバスを使うもんと相場は決まってらあ」

 

 そう言ってシャンパイクさんは親指を立ててバスを指差した。

 

 

 

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