「
「えっ……急になに?」
シャンパイクさんに促されてバスのステップを昇っていくと、突然改まった様子で話し始めた。ハリーくんは首を傾げている。
一応、見知らぬ大人のマジックアイテムに入れられて運ばれるというのは警戒して然るべきということで、闇祓いのニンファドーラさん? も同行している。
「この口上がお決まりだったんだーよ、
車掌……シャンパイクさんは運転席でなにやら感慨深げな様子だ。
バスの中は……かなり物が多い。さっきの話によるとこのバスをキッチンカーとして使っていたようだが、確かにバスの左側面はなにやら細々したものでいっぱいだ。魔法のコンロやら謎のツボやらなにやら。ピザ窯まである。
「しかし、今日で辞めるってときにお客さん……まあ、厳密に言えば客じゃあねえんだが……を乗せて走れるたあなあ」
「あれ? 辞めちゃうんですか?」
「また
そう言ってシャンパイクさんは運転席に置かれていた『日刊予言者新聞』を私達に見せた。「ゴブリンの猛抗議、今日も続く」「またもグレイバック現る!」などの見出しの下に「魔法のバス売ります、魔法省のエンチャント許可証付属」と広告が出ている。
「いい値で売れたらおっかあと一緒に渡米でもしようかと思っててな。この手の技能はあっちのほうが生かせるんじゃないかと」
「アメリカ! そんな遠くまで行っちゃうの!」
「向こうはマグル由来の技術だのなんだの関係なく自動車に魔法かけて使ってるらしいからな。車掌の仕事ぐらいすぐ見つかんだろう、たぶん」
確かに。今のイギリス魔法界はその手の技術への抵抗が強い。彼が営業を取り消されたというのはその一環だろう。
とはいえ、あるいはだからこそこういう物に乗る機会は少ない。少なからず私も楽しみで、景色のいいバスの3階へとハリーくんと一緒に上がり、荷物の少ないあたりの座席に腰を下ろそうとしたところ……備え付けられたスピーカーからシャンパイクさんの声が聞こえてきた。
「悪いな、そっちじゃなくて左側に座ってくれ! いろいろ物を置いたままで申し訳ないんだが」
どういう仕組みかはわからないけれど、車掌は車内の様子を把握しているらしい。でも、なんで片側に寄って座る必要があるのかしら?
「このバス、結構オンボロでよ。左側の車軸がちーっとだけ曲がっててな……あんまり体重をそっち側にかけると横転……たぶんしないはずだ、心配ご無用!」
「ハリーくん、降りましょう」
「うん」
「えー、
無情にもドアは閉められる。
「ま、まあ……昔から仕事でバスを走らせてたプロなんだし、過剰に心配しても仕方ないよね」
「おっと、俺は車掌だから仕事で運転したことはねえぞ。運転手やってたアーンが懐かしいな、どこ行っちまったのか」
「なんでそんな不安を煽ることしか言えないの!?」
ハリーくんが割と本気でビビっている。私は一周回ってなんとなく冷静になっている気がする。まあ、本当に危なくなったら後ろのニンファドーラさんがなんとかするだろう。たぶん。
轟音をたててバスが一気に前進した。3人とも思いっきり座席に叩きつけられる。景色のいい3階に上がってはみたが……周囲を楽しんで見る余裕はない。バスはブレーキなど無いように勢いよく進んでいく。すさまじい慣性の力を受けながらも窓の向こうを見回してみると、マグル・ロンドンの高層ビルやらマンションやらが飛び退いて避けていったように見えた。魔法使い機密保持法をめちゃくちゃに破ることになるだろうから実際に飛び退いているわけではないと思うのだが……ともかくバスは一直線に進んでいく。
もう一度
「着いたぜ……いや、違うな? どこだここ?」
運転手が知らないことを私達が知るはずもない。
どうやらロンドンの中心部からは離れたようで、だだっ広い空間の真ん中にいる。建物もなにも周囲には見当たらない。
「地図、どこしまったっけなあ。おお、ここか。えーとここは……『リーブスデン飛行場』? なあ、飛行場ってなんだ?」
「ひ、飛行場!? マグルの乗り物を飛ばす空間だよ! 今すぐ逃げて!」
「そんなすぐ逃げなきゃいけないほど危ないのか?」
「箒より速くて、このバスよりデカいってママが言ってた。マグル避けで見えない僕らに気づかずにぶつかったらぺしゃんこになると思う」
「よーし、発進すっか。ちょっと着地点ズレてたな。わりいな」
ハリーくんはかなり本気で運転手に向かって叫んでいる。そんなにぶつかったら危ないのだろうか。このバスだって結構大きいし、おそらく衝突したときの防護呪文ぐらいはかかっているだろう。それでもあの慌てようを見るにちょっと凹んじゃったりするのかしら。
もう一度バスが発進し、今度はほとんど間をおかずにすぐに停止した。
「よし! 今度はあってるな。お客様、魔法使いのロンドン観光といったらここは欠かせない! バーカムステッド城でございます」
「うわっ! かっこいい! これがバーカムステッド城か!」
外を見ると丘の上に非常に美麗な、白磁のような城壁がそびえ立っている。
確かにこれは……美しい。
「えー、こちらの城は11世紀に……なんだったっけな。もう忘れちまった」
「知ってるよ! フランスの魔法使いがウィリアム征服王に帯同して進んできたときに建てられたんだよね! ドラコのご先祖様もこのときにイギリスに移り住んだとか。うわー、
「お、おう。坊主詳しいな。ちと郊外で、ちょうどいい煙突ネットワークも近くにねえから意外と来づらい名所なんだよな。こういうとこにはバスで来るに限る」
「ダフネさん! 行ってみようよ!」
ハリーくんが無邪気に私の手を引いて外に駆け出そうとするので、そのままバスを降りて城に向かって歩いていく。
どうやらニンファドーラさんとシャンパイクさんはバスに残るようで、三階の窓から私達をニコニコと見下ろしていた。
「あ、二人をここまで連れてきてくれてありがとね? 楽しんでくれてるわ」
「おう。闇祓いの姉さんもあんがとな。ニンファドーラさんっていったっけか?」
「そうね。あと、ニンファドーラって呼ばれるのすっごく嫌いだから次はそれも覚えててね。トンクスでよろしく」
闇祓いの女性が急に怒気をまとった。
危なかった。私も機会があればそう呼ぶところだった……いや、でも理不尽じゃない?
そう後ろでやり取りしながらも、トンクスさんは私に口の動きだけで「頑張ってね」と伝えてきた。
何をだろう……と思ったのもつかの間、さっきから私とハリーくんは手を繋いだまま歩いていることに気付いた。意識すると急に気になってくる。汗とかかいてなかったかしら。
ハリーくんは憎らしいことにぜんぜん意識もなにもしてくれてないようだ。
「ダフネさん? 城には入れないみたいだけど、展望台がすぐそこにあるみたい! 行ってみようよ」
「んー……そうね。ゆっくり行きましょうか。エスコートしてくださるかしら?」
「任せて!」
即答はしたものの、ただ前を向いて私を引っ張るだけだ。まったく、なってないわね。
でも、それがハリーくんらしさでもあるかしら。
随分とわたしもグリフィンドールに毒されて来た気がする。
─────
狼人間が満月に変身することはよく知られているが、満月の前後の気性や思考まで影響を受けることは知られていない。
だから、単に楽しむときは別にして……重要な仕事のときは新月の前後を選ぶ事が多い。選ぶ余裕があるのなら。
フェンリル・グレイバックは空を見上げる。雲ひとつない。もし今日が満月なら、実に気持ちのいい夜になっていただろう。
だが生憎。昨日は新月だった。だから今日を仕事の決行日にしたともいえるが。
俺たちのねぐらは魔法省ですら気付けないような森の奥に隠してある。そこからロンドンまでは全員はるばる歩いて来た。今更慣れたものではあるので誰も文句は言わないが、嫌気がさすのは変わりがない。魔法界の移動手段は、狼人間には優しくないからな。
だが、それも今日までになるかもしれない、と知っている人間は浮かれている様子を隠せていない。
俺たちのための移動手段。偶然にもそんなものが俺たちが暴れまわった記事と一緒に『日刊予言者新聞』に載っていた。渡りに船、いや渡りにバス、ってところか?
目的地にたどり着いた俺は、丁寧に戸をノックする。
扉は薄っぺらい木製で、侵入防止チャームだのなんだのが取り付けられている様子はなかったがこういうプロトコルはしっかりと守っておくに越したことはない。
無論、向こうが警戒し扉を開けないってんなら……なりふり構うつもりはないのだが。右手でぶら下げているバールでトントン、と蝶番をつつく。
しかし、俺のノックに呼応して中からは平和ボケ極まりない話し声が漏れ聞こえてきた。
「あんだい? こんな時間に」
「ああ、おっかあ。もう広告の効果が出始めたのかもしれねえ。俺が出るぜ」
警戒などさらさらしていない。順調すぎても楽しくないんだがねえ。
ギイ、と軋む音とともに扉が開かれる。顔を出したのは男の方、スタンリー・シャンパイクだ。もちろん、中にいるのはリサーチ済なのだから誰が居るかなどわかっているのだが。
「やあ。シャンパイクさんだね。バスを頂きにきた」
「……お、おめえは! 狼人間グレイバック!」
「おっ、俺のことを知ってたか。話が早いね」
のろい動きだ。
シャンパイクが杖に手をかける間も与えずに鼻っ面を殴りつける。それに合わせて仲間たちが一気に家の中に雪崩込み、中に居た妻のほうも
旦那に対してももちろん手を休めることはない。喉元を片腕で握り、そのまま持ち上げる。
その状態で手下に声をかけながら、目の前の男を恫喝する。
「おら、お前ら探せ! なあ、シャンパイクさん。あんたのバス、俺達が有効活用したいんだ。鍵はどこにあるか教えてくれるかな?」
手下どもは手慣れた様子で部屋の戸棚だのなんだのをひたすらひっくり返し、荒らし始めた。
金目のものはもちろんカバンに片っ端から投げ込んでいる。
「だ、誰がお前らなんかに! あれは俺の人生なんだ、やすやすと渡して……」
「おいおい。もしよかったら教えて下さい……なんて言ったつもりはないぜ? クルーシオ」
シャンパイクの妻に向かって
「ああああ!! な、なんてことを」
「かわいそうに。こんなことしたくないんだがなあ。それで、鍵は?」
「し、寝室の引き出しの中だ」
「ご親切にどうも」
喉から手を放してやる。床に崩れ込んだ男は自分の首をさすり、なにやら小さく呻いていた。
「寝室の引き出しの中だとよ! 他の金目のものもあるかも知れねえ、徹底的に荒らしてやれ!」
そう俺が叫ぶとみな唸り声をあげて寝室へと駆け込んでいった。この俺の足元のやつが嘘をついてなけりゃあ、すぐに目当ての物は見つかるだろう。
「グレイバック様! ありました!」
「メバラク。それが本当にバスの鍵かどうやって確かめたんだ? え?」
「ひっ……いえ、寝室で見つけたことを……先に報告を……」
「とっとと外のバスで確かめろ。ぶっ殺すぞ」
使えねえやつだ。狼人間ってだけで永遠に俺たちの仲間でいられると思ってるなら大きな間違いだとそのうち叩き込まねえとな。
とはいえ、ほどなくして外からバスが動き始めた音が聞こえてきた。どうやら問題はなかったようだ。
「アバダケダブラ、アバダケダブラ。お前ら! 引き上げるぞ!
二人を始末し、ケツをまくる支度を始める。
省の人間は今やゴミばっかだが、
あえて一戦交えて使えない手下どもの間引きなんてのもそのうちしたいとこだが、まだ時期尚早だろう。
そう考えながらバスに乗り込もうと外に出ると……まだ誰も気付いていないようだが、通りに物陰が見えた。無能どもめ。
咄嗟にスプリントして、一気に距離を縮めて顔面を殴り倒す。狼人間の体質ってのはこういうとき便利だ。
「おう、何者だ? 不運な通行人ってわけじゃなさそうだな、え?」
「ま、待ってくれ。わ、私だ。スリザリンの同級生だったヤックスリーだよ。フェンリル」
「……お! コーバンか! 懐かしいな。何十年ぶりだ?」
「た、頼む。話があるんだ、く、苦しい」
懐かしい顔だ! 俺が狼人間になる前、ホグワーツに在学中のクラスメイトだったコーバン・ヤックスリーだ。確かに当時はかなり仲が良くて、一緒につるんでハッフルパフの下級生を使って呪いの練習とかに繰り出していた記憶がある。新しく呪いを覚えると誰彼構わぬ様子で廊下で呪いをぶちこんだりしていたな、コーバンは。
どうせいじめをやるんだったら俺みたいに狙う相手を絞って、四六時中つきまとって追い詰めて性格を捻じ曲げてやったりするほうが絶対楽しいと思うんだけどなあ。
クラスメイトのよしみだ。首を締め上げながらも少しは話を聞いてやることにする。ついでに懐も漁っとくか。
「確かお前んとこ結構いい家だったよな。どれどれ、財布見せろよ。杖もいい装飾がついてんじゃねえか。防犯チャームとかついてるか?」
「つ、杖は! 杖は返してくれ!」
「金あるんだろ? 買い直せよ。それで? 用事ってのは何だ」
青ざめた様子で俺から杖だけでも取り戻そうとするので鳩尾に肘を入れてやって黙らせる。
「ぐ……き、君らを雇いたいんだ。もちろん秘密裏にだが。報酬は破格のはずだ」
「はー。俺たちを雇うと来たか。それで? 誰がお前のバックにいるんだ?」
「何を言う。雇い主はもちろん私だ」
「バカ言え。お前が指名手配中の狼人間を金で使うなんて実行に移せるタマかよ。どうせもっとヤバいやつが後ろにいんだろ? まあ、大して興味はねえから、お前が思いついたってことにしといても俺はいいが」
「……もちろん。私の思いつきだ。狙って欲しい相手がいる」
「あー。コーバン。悪いが俺らはやりたくねえ仕事は請けねえぞ」
強盗はあくまで生きるための仕事だ。そりゃ、できるだけ楽しもうという気持ちは忘れはしないが、結局の所人間の姿をして杖を振るだけ。大して楽しくもねえし俺らの能力を生かした仕事でもねえ。
「俺らがやりたいってのは、もちろん満月の夜の乱暴狼藉だ。言ってることがわかるか?」
「ああ。もちろん。だからこそ君らを選んだんだ」
「お! そりゃいいね、話のわかる雇い主さんだ」
誰しも、自分の能力を活かせる行動をしたいってもんだ。例えばクィディッチが好きなやつは、クィディッチがほとんど普及してない地域でもそれを楽しむ。そういう奴がいっぱい居たから今、世界中でクィディッチが楽しまれてるってわけだ。素敵な話だろ?
俺らが言ってるのも同じ話で、得意なことがたまたま政府に禁じられてても気にするこたないだろ? やりたいようにやるのが一番いい。
なので俺達の自由にやらせてくれる雇い主ってんなら、そりゃもう大歓迎だ。そうでなかったら身ぐるみ剥いでぶっ殺しとこうと思ってたぜ。コーバンは幸運の持ち主だな。
「詳細は追って知らせるが……ジェームズ・ポッターという元
ありがたい話だ。集団行動のための足も手に入れた。一時ではあるが法によるお墨付きまでいただけた。
ストリートを抜けて、俺達の夢まで走らせよう。
狼人間の国まで。