ヨーロッパで最も熱いフットボールリーグは、もちろんイングランドにある!
いいかい、イングランドはフットボールの始まりの地にも関わらず……
やっと復帰できた昨年も
でも、それは今年から変わる! 仕組みはよくわかってないけど放映権料? って呼ばれるものがガンガン入ってくるようになったらしくて、イングランドのクラブはこれから生まれ変わる(と僕たちは信じている)! リーガ・エスパニョーラも、セリエAも目じゃない! いま僕たちはその岐路に立っているんだ……クィディッチより面白いスポーツがあることを君たちに証明するためにも、今年の夏休み、新たに始まるプレミアリーグの試合に招待するよ!
「……って、ホグワーツで昨年散々言ってたよね? ディーン」
「う、まあそうなんだけど……」
「じゃあなんだよ、このチケット。プレミアリーグじゃなくてファーストディヴィジョンって書いて……もがもがもが」
僕たちロナルド・ウィーズリーとネビル・ロングボトムは今日、ディーンの招待を受けてロンドン市内にあるマグルスポーツの競技場に来ているんだけども……どうも、なにかディーンは(僕らがフットボールと呼ばれるマグルスポーツに詳しくないことをいいことに)隠している様子で、それを問い詰めようとしたところ……突然手で口をふさがれた。
ディーンは指を立てて静かにするように促した。
「おい、
「じゃあ、どういうことなんだよ。昨年あれだけ自慢気に『僕が応援するチームの試合を見に行こうぜ! もちろんプレミアリーグだ!』って言ってたじゃないか」
「……今年創設されたプレミアリーグは、イングランドのフットボールリーグの一部に所属しているチームが繰り上がりで加わったんだ」
「うん。それは聞いた」
「で、実は我らが
「ああ……それは……ごめん。つらいことを聞いて」
「いいんだ。わかってくれれば」
事情を明かされると責めるわけにはいけない。僕の応援するクィディッチのクラブチーム、チャドリー・キャノンズもまあ成績的にはいつも下位で、特に昨年の補強は全部失敗していてキャノンズのサポーターはみな嘆いている。
冷静に考えると僕が物心ついてから一度も補強は成功していない気も――いや、そんなことはない。どこで見つけてきたかベネズエラから呪術魔女のシーカーを採用したときは皆サポーターは湧いたし、初めて出た試合でスニッチを掴んだときは、それはもう優勝したかのような大騒ぎだったのを覚えている。『チャルチウトリクエのお告げを受けたから帰る』とその翌日に帰ってしまったのももはや今となってはいい思い出に思える。あれは成功と言っていいだろう。
「まあ、でも
ゲームがもうすぐ始まるのか、審判や選手の一部が中央のサークルに寄っていき、周囲のサポーターたちも少しだけ喧騒のトーンを落としていく。
「じゃあ僕は、あの選手を応援しようかな。僕のペットと同じ名前だし」
「トレヴァー・モーリー? あいつはそんなに大したことないやつだよ。今年も期待薄だね*1、昨シーズンなんか奥さんに刺されて休場してたりもしてたし」
「ディーンみたいなやつなんだな」
「ロン? なんか言った?」
「いや。ところでパーバティさんとは結局別れたの?」
「別れたかどうかでいうと……別れてはいないね」
「じゃあ付き合ってるの?」
「付き合ってるかどうかでいうと……付き合ってはいないね」
「複雑すぎるよ……」
ネビルがディーンの価値観を理解するのにさじを投げたあたりで、審判がホイッスルを構えているのが見えた。クィディッチもフットボールも、ホイッスルで始まるのは同じらしい。
競技場の中央にボールが置かれて(ディーンから予め耳にタコができるほど聞いていたけれど、やはりこうしてこの目で見ても選手が誰も箒に跨っておらず、地上に立っているのは奇妙に思える)、中央にいる選手がボールを蹴り出して――ゲームが始まった。
─────
フットボールという競技は確かになかなかエキサイティングで、大いに楽しむことが出来た。
もしかしたらクィディッチほどではないけど、好きになれるかも知れない。
……隣のディーンがうなだれて僕にウザ絡みを繰り返していなければ。
「そんな……ホームゲームで……格下に落とすなんて……もうおしまいだ……」
「あー……えーと、でも今日誘ってくれて楽しかったよ。フットボールってスポーツの楽しみ方もわかったし」
「そう気を落とすなよディーン。スポーツってのは勝ち負けだけが全てじゃないだろ?」
「そりゃ、勝ち負け以外の楽しみを見つけないといけないクラブのサポーターはそうだろうけど」
まあ、ディーンのようにトボトボと調子を落として歩いているのはホームサポーター側の出口には珍しくない。むしろとぼとぼと暗い気持ちを隠さない……程度ならまだマシなほうとも言えて、向こうに見えた相手チームのサポーターを睨みつけている人間や罵声を飛ばしているものも少なくない。
……いや、隣にいたわ。
「バーカ! この貧乏クラブ!」
「やめなよディーン、金持ちクラブのサポーターが言うならともかくそれは後で自分も悲しくなるだけだよ」
「それもそうだね……流石ロン、貧乏クラブのサポーターの気持ちを誰よりもわかってる」
「さっきからちょいちょい煽ってるよね?」
そうやってスタジアムを離れ、まだ明るいうちに帰路に着こうとして……ふと、アウェイサポーター側を歩いている男に目が行った。
「あれ? あの人どこかで見たような……」
「え? ロン、どの人のこと言ってるの?」
「ほら、あのアウェイ側の」
「ロン、君は魔法世界で暮らしてきたんだろ?
「ディーンって結構無茶苦茶なこと言うよね……」
いや、でも確かにどこで見たような……しかも割と最近のことだった気がする……
「ほら、隣にいるお爺さんなんか髭を伸ばして……まるでダンブルドアだ。いくら校長がエキセントリックでも、ここにいるとは思わないだろ?」
「うん。いや、まあそうなんだけど」
「似てる人なんていくらでもいるさ。それより食事でもとろうよ。このあたりは子供でも入れるスポーツパブがそこそこあるんだ。まあ、明るいうちだけだけど」
そう言ってディーンが指差した路地には、確かにウエストハムと呼ばれるチームのクラブフラッグを掲げている店がいくつも並んでいた。
「ネビルはなにか食べたいものとかある?」
「そうだね、結構お腹が空いちゃったから……なにか溜まるものがいいかな。スポーツ観戦ってこんなに疲れるんだね」
「そっか。ネビルはプロ・クィディッチ観戦もあんまり行かないっていってたもんね」
「クィディッチの観戦はこんなもんじゃないよ! 長引いた結果餓死した記録もあるし」
「やっぱ魔法界怖っ…… あ、あそこなんかどうかな。僕はいっつもフィッシュ・アンド・チップスをつまんでるけど、クリスプサンドイッチを食べてる人もよく見るなあ。店で正式に出してるわけじゃなくて、勝手に客が挟んでるだけだけど」
「クリスプサンドイッチ……? ってなに?」
「え!?」
「嘘だろ!?」
僕とディーンが同時に反応する。ディーンが話に出したあたりを見ると、マグルの世界でも普通に見られる食事のようだ。まあそうだよね。シンプルな料理だし。
「あー。そういえばネビルは意外といいとこのお坊ちゃんって言ってたっけ」
「そうだね。ロングボトム家といえばかなり名家で知られてるかな」
「いや、そんないいとこのお坊ちゃんって言われると戸惑うけど……」
とはいえ、クリスプサンドイッチも食べたことがないなんて……うちでもお母さんが食卓に出すことは絶対に、永久に、地獄の蓋が開いてもありえないけれど……実にもったいない。今日はネビルのご両親には内緒でこっそり悪の道に誘うとしよう。
「よし、じゃあ食べに行こう。いいかい、クリスプサンドイッチってのはサンドイッチの一種なんだけど、パンの間にポテトチップスを挟んだサンドイッチで……」
─────
グリーングラス家には家訓がある。
我々一族はこの家訓を常に念頭に置いて行動している。
その考え方は一族が『血の呪い』に悩まされてきたことと無縁ではないのだろう。
だからこそ私は素早く行動する。我々の血が要求してくる人生の返済期限は、思っている以上に短い。
「うむうむ。さすがサイラスじゃのう。密談をする場所の選び方を知っておる。とはいえ、わしの生徒が偶然にもおったのは驚きじゃが」
非公式な会談がしたいということで私はダンブルドアをアップトン・パークというスタジアムに呼び出していた。
マグル避けの魔法は難しくなく、強度も高く保ちやすいが……魔法使いを避ける魔法となると途端に難易度が跳ね上がる。特に、悪意ある盗聴者の存在を仮定するならば信頼できるものは存在しないと断言しても良い。
多少の変装はしているとはいえ、アルバス・ダンブルドアもグリーングラス卿として知られている私も魔法界において顔はよく知られている。
それはつまり、魔法界の人間が近寄らない場所を選ぶことこそが密談では最も肝心というわけだ。
決して私が
「ダンブルドア教授。これは非公式ではあるが、真剣な会談だ。まったく、袋詰のフィッシュアンドチップスなど持ち込んで……」
「いや、それはその通りなのじゃが……サイラス。目線がずっと競技場じゃぞ」
「スタジアムで試合を見ないほど不自然な目線はないでしょうな」
「……いや。まったくその通り。君の人生を楽しむ才能には感心させられる」
単純なマグル避けと
そう思いながら手元のパイ&マッシュにかじりつく。
人生は短い。楽しまねば。
「うむ……いや、変に緊張しているよりもリラックスしているほうが話しやすいのは間違いないからの、なによりじゃ。それで、どのような要件なのかそろそろお聞きしたいのう」
「まず、前提を抑えておきたいのですが……あなたがたはグリーングラス家に大きな借りを作った。違いますかな?」
「相違ない」
「では、多少そちらの融通が効く範囲で便宜を図っていただけることに異論はありませんな?」
「サイラス、もしやわしを恫喝しているのかの?」
「その通り。今日の目的はウィゼンガモット主席魔法戦士の恫喝です」
スタジアムで歓声が上がる。
素晴らしい。アウェー戦で先制点を奪えるとは。
今期の昇格の最有力候補であり、格上であるウエストハム相手にここまで有利に試合を運べるとなれば我が
プレミアリーグに昇格となれば観戦できる環境を整えねばな。衛星放送とはどのようにして見るのだろうか。
「うむ。試合が一段落したようじゃが、話を続けていいかの?」
「いつでも構いませんが?」
「わしはしていたんじゃが、サイラスが聞こえていないようじゃったのでな」
失礼な老人だ。私がまるで話を聞き逃していたようではないか。
「では端的に要求を伝えましょう。私には娘が二人おります。どちらも目に入れても痛くない」
「うむ……石化騒動に関しては申し訳なかった。こちらの落ち度じゃ、すまぬ」
「今日はダフネの話ではありません。下の娘……アストリアのほうです。二つ下の娘なのですが……今年、ホグワーツに入れてもらいたい」
目の前の老人は目を見開いた。
どうやら予想もしていなかったようだ。まあ、突飛な提案ではあるだろう。
「ふむ。理由はわからぬが、それは……」
「無理とは言わせませんよ。過去の事例はきちんと探しておきました。もっとも、4世紀ほど前ではありますが」
グリーングラス家のツテを使い、可能な限り遡って調べたところ確かに事例はあった。もっとも、その4世紀前の事例というのは特例も特例、超特例のケースだ。アルマダの海戦にイギリスの魔法使いがおおいに関わっていたのは有名な話だが、それに関わった魔法使いを保護するためにホグワーツでもなにか行われていたようだ。
歴史に残るレベルの特例でそうやすやすと適用できるわけではなさそうだが、技術的に可能なのは間違いない。それを確認するための作業だった。
「私には姉がいました。覚えておりますか?」
「……うむ。うむ。覚えておるよ。スリザリンの、変身術が得意な子じゃった。いつもペットのディオニュソスと呼ばれた猫と一緒にいる子でな、校長室に迷い込んだその子を探しに来たこともあった……」
「優しい姉でした。同じくスリザリンに入った私を甲斐甲斐しく面倒をみてくれました。先日、ホグワーツに伺ったときも……姉が教えてくれた天文学の教室までの近道となる階段を見て思い出したものです」
「わしを泣き落とすつもりか? サイラス」
「ええ。そうですが、なにか?」
私はスリザリン出身だ。当然、使えるものはなんでも使わせてもらう。
この老人には私の意図が透けてみえるぐらいのほうがよく効くだろう。
「もう察しているでしょう。私の姉がかけられていた『血の呪い』が、末娘のアストリアもかけられている。となれば、一年は決して短くはない」
「よろしい。要求はわかった」
「理解していただけて助かります。それで、決断のほうは」
「……債務超過じゃ。貸しにしてもいいかの」
「はっはっは。いくらなんでも娘を石化させた不始末をすべて賄えるとはボッタクリすぎでしょう。どうせちょいちょいちょいと書類を書き換えるだけでは」
「その『ちょいちょいちょい』はホグワーツクラスの古い魔法相手となると相当な重労働なんじゃよ、まったく。老人を労ってくれぬか?」
もちろん、私もそれはわかっている。
しかしまあ、目の前にいるのはアルバス・ダンブルドアだ。やれないということはないだろう、と踏んで押し付けたし、弱みに付け込んでやれば動くだろうという算段もあった。
グリーングラス家に貸しを作ったことが重いということを教えねばな。
「では……貸しは帳消しでいいかの?」
「そうですな……実はうちの屋敷の庭の古い妖精の魔法が切れかかっておりまして、できればフリットウィック教授あたりを派遣してくださると助かるのですが」
「うむ。帳消しでよさそうじゃな。今の話は聞こえなかったこととする。まったく、サイラスと金銭以外のやりとりはしたくないのう……」
「そうですか? 私は貰うほうはいつでも歓迎ですが」
まあ、足元を見るのはこれぐらいにしておこう。
この言葉をグリーングラス家が掲げた理由は、『血の呪い』から来ている。
利益は得られるときに得ねばならない。貸しはできる限り素早く回収しなければいけない。
人生は決して長くはない。死を忘れるなかれ、だ。