「ええと……教科書の394ページを開いてください」
魔法薬学の教壇に立つのは、いつものセブルス・スネイプ教授……ではなく、ピーター・ペティグリュー
いつもの魔法薬学の授業は座学と実技が織り交ぜてあって、作業台には鍋や材料が鎮座しているのが恒例だけれども、今日は机の上にはなにもない。どんな授業をやるんだろう?
「さて、このページに出ている『血液補充ポーション』ですけれども……どういう症状の人に使うかわかるかな?」
「はい! ……出血を伴う外傷患者です!」
ハーマイオニーがいつものように手を上げて、グリフィンドールに加点される。
この程度のことならお手の物だろう。
「その通り。グリフィンドールに2点。では、『傷口修復エキス』はどうかな?」
「はい! それも出血を伴う外傷患者です!」
「ならば、『人体再生薬』はどうだろう?」
「はい! それも出血を伴う外傷患者……?」
「正解です。しかし、今挙げてもらっただけでも『出血を伴う外傷患者』のための薬が少なくとも3つあることがわかったと思います。例えば、君たちの友達が毒蛇に噛まれて出血したとしますね。どの魔法薬を使うべきでしょう?」
そうペテュグリュー先生が言うと、ハーマイオニーの勢いも止まって教室が静かになった。
「そうだよね、なかなか難しいよね。ただ、僕は魔法医の経験でいろんな患者を見てきた。中には、その怪我した人のためを思って周りの人間がしたことが逆効果になっているケースも少なくなかった。そうなると悔やんでも悔やみきれないよね」
確かに……僕なんかは友達が怪我したとなれば、とにかく近くにあるものを使ってしまいそうだ。
「例えば、毒蛇に噛まれたケースでは『血液補充ポーション』は禁忌です。これは、血液補充ポーションというのは体内の血液を増幅させる働きのポーションだからで、毒が体に回った状態でこれを使うと……症状を悪化させるおそれがあります。『人体再生薬』に関しては噛まれた直後、具体的には2分以内であれば劇的な効果が見込まれますが……5分以上時間が経過した後に使うと、やはりこれも症状を悪化させる可能性が高いです」
そう言いながら教卓に3つ、ポーションを置いていく。
一つは教科書の開いたページに描かれたイラストと瓜二つのものだ。おそらく、今話していた『血液補充ポーション』『傷口修復エキス』『人体再生薬』なのだろう。
「『傷口修復エキス』はもっとも無難な選択です。これで出血を抑えて、
このように、と黒板に今の話のほか、処置してはいけないケースを書き出していくが……正直言って覚えきれない。ちんぷんかんぷんだ。
「……とまあ、こう言ってもすべての処置を覚えるのは大変です。教室という環境ですらそうなのですから、時間に追われ、処置しているあなたが怪我していることも少なくない事故の現場では更に困難です」
「えっ……私は覚えられるけど」
「ハーマイオニーはそりゃそうだろうけど……」
ロンが思わず突っ込む。僕もそう思う。
「私はスネイプ教授のように難解な魔法薬の調合は出来ませんし、聖マンゴでも魔法薬の調合は専門家の仕事で、私は使うばっかりでした……なので、この2週間は使う立場としての事例をお話します。すべて覚えるのは難しいと思いますが、あなたの友達を救うことになるかも知れません。そのつもりで授業を聞いていただけると助かります」
―――
「うん、悪くなかった! 意地悪で厳しいスネイプ教授よりずっとこっちのほうがいいな!」
「ロン、やめなさいよ。クィディッチのクラブでもお世話になったでしょ?」
「そうだけど……やっぱりスリザリン生に甘いと思うんだよなあ。特にマルフォイ。あ、クラブといえば、僕たちのクラブ、どうする?」
「うーん……普通に考えれば解散だけど、もったいないよね。興味がある1年生を探して引き継ぐとか?」
「そりゃいいね!」
授業が終わり、廊下をゆっくりと歩く。次の授業はないから時間に追われず気楽だね。
「僕の妹なんかはクィディッチに興味津々だし、入れてやってもいいかも。そうすれば僕のことを多少は敬うようになるに違いない!」
「そういう態度がダメなんじゃない?」
ハーマイオニーの辛辣な態度にロンがのけぞる。そうか、ロンには妹さんがいるのか。
「新しい先生も増えたし、クラブのことも考えなきゃいけないし……いろいろ考えることが多いね」
「新しい先生といえば、フレッドから聞いたけれど新しく来たレギュラス・ブラック教授、なかなか曲者らしいぜ。なんせ最初の授業でいきなり『私は魔法生物飼育学という学科が嫌いだ』とかぶち上げたってさ。グリフィンドールに当たりがめちゃくちゃ厳しくて、かなり減点されたって。まあ、2年の僕らは縁がない存在だけど。ケトルバーン先生は本人も授業もめちゃくちゃ面白いってチャーリーが言ってたから、来年は魔法生物飼育学取ろうと思ってたのにな。嫌になるぜ」
ロンがそう呟く。去年授業で接することはなかったケトルバーン教授だけれども、そのインパクトの強さによる印象は僕らにも強く残っている。派手なトラブルメーカーにも関わらず、生徒には意外と慕われていて、授業も面白い(上にとても危険)と評判だった。
そういう意味では残念だけれども、レギュラス・ブラック先生はどんな授業をしているんだろう?
「もっと重要なことがあるわ!」
そうやってロンとおしゃべりをしていたところに、ハーマイオニーが割って入って話題を切り替えた。むしろ、こういうの気にするのっていつもはハーマイオニーだと思ってたんだけど。
「ハーマイオニー、まだ9月だぜ? いくらなんでも試験はずいぶん先だよ」
「そうじゃなくて! いや、試験も大事だけれども、もっと重要なことに気付いたのよ!」
そう言ってハーマイオニーはポケットから器用に巻かれたポスターのようなものを取り出した。
そこにはとでかでかと「
「組織名はすごく迷ったのよね……『
「
ロンが余計なことを言って足を踏まれる。去年、幾度となく見てきた光景だ。これを見るとホグワーツに戻ってきたって気がするなあ。
「昨年、スネイプ教授の手伝いをしたときにカトラリーさんっていう屋敷しもべ妖精に出会ったでしょう? それがすごい印象に残ってて……」
「ああ、覚えてるよ。ドラコと鍋磨きをしたときに、レモン・キャンディをくれたなあ。でも、スネイプ先生をかばってバジリスクに殺されちゃったんだよね……」
「そうなのよ!」
ハーマイオニーは涙ぐみながら僕たちに訴えかけてくる。
「ダフネさんたちから話を聞いたところ、ホグワーツに勤めている屋敷しもべの扱いは比較的マシのようだけれども……奴隷のような扱いを受けて、場合によっては暴力を振るわれることも珍しくないそうなの。この残酷な圧制と戦うために、非業の死を遂げたカトラリーさんの名前を冠して『
「それって誰が参加してるの?」
「今は私だけだわ。でもすぐ規模は3倍に膨らむ予定よ」
「それってもしかして僕たちのことを言ってる?」
ハーマイオニーがそうやって廊下で熱弁を振るうもんだから、僕らは近づいてくる足音に全然気付かなかった。
「これは……一体なんですか?」
低い、聞き慣れない大人の声が後ろから聞こえて慌てて振り向く。後ろには、先ほど話していた新任の教授であるレギュラス・ブラック先生がいた。
まずい。ブラック家といったら僕でも知ってるぐらいの純血の名家だ(あと、すごいいけ好かないし意地悪だし、あの家が嫌がることは全部進んでやったほうがいい……とシリウスおじさんが言っていた)。もちろん屋敷しもべ妖精も家にいるだろう。
まだレギュラス・ブラック先生がどんな人か知らないけれど(シリウスおじさんから悪口はいろいろ吹き込まれたけど、僕でさえ全部鵜呑みにしないほうがいいってわかる)、もしかしたら物凄い怒り始めるかもしれない。少なくとも、シリウスおじさんは意地悪で邪悪な弟って言ってたし。
「屋敷しもべ妖精の自由……これはいったい誰がこんなものを作ったんですか?」
「僕です!」
「違います! 私です、ハーマイオニー・グレンジャーです!」
剣呑な気配を感じて、とっさにロンがかばおうとするがハーマイオニーはそれを遮って前に出た。
「ハーマイオニー・グレンジャー……少しは話に聞いています。2年生のマグル生まれの生徒で、ずいぶん授業の成績が良いとは聞いていましたが……まさか……こんな……」
ブラック先生の腕が震えている。もしかして、烈火のごとく怒っているのだろうか? 思わず僕たちの脚もすくむ。
ブラック先生はハーマイオニーにつかつかと足音を立てて近寄って、腕を大きく動かし――
――ハーマイオニーの手を握った。
「素晴らしい……まさかマグル生まれにも関わらず、このような先進的な考えを持てるなんて」
「は、はい! ありがとうございます……?」
「私は常々思っていたのです。魔法生物は知的で敬意を振るわねばならない相手が大勢います。それを扱う授業の名前が『魔法生物飼育学』とは言語道断だと」
「な、なるほど!」
「その筆頭が屋敷しもべ妖精です。私の家にもクリーチャーという屋敷しもべ妖精がいて、彼はとても優しく勤勉で、私は第三の親のように親しみをもって接しています……そう、屋敷しもべ妖精は素晴らしい存在なのです!」
「その通りです!」
「彼らに暴力を振るうなどまさに言語道断! 絶対に禁ずるべきです! 魔法省は屋敷しもべ妖精を持つ家への監査を義務付けるべきです!」
「金銭による売買も禁止すべきだと思います!」
「まったくもって同意です。加えて、法律で彼らへの暴力は魔法使い同様の罪として扱われるべきです」
「屋敷しもべ妖精の辞める権利を強く保証すべきだわ!」
「そうです。主が彼らを選ぶのではなく、彼らが主を選ぶべきでしょう!」
「彼らに職業選択の自由を!」
「彼らに教育を!」
「選挙よ!」
二人の会話はどんどんヒートアップしていく。
「なあ、もしかして僕たち、すごい引き合わせ方をしちゃった?」
「そうだね……」
「それにしてもシリウスおじさんとは全然違う人だなあ……顔はどことなく似てるとは思うけど」
「シリウス……?」
二人の熱気がすごいので、一歩退いたところからロンと傍観していたが……僕の一言でブラック先生はぴたりと話を止めてこちらを向いた。
「ふん。あのような男と一緒にしないで欲しい。ブラックの苗字も名乗らないで欲しいぐらいです」
「あ、やっぱり仲が悪いんですね……」
「君は……ポッターですね。兄になにか吹き込まれましたか?」
「吹き込まれましたけど、半分ぐらいは聞き流しました」
「妥当な扱いです」
ふん、とブラック先生は鼻を鳴らした。
似てないと思ったけれど……この強情さは兄弟っぽいなあ、と正直思った。あと、お互いに相手について無関心のフリしてるところとか。もちろん、これは口に出さない。ドラゴンの尾に触らないほうがいいからね。
「平均で言えばスリザリン生には遠く及びませんが、グリフィンドール生にも見どころがある生徒がいるようですね。まあとにかく、ポッター君。君についてもある程度話は聞いています。有望なクィディッチプレイヤーだと。あの男の悪いところを見習わないように精進してください」
「大丈夫です。シリウスおじさんのひどいところはいっぱい見てきたので。この前なんか朝からうちに来て朝ごはんねだってました」
「まったくあの兄は……」
「というか、僕がクィディッチやってるっていうのも聞いてるんですね」
「ええ、まあ。在学中はシーカーとチェイサーでしたからやはり気になりますね。とはいえ、今年のクィディッチ杯はスリザリンが頂くとは思いますが」
「僕がグリフィンドール・チームのシーカーをやるので、そうはさせません!」
「その意気です」
にっこりとブラック先生は笑った。
確か、シリウスおじさんとはそんなに年が離れてなかったはずだよね。それで在学中にチームにいたってことは……
「もしかして、僕のパパとも対戦したりしたんですか?」
「ええ。私がチェイサーをやっていた頃、グリフィンドールとのダービーマッチでは君のお父さんを止めるのが仕事でしたからよく覚えていますよ。鋭い動きで、即興型のファンタジスタでした。まあ、私が半分以上抑え込んでいたはずですけど」
「へー。ハリーのお父さんの世代と一緒にいたってことは、スネイプ先生と同じ寮にいたんだよね? 当時のスネイプ先生ってどんな人だったの? 今と同じようにいつも仏頂面?」
「ロン! なんて事言うのよ!」
「スネイプ?」
にこやかに笑っていたブラック先生はスネイプ先生の名前で一転し……顔を険しくした。
「あんな男は……知りません。奴は裏切り者です」
そう、吐き捨てるように呟いた。
「失礼しました。生徒に聞かせるような話ではありませんでしたね、忘れてください。それでは失礼します」
そしてすぐにハッとして、元の表情に戻そうと取り繕って……レギュラス・ブラック先生はきびすを返して離れていった。
「ちょっとロン! あなたが失礼な質問をするから怒らせちゃったじゃない!」
「ええー……でも、あんな態度取られるってことは学生の頃もスネイプ先生は嫌味なやつだったんだろうな」
「そういう感じでもなくない? 裏切り者って言うのは相当だよ。どういうことなんだろう?」
そりゃ、同じ寮でも好きな人、嫌いな人はいるだろう。
でも……裏切り者と言い放つのは相当だ。いったいなにがあったんだろう?