ヴォルデモートなんていない   作:taku1531

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43.気になるあの娘の生きがい願い

 9月頭。普段であればホグワーツにすでにいるはずの時期だが、今年に限っては俺はまだゴドリックの谷の自宅のダイニングに座っていて……愛する妻であるリリーにめちゃくちゃ怒鳴られていた。

 

「言ったわよね? 来週の土曜に私が出席するアイルランドでの学会があるから来てほしいって。あんた『おういいぜ! なにせ今は暇だからな!』って二つ返事で返してたじゃない」

「はい……言いました……俺が悪いです……」

 

 リリーは紅茶を傾けながら俺を睨んでくる。まあ、そう言われるのも仕方ない。『忠誠の術』で外に出れなかったときが長かったもんで、久々にそういうところに顔出せるんだもんな。大いに期待していただろう。

 

「いや! ちゃんと代わりの人間にはアテがあるんだ! 行けなくなるなんてことはない、安心してくれ。大船に乗った気持ちでな」

「あなたのそういう表現って信頼度50パーセントぐらいなのよね」

「もうちょい! もうちょいはある!」

 

 とはいえ、その辺りをすっかり忘れてダンブルドア校長の出張の依頼を受けてしまった俺が悪い。ただでさえ停職中でリリーの目が冷たいのに……

 

「まあアテがあるっていうなら信じるけど、遅くとも3日前には行けるかどうか決めておいてね」

 

 リリーもまあ、護衛なしだと自分の身が危ないとかリドルの策謀で俺が停職にされたとかについて理解はしてくれている。必ずしも納得しているとは限らないが。

 なんとかして行かせてやりたいし、アテがあるってのも嘘ではないが……この件について知っていて、腕前も申し分ない人間は(昨年から若干名増えつつあるとは言え)少なく、選択肢はさほどあるわけではない。

 

 ダンブルドア校長は……暇ならそもそも俺に出張を頼まない。

 フリットウィック教授(フィリウス)マクゴナガル教授(ミネルバ)……全学年相手にする必修の科目の教授を土曜日に国外に駆り出す? 正気か?

 ロングボトム夫妻……あのワーカーホリック夫妻に「もしよかったら土曜暇ですか?」なんて聞けねえ。というか絶対空いてねえ。ちょいちょいリリーはお茶とかしてるみたいだけどどういう魔法を使ってるんだ?

 バチルダ婆さんとクィリナス……先月フランスから手紙が届いたかと思えば、先週はデンマークから。ちょうど昨晩ノルウェーから便りが来ていた。無理。

 ベクトル教授(セプティマ)……必修科目でもないし(だいたいクラスはガラガラだし)、寮長でもないからだいたい週末は暇だとは思うが、あいにく同じ学会に出る予定のはずだ。そもそも、俺の頼み事をあの女に聞かせるのには相当の借りを覚悟しなければならない。 

 ケトルバーン教授(シルバヌス)……を選択肢にあげるなんて、俺も相当追い詰められてるな。あのジジイに護衛とかいう繊細な事柄を頼むのは正気ではない。

 アラスター……やだ。頼みごとしたくないしリリーも預けたくない。

 

 こうやって考えてみると、半分ぐらいはろくな人間じゃないな……人付き合い間違えたか?

 いや、おそらく予定は空いていて実力も申し分なくて、ほぼ確実に信頼できて繊細な仕事もできるやつについてちゃんと心当たりはあるんだが……あいつにリリーを任せるのは、ちょっと俺の気持ち的に抵抗が……

 ちょっとじゃないな、けっこう抵抗がある。かなりある。めっちゃある。

 

 しかし、背に腹は代えられねえ。

 杖を振って便箋と羽根ペンを引き寄せて机に向かう。あいつは形式ばった書き方じゃないと下手すると添削だけして返送してきそうだ。

 姿勢を伸ばし、しっかりと筆を握って書き出し始める。

 拝啓、セブルス・スネイプ、と。

 

 

 ―――

 

 

 落ち着かない。

 普段行かないマグル側の古書店などに足を運んで(魔法界の側には足を運びにくい。ダイアゴン横丁に足を踏み入れれば間違いなく尾行がつき、最悪追っ手が差し向けられる)、『ブッカー賞最終候補作!』などと銘打たれた本を一冊手に入れ、読みふけっていたのだが……今のような陰鬱な環境で読みたくなるような後味のよいものではなかった。

 俳優の男が、ピーターパンの演劇を通して一回り以上年下の16の娘に執着した挙句、とある事実(自業自得極まりないものだ)に直面し悲劇的な結末を迎える、というものだ。この俳優の男はまったく救いがたい人間で、私はこのオハラという男に一切感情移入できなかった。読み進めるのは苦痛でしかなく、結末も後味の悪いもので、ため息をつきながら紅茶を入れて無理にでも気分転換しようとしていた。

 

 また本屋まで足を運ぶのも億劫で、さりとて今できることも大してなく(リドルは停職中に我々が隙を見せることを期待しているだろう。となると、明確に目的があるならともかく余計に出歩くのは得策ではない)、狭い自宅でできることも多くはない。

 仕方なく、何度読んだかわからない魔法薬学の調合書に手を伸ばそうとしたとき――外で物音が近づいてくるのが聞こえた。翼が羽ばたく音。

 フクロウ――ポッター家のものだ。

 建物には『忠誠の術』をはじめとして複数の隠蔽呪文で隠しているため、フクロウは見つけられず周囲をホバリングしている。杖を振り、郵便受けだけフクロウにのみ見えるようにするとそこに降り立って手紙を置き、飛び去っていった。

 再び杖を振って郵便受けに呪文をかけ直し、手紙を家に引き寄せようとするが……うまくいかない。どうやらしっかりと手紙に傍受や窃取防止の策を講じているようだ。この丁寧な用心深さを考えるとおそらく送り主はリリーだろう。

 

 目くらまし術を自らに使って玄関を開けて郵便受けのところまで歩いて行き、手紙を掴んで引き返す。

 家に入ってデスクにつき、便箋を置いて裏返すと、ポッター家のシグネットリングが捺された封蝋で閉じられていた。できるだけ丁寧に封蝋を割って、中から手紙を取り出すと……レタス虫がのたくったような字が現れた。

 

 反射的に杖を抜いて燃やそうとしてしまったが、さすがに非理性的すぎるだろう。ひとまずため息をつき、用済みになった便箋をできる限りぐしゃぐしゃにしながらゴミ箱に放り投げ……一応、手紙の方に目を通すことにした。

 

 

 拝啓、セブルス・スネイプ

 

 お忙しい中とは思いますが……いや、んなわけねえよな。揃って停職中なんだし。んで、暇そうなやつに頼みごとがあるんだが、今週末の土曜に俺、ダンブルドア校長から出張を頼まれてたろ? ちょうどその日がアイルランドで行われる学会とかぶっててな。

 

 そんでリリーの護衛が欲しいんだが、その日に使えそうな人間のうち暇そうなやつがお前ぐらいしか……もとい、スネイプ教授は学術的な慣習にも明るく、魔法の腕も、まあ俺と比べると劣るとはいえそこそこ使える範囲の魔法使いではあると思いますので、急なお願いではありますがよろしくお願いしたいです。頼むぜ! 俺とお前の仲だろ!

 

 敬具

 

 追伸 あんまり帰りは遅くなるなよ! 明るいうちにリリーを家に送ってくること。

 

 ……読み進めるだけで頭痛がしてくる。自らを愚か者だと周囲に思わせたいという強い信念がなければこのような手紙は書けないだろう。

 読むだけで胃が焼きつくような文章ではあり、こんな頼み事を聞いてやる謂れもないし、あいつに頼まれたら聞く人間だと思われるのも極めて不本意であるから、無視してやりたいとも思ったのだが……内容が内容だ。

 仕方あるまい。奴が無礼かつ無能であるゆえに生じた報いをリリーが受けるのは酷だろう。

 あの馬鹿にも承諾の意が理解できるようにしつつも、できる限り愚弄できるような文章を考えねば。

 

 

 ―――

 

 

「な、なんて無礼なやつだ! クソッ、栞に変身させた『臭い玉』を返信に同封して、開いたタイミングで解除されるように仕込んでやろうか?」

「なに手紙に対して怒ってるのよ、ジェームズ」

 

 フクロウが届けた(ついでに俺の顔にダイレクトアタックをかましてきた)手紙を開くと、そこには『ザ・セブルス・スネイプ』とも言えるような文章が並んでいた。

 言うに事欠いて俺の脳みそが犬の夕飯で、俺の髪をえんどう豆のスープ呼ばわりするとは! 許せん!

 

「スネイプのやつが実に失礼な手紙を送ってきやがったんだ!」

「どれどれ、見せなさいよ……実に技巧的な罵倒が散りばめられていて、なかなか読み応えがあるわね。さすがセブ」

「褒めんな!」

「褒めるわよ。あんたの代わりにエスコートしてくれるんでしょ?」

「ぐ……そのようだが」

 

 実際、手紙にはその役目を請ける旨、しっかりと誤解の余地がないように書かれていた。

 スネイプめ。肝心のことはしっかり書きやがって……いや、いいことだなそれは?

 

「あんたに返事書かせたらキリがなさそうね。ほら、羽根ペンよこしなさい」

「やだ」

「やだじゃないわよ」

「俺の愛するリリーが他の男と文通しはじめたら俺の胸が張り裂けちまう」

「裂けたらくっつけてあげるわよ」

 

 リリーが優しい……? 冷たい……? どう受け取ればいいんだ……?

 

「あ、当日はたぶん朝から出るから、朝ごはん勝手に用意してね。どうせ暇でしょ」

「サンドイッチぐらいなら作って渡しとくけど、いるか?」

「うーん。それはセブに頼もうかしら。彼のほうが器用だし」

「俺の! 俺のサンドイッチをどうか持っていって頂けないでしょうか!」

 

 確かにあいつは料理とか上手そうだ。手先異様に器用だしな……

 だが、俺だって別にサンドイッチぐらい作れる。互角といっても過言ではない。いや、やや上回っている可能性もある。

 

「はいはい、じゃあよろしく頼むわよ」

「謹んでお受け致します!」

 

 イギリス人は「スライスされたパン以来の最高のもの」という言い回しをするぐらい、サンドイッチやトーストを愛している。もちろん、俺だって大好きだ。

 そうやってスライスされたパンを愛してきた俺が、サンドイッチぐらい上手く作れないはずがない!

 

 

 ―――

 

 

「ちょっと。パンが斜めになってるじゃない。ちゃんと垂直に切りなさいよ」

「面目ありません……」

「具もこぼれて落ちてくるんだけど」

「返す言葉もありません……」

 

 包んで渡したサンドイッチは無残な出来で、見栄えのするものではなかった。

 俺が食うぶんにはこんなもんでいいんだが、人のためになにかを作るって難しいな……

 時計を見ると、スネイプが来る時間だ。この家はいくつかの隠蔽呪文が講じられており、それを回避できるメンバーへの指定をスネイプは固辞したため、ノックやらなにやらを待つことはない。

 しかし、あいつのことだからしっかりとゴドリックの谷にもう到着していることだろう。話によると、行き帰りの移動(ポート)キーの手配までこなしてもらったらしい。クソ、気が回るやつだぜ。

 

「まあいいわ。あなたも昼前にはここを出るんでしょ? 忘れ物しないでね」

「大丈夫、大丈夫!」

「ほんとかしら。まあ、もう出るわよ。ほら、こっち来て……それじゃ、行ってきます」

「おう。気をつけてな」

 

 リリーは俺の頬にキスして、扉を開けて出ていった。

 ひとまず朝の慌ただしい空気はなくなり、俺も一息つけるようになる。

 

「それにしても出張か……結構遠いしなあ。トラブったら今日中に帰れなくなるかもしれんし、荷物は一応泊まりも想定しておくか」

 

 ダンブルドア校長に頼まれた出張先はウェールズの奥地にある。

 煙突飛行ネットワーク(今日は家の暖炉は使えない。俺が移動した後、暖炉のネットワークとの接続を切る人間がいないからだ。なのでちょいとゴドリックの谷の中心部まで移動して借りようと思っている)でカーディフまでは行けるものの、目的地はまともな移動手段もないほどの森の奥地の牧場。魔法使いのコミュニティからも遠く離れている。

 もちろん、俺にとっても未知の場所であるから姿あらわしも使えない。

 

「箒での長距離移動なんて久しぶりだな。しかし、こんな奥地に住んでるなんてどんなヤツなんだ? 世捨て人みたいなやつかなあ。となるとお願いするのも大変そうだが……」

 

 今回の出張の目的はホグワーツのスポンサー集めだ。ダンブルドア校長はいつもながらに秘密主義で、今回も具体的な話をしてくださらなかったが(「サプライズじゃ」とのこと)、どうも俺が行ったほうがいいというような事は言っていた。

 てっきり知ってる人間が相手なのかと思ったらそうでもなく、指示された場所も相手の名前もまったく心当たりのないものだ。

 とはいえ、俺が知らないだけでかなり著名な牧場らしい。

 スネイプは聞いたことがあるようで、「新興の魔法生物の牧場だ。私も魔法薬の素材としてここで産出された素材を常用している。近年、経済的な成功を収めた魔法使いの一人として名前があがるのは疑いなく、ホグワーツの新たなスポンサー候補として確かに期待できる相手だ。もっとも、お前がしくじらなければの話だが」と話していた。あいつ、5分説明するごとに1回俺をバカにしないと気がすまないのか?

 

 とにかく、長旅が予想されることから荷造り呪文(パック)を唱えながら箒を磨く。最近俺のニンバス1700、使わないことをいいことに手入れをサボってたからなあ。念入りに見ておかねえと。

 ついでに、落ち度がないようにダンブルドア校長から渡された資料を確認し、先方の情報を抑えておく。

 資料は魔法生物の素材のカタログで、表紙には「あらゆるニーズにお応えします……もちろん、見学も大歓迎! 牧場の名前を冠している番犬ファングと、人懐っこい尻尾爆発スクリュートがお出迎えします!」と書かれている。

 魔法生物にはあまり明るくないが……人懐っこいようには見えないぞ、この生き物。これを見て見学に行きたいと思うやつなんて……いるな。いるわ。結構いるわ、魔法界。

 

 そしてページを捲っていくと、目的地である「ファング牧場」の広大な敷地をバックにして立つオーナーが映っていた。男は、にこやかに読者に向かって手を降っている。デケえな。腕自慢揃いの闇祓い局でもここまでガタイのいいやつは見なかったぞ。

 とはいえ、顔と名前をしっかり頭に入れておく。初対面とはいえ、最低限これぐらいはな。そう思ってその写真の下のキャプションに書かれた「ルビウス・ハグリッド」の名前を俺はしっかりと覚えた。

 

 

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