ヴォルデモートなんていない   作:taku1531

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44.ウェールズ空中探訪

 ワイバーンとドラゴンの違いを知ってるか?

 2足なのがワイバーン。

 4足なのがドラゴンだ。

 もちろん、闇の魔術に対する防衛術(DADA)の授業でこんなことは教えない。空を飛んでる巨大な魔法生物が見えたら、足の数を数えるよりも先に身をかがめて逃げろ、と教えている。

 身をかがめられない空中で出会ったら? おいおい、そんなレアケース考えなくていいぜ。ドラゴンだかワイバーンの群生地の上を箒で飛ぶなんて、常識で考えてするわけねえだろ。

 

「……って、5年の授業で俺が言ったんだったぜ!! うおおおお死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!」

 

 ウェールズの奥地に隠された、神秘の大森林の上で、箒を乗り回していた俺はワイバーンに追いかけられていた。

 そりゃ、この辺は誰も近寄らねえからワイバーンがいるとかどうとかそんな情報誰も教えてくれねえが、普通に考えればいるよな……ウェールズといえばドラゴンにワイバーンだ。ちょっと奥地に行けばワイバーンだのなんだのがうじゃうじゃいるのは誰でも知ってる。

 急降下と急上昇を繰り返してなんとか振り切ろうとしているが、俺を3時のおやつにしようとしているワイバーンを引き離すことはなかなかできない。

 ドラゴンのほうが危険度は遥かに上だが、こういう状況だと小型で身軽なこいつらのほうがよほど恐ろしく感じるな。

 

 ワイバーンが一瞬空中で止まったかと思えば……激しい勢いの火を吹き出した。先程俺のいたあたりが真っ赤に染まる。

 このまま空中で追いかけっこしていたら命がいくつあっても足りないだろう。

 解決策はわかってはいる、わかってはいるのだが……実行に移すとなるとやはりためらいが強い。

 クソッ、もったいねえ、もったいねえが……うおおおお! 俺のニンバス1700! 高かったんだぞ!!

 

 しかし、命には替えられない……スピードを落とさずに(落とせばそのまま漏れなく3時のおやつだ)下降して森林に突っ込む。

 現代の箒にはだいたい墜落保護チャームがかかっていて、箒に乗ったまま落ちるぶんにはリスクは小さい……乗り手の方は。

 

「あああ……やっぱボロボロだ……」

 

 もちろん、その衝撃を引き受けた箒の方はもれなくひどい有様になる。折れはしなかったので修理屋に持ち込めばなんとかなるとは思うが、帰りは乗ってけねえな……

 まあ、こうなったものは仕方がない。その辺りにあった蔦に杖を振ってロープに変えたあと、俺の背中にボロボロになった箒をくくりつける。箒そのものは保護呪文が多重にかかってるからあんまり呪文で触りたくねえしな。

 その状態でまず杖を振って方角を示し(ポイント・ミー)、おおまかな方向を把握したあと鹿の動物もどき(アニメーガス)に変身して俺は駆け始める。

 

 木々を縫って走る。

 木々を縫って走る。

 

 あたりにちょっとヤバい感じの魔法生物を見かけることもあるが、そのいずれも追いつけない。

 ヨーロッパの森においてシカは地上最速の動物の一つだ。

 

 こうやって風を切って森を駆けていると……めちゃくちゃ気持ちがいい。

 

「ブオオオオオオオオ!」

 

 野太いシカの咆哮があたりに響く。

 雄鹿の鳴き声は……まあ、率直に言ってあまりかっこよくないから、普段は吠えたりしないのだが、人の目がないここでは吠え放題だぜ!

 

 そうやって陽気になって駆けていたところ……森が切り開かれ、ぽっかりと空いた領域に出た。

 簡易ながらも柵などが置かれている。ここが牧場だろう。おそらく建物も近くにあるはずだが……

 

 そう考え、あたりを見回していた矢先に……尻尾に激痛が走った。

 

 振り向くと……色は違うが、ここの牧場のカタログで見たスクリュートが俺の尻尾に噛み付いていた。

 慌ててはたき落として駆け出すと、スクリュートは尻尾を器用に地面に突き刺して、パチンコのように自身の体を弾くという動きを繰り返して、おそろしい速度でこちらに追いすがっていた。

 待て、いくらなんでも早すぎないか!?

 

 動物もどき(アニメーガス)を解いてなんらかの呪文で対抗してもいいが、ここは牧場の真ん中で間違いなくこいつは飼育されてる商品だ。傷つけたら弁償ものでタダでさえ少なくなることが予測されている今年の給料がさらに目減りするかもしれん。

 俺の四本脚を信じて走る。走るが……それでもなおこいつは追いすがってきて……いや、増えてるぞ!?

 いつのまにか追いかけてくるスクリュートは5、6体に増えていて、そのいずれも同じように尻尾を使ってとんでもないスピードを出している。

 振り切ろうにも振り切れない。

 さっきちょっと先っぽが噛まれただけでも激痛だったのに、こんな複数体に群がられたらマジで死んじまう!

 そう考えながら走り続けていたが、ついに体力と心が折れそうになる。しっかりしろ俺。キレイな尻尾がないと牝鹿にモテないぞ。

 

「おう、止まれ止まれ!」

 

 はっ。いま危うく鹿の考え方に脳が乗っ取られるところ――いや! そんなことより今人の声がしたぞ!

 正面には、カタログの表紙で見た大男。オーナーのルビウス・ハグリッド氏だ。声でけえな!

 とはいえ、表紙で見た格好とは少し……いや、随分違う格好だ。あれは撮影時のかしこまった格好で(といってもきっちりと体型に合わせたローブとマントという魔法使いの正装とは程遠く、ボサボサの毛皮であしらったコートだった)、今のラフな服装が普段着なのか?

 

 まず目に入るのが首からかけた、めちゃくちゃゴツい金のネックレスだ。同じ色でおそらくあわせたのだろう、同じぐらいゴツい金の腕時計も左腕に光っている。

 頭にはバンダナ……? いや、違うな。ドゥーラグというやつを巻いており、顔には派手なサングラスがかかっている。ぶっといフレームは明るい白色だ。

 服は胸部分に大きく地元のクィディッチチームである「スケアリー・モンスターズ」のロゴがついたトレーナー、下はデニムのジーンズ。どちらもダボダボだ……よくこんな大男が、更にダボダボになる服を見つけられたもんだな!

 まあ、俺のファッションチェックによると……これは控えめに言ってもかなりクールだ。帰ったら真似できるところは真似しよう。

 

「お前さん、ただの鹿じゃねえな? 密猟者か?」

「ちげえ!」

 

 大男は俺が野生の鹿でないと一瞬で見抜いたようで、杖をこちらに油断なく向けてきた。まあ、敷地内で好き勝手走り回った俺が悪いと言えば悪いのだが……

 即座に動物もどき(アニメーガス)を解き釈明しようとする。もちろん、追いかけてくるスクリュートどもをこの大男で遮れるポジションで……いやいや。俺はこれからスポンサーになってくれるようお願いに来たんだぜ? そんな失礼なことするわけないだろ、偶然だ偶然。ハハハ。

 

「おー、『尻尾爆速スクリュート』たちは今日も元気だな。よしよし。わはは、そんなにじゃれつくんじゃない」

 

 俺があのスクリュートに噛まれたときは激痛で思わず顔をしかめたぐらいだったが、この大男にかかれば「じゃれついている」ことになるらしい。ははーん、あれだな。シルバヌスの同類だな?

 

「そんで、お前さんは何もんだ?」

「ああ、アルバス・ダンブルドア校長から指示を受けてホグワーツから……」

「アルバス・ダンブルドア! ダンブルドア校長の使いか! そういやあ、手紙が来てたが、今日だとは忘れとった。こんな森の奥だとちいとばかし日付の感覚を失うもんでなあ。すまねえな」

 

 お、おう。

 いや、別に日時を忘れてるぐらいはいいんだが……なんか話とちょっと違うな?

 スネイプとかの話だと新鋭気鋭の敏腕経営者みたいなニュアンスだったが……ひたすら森の奥で動物をいじくり回し続けるタイプの人間で、とてもじゃないが上手く商売回せる人間には見えない。

 ほんとにこんな奴から金引っ張れるのか?

 

「まあ、俺はこういう商談っちゅうのが苦手でな。今は別の人間にほとんど任せきりで、頼もうと思ってたんだが……今日来るとはちいと間が悪かったな。そいつが体調を悪くして臥せる日で……」

「ハグリッド、大丈夫だよ。彼は知ってる」

 

 後ろから声がした。

 この声は……聞いたことがある。懐かしい、馴染みのある声だ……!

 

「リーマス!」

「ははは、ジェームズ! よくこんな森の奥まで来たね」

 

 そこには、細身の美青年。リーマス・ルーピンが立っていた。

 最後に見たときよりずいぶん血色はいいように見える。

 

「うわーっ! 久々だな、リーマス! お前こんな辺鄙なところで仕事してたのか!」

「あん? お前さんら知り合いなのか?」

「知り合いも知り合い、ホグワーツの同級生の親友だよ!」

「そう言ってくれて嬉しいよ、ジェームズ。しばらく君とは連絡がつかなかったから寂しくて。私もここ数年は人里離れたところで仕事をしていたから、そうなるのも仕方ないんだけど」

 

 やっべ。

 魔法省を辞めてホグワーツに勤めると同時に、家に忠誠の術をかけた際に、手紙も元々の知り合いからしか届かないようにしたのだが……住所を転々とするリーマスのものはどうやら弾かれてしまっていたらしい。ぜんぜん気づいてなかった。

 「男ってそういうとこ雑よね。いや、あんたが雑なだけか。あんたをベースに一般化すると世間一般の男性に申し訳ないわね」ってリリーに責められるビジョンが浮かぶ。リーマスには本当に申し訳ない。

 

「すまん! ここ数年めちゃくちゃいろいろあって、登録してない宛先以外からは家に手紙が届かないようにしてたんだ!」

「そりゃ……ずいぶん剣呑な対応だね。闇祓い(オーラー)の仕事でなにかトラブったのかい?」

「直接は関係ないんだが、闇祓い(オーラー)は辞めて今はホグワーツで仕事してる。聞いて驚くなよ、今やあのスネイプと肩を並べて仕事して、時には酒を飲み交わして……ないな?」

「あのスネイプと同僚とは、確かに……いろいろあったみたいだね」

「しかも今期からはピーターもホグワーツに来ててな、まあ代わりにアラスターもいるんだが……」

「おうおう、お前さんら。積もる話が山程あるのはわかったから、とりあえず小屋の中に入ったらどうだ?」

 

 そういってハグリッド氏が、建屋を指し示す。

 それはこんな森の奥地には似つかわしくない、なかなかしっかりした建物で、小屋と呼ぶには大きすぎるように思えた。

 

「ハグリッド、1階は片付いているかい?」

「んにゃ。まだ仕事中だ。客人をあげるのはよしたほうがいいだろうな」

「よし、それなら2階のダイニングを使おう。紅茶もまだあったはずだ」

「俺は紅茶よりちょいと強い液体でもいいぞ。わはははは!」

 

 ハグリッド氏はしれっと真っ昼間から酒を飲むことを提案しながら大声で笑う。あまりの音量に隣りにいた俺の耳はキンキンする。おいおい、こんなひげもじゃの大男と仲良くなんかなれんのか?

 

 

 ―――

 

 

 なった。

 

「それでね、ジェームズ。ハグリッドが『俺はなあ、もしドラゴンの卵が手に入ったら、俺の手で暖めて返してやりてえんだ……』って木造の小屋の中で言うもんだから、慌ててこの建物を発注したんだ」

「わはははは! マジか! そんなことしたらドラゴンと卵の殻しか残んねえぞ!」

「いやいや! そんなこたあねえ。暖炉ぐらいは残るってもんだ」

「家を失った暖炉は単なる石の塊だろ!」

 

 『紅茶よりちょいと強い液体』を明るい昼のうちから楽しんでいる俺達は、肩を並べて大笑いしていた……いや、ちょっと待て。俺の仕事はこれでいいんだっけか?

 

「そうだ! 危うく今日の要件を忘れそうになったぜ!」

「なんだい、ジェームズ?」

「実はな、省の上の方にトム・リドルって悪いやつがいてな。そいつがどんどんホグワーツへの補助金を絞ってくるから、民間のスポンサーがいるんだと」

「おう! 恩師ダンブルドア校長の頼みだ! いくらでも出してやろう!」

 

 ガハハハ、と笑うハグリッドを……リーマスが制止した。

 

「友の頼みを阻むのは気が引けるけど……さすがにはいどうぞ、というわけにはいかないな。ここの経理は僕だ」

「そう、俺がリーマスは本当に優秀な男でな……俺ができねえ法律だの手続きだのなんだのの仕事をぜーんぶ受け持ってくれてる。大した男だ」

「僕がやっているのはちょっとした雑務だよ、ハグリッド。君みたいな魔法生物を扱う天才じゃない。君が『尻尾毒殺スクリュート』や『尻尾悪辣スクリュート』を作り出さなけりゃ、僕の書類仕事も生まれないんだ」

「すげえヤバそうな名前が並んだが、もしかしてここはヤバいマッドな魔法使いの拠点か?」

 

 俺を追いかけてきたのは『尻尾爆速スクリュート』とか言ってたが……どうやら、スクリュートシリーズがこの牧場では日夜生まれており、そいつらは全部危険そうな名前を冠している……悪の秘密結社か?

 

「まあ、そう思うのも無理はないし、実際危険なんだが……」

「危険? そんなこたあねえ。あいつらが噛み付いたってこれっぽっちも怪我なんかしねえ」

「……ハグリッド以外にとっては危険なんだけど、それは魔力や神秘を濃密に詰め込んでる裏返しでもあるんだ。スクリュートはうちの売れ線商品で、ハグリッドの工夫で尻尾が何種類にも変化させることができてる。多種多様な素材はニーズにあわせて魔法薬や箒メーカー、今やオリバンダーの店にも卸すようになったんだよ」

 

 オリバンダーの店にも卸されてるってことは、俺の生徒にもスクリュートの尻尾を芯とした杖のやつもいるかもしれないってことか……どんな跳ねっ返りなんだ?

 

「それで、確かに資金的には余裕があるし、僕自身も見合わないような給料を貰ってるんだけど……」

「んなこたあねえ! リーマス、お前はいっつもそうだぞ。自分のことを卑下してばっかりで……」

「そうなんだよ! こいつ、学生時代からいっつもそうでな! 過小評価しすぎなんだよ自分を!」

 

 ハグリッドと俺でそう責め立てると、少し顔を赤くして咳払いをした。

 

「でも、ハグリッド。君の夢はここをドラゴンの保護区にすることだろ?」

「う……」

「ドラゴン保護区としての認定を受けるには継続的にドラゴンの専門家を雇い続けなきゃいけないし、その専門家のための研究施設も用意しなきゃいけない。けど、その夢にようやく手に届くところまで来たんだ。ジェームズには悪いけど、ハグリッドはこれを軽々しく諦められるのかい?」

 

 ドラゴン保護区はここから遠く数百キロ北に進んだあたりに一つあり、現在ではそれがグレートブリテン島で唯一のドラゴン保護区となっている。

 それをさらに一つ増やすとなると、確かにとんでもない手間と費用がかかるだろう。

 

「というわけでジェームズ。そんなに大きな額はこのファング牧場の経理の立場として出せない。申し訳ないけど」

「しっかりしてんなあ。まあ、そっちにも都合があるならしょうがねえよ。突然訪れて金の無心して、受け入れられるほうが珍しいんだ」

 

 ここであっさり折れていいかどうか迷うが、まあリーマスもハグリッドも器用に嘘をついてかわすタイプではないだろうし、事実なのだろう。

 そうなると俺がどうこう口先だけで言っても仕方ねえしな。

 

「ところでハグリッド。下の階のワイバーンはどうなってる?」

「もうあらかた解剖は済んどる。あとは晒骨鍋に突っ込むぐれえだな」

「……今、俺の足元でワイバーン解剖されてるの?」

「普段はこんな丁寧にバラさんのだがなあ、ボーバトンにワイバーンの骨格標本を頼まれててな。ちと手間だったわい」

 

 建物全体がややケモノくさいから気付かなかったが、今俺の下にワイバーンが一体転がってるのか……現実味がない。しかし、言われてみれば独特の異臭を感じなくも……いやいや。考えるだけ損だな。

 

「まあ、作業の残りは相当悪臭を放つからな、客人には酷だろう。リーマス、散歩でも一緒に行っちょるといい。山のように話もあるようだしな」

 

 ハグリッドが気を回してくれたのでありがたく従い、小屋の外に出る……ううむ。興味がないわけではないんだがな。ワイバーンの骨格標本とかかっこいいだろうし。ただ流石にバラしてる現場に立ち会いたいかというとノーだ。

 

「よし、ジェームズ。少しの間ではあるが牧場を案内するよ」

「危険なやつは他にいないだろうな?」

「心配いらない。僕よりも危険なやつは数えるほどしかいない」

「自虐ジョークやめろ! つうか、それでも上がいるのかよ!」

 

 久々との旧友との再開に話も心も弾みすぎていたか。

 俺は迫りくる脅威に未だ気付けずにいた。

 

「ああ……見つけた。あれがジェームズ・ポッターだ。月夜を逃すところだったぜ」

 

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