「そんでな、ここに来るときカーディフまでは煙突飛行ネットワークで来て、そっから目くらまし術をかけた上でニンバス1700で飛んできたんだが、緑色のワイバーンの群れに追いかけられてな」
「緑色のワイバーン? マダラカンムリワイバーンかな。基本的に草食だから人を襲うことは少ないはずなんだけど……なにか思い当たるものはあるかい?」
俺とリーマス、二人は小屋を離れてゆっくりと牧場のふちを歩いていた。
「草食だぁ!? マジか、どう考えても人を頭から食うようなツラしてたぞ」
「まあ、確かに顔は怖いかも。でも、基本的にワイバーンは自分たちよりも大型であるドラゴンと競争しないように進化してるからね。彼らは草食よりの雑食になることで競争を避けた種なんだ」
「なるほどな。思い当たるというと……カバンの中のこれとかかな」
袋詰したサンドイッチを取り出す。リリーのために作った残りを俺のお弁当として持ってきたものだが、すっかり忘れてた。
「具がレタスや細かく刻んだニンジンのようだから、間違いなくこれだろうね」
「そうか! なんだ、じゃあそんなビビって逃げることなかったのか」
「いや。あくまでドラゴンと競争を避けてるだけで、サンドイッチを奪う過程で君を鯖折りにする程度の力はあるよ」
おっかねえ。よくこんなところで平然と暮らして……待て、今の俺の職場はホグワーツだったな? よし、口に出すのはやめておこう。
しかし、あいつら俺のサンドイッチが狙いだったのか。
「ってことは、あの場でサンドイッチを投げ捨てれば俺のニンバスをボロボロにする必要なかったのか?」
「いや、無理だと思うよ。確かに何体かはサンドイッチのほうに向かうと思うけど、残ったやつは間違いなく匂いがついてる君とその鞄を狙うはずだ。あのワイバーンは匂いでエサを探すからね。逃げたのは正解だ」
リーマスはそう言いながら宙を指し、俺を追いかけたのとおそらく同じ種類のワイバーンを指した。
ホグワーツにいたときから魔法生物飼育学の成績はよかったからなあ、リーマスは。ここで勤めるようになってから更に磨きがかかっているのだろう。
「……おっと。そろそろ飲まないと」
リーマスは俺と話しながら懐から大きな瓶を取り出した。
お世辞にも食欲のそそる見た目ではないが、おそろしいことにこれは飲み薬らしい。
「それは?」
「脱狼薬だ。高価な薬でかつてはとても飲めなかったんだが、ハグリッドは毎月調達してくれている。いい人だ」
ごくりと瓶の中身を飲み干すと……リーマスは苦笑いを浮かべた。
「とんでもなく苦いのだけはまだ慣れないけどね」
「まあ、でもそれを飲んだって変身しないわけじゃないんだろ?」
脱狼薬はとんでもなく手間がかかる薬で、満月の前の一週間は服用し続けなければいけない。
そこまでやっても変身が止まるというわけではなく、人間としての意思は残るものの姿形は狼人間へと変貌する。
「それで十分さ。こんな森の奥、普段はハグリッドとわたししかいないからね。ハグリッドはわたしの多少の見た目の違いなんて気にしないたちだから」
「ははは、多少の見た目の違いか。リーマス、いい職場に恵まれたな」
「まったくだ……おや?」
最初にそれに気付いたのはリーマスだった。まあ、目もいいしここに住んで長い。違和感にすぐ気づくのは当然だろう。
視界を遮る木々の上に、煙が立ち上っていた。杖を抜く。
「ワイバーンかな? 彼らは身を守るためや威嚇のために火を吹くからね。ときどきボヤみたいなのを起こして――」
「違う。これは人の手によるものだ」
人の手だと気付いた理由はシンプルだ。
姿くらまし出来ない。
「『姿くらまし防止呪文』がかかってやがる。計画的な動きだ。すまんルーピン、巻き込んじまったかもしれん」
「こんな森の奥で……『姿くらまし防止呪文』? 実際試してみたけれど、『姿くらまし』できないというのは本当のようだね。でも、いったいなんでこんな大掛かりで手間のかかることを?」
「そういうことをやる相手なんだよ」
『姿くらまし』が使えないから、己の足で走るしかねえ。トンボ返りして先程出ていった小屋の方へと駆け出す。
そこには見慣れぬ人影……杖を構え、
「お、ようやくお出ましか?」
「……フェンリル・グレイバックか」
残忍で凶悪。死の呪いを使うことすら一切ためらわない狼人間の犯罪者だ。
「おお、俺の名前を覚えてくれてるのか。嬉しいぜ。日夜宣伝活動に励んだ甲斐があったってもんだ。サインはいるか? 直接刻んでやるぜ」
「サインがいるのはお前のほうだろ? 空になった肉体の判別に必要だからな」
グレイバックがいるとなると……周囲の魔法使い共もまず間違いなく手下の狼人間だろう。
満月の夜が近づき、彼らの姿形が少しずつ変貌していくのが見える。もちろん、リーマスも。
「……ん? もしや、そこのお前もお仲間か? いやあ、とんだ偶然もあったもんだな」
「君のような野蛮な男と仲間であったときは一度もない」
「日々狼人間のために活動してるってのにつれないねえ」
「なにが狼人間のためだ。君みたいな悪党がいるから狼人間が一緒くたに扱われるんだ」
それを聞いてグレイバックは甲高い声で笑い始めた。なかなかキテる感じだぜ。
「おいおいおい。現実から目を逸らすなよ。俺なんかいてもいなくても省の対応は変わんねえよ。まさかあれか? 俺がいなけりゃ非狼人と俺らは仲良しこよし、みんな笑顔で手を繋いでくれると思ってんのか? んなわけねえだろ。ホグワーツに行けなくても魔法史は学んでおいて損はないぜ」
「生憎だが間に合ってる。
「ワオ! 同じくビンズの授業を受けた仲か。ってことは噛まれたのは
「ダンブルドア校長を侮辱するな!
リーマスが鋭く杖を振る。周囲の木材やらなにやらが凄まじい勢いでグレイバックに向かい始めた。学生のときからリーマスは
だが……残念ながらグレイバックのほうが一枚上手のようだった。
「
日が陰りはじめ、月は今か今かと顔を出そうとしている。
それに呼応するように……グレイバックとその手下どもはより狼人間に近づいていく。彼らは杖をしまいはじめた。もう使うつもりはないのだろう。
「ジェエムズ……わだしももう、ながくない」
「完全に変わる前に聞いときたいんだが
「むだだ。づよいあぐいをもっだおおがみは、もぢろんどうぶづもおぞう」
「了解。そう上手くいかねえか」
グレイバックの手下のうち、先頭のやつが吠えた。
それを合図に、今や完全に変貌した彼らは俺達に向かって走り出した。
俺一人なら逃げる一手だが、リーマスとハグリッドを置いてくわけにはいかねえ。やるしかねえか。
「
数で劣る俺達は、効率よく削る必要がある。一番いいのが同士討ちだ。タフな相手にこの手の呪いは効きが悪くあんまり撃ちたくないんだが、狼人間は皮膚が強靭な魔法生物とかと違って表皮はヒトとそんな変わんねえからな。
とはいえ、錯乱した狼人間が隣の味方に飛びかかったが……すぐに我に返った。魔法的にタフであるということはすぐに呪いの影響下から外れるということだ。
「
こちらに向かって飛びかかってくる連中に一つ一つ呪いをかけて回るが……回復が早いのもあって忙しい。
クソっ、杖さえ折っちまえばほぼ無力化できる魔法使いと比べてこういう相手は苦手なんだよ、俺は。
少し離れて息をつこうとした瞬間、死角に回り込んでいた一人がこちらに飛びかかってきた。まずい、迎撃が間に合わな――
危うく一発もらいかねなかったタイミングで俺をかばったのはリーマスだった。どうやら意識は残ってるっていうのは本当のようだ。助かったぜ。
そのままリーマスは相手の顔面をたくましい手で鷲掴みにし、首を折るんじゃないかという勢いでそのまま振り払った。いつものリーマスらしからぬワイルドさだぜ。
食らった相手はひとたまりもないようで、そのままノックアウト(脳震盪かなんかだろうか)し、起き上がってこなくなった。
なるほどね。呪いの効果が解けるのはかなり早いようだが、物理的に強烈な一撃を与えちまえばいいわけだな。よし、リーマスに倣うとするか。
「
そう唱えて杖を振り、今気絶したばかりの奴を手近な奴に思いっきりぶつける。
襲撃呪文がうまいこと作用し、気絶した狼人間の牙や爪がそのままそいつに勢いよくぶっ刺さる。二人目!
リーマスが俺にアイコンタクトをよこして来た。頷くと敵の固まりに向かって駆け出したので、支援に徹しリーマスに向かおうとする奴らを麻痺させる。動きが一瞬止まった連中の顎、耳、みぞおちにリーマスが一撃を加えていく。三人目、四人目、五人目。
狼人間の連中は手強いし、一発貰うだけで致命傷になりうるが……統制がまったく取れないのが弱点だ。加えて(リーマスには悪いが)、今回は狼人間化を恐れなくていいリーマスが前で暴れてくれたので随分と動きやすくなった。
さて、こうなると狙うべきは本丸だろう。結局こいつらはまともな訓練も受けてない手下にすぎない。フェンリル・グレイバックをなんとかしねえと……
そう思ってあたりを見回すと、いつのまにか牧場の真ん中に三段のバスが出現しており、グレイバックはそれに乗り込もうとしていた。両脇にはスクリュート――殺したのだろう――を戦利品のように携えていた
あの野郎! 手下を見捨てて逃げようとしてやがる! あいつだけしれっと脱狼薬飲んでやがったな!
「おい、卑怯もん! 尻尾巻いて逃げる気か!」
そう叫んではみたものの、挑発には乗らず俺に向かって高笑いをしてそのままバスに乗り込んだ。
「
バスに向かって束縛呪文を飛ばすが、バスを横転させるには至らなかったようだ。多少揺れはしたものの、そのまま走り去っていった。
「くそ、取り逃しちまった。とりあえず魔法警察か
「外が騒がしいと思ったら……なにが起こっとんだ、これは!」
どうやら騒ぎに気づいたハグリッドが、小屋の中からドタドタと走り寄ってきた。
「ハグリッドか。すまん、リーマスともども巻き込んじまった。一応は無力化してるが、そいつらは俺を殺しに来たグレイバックの手下の狼人間だ。安易に近づくなよ」
「牧場が燃えとる……消し止めねえと! めんこいあいつらが焼け死んじまう!」
「近づくなつってんだろ! 森林火災に繋がるほどの規模でもねえ、プロを待って……おい!」
俺の制止も聞かず、ハグリッドは焼け焦げたスクリュートに走り寄っていく。
あたりの牧草ロールは燃え盛っており、どうやらそれに巻き込まれたようだ。ハグリッドは杖を振って水を出す……出すというか、ありゃもうぶつけるといった感じだな。見た目通り、魔法も荒っぽい感じだぜ。まあ、ともかくハグリッドはそうやって辺りの炎を消していった。
「ああ、お前さんは怪我してるけど無事か……よしよし、しばらく俺が付きっ切りで面倒を見てやるからな……」
「そいつは息があるか。ただ、残念ながら捕まったやつもいたぞ。少なくとも2体」
「そうか……そいつらが帰ってくることはねえだろうな。スクリュートの素材は高く売れる。金に換える気だろう。許せんわい」
「わかってる。とはいえ、少なくともこいつらはアズカバンにぶち込めるだろう」
「こいつらは所詮トカゲの尻尾だ。そうだろう?」
ハグリッドは意外と冷静なようだ。いや、激しく怒っているからこそ本質的な答えがすぐに浮かぶのだろうか?
「俺はこんな凶行、二度と起こさせちゃいけねえと思っちょる。ダンブルドア校長が連中を相手にしてるっちゅうんなら……ドラゴンの保護区はひとまず後回しだ。俺でよけりゃあ、おまえさんたちにいくらでも力を貸そう」
―――
おいおい。なーにが
うさんくせえ仕事だとは思ってたから、慎重に最初は死ぬほど飲みたくねえ脱狼薬を服用しておいたが、忌々しいことにその判断は正解だった。あそこに理性のない状態で飛び込むのはあまりにもリスクが高すぎる。深手ぐらいは負わせただろうが、とっ捕まっちまう可能性もまあまああっただろうな。コーバンは俺らを見逃すと宣ってたが、現行犯でお縄になったときにそれが通じるかはわからねえ。まあ、十中八九そのまま見捨てられるだろう。
いっそこのままヤックスリー家の屋敷にバスで乗り付けてやろうか……いや、魔法も使えない狼人間の腕で魔法のバスを操作するのはなかなかリスキーだ。今まで立ち寄ったことのないところにアドリブで寄るのは避けたほうがいい。憤懣やるかたねえが、ここは拠点に戻ることを優先するべきだろう。
コーバンを締め上げるのは一息ついたあとでいい。しかし素人に毛が生えたもの、なんて適当吹き込みやがって。ありゃ相当の手練だ。今まで相手した中でも間違いなく上位だね。
手練といやあ、奇しくも俺らに立ち向かってきたお仲間のあいつ……考え方は甘ちゃんだったが、俺の手下どもとは別格の腕だったな。ターゲットの男との連携も取れていたしやっぱホグワーツ卒は箔だけじゃないねえ。いや、卒業まで漕ぎ着けたか知らねえけど。
俺たち狼人間のアドバンテージは牙の一噛み、爪の一薙ぎで致命傷(または俺たちのお仲間入り)を負わせられることと、それに伴う恐怖心だ。俺たちに噛まれることを恐れないやつが近くにいるのは都合が悪い。
あいつは実に面白い存在で、ぜひとも地獄を見せてやりたいが……まあ、ひとまずこの仕事が終わってからでいいだろう。
仕事といえば、コーバンが漏らしていたが(どうも俺たちに聞かせる予定の話ではなかったらしく、必死に話題を逸らそうとしていた)、同じタイミングで襲撃をかけている連中が他にもいるらしい。
ちょっと優しく聞きだしたところ、コーバンも詳細は本当に知らないようだったが、もう一つの狙いはアイルランドらしい。
アイルランドの連中もしくじってくれてるといいなあ。俺らだけじゃなかったら面目が立つってもんだろ? とはいえ、利口ぶった奴らがあつまった学会が暴力でメチャメチャになるってのは面白そうだから、適度に暴れてもらいたいねえ。