「早いわね、待たせちゃったかしら?」
「いや今、来たところだ」
「
「今日の役目は
ゴドリックの谷からダブリンまではかなり距離がある。一番安定した移動手段は煙突ネットワークではあるが、一人ずつ使う仕組みであるから、トム・リドルの手の広さを考えると移動中や前後のタイミングで切り離される可能性もなくはない。
単独の姿あらわしも似た問題を抱えており(くらましたあと、あらわす場所や時間に若干のズレが生じる)、距離を考えると付き添い姿あらわしは複数回使わなければ到達できず、負担が大きくなる。同時に複数人で同じ場所に移動するのであれば、
それに、複数移動手段を用意しておくのは悪い手ではない。リリーを守るのであればこれぐらいの慎重さは必要だろう。
「正直苦手なのよね、
む。
まずい。そのあたりの影響を一切考えていなかった。
確かに
そもそも、リリーから
「セブ、なに深刻そうな顔してるのよ」
「……すまない。君が
「子供のときの話でしょ、それ? 用意してくれて感謝してるわよ」
リリーはフォローを入れてくれたが、逆にそれで自らの至らなさを際立って感じてしまう。先ほどまで得意顔だった心の中の自分を思いっきり引っ叩きたい。
「はい、はい。落ち込んでないでこっち見て」
「……」
「別に怒ってないからね。ほら、行くわよ」
「ああ」
リリーが私に
まあ、ゴドリックの谷でいつまでも立ち往生しても仕方がない。意を決して、リリーと同時に
体全体が引っ張り上げられるような感覚を経て……一気に放り捨てられるような感覚と、強いめまい。どうやら着地したようだ。
即座に杖を出して
マグルは、ダブリン大学がカレッジ制にも関わらず
かつてあった魔法使いのためのカレッジ。ココロコ・カレッジで使われていた講堂だ。
「これはようこそおいで下さいました。リリー・ポッター様ですね。付き添いのかたもどうぞこちらに」
私達が訪れたのを察して、屋敷しもべ妖精が即座に姿をあらわした。
それにしてもリリーの付き添いか……なかなか悪くない響きだ。
私もホグワーツの教員としてこういった場に顔見知りぐらいはいるものの、今日はリリーが主役の場だ。静かに一歩下がって付き添いとしての役割を完璧に果たしてみせ……
「あれ!? セブルスくんなんでここにいるの!?」
「……ホグワーツの外でまで騒ぐな。セプティマ」
「わああああ! なんか女の人と歩いてる!? セブルスくんが!?!?」
やかましい。
年上とは思えない煩さだ。
「初めまして、古魔法学と呪文学を研究してるリリー・ポッターです。数秘術のベクトル教授ですよね? お噂はかねがね聞いております」
「……! ああ、あなたがリリーさんなのね! ポッター教授とセブルスくんの話によく出てくる! 一度お会いしてみたかったのよ!」
「リリーの話をした記憶などほとんどないが」
「リリーさんの話はしなくても、セブルスくんの話にはリリーさんがいるのよ」
こいつは何を言ってるんだ。全く理解できない……が、リリーはなんとなく理解できたらしい。「あー、セブはそういうところあるわよねー」と頷いている。
セプティマはマッドな魔法研究者らしくよくわからないロジックで会話することがあるが、リリーにもまあ似たようなところはある。考え方に共通するところがあるのだろうか。
「なるほどねー。こういう感じだったのね」
「なにがなるほどだ、この馬鹿者。お前も学会発表があるのだろう。邪魔するな」
「そうなのよ! 今日の発表は自信あって、例の"トイレの部屋"の魔術式を解析してわかった部分の応用を示す予定なのよ、セブルスくんも見ててね! あ、あと早くホグワーツに戻ってきて。生徒の面倒とかみたくない」
教職員にあるまじきセリフを言い残し、セプティマはドタバタと走り去っていった。
なにがしたかったのだ、あいつは。
「楽しそうな同僚さんじゃない」
「一切楽しくはない。スリザリン寮生だったときもあちらのほうが先輩にも関わらず、余計なトラブルを私のところにいくつも持ち込んできて……ルシウスも巻き込んでやったが」
「あら。同じスリザリン生だったのね」
「不本意だが。2つ上だ」
「なるほどねー。へー。ふーん」
リリーが意味深な目線でこちらを見てくる。なにが言いたいかさっぱりわからないが、こういう態度をリリーが取ることは今までも何度もあったし、私が理解できなくても怒ることはなかった。気にしなくてもいいだろう。
「まあいいわ。準備もしないといけないし控室に行きましょうか」
「ああ……待ってくれ、リリー」
歩き始めようとしたところを一旦制止する。
それは、通路の向こう側を歩いている男が目に入ったからだ。
コーバン・ヤックスリー。ガチガチのリドル派の人間だ。
確かやつの家業は地中海沿岸からを主とした輸入業で、貴重な素材を扱うノウハウを握っていることもありこうした学問の場に顔を出す機会は少なくない。そのため偶然の可能性もあるが……警戒はしておくべきだろう。不自然でない人選として選ばれた可能性がある。
「赤いネクタイの白髪の男の顔を覚えておいてくれ。名前はコーバン・ヤックスリー」
「了解。覚えたわ。顔を合わせたことは今までにないはず」
さすがリリーだ。話が早い。
私が監視の目を外すことはないが、あちらも私とリリーを引き離すような策を取ってくるかもしれない。リリーがしっかりと記憶し、なにかあったときに咄嗟に避けることができるのは心強い。
─────
「16世紀の初頭から提唱されてきた呪文の中に呪文を格納する、いわゆる『ボックス・イン・ボックス』の考え方を実現する手法を私は模索してきましたが、その中でも特筆すべき結果を見せたのはアメリカで20世紀に開発された近代的な呪文である
半円状の講堂で、リリーは発表を進めている。
高度な呪文学は私にとってははっきり専門外で、難解すぎる部分もあったが明快な話し口と丁寧な説明もあり、極めて興味深い内容に仕上がっていた。
リリーは壇上の台に向かって杖を振ると……炎と、それに包まれたカエルが現れた。
「この『カエル内蔵燃焼呪文』は現在発揮している効果としては単純な燃焼呪文と違いはありませんが、この内部にいるカエルは燃焼呪文から保護されており、燃焼呪文の効果が切れるとごく一般的な手順でカエル召喚呪文を唱えたときと同じ効果を得ることができます。組み合わせる呪文がかなり限定され、体系的に交わらないものという条件は付きますが『ボックス・イン・ボックス』の実現例として現代呪文学に資するものになるでしょう」
そう言ってリリーは発表を終えた。
なるほど、燃えたカエルを机の上に出す……私は無知ゆえにどう活用すべきかわからないが、大きく世に貢献するものなのだろう。なにせリリーの発見だ。
「ブラボー!」
「興味深い」
「古魔法からのアプローチとは新鮮な切り口だ」
「カエルを内蔵した燃焼呪文……なるほどね」
「なんでそんなことしようと思ったの……?」
講堂では盛大に拍手が巻き起こり、称賛する声が響き渡った。
その後、質疑応答を終え何事もなくリリーは舞台を降りていった。
「ふー。反応も良さそうで安心したわ」
「素晴らしい発表だった。リリー」
「ありがと」
「私からも讃えたい、若い才能が現れるというのは素晴らしいことだ……もしよければ、先程のテーマについていくつか尋ねたいことがあるのだが、構わないかね?」
聞き慣れぬ声がした。
杖に手をかけ振り向いたところ――そこに立っていたのはグリーングラス卿だった。
これは……意外な訪問だ。彼がトム・リドルの影響下にいるとは考えたくもないが、警戒は怠らず、目線は切らず。いつでも杖を抜けるようにしておく。
「これはグリーングラス卿。そう言っていただけると光栄です。質疑ということでしょうか?」
「いかにも。講演が終わった直後に質疑応答を行うべきだったというのは重々承知だが、学術的な専門家ではないものだから公の場で発言するのに気後れしてしまって。もし、こちらの質問が素人の不見識なものであればバッサリと切り捨ててくださって結構」
気後れしたというのはまず間違いなく嘘だ。そんなタマではない。
どのような理由かはわからないが、リリーとのクローズドな場を求めているのは間違いない。
「先ほどの『カエル内蔵燃焼呪文』だが……燃焼呪文の効果中にカエル召喚呪文のほうに干渉する方法を御存知かね?」
「もしや、『血の呪い』に関わる話でしょうか」
「流石に専門家だな。よく察したものだ」
『血の呪い』……対象者個人だけではなく、未来に生まれる血族さえも対象に取る呪いだ。
詳細は知らないが、グリーングラス家にはその呪いがかけられているという噂は世事に疎い私でも聞いたことがある。
停職中の身であるため未だ顔を合わせてはいないが、今年入学したグリーングラス家の生徒に対してダンブルドア校長から「配慮が必要」という通知も受けている。おそらく、血の呪いがその理由なのだろう。
「グリーングラス家にかけられた『血の呪い』は私の実演した魔法と類似の構造だと?」
「わからない。だが、『血の呪い』自体は解かれた例も数多い。にもかかわらず我々は血のにじむような思いをしてもなお解呪の糸口すら掴めていない。可能性はある」
「なるほど。結論から言いますと、燃焼呪文の効果中に内部の呪文にアクセスする手法を存じていません。外側の呪文が内部の呪いを保護する……という構造自体は確かに検討すべきアイデアだと思います」
「16世紀半ばに実践できた可能性は?」
「古魔法と現代魔法で実演しましたが、本質的には干渉しない魔法体系の呪文であれば組み合わせることができます。もっとも、別の魔法体系であっても部分的に数式が共通している場合があり、本当に干渉しないかは精査が必要ですが……『試してみたらたまたま上手く行った』可能性も含めるならば、技術的にはそれほど難しいものではないと考えています」
「なるほど……貴重なご意見感謝する。また改めてお話を聞きに伺おう」
「ええ。ぜひご協力させてください」
次の発表者が壇上に上がり、学会発表が進みはじめたためか、グリーングラス卿は話を切り上げた。トム・リドルに命じられて我々のことを探りに来たわけではなく、純粋にリリーの話に興味があったようだな。
「興味本位で作った魔法だけど、意外なところで活用されるかもしれないわね。これは」
「……なにかに役立つと思って作ったわけではない?」
「え? セブは『カエル内蔵燃焼呪文』を使うべき状況があると思ってるの?」
「いや、リリーの発見であるから、てっきりなにか深遠な目的があるのかと……」
「んなわけないでしょ。できそうだからやってみたのよ。やっぱりセブって教壇立つより官僚のほうが向いてそうだわ。実用主義者ね」
「それは自分でもそう思っている。頭のおかしい生徒の面倒を見る毎日は頭が痛くなる」
「うーん、その部分はそうでもないと思うんだけどな。人の面倒見るの好きでしょ?」
「それは大いなる誤解だ」
「私のカンだけど、省にいたときも他人の厄介事の処理やってたでしょ?」
「……」
リリーにそう言われて自分でも気付いたが……図星だ。
なぜ私はそんな役回りばかりする羽目になるのだ?
いや、好きでやっていたわけではない。他人が将来大きくなるであろう爆弾を放置したり、要領が悪い人間を見ると腹が立つからやっていただけだ。
「次の人は……クリス・マーティンさんね。魔法薬学の研究者みたいだけどこれはセブのほうが詳しいかしら?」
「私は実践の人間であるから研究屋とは少し畑違いではある。しかし、もちろん存じてはいる」
クリス・マーティンはマグル生まれの魔法薬学者だ。医療分野での貢献で知られており、いちばん有名な業績は「血液上騰薬」の開発だろう。これは「巻き黴」の治療薬で、ホグワーツで「巻き黴」が流行した際に大量に調合させられたこともある。
彼の発表した研究は調合に使う鍋の厚みによって魔法薬の品質がバラつくことがあることを示したもので、私からしても興味深いものだった。
鍋の厚みについて国際的な統一を進めることは、魔法界全体の魔法薬学の進歩、および製品の安定化に繋がる……という主張で締めくくると、講堂全体が拍手でいっぱいになった。
「では質疑があればなにか……では、そちらの方」
「鍋の厚みの標準化。実に興味深い内容だった。しかし、国際的な話といえば、魔法薬に使われる素材にはブリテン島固有の貴重な、生産量がごく限られているものもあることをご存知ですかな?」
真っ先に手を上げたのは、あのコーバン・ヤックスリーだった。
彼の質疑の内容は研究のテーマからかなり外れているように聞こえるが……
「ふむ。話の趣旨がまだ理解できていませんが、それはその通りでしょう」
「魔法薬の品質の安定化には……鍋だけではなく、調合者も信頼できる人間でなければいけないと私は考えております。そうでなければ、貴重な素材の浪費に繋がる」
「なるほど、言いたいことがわかってきました……この話は、私がマグル生まれであることと関係ありますかな?」
「いえいえ、とんでもない。血の状態や生まれの話ではありませんよ。あくまで、ブリテン魔法界に貢献してきた実績があるかどうか、の話です」
「ははは。では私見を述べましょう。生まれや居住地で魔法薬の調合が制限されるなど言語道断! 貢献の有無は学問の資質に一切関係がありません、以上! では、次の方」
クリス・マーティンはバッサリと切り捨てた。その扱いの仕方はこの手のことにかなり慣れた様子で、想像するにこの手の差別的な質問を投げかけられる機会は多く、あしらい方を身に着けたのだろう。
気になるのはコーバン・ヤックスリーだ。公衆の面前であのようなあしらわれた方をされたわけだが、どう動くつもりなのだろうか?
何事もなかったかのように質疑応答がいくつかなされて……クリス・マーティンは再び起きた拍手を受けながら壇上から降りていった。
その後も、発表は続き……午前の部は終わり昼の休憩に入った。
私達も講堂を出て、一旦控室へと戻ることになる。
「私の発表は終わったから、午後のほうが気楽に聞けそうね。ベクトル教授も午後のようね」
「まあ、私は聞くつもりではあったが別にリリーに聞く義理はないだろう。無理して付き合う必要はない。リスクは常にある、昼のうちに家まで送ろう」
「せっかく来たんだから最後まで見ていきたいわ、セブ。ダメ?」
「駄目……ではない。よろしい、なんとかしよう」
「ありがとねー」
うまく丸め込まれた気もするが、まあいいだろう。リリーを狙う計画があるのであれば確実にいるはずの午前中を狙うのが筋だ。多少残っても大きなリスクにはなるまい。
「それに、伝統のダブリン・ランチボックスがどんなものなのか見てみたいと思ってたのよね」
「ああ、アレか。それならもう控室に届いているはずだ」
ブリテン島から離れたアイルランドの学問の場は世間ずれした魔法使いが伝統的に多いらしく、昼の休憩中に食事にいったはずの午後の発表者たちが全員帰ってこなかった、という伝説が残っている。(理由は様々で、バスブーサというケーキを求めてアイルランド中を彷徨ったアラビアから来た学者やら、単純に迷子になったウェールズの魔女やら、など面白おかしくエピソードが日々盛られ尾ひれをつけられている)
それ以来、控室にランチボックスを届けることになった……というのがここの伝統になった。もちろん、断ることも出来るし、遠方から来た魔法使いや魔女はアイルランド島内にあるダンルース城の魔法使いコミュニティまで足を伸ばして、料理を楽しむ人も多い。
ただし、断った人間が午後の発表までに帰ってこなくても捜索は行われない、というのも伝統の一つだ。
「それに、ベクトル教授以外にも気になる発表は結構あるわよ。オリバンダーさんとか」
「ああ、確かに。今日はこちらにいらしているのだな」
「そう言って頂けると嬉しいものですな。二十六センチ、振りやすい柳の杖。リリー・ポッターさんですね?」
噂をすれば影、といったところか。ちょうど廊下の近くをオリバンダー老人も歩いていたようだ。
「ええ、未だに愛用しています。今日はどんな発表を?」
「なに、大した話をするつもりはありませんよ。老人の世間話のようなものです。どちらかといえば、こうした場に顔を出すのは弟子探しの側面も大きいでしょうか?」
「弟子探し?」
確かに、オリバンダー老人の店は、とうに弟子が継いでいてもおかしくないような年齢だろう。しかし、どちらかといえば杖の作成というのは職人の技といった印象で、もっと若いうちから見繕うものだと思い込んでいた。
「杖を作るのに必要な知識というのは多岐にわたります。ホグワーツの科目で言えば、素材についての幅広い知識が必要です。杖とその芯を決定するには魔法生物飼育学と薬草学。その素材を加工するための魔法薬学。杖を杖として働かせるための数秘術とルーン文字学。どれも難解な学問です。これらの知識を一から教えるのは一人の杖職人には荷が重いものですから、こうして素質のある人間を探して誘っているのですよ」
「なるほど……とはいえ、こういう場に出ている人間は多くが既に別のものに打ち込んでいるのでは?」
「実際のところ、世間が思っている以上に『オリバンダーの弟子』というのは多いのですよ。趣味としてでも杖作成に携わってみたいという好奇心の強い方が多い場所ですから、そうした人に教え込むことで数を確保し、代替わりの際にはその中から『オリバンダー』の屋号を継ぐにあたって条件のいい人を決定する……こうすることで、オリバンダー杖店は代々品質を保っているのです」
ニコニコと笑いながらオリバンダー老人は私達にそう説明してくれた。
なるほど、確かにオリバンダー老人直々に教えてもらえるとあれば、時間を割いて学ぶことを選択するものも少なくはないだろう。その中から今やっている本業から乗り換えてもよい、と考える人間が一定数でるのも不思議はない。
「ちなみに、スネイプ教授。あなたも『オリバンダーの弟子』になるにあたって優れた資質をお持ちです。いかがですか?」
「……申し訳ないが、今は難しい」
「でしょうな。だから声をこれまでかけなかったのです」
やはりこの手の老人はみな曲者だ。
ダンブルドア校長とは違うタイプだが、なんとなく手のひらの上にいるような気分になる。
「それからダブリン・ランチボックスですが、絶品ですので期待していてください。それでは御機嫌よう」
「ええ。ありがとうございます」
そのまま私達は控室に向かうと……机の上に噂のランチボックスが置かれていた。
1つだけ。
「……ああ、リリーの分しかないのか。私は別に調達するから、リリーはこれを……」
「いや、違うわよ。私は断ってセブのだけ頼んでおいたの。『見てみたい』って言ったじゃない」
そう言ってリリーはカバンから不格好なサンドイッチを出す。
「私はお昼ごはんあるから。でも、ダブリン・ランチボックスってどんなのか一度見てみたかったのよねー。なのでセブが食べてるとこを横で見てようと思って」
「リリー。君の自由すぎるところが出ているぞ」
「あらスープがついてるのね。美味しそう。それ一口もらっていい?」
「好きにしてくれ……いや待て、気になるならそっちのサンドイッチを私が食べてもいいが」
随分見てくれの悪いサンドイッチだ。パンの厚みも適当で、ものによってはちぎれている。リリーが作ったものではなさそうだが……
「いいのよ。私はこれが食べたいの。せっかく作ってもらったものだから」
「……リリーがいいならばそうするが」
そう言って包からサンドイッチを取り出すと……ボロボロと具がこぼれ落ちてくる。言わんこっちゃない。机に落ちたキュウリのスライスを(スライスというには随分厚い気もするが)そのまま手で掴んで口に放り込んだ。
「……」
「味は変わんないからいいのよ」
「なにも言ってないが」
「でも、セブはこういうの気になるタイプでしょ。私は気にならないタイプだから、まあ相性いいのかなあ」
「?」
まあいい。譲るものをどれにしようか、リリーの好物は……と考えながらランチボックスの蓋を開ける。
その瞬間、私の感じた匂いは食欲をそそる香ばしい匂い――だけではなかった。
「リリー。食べるのを止めてくれ」
「え?」
「杖を抜いてサンドイッチを置いてくれ。部屋のものに極力触れずに廊下に出よう」
「ど、どうしたの? 顔、怖いわよ」
「……毒だ。このランチボックスには毒が仕込まれている」
私がそれを口に出した瞬間、偶然にも……別の部屋から大きな、悲鳴にも似たうめき声が響き渡った。