ヴォルデモートなんていない   作:taku1531

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47.致死量の自由

「クリス・マーティンさんが毒を飲まされました! 全員速やかに部屋を出て講堂に集まってください、飲食物には一切触れないように! 扉はきっちり閉めてください!」

 

 リリーは声を張り上げて全員に部屋を出ることを促す。

 まったく……こんなことを率先してやらなくてもいいだろうに。自分も狙われたばかりなのだぞ。

 とはいえ、やると決めたリリーの意思を尊重し護衛を徹底する。

 

 現場保全において大事なのは侵入経路を限定することだ。

 今回、控室の扉には個人認識魔法がかけられており、その控室に割当てられた人間しか開け閉めできない仕組みになっている。

 ホグワーツ同様、建物全体に『姿くらまし防止呪文』がかけられており、部屋への侵入は相当難しい。そこから毒の混入過程を割り出す……いや、部屋への侵入が難しいというのは勝手な思い込みか。

 部屋の管理者、または扉に防犯の魔法をかけた人間が犯人であれば術式にバックドアを仕込んでおくことも可能だろう。移動(ポート)キーの転移先として設定されていた可能性もある。また、ミステリーとしてはご法度だろうが、この手の古い建物にはホグワーツ同様隠れた抜け道がありがちだ。

 

「セブルス君! なにが起きてるのこれぇ!?」

「セプティマか。食事に手を付けてはいないな?」

「ええ。たまたま部屋に戻るのが遅れてね。ランチボックス、一応持ってきたけど見てもらっていい?」

「貸せ」

 

 蓋を開けて匂いを感じ取る……これにも、『脳サラダ手術薬』の独特な刺激臭がかすかではあるが感じられる。クリス・マーティンも魔法薬学の専門家ではあったはずだが、癒者(ヒーラー)関係、あるいは教職として様々な種類の魔法薬を常日頃扱っている人間でなければピンと来ない類のマイナーな毒薬だ。研究対象として扱ったことがなければ、実際に調合したことのある学者は魔法薬学を専攻していても少ないはずだ。

 それにしても、クリス・マーティン、リリー(あるいは私)、セプティマ……無差別殺人者による偶然でない限り、まず間違いなくトム・リドルの企みだろう。

 

「おめでとう。お前もターゲットだ」

「そ、そんなあ! 悪いことなにもしてないのに!」

「仕込まれたタイミングに心当たりはあるか?」

「んー……正直わかんない。着いたタイミングで部屋の扉を調べてみてたけど、古い魔法でかなり強固に守られてたわ。力づくで開けれるとは思うけど、跡を残さないのはまず無理ね。というわけで、こっそり部屋に入られた可能性は低い……はず……?」

「なるほど、各部屋の扉を破れないか調べていた、と」

「容疑者扱いされてる!?」

 

 どうやらあの扉はここが大学として使われていた頃から使われてきたもので、数世紀前から運用されてきたもののようだ。部外者が扉をまっとうな手段で開けた可能性はないと思っていいだろう。この手の話についてはセプティマは信頼に足る。

 

「魔法警察だ!」

 

 どうやら、急行してきたパトロール隊が訪れたようだ。

 しかし、今の声は……

 

「そこにいるのは、もしかしてリリーとスネイプくんかい?」

「これは、ロングボトムさん。ご無沙汰しております」

 

 現場に派遣されてきたのは、私が省の研修時代、お世話になったフランク・ロングボトム氏だった。リリーとも顔見知りのようだ。

 

「ふむ……しっかり現場保全してくれてたみたいだね、助かるよ。そのランチボックスは証拠品かい?」

「その一つです。聖マンゴに運ばれたクリス・マーティン氏が食べたと思われるランチボックスは現場の一つである彼の自室に置かれています。これは、ホグワーツの教授であるセプティマ・ベクトルに供されたものです」

「はい! 私の部屋にあったやつです! と、取り調べなんて初めてだからドキドキするわね!」

「黙ってろ」

「はい」

 

 何も考えずに食べて死ぬ一歩手前だったというのに、この女は脳天気すぎる。

 ロングボトムさんは我々のやり取りをみて苦笑いしながらも、話を続けた。

 

「これにも毒が?」

「匂いから推測するに、まず間違いなく。分析は必要でしょうがクリス・マーティン氏に盛られたものと同じ『脳サラダ手術薬』でしょう」

「さすがスネイプくんだ。魔法薬は僕は詳しくないからね。ずいぶん手間が省けた」

「確かにそうでしたな。ネビル・ロングボトムの魔法薬学の成績が極めて悪いのはあなたからの遺伝でしょう」

「ははは。そうかも知れない。とはいえ、薬草学の好成績のほうは僕から来てるとみてる……さて、他に毒を盛られた可能性のある人間を調べさせよう。君らから事情を聞いてもいいかな?」

 

 そう言ってポケットから長方形のプレートのようなものを出し、地面に置くと……小さな部屋が出現した。魔法警察部隊御用達の携帯取り調べ室だ。

 知ってはいるものの、研修のときも鑑識班に配属されていたからこうやって現場で使われるのを見るのは初めてだ。

 ロングボトムさんに促され、三人で入室しようとして……耳打ちされる。

 

「リリーとスネイプくん。これは()()()()()が関わっている件だと思うかね?」

「セブは先程そう推測していました。私もそう考えます」

「ロングボトムさんも私の事情を存じているのですか?」

「ああ。ジェームズから聞いたよ」

 

 あの阿呆はまったく……なにも考えずに秘密を広げているらしい。

 

「心配しないで、セブ。ロングボトム夫妻だけよ……いや、そうでもないわね。バチルダおばさんと、あとムーディさん……ぐらいのはずだわ。たぶん」

「信じられんな、ポッターめ……しかし、あいつにしてはマシな人選だと言っておこう」

「そりゃ光栄だ。ベクトル教授は?」

「昨年盛大に巻き込んだ。事情は知っている」

「よし。じゃあまとめて聞いてしまおう」

 

 少し小さな入口をかがんでくぐると……なるほど、省の中にある取り調べ室とほとんどレイアウトなどは変わらない。

 とはいえ、四隅に観葉植物などが置かれ、少しだけ柔らかい雰囲気を醸し出しているのはロングボトムさんらしさが出ている部分なのだろうか。

 

「では、座ってくれ。クリス・マーティンさんが狙われた理由について、なにか思い当たることはあるかい?」

「午前中の学会発表でリドル派の男、コーバン・ヤックスリーからの質疑をバッサリと切り捨てていました。とはいえ、奴が関わっていると仮定した場合でも『脳サラダ手術薬』は容易に用意できるものではありませんから、狙うのは決定されていて、あの質問は最後通牒だったのかも」

「私も不本意ながらそういう扱いを受けている一人だけども、魔法界の学問の世界ではそんなに多くないマグル生まれの人間として有名ね。政治的な発言も臆さずにする大物だから、目障りに思われてたのかも」

「そうね。数秘術と魔法薬学で分野はかなり違うけど、私も名前を覚えているぐらいではあるから」

「驚きだ。自分に興味のないことは一切覚えられないものかと……」

「セブルス君はわたしのことなんだと思ってるの!?」

「ホグワーツ名物の奇人変人」

「悪いけどセブルス君もその枠の中にしっかり入ってるからね!!」

 

 隣でリリーがクスッと笑った。

 失敬な。確かに、常識を一切持ち合わせていない奇人からすると私のような常識人が逆に奇人に見えるのかもしれないが、私はホグワーツでも数少ない良識的な教員だ。

 

「では、毒が混入させられた経路について。部屋の扉は割り当てられた人物しか入れない、というのは正しいかい?」

「かなり精緻な防犯魔法がかけられていたわ。マーティンさんに関しては、悲鳴を聞きつけた学会のスタッフが扉を魔法でかち割ることで救助したみたいだけど、扉や壁、部屋に外から損傷を与えると防犯魔法そのものの術式が壊れ、攻撃を検知できる仕組みになっていたわね」

「現時点でもリリーの部屋の扉の防犯機能は生きている。セプティマの話が正しければ、攻撃を受けていないということになる」

「なるほど……」

 

 ロングボトムさんが調書に我々の話を書き連ねていく。

 

「そして扉は割り当てられた人間しか開けない、と。さてはて、どうやって犯人は毒を仕込んだんだろうね」

「……我々が生まれる前からある防犯システムということですから、管理者などがバックドアを仕込んでいたという可能性は薄いでしょう。隠し通路もありえなくはないですが……それほど広い部屋ではありません。セプティマのような人間を今まで何度も収容してきたこの学会で、一度も露見していないのは奇妙に思えます」

「あ、もちろん私もまっさきに調べたわよ。怪しい抜け道みたいなのはなさそうだったわ」

 

 セプティマがそう頷く。まあ、この女なら未知の古い魔法をみつけたら一も二もなく解析を始めるだろう。

 

「となると調理、または配送の過程で仕込んだ可能性が高いのでは?」

「僕もそう思う。しかし、可能性を現時点で排除するのはよくないね」

「ロングボトムさんは部屋に忍び込めた可能性があると? 未知のマジックアイテムが使われたとか?」

「スネイプくんは難しく考えすぎだよ。例えば僕が君とリリーの部屋に忍び込もうとするなら、もっとシンプルな手を使う」

「というと?」

「テールゲート」

 

 あ、と思わず口に出してしまった。

 テールゲート。セキュリティをかいくぐる典型的な手法だ。

 認証が必要な入り口を、正規の入室者が開けたタイミングにあわせて尻尾(テール)のように後ろについて侵入する。シンプルだが完全に対策するのは難しい。

 

「リリーしか開けられない扉があるなら、リリーに開けさせればいい。扉の脇で安物の透明マントでもかぶって潜んでおいて、そのタイミングでさっと忍び込む。いや、わざわざ人間が入ることはないかな。動物に変身させた毒のカプセルをうまく放り込むとか、毒入りのランチボックスをこっそり入れておいて、数時間後に透明化が溶けるようにしておくとか。これだと、本来届くはずのランチボックスを止める必要があるけどね」

「なるほど……」

「とはいえ、今回それが使われた可能性は低いと見てるけどね。ターゲットが少なくとも3人。同じタイミングでドアを開けるかもしれないからね」

「しかし、最低でも一人、あわよくば複数人……という考え方の犯行であれば、十分ありうると」

「うん。当たり前だけど、毒が仕込まれた参加者がいると知られた段階で、誰もランチボックスに手を付けることはなくなる。飲んだ毒はかなり速く効いたみたいだしね」

「マーティン氏は我々より多少早めに講堂から引き上げていましたが……毒の効果を遅らせる仕組みがあったとしても、せいぜい10分でしょう」

 

 我々から聞きたいことはおおよそ集めきったのだろう。

 ロングボトムさんはニコニコと笑いながら調書をしまい、私にリリーとセプティマを送っていって欲しい旨を伝えて現場に向かっていった。

 

「捜査に進展があったら連絡する。ホグワーツのほうにも報告しよう」

「感謝します。ロングボトムさん」

 

 取り調べ室を出た我々は、そのまま建物の外へと歩いていく。

 

「リリーはもとよりそのつもりだったが、まさかお前まで送っていくハメになるとは……」

「私の扱いが悪い! というか、明後日からホグワーツ復帰でしょ? そのまま一緒に戻ったっていいじゃない」

「今日ホグワーツに戻る予定はなかったから、荷物は家に置いたままだ。それに……いくら停職中だといっても、寮にいればスリザリン生の面倒を見る羽目になるだろう」

「みて?」

「嫌だ」

 

 私のいないスリザリン寮ではセプティマが臨時寮監として生徒に振り回されているのだろう。まあ、大量に貸しはあるから、その一部を返してもらっていると思おう。

 

「こういう状況では全員が同時に移動するのが望ましいだろう。私が持ってきた移動(ポート)キーを使ってゴドリックの谷に行ってリリーを送った後、街の中の暖炉を使ってホグワーツに向かう。これでいいな?」

 

 そう言ってケースに入れた移動(ポート)キーを懐から出すと、セプティマが苦々しい顔を浮かべた。

 

「ええー……私、移動(ポート)キーのあの感覚、苦手なんだけどなあ……」

「うるさい。とっとと立ち位置につけ」

「ぎゃひー!」

 

 建物の入口に置かれた台に移動キーを置き、3、2、1と合図を出して移動(ポート)キーを掴む。

 ……セプティマはなぜか一拍遅れていた。何をやっているんだ、まったく。

 

 独特の体全体が引っ張られるような感覚を経て……無事、ゴドリックの谷に戻ってきていた。

 

「3、2、1で合図を出したら、普通ゼロで掴むものじゃない!? 歴史的経緯を鑑みると、自然数にはゼロを含むほうが妥当と私は考えていて……」

「私の合図は1で掴む。次からそう覚えろ」

「ええー! それは数学的じゃないわよ! 不当よ不当!」

 

 移動(ポート)キーを掴むのが一拍遅れたぐらいで、よくここまで騒げるものだ。

 

「帰りにその話は聞く。とりあえず家の前まで送っていこう」

「楽しそうな帰り道ねえ」

「楽しくはない」

「私は楽しいわよ!」

 

 念の為だが、隠蔽看破呪文(スペシアリス・レベリオ)を周囲にかけ、尾行されていないことを逆追跡呪文(メンテムセギム)で確認した後、リリーの家の前まで歩いていく。

 

「それじゃあね。ホグワーツに戻ってきたらジェームズの面倒みてあげてね」

「お断りですな」

「仲悪いわねー、ほんと。セブもそろそろ譲りなさいよ」

「ムリムリ。セブルス君は人の好き嫌いを決めたら一生変えないタイプだし」

「そんなことは……ない」

「いや、セブはそうよ」

「そうよね!」

 

 私がそのような意固地な人間だと思われているのは甚だ遺憾だ。あくまで、普段の行動に基づいてこちらの態度を決定しているにすぎない。

 そして、あの男はほとんど振る舞いを変えないから私も変えないにすぎない……いや、むしろ悪化したか。学生の時と比べて随分と馴れ馴れしくなった。あのときのように、露骨に憎まれるほうがまだマシだ。

 

 それじゃあねー、とリリーが手を振って消えていった。私には観測できない家の中に入ったのだろう。

 そのまま踵を返し、中心部の暖炉へと向かう。

 

「よろしい……では、次はホグワーツに」

「あ、ちょっと待って!」

 

 あとはホグワーツに送り届けるだけ……といったところで、セプティマは私を制止した。

 おそらくろくな話ではないだろうが、一応耳を貸すことにする。

 

「なんだ」

「そういやランチボックス食べ損ねたから、すっごいお腹へってるわ!」

 

 思わずため息が出る。

 能天気にもほどがある。

 

「なんか露骨にため息つかれた!? いや、セブルス君もお昼とってないでしょ!?」

「別に一食ぐらい抜いても問題はない。子供ではないのだからな」

「よくないわよ、そういうの! よし、ホグワーツ行く前にホグズミード行きましょ! ちょくちょく寄ってる店があるのよ!」

 

 そう言ってセプティマが私の腕を掴んで引き摺っていく。

 まあ、ホグズミードまで行けばそれなりに安心ではあるか。別に食事ぐらい食べなくともどうにでもなるのだが、この女を説き伏せるのは面倒だ。

 それに……まあ、今はスリザリン寮をまがりなりにも任せている。この程度の頼みは聞いてやるのもやぶさかではない。

 

「よーし! がっつり食いに行くわよ! ローストラム! ローストラムの店にしましょう」

「なんでもいい、とっとと行くぞ」

「っしゃー!」

 

 意気揚々と歩き始めたセプティマの背中を追って、私も暖炉へと飛び込んだ。

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