僕が今朝、はじめてのグリフィンドール・クィディッチチームの練習でホグワーツのクィディッチ競技場に訪れて朝焼けを見て……
僕は今、昇り始めた満月に照らされてよたよたと歩いて帰っている。お昼に一度休憩はあったけど、それから何時間経ったんだろうか。
普段なら意識すらしない腰につけているポーチですら、鉛のように重く感じる。
ロッカールームに放り捨てるようにして置いていき、フラフラの体でホグワーツの大広間へと向かった。
「死ぬかと思った……」
「うわ、めちゃくちゃハリーが憔悴してる」
「お疲れ様。大丈夫?」
僕の顔色を見てロンとハーマイオニーが駆け寄ってきた。
正直ぜんぜん大丈夫じゃない。
「ハリーはずいぶんウッドに気に入られたみたいだからな」
「このままいくと、最初の試合に出るのはハリーのゴーストになりそうだな」
「うわ! フレッドもジョージも僕より後に競技場を出てたよね?」
「間違いなくそうだな」
「そして先回りできた理由は企業秘密だ」
どんな道を使ったかわからないが、すでに大広間の隅にあるソファにどっかりと座っていたジョージとフレッドも声をかけてきた。
クタクタの僕と比べると二人は余裕があって、僕とは違う経験の量を感じさせられる。
短期決戦で毎回終わるとも限らないし、長期戦になればシーカーだってスタミナは必要なポジションだ。鍛えないとなあ。
「二人は談話室でなにしてたの?」
「薬草学の宿題……だけどハーマイオニーは途中から
「え、ハーマイオニーが?」
「ち、違うわよ! ほら、わたしってマグル生まれで魔法界の文化とか習慣に詳しくないじゃない? だからこういう番組で学ぶこと自体はとてもいいことで宿題をする手を止めてでも聞く価値があってね」
「ああ、もしかしてロックハート?」
机の上の(おそらくハーマイオニーの)ラジオに向けて耳をそばだてると、トンクスさんが来ていたときにも聞こえてきた人気ラジオパーソナリティ、ギルデロイ・ロックハート氏の声が聞こえてきた。
まあ、言い訳がましいハーマイオニーも他の生徒大多数と変わらず、すっかり彼のファンになっちゃったのだろう。
大広間は寝室が横にある寮の談話室と違い、ラジオを大きめの音量でかけても怒られない……という事情が作用してか、あたりにはハーマイオニーと同じようにラジオを聞いている生徒がかなりいる。
見知った顔でいえば、ラベンダー・ブラウンさんとか、スリザリンのパンジー・パーキンソンさんとか。
「それにしても、去年に比べるとラジオ聞いてる人、すっごい増えたね」
「ああ。僕ももらったしね。魔法省が補助を出してて今買うとずいぶん安いんだ。で、パーシーが新品を買ってもらったから……僕にはお下がりが回ってきた」
「そうなんだ。僕は去年から持ってるけど、正直ポーチの奥にしまい込んだままだなあ」
僕はラジオを熱心に聞くタイプではないけど、パパから災害のときとかにあるに越したことはないからと言われて、まあ僕も困るものではないから拡大呪文をかけたポーチに突っ込んだままにしていた。
「まあ、せっかくだから今日は聞いてみようかな」
「それがいいわ! しっかり腰を据えて聞いてみたらいいわ、ハリー!」
ハーマイオニーがニコニコしながらラジオをこちらに向けた。
中からハキハキとした明るい声が聞こえる……
「お送りしたのはナンバーは『ピンボール・ウィザード』! ラジオの前の皆さんにも気に入ってもらえたかな? これは私もお気に入りのナンバーで、純血の魔法使いである彼らの演奏は、私でも真似できそうにない! バンド名にあやかって『私は誰でしょう?』なんて著作を出そうかとも思ってるぐらいでね……おっと、こうやって私の未来の著作の話をいつまでも続けていたいし、視聴者のみなさんも聞きたいと思うのだけれど、一旦私の口をストップ。なんと、今日の『ギルデロイのふらふらフライデーナイト』には素晴らしいゲストが、ビッグニュースを携えて訪れてくれた! ブリテン島で私の次にスマイルがチャーミングな男、トム・リドル!」
「やあ、ギルデロイ。今日は招待ありがとう。自己紹介をしておいたほうがよいかな?」
「ぜひとも!」
「魔法省法執行部の部長……なんて堅苦しい肩書きはやめにしておこうか。今日は単なるギルデロイの友人のトム・リドルだ」
トム・リドル。そういえば、ドラコが家によく来ているって言ってた人だな……
あとはパパが名前を出していることをほんの少しだけ耳にしたことがある。珍しく顔を歪めていて、あまり好きな政治家という感じではなさそうだったけれど。
「ははは。私ほどではありませんが、謙遜がすぎますね。先日のグリンゴッツの騒ぎを収めたのはあなたの尽力あってのものとイギリス魔法界はみな知っておりますよ?」
「とんでもない。あれは私の部下の功績だ」
「では、その功績を引っさげたボスは……いったいなぜこの『ギルデロイのふらふらフライデーナイト』でビッグニュースを発表しようと思ったのですかな?」
「こういったニュースは日刊予言者新聞でお伝えするのが常だった。ただ、私はその慣例を打破し、自らの声で皆様と向きあって話したいと思ってね。ギルデロイに無理を言ってこの場を借りさせてもらった」
ハーマイオニーはふんふんと頷き、他のロックハートファンも同じような反応。
ロンのような中立の立場の人間も、やはり話としては興味深いと思っているのか皆聞き入っている。
「すばらしい考え方だ。しかし、肝心のビッグニュースとはいったい?」
「2つある。1つ目は……これを聞いている大多数の視聴者はホグワーツの卒業生、あるいは在校生だと思う。しかし……イギリス魔法界はホグワーツが創設された10世紀と比べて、比較にならないほど大きくなった。今のイギリス魔法界の学術機関がホグワーツだけ、というのは少なすぎると思わないかな?」
「確かに! 私もそれについては常々疑問に思っており、あれこれ改善案を考えていたところです。リドル氏のお考えは?」
「もう一つ問題がある。魔法省の仕事を始めとしたいくつかの高度な職業において、従事する人間の質というのは喫緊の課題だ。これを私は『公職雇用信頼法』を制定することで成功を収めたのだが……これでも根本的な問題がある。ホグワーツのカリキュラムは7年間だが、高度な職業に従事する人間の訓練期間と考えると7年というのは実に短い。従来はこれを徒弟制度などで賄ってきたわけだが、さすがにこれは現代にそぐわないだろう」
「すると?」
「そこで、私は……高名で長年スリザリンで寮監を勤めてきた実績のあるホラス・スラグホーン氏を校長として招き、新しい学術機関を開こうと思う。これは、現魔法大臣であるクラウチ氏も賛同してくださっている。実際のところ、もうほぼ実現しているといっていいだろう。あとは生徒を集めるだけだ」
ホグワーツに並ぶ学術機関をつくる、といった衝撃のアイデア。
さすがのロックハートファンも皆、驚いて声も出ないようだ。
え、じゃあ僕たちはどうなっちゃうの?
「なるほど……実に素晴らしい! 私が考えていたアイデアとほとんど同じですが、すでにほぼ実現しているとは! 私も今からでも通いたいぐらいなのですが、そうした願いは聞き入れられるのでしょうか?」
「もちろん! 新しい学術機関は、今あるホグワーツのカリキュラム、つまり11歳から7年間の一般過程と、4年間の高等課程の2つで構成される。このうち、高等課程はホグワーツを卒業された人なら誰でも申し込むことが可能で、公正な魔法大臣による審査を経た上で入学することが出来る。実際、第1号の生徒として僕は申し込ませていただいた。ギルデロイに関しては……むしろ教授として招聘しようと思っているよ」
ロックハート様が教授!? とあちこちで声が上がった。
ハーマイオニーも声までは上げなかったものの、そわそわとしている。
「それは実に光栄だ。ぜひお受けしよう! ちなみに、いまホグワーツに在籍している生徒はどうなるのかな?」
「こちらも同様だ。入学・転校ともに可能で、公正な審査のもと誰でも一般過程に申し込むことが出来る! これを聞いている生徒がいれば、ぜひ来年度の入学を検討してみてはどうかな」
「私も教授としてお待ちしていますよ!」
大広間がざわめいている。ハーマイオニーも「ど、どうしようかしら! とりあえずママに連絡を!」とあたふたしている。
浮足立つ大広間の中で、意外にも一番落ち着いてるのはロン、ジョージとフレッド……ウィーズリー家の面々だった。
「……フレッド、ハーマイオニーに話したほうがいいかな」
「まあ、今のうちに話しておいたほうが傷は小さいだろうな。弟よ」
「ちなみにそれはロニー坊やの仕事だぜ」
「わかってるよ! あー……ハーマイオニー、期待してるところ申し訳ないけれど……たぶん、ハーマイオニーは審査に通らないよ」
「え!?」
ハーマイオニーが声を上げた。
周囲の人間の視線が集まる。もちろんハーマイオニーの声に驚いたのもあるだろうけど、実際のところ今の大広間でほとんど叫んでいる人はもう少なくない。
視線を集めた理由は、ウィーズリー家の3人が審査についてなにか知っている様子だったからだ。
「パパが魔法省で仕事してるから少しだけわかるんだけど、今の官僚の言葉で『公正な審査』ってのは……さっきのスピーチにも出てた『公職雇用信頼法』に基づいてるって意味なんだ」
「ああ……聞いたことあるわ。確か魔法界に数年住んでいないと公職につけないって。私だとホグワーツに通算8ヶ月ぐらいいるから足りないのは……」
「違うんだ、ハーマイオニー。確かに文章をそのまま読んだらそう読めるのかもしれないけれど、実態は違う。イギリス魔法界として扱われてる土地や建物を本人または家族が保有してないとダメなんだ」
「え!? ……それじゃあ私はどうやっても無理じゃない!?」
「そうだよ。そういう法律なんだ。マグル生まれを弾くためにある」
「そんな! それは差別よ!」
「グレンジャーにウィーズリー、それは違うわよ!」
ハーマイオニーが拳を握って立ち上がったところで、近くにいたパーキンソンさんが割って入った。
「『公職雇用信頼法』が制定されたのは大臣の部下だったマグル生まれが汚職を働いてたからよ! 必要な措置よ!」
「一人マグル生まれが汚職を働いていたって、マグル生まれ全員の扱いを変えるのは不合理だわ!」
「その汚職が問題なのよ! その部下は得た収益をマグル側の友人に還元していたわ! 外国人を要職につけないのと一緒よ!」
「外国人!? あなた、私達のこと外国人と思ってみてたの!?」
「似たようなものよ! あなたの親も兄弟もマグルなら、いざというときにマグルのための決断をするのは当然じゃない!」
「勝手な決めつけよそれは! このパグ犬!」
「出っ歯のガリ勉女!」
もはや、ハーマイオニーとパーキンソンさんの話し合いは口喧嘩と化している。
そして、これはここだけで起こっている光景ではなく……大広間の至るところで同じような言い争いが起きていた。
誰も気にも留めなくなったラジオに手を伸ばす。これはもう止めたほうがいいだろう。
そのラジオは、最後にこんなことを伝えていた。
「1993年中にクラウチ氏は魔法大臣として退く決意をされた。栄誉ある次の代の魔法大臣になるべく、僕は出馬する」
─────
「それでは、月曜からセブルスは本校に復帰となる。ピーター校医から引き継ぎをしっかり頼むぞ」
「不本意ながら。授業の内容も聞いた話では本分をわきまえたものと聞いております」
「うむ。評判はかなり上々じゃったな。セブルスの授業の厳しさを知っている生徒が甘めに評価しているきらいはあるが」
復帰を目前に控え、私は校長室で申し送りとこの度の出来事の報告を行っていた。
……復帰は遥か後のはずのこいつがいるのは理解できないが。
「貴様は部外者だろう。帰れ」
「いや、そんなこと言われても俺は普通にちょいちょい顔だしてるし……授業の準備しなくていいからホグワーツをうろつくのも気楽だな、わはは!」
「停職をそう捉えるのはお前だけだぞ、ポッター。ケトルバーン元教授ですら停職中はもう少し大人しくしていた」
「シルバヌスは人間より魔法生物の世話をしたいからこっちに顔出さなかっただけだろ」
そう言われると……危うく納得しかけた。ポッターの話に耳を貸す必要はない。
「まあ、そう邪険にせんでいいじゃろう、セブルス。それにしても毒とは……セブルスがその場にいたのは幸運だったかもしれんの」
「そうだった! スネイプ、サンキュな!」
「お前に感謝される筋合いはない」
虫酸が走る。お前に感謝されたくてやったわけではない。
「たまたま居合わせた可能性もあるとはいえ、セブルスは徹底的に狙われとるの。まあ、向こうさんからしてみれば急所じゃしな」
「ええ。奴らの許されざる呪文に対する直接の証拠を持ち、かつ証言能力を持つのはどうやら私だけのようですからな」
ダンブルドア校長は推測に留まり、ポッターを始めとした事情を知っている連中も伝聞に留まる。一方で、私は少なくとも側近であるルシウスによる許されざる呪文の記憶を有しており、客観的に検証可能な形で取り出すこともできる。
もっとも、それを決行するとやつは容赦なくルシウスを切り捨てるだろう。
マルフォイ家の資産やバックボーンを自分のカードとして使えるメリット、および純血名家である彼を消すというリスクから今なおルシウスを手元に残しているようだが、私としてはもちろん消すという選択肢を強行させるわけにはいかない。
「とはいえ、動きがやや急ではあります」
「ああ、それなら……理由はこれじゃろう。さきほどラジオで声明があった。トム本人からな」
「というと?」
「一つはホグワーツの代わりになる学術機関の創設。もう一つは来年、魔法大臣の選挙があり出馬するという話じゃ。どちらもなかなか強気の手を打ってきたのう」
「賢者の石はなくしちまったからな。諦めずに忘れ物センターにでも行ってりゃ笑えるんだがな」
ポッターが茶々を入れてくる。賢者の石を失ったため、不老によってダンブルドア校長の老いを待つ……という従来の戦略が使えなくなったことを言っているのだろう。
「現大臣のクラウチ氏とリドル派は長年争ってきました。奴のために任期の途中で身を引くというのは考えづらいです。服従させたのでしょうか?」
「長期的に服従の対象にできるのは高い闇の魔術の適性があってもせいぜい2人。それ以上は物理的に可能でも、定期的に非合法の術をかけ直すのは難しい……というのが経験則ではある。ルシウス氏が服従にかけられる直前、アブラクサスの服従の呪文が解けていたことを考えると……トムの手で長期的に服従させている枠は埋まっていると考えるのが妥当じゃろう」
「つまりあれか? 部下か、あるいは服従させた人間を使って服従の呪文をかける
ポッターの予測に対して、ダンブルドア校長は首を振った。
いい気味だ。
「クラウチは、高いレベルの精神力を持つ魔法使いじゃ。
「……彼の息子、バーテミウス・クラウチ・ジュニアはリドルに心酔し、リドル派に所属していました。社会的な条件も考えると、彼がそうしている可能性が高いかと」
彼は……クラウチ氏の血縁者という立場にも関わらず、いやだからこそだろうか。リドル派の中でも最強硬派に属していた。
外様ゆえにより強い言動で自らを示さねばならないというのは、スリザリンの半純血であった私にも理解できる。
「ともかく、これから選挙まで表も裏も使っていろいろやってくることじゃろう。グレイバックに謎の毒殺犯。それだけでも悩ましいのに……ううむ、まさか彼がそれ以上の脅威かもしれんとは」
「彼って言うと?」
「ギルデロイ・ロックハートじゃ。わしの目が曇っていたことを感じとる。率直に言って、わしは彼を軽視しとった。今やホグワーツの生徒はほとんど全員ラジオを持ち歩いとる。彼の話を聞くために。その彼がトム・リドルのスポークスマンというのだから頭が痛い」
ギルデロイ・ロックハート。
率直に言って興味を持ちたくなる人間ではない。しかし、周囲の人間の話によると(食事のときにセプティマも話していた)、どうやらかなりホグワーツの生徒にも浸透しているようだ。
だが、ポッターは首を振った。
「あー。いや、もちろんロックハートの影響力を否定するわけじゃないが……ラジオ持ってる連中が全員、ロックハート目当てじゃないと思うぜ」
「ほう、ジェームズ。というと?」
「うーん……あんまりこういうの言いたくねえんだけどなあ。無害な試みをチクるのは流儀に反するというか、首突っ込まないほうがお互いにいいというか」
「その意見にはわしも同意するが、事情が事情じゃ。話してはくれんかの?」
ポッターは少しためらった後に……自白するかのようにうなだれて話し始めた。
「『キング・ジェームズ』ってホグワーツの校内で流れてる無断の違法ラジオ放送があってだな」
「……ジェームズ。自分の悪事を隠すのは感心せんのう」
「ポッター。お前はいい歳してやってよいことと悪いことの区別もつかんのか?」
「いや!? ちょっと待ってくれ! ホントにこれは俺関係ないんだって、あいつらが勝手にだな!」
まったく。
なにか隠していると思えばすぐこれだ。