大騒ぎになった大広間にマクゴナガル先生があらわれて一喝。
口論していた面々からわだかまりは消えはしなかったものの、消灯時間も近いことから全員そのまま寮へ戻ることを命じられた。
もちろん僕とロンも黙って従って廊下を歩いて『太った婦人』をくぐり、グリフィンドール男子寮の僕らの部屋の扉に手をかける。
中にはすでにルームメイトのネビルとディーン、シェーマスがいて、ベッドに寝転んでいる。今まであまり気にしてなかったけど、みんなラジオを持っていた。
部屋につくなりロンまでラジオを取り出して、ベッドに置いて周波数をいじりはじめたので、思わず顔をしかめる。
「うえー。
「そりゃ
「ヤバい放送?」
「ハリーには伝えそびれてたけどね。なんでも、今日放送があるって」
「僕は夏季休暇の前から知ってたよ。貴重な情報源だからね」
少し離れた、隣のベッドのディーンの声が聞こえる。雑誌を読みながらその放送とやらを待ち望んでいるようだ。
ロンはそれに少しだけ憤慨して返答する。
「なんだよ! 教えてくれてもいいのに!」
「いや、そりゃ悪いなとは思ってはいたけど……ほら、秘密って、知られてなければ知られてないほど女の子にとっては魅力的じゃん?」
「ディーンはまたそれだよ……」
ネビルがディーンにそう突っ込む。
噂によると、ディーンは入学式からまだ2週間だというのにもう1年生をホグズミードに誘ったらしい。
「そういえば来週はホグズミード訪問の日だったね」
「アンブリッジがいないってすっばらしい! なあ、ハリーどこ行こうか。ゾンコ? ハニーデュークス?」
「おいロン、野暮な誘いはよせよ。ハリーは行く相手なんて決まってるだろ」
「おっと、そうだった!」
ディーンが茶々を入れると、ロンはポンと手を叩いた。
いや、そう言われてもなにか予定を入れてるなんてことないんだけど……
「え、どういうこと?」
「おいおいハリー、今更しらばっくれたって無駄だよ。なんせピーブズが吹聴するからもうホグワーツ中で噂になってて……おっと、もう始まるぞ!」
なにかすごい不都合そうな話が一瞬聞こえたような気がする。けど思い当たることはない。ピーブズに知られて困ることを気取られたことなんてなんにもないし……
ロンに問いただそうとしたけれど、ラジオからひょうきんな声が流れてきて、ロンはそちらに夢中になってしまった。
「……ハロー! ミスター、あるいはミス・ホグワーツの夜更かし悪ガキ連中! 今日もラジオ『キング・ジェームズ』をリー・ジョーダンがお送りするぞ!」
「フレッドもいる」
「もちろん、ジョージもいる」
「加えて言うなら、もちろんこの放送は録音だぜ! この時間に起きてたら校則違反だからな!」
馴染み深い、ウィーズリーの双子とその親友、リー・ジョーダンさんの声がロンのラジオから聞こえてきた。
僕もちょくちょく顔を合わせている相手なんだけど、ラジオから聞こえてくる声はなんか別物に感じるね。
「その証拠に、グリフィンドール寮の男子生徒なら聞こえるはずだ」
「俺たちの部屋からはぐっすり……」
「ぐーぐー……」
「すやすやと」
「寝息が聞こえるはずだ」
そういえば、寮の3人の部屋のほうから地鳴りのような音が聞こえる。
あれ、いびきのつもりだったのか……
「これ以上二人に喋らせてると話が進まないから、とっとと進行するぞ。おら、二人は裏方にいってろ!」
「ちっ、華形を取りやがって」
「まあ、俺達のグッズの宣伝をリーほどうまくできる奴はいないからな」
「それじゃあ恒例の最初のコーナーだ! マグルスポーツ速報!」
よっしゃあ、とディーンが声をあげた。なるほど、これがお目当てか。
「まずはアメリカのバスケットボール、NBAからだ。バルセロナオリンピックに出場したドリームチームのメンバーである……」
語り続けるラジオに向かってディーンがぶつぶつと「バスケなんかいい! 早くウエストハムの試合結果を聞かせろ!」と呟いている。クィディッチが頭にキマってる魔法使いと同じ挙動だ。
そのうちにお目当てのフットボールコーナーが始まり、応援しているチームの吉報を聞いたディーンはガッツポーズをしゴロゴロと転がっていた。
「さて、お次はお待ちかね! ホグワーツ・クィディッチカップの情報だ!」
「おっ、待ってました!」
ロンが手を鳴らす。確かに各チームとも練習が始まったから、新しいメンバーだのなんだのの情報が揃い始める頃だろう。
「今日はゲストにスリザリンチームのキャプテン、マーカス・フリントをお招きしている! フリントキャプテン、最初の試合でグリフィンドールにぺしゃんこにされる準備は進んでるか?」
「フン。去年どっちが勝ったか、もう忘れたのか?」
「ざーんねん。去年とは事情が違うんだな。スーパーシーカー、チャーリーを失った穴を埋めるのは、ご存知お騒がせ教師にしてこの番組の名前も担っているジェームズ・ポッター教授のご愛息、ハリー・ポッターだ!」
ラジオから自分の名前が流れるとなるとさすがに赤面してしまう。
でも、こういうときもパパの名前出されるのはかなり嫌だな……
とはいえ、僕の思いとは別にラジオは進行していく。
「まあ、確かに。今までであれば『グリフィンドール期待の新戦力!』などという噂に踊らされることはないが、昨年は事情が違うからな。1年生チームで経験を積んだ戦力が各寮に流れるのは大きな変化だろう」
「おっ、いいねえ。チームのキャプテンっぽい解説だ」
「うるせえ。メインキャスターのお前がちゃんとやれ」
「へいへい。というわけで昨年、練習試合で結果を出したハリーはグリフィンドールチームに問題なくフィットした……と俺は予想している。今年のグリフィンドールは強いぞ!」
「そこは言い切れよ」
「いや、だって俺チームの人間じゃねえから知らねえもん。なあ、ジョージとフレッド。どうだった?」
一瞬、間がある。裏方をやっていたジョージとフレッドがマイクのところまで移動しているのだろう。
「ノーコメントだ」
「それわざわざ言うために歩いてきたのか?」
「それについてもノーコメントだ」
「ちなみに1年生チームは今年も継続するらしいぜ。興味のある1年生は……誰が責任者だったっけ、ジョージ?」
「覚えてない。覚えてないが、こういうときは便利な弟がいる」
「そうだった。グリフィンドール2年のロナルド・ウィーズリーくんに相談してくれ。まあ、たぶんなんとかしてくれるさ」
突然名指しされたロンが小さく飛び上がる。
「うわ! 兄貴ども、僕に押し付けやがった!」
「まあ、いいんじゃない? 妹のジニーさんを入れるって話してたじゃん?」
「ハリー……面倒事から逃れようとしてるだろ」
「まあ、手伝うぐらいはするよ」
「しれっとサポート側に回ったな!」
ロンはそういうが、全国に向けて窓口としてロンの名前を読み上げてしまった以上、仕方ないと思う。僕は悪くない!
いざとなったら仕事はドラコに投げよう。
「なんとかできなかった場合のクレームはリー・ジョーダン宛で頼むぜ」
「ほら、話が進まなくなった。お前らとっとと引っ込め。それでフリントキャプテン、スリザリンチームのほうはどうだ?」
「わざわざこちらの手の内を明かすつもりはないが……明白な事実は言っていいだろう。お前たちはハリー・ポッターを獲得したことをアドバンテージと考えているようだが、実際のところ一年生の育成チームの第一線にはスリザリン生が数多くいた。チーム全体の戦力の厚みが一番増したのはどこかと言えば、間違いなく我々だろう」
「おっと? 自信アリげだな。まあ、確かに俺の目から見てもチェイサーのドラコ・マルフォイはいい動きをしていた。即レギュラー入りはありそうか?」
続いてドラコの名前があがる。練習も欠かしてなかったし、チームで一番総合力があったのはドラコだったと僕も思う。
まあシーカーやるなら僕が一番なんだけどね。
「ノーコメントだ」
「そりゃないだろ! 呼んだ甲斐がねえ!」
「まだ9月だぞ。レギュラーもなにもあるか。選手の怪我や不調もあるんだ。だというのに、今から2年生のレギュラー入りなど喧伝するのはホグワーツで一番アホな寮だけだ」
「いやいや、とんでもない。グリフィンドールだって秘密兵器はもちろん隠してるぜ。……ただ、ホグワーツ、ことグリフィンドール寮における秘密というのは全員知ってるという意味なだけだ」
「やはりバカじゃないか?」
スリザリンのキャプテンのフリントさんがそう呟くが……そう言われても困る。え、これってグリフィンドールだけなの? スリザリンではみんな秘密を守ってくれるの?
「さて、ここで一旦別のコーナーを挟もう。番組へのお便りを紹介する『ミッドナイトコネクション』の時間だ。まずは一番上にあった『パイプ椅子』さんの手紙を紹介しよう。こんばんは、リーさん。ホグワーツでのラジオ、いつも楽しみにしています。ホグワーツで起きた出来事の話なんですが、廊下になにか転がっていると思ったら、イルカの死体のようなものがあって……」
パーソナリティのジョーダンさんが別コーナーに進もうとしたタイミングで……鈍い音がラジオの向こうで響き始めた。
「手入れか?」
「フィルチか?」
「あー、俺はたまたま居合わせただけで、黒幕はこいつらジョージとフレッド、あとポッター教授で……」
「クソッ、グリフィンドールの馬鹿どもめ。俺を巻き込みやがって!」
その鈍い音は音量を増していき……ひときわ大きい音が響いた。
なにかが倒れた音だ。
「うわ、扉が破られた! ……って、そこにいるのはジンジンか?」
「ジョージとフレッド兄さん! なんでこんなところに?」
「ここにラックスパートが入りこんだのが見えたんだ。誰か見てたりしない?」
「あ、フリントさんだ。こんばんわー」
「こんばんわじゃない、グリーングラス! 一年生がこんな時間までうろつくとは……それに、レイブンクローの一年生まで。まったく、先が思いやられるな……」
グリーングラスと呼ばれた女の子は声からすると、ダフネさんの妹さんだろうか。
押し入った3人組の中にはロンがよく知る末妹のジニー・ウィーズリーさんもいるようでロンは頭を抱えている。
「はーい! ホグワーツ探検隊です! 怪しい絵があったので、なにか仕掛けがあると思って調べてる途中で……ジニーが壊しました!」
「壊してないわ! ただ、ちょっと……壊れちゃっただけよ!」
「入学して半月でここを探り当てるとは」
「さすが我らが妹だ。見どころがある」
双子がハイタッチした音がラジオにも漏れ聞こえてくる。
なんか……すごく混沌とした放送になってきた。
「よし、飛び入りゲストにインタビューだ。校則をぶっちぎって深夜徘徊するスリザリンのレディ、お名前は?」
「ダフネ・グリーングラスです!」
「ためらいもせず名を騙るな」
即座に姉の名を騙った妹さんに、フリントキャプテンがツッコミをいれる。
かなりお転婆さんみたいだね。
「なにか話したいこととかある?」
「あるある! コリン・クリービー! 各授業で好成績をとっていい気になってるかもだけど、その牙城はもうすぐ崩されるわ! おびえて待ってなさい!」
「コリン・クリービー? 誰だ?」
「あー……うちの寮の一年生だ。マグル生まれなんだがかなり成績がいい有望な生徒なんだと。気になってるならそれこそこの探検隊だかなんだかに誘えばいいだろ」
「気になってなんかないわよ! 私の全科目総ナメ先生にかわいがられ計画を潰したマグル生まれが許せないだけ!」
「理不尽な八つ当たりにもほどがある」
「しわしわ角スノーカックみたいだね。あいつも周囲に当たり散らすらしいんだ」
「なにがなんだって?」
「よし。一旦話を戻そう。今年のクィディッチ杯だが……」
突然、声が細くなっていった。隣の離れたベッドではディーンのラジオをシェーマスとネビルが囲んで聞いているから、放送側ではなくラジオ側の問題のようだ。
「あー、くそ。また壊れちゃった。やっぱお下がりはダメだなあ」
「じゃあ僕のを使おうか。と、思ったけど……しまった、ロッカールームにポーチごと忘れてきちゃった。取りに行ってくるよ」
疲れてそれどころじゃなかったのは覚えてるけど、しまったな。
まあ、大したものは入ってないはずだけど。
「おいおいハリー、もう消灯時間をとっくに過ぎてるぜ? 取りに行くの?」
「……実は、パパから貰ったものがあって。せっかくだから使ってみようかな」
そういって、ベッドの脇に押し込んでいたトランクから僕は一枚マントを取り出した。
─────
ほんと二人とも、自由で勝手すぎるわ!
夜の冒険をしようって連れ出した張本人のアストリアは突然「眠くなったから帰る!」と言い放って一人で帰っちゃうし。
ルーナはルーナで「ナーグルがいた!」って言っていつのまにか居なくなっちゃうし。
私は……突然歌いながら現れたピーブズを避けて歩いていたら、どこだかわかんなくなっちゃうし。この階段、見たことあると思うけど……寮はどうやっていったらいいのかしら……
この時間なら噂のフィルチ用務員や、あるいは見回りの教員だって歩いているだろう。バレないように帰らないと……
「大丈夫?」
「わ!」
「大声出しちゃダメだよ! しーっ」
突然声をかけられたので思わず叫んでしまう。
振り向くと、頭だけが真っ暗なホグワーツに浮かんでいた。
「ご、ゴースト?」
「違うよ! 『透明マント』で体を隠してるんだ。君は……確か、ロンの妹さんだよね? さっきまでラジオ聞いてたよ」
顔が赤くなる。あんな醜態がホグワーツ全体に聞かれていたとは……しかし、私のことを知っているとは。誰だろう、と見てみると……思い出した。ロン兄さんの友達のハリー・ポッターだ。
「忘れ物を取ってきた帰りなんだけど、君を見つけたから。迷っちゃった?」
「あ、はい。そ……そうです」
「いざとなったら絵に向かって道を尋ねるといいよ。少なくとも一年生の間はだいたいどの絵も親切に教えてくれるから。進級してからは普段の振る舞い次第になるけど。さ、マントの中に入って」
そう言って手招きするハリーさんに従って、身を寄せる。
素晴らしい肌触りのマントに私達は覆われて……見えなくなってしまったようだ。今、見えるのはお互いに一人だけ。
「『ミュージックアワー』。さ、ついたよ」
物音一つしないホグワーツに彼の声だけが響く。グリフィンドール寮の合言葉だ。
ハリーさんは私達を覆っていたマントを取り、それに呼応して私達の距離も離れる。思わず、名残惜しいと思ってしまった。
時間にしてみればほんの数分。だけど、私にとっては……永遠とも思えるような長さに感じられた。
「気をつけてね。ジニーさん」
「は、はい」
もう消灯時間を大きく過ぎているグリフィンドール寮は、談話室も明かりが落ちて真っ暗だった。
真っ暗で良かった。
今の私の顔の色をこの人に見られていたら……ベッドまで歩いて戻ることもできなくなってしまいそうだから。