秋口のクィディッチ競技場の取り合いは熾烈だ。
実際のところ、だだっ広い空間さえあれば練習はいくらでもできるスポーツではあるが(それこそ、ハリーくんたちが去年つかっていた一年生用の旧競技場でもいい)、これが対戦相手がいて、かつ自分たちのチームのフォーメーションを探られたくないという事情が絡んでくると、別の寮の生徒に対する防諜呪文がかかっているホグワーツ公式競技場を使うしかない、ということになる。
もっとも、数試合を終えて各チームにメンバーが公になる11月あたりからはそのあたりも緩くはなるらしいのだが。
というわけで、11月のグリフィンドールとのダービーマッチを控えてスリザリン寮の朝を呼ぶのは汗まみれのドラコ・マルフォイ、ということになる。
「あああー! 汗まみれのドラコ様も素敵! じゃなくて飲み物とかいらないかしら!? 冷たいタオルは!?」
「パンジー、嬉しい申し出だけどまだ朝も早い。少しボリュームを落としたほうが……」
「大丈夫よ。すでに起こされたから。意味もなく」
眠たげな目をこすりながら、不平を述べる。
ほとんど毎朝、スリザリンクィディッチチームの朝練のある日はなぜか私とトレーシーの部屋まで巻き込んでパンジーに叩き起こされるのだ。正直もう少しまどろんでいたい。
まあ、競技場から戻ってくるドラコを交えて朝食を取るなら、経路的に大広間がいいだろうし(ものぐさな者や朝ギリギリまで寝ていたい人間は寮の自室や談話室に朝食を持ち込んでいる。昨年は私もほとんどそうしていた)、みんなで食事を取りたいという言い分はわからないでもないから強くは異議を唱えていないのだが。
ニコニコしながらパンジーはみんなにサラダを取り分けている。甲斐甲斐しく見えるが、ドラコ以外への盛り方が適当すぎる。ドラコの皿はトマトやパプリカなどで色鮮やかなサラダになっているのに、ゴイルの皿はクレソンだけが積まれていた。ひどすぎる。
私の分までそうされたらたまらないので、トレーシーとあわせて自分たちの分は自分たちで取ることにする。
「そ、それでドラコ様、お尋ねしたいんですけれど……今週末のご予定は?」
「今週末? 特にないな、クィディッチの練習も休みだそうだし」
「もしよかったら、ホグズミードにお誘いしても?」
「僕でよければ……違うな。こういうのは僕から誘うものか。パンジー、僕と一緒に行ってもらえるかな」
「は、はい! ぜひ!」
「よかったわねえ。それで、ダフはもう誘ったの?」
突然トレーシーがこちらに話題を向けてきたので、思わずむせる。
「なんで急に私に言うのよ!」
「だってダフ、他人事みたいに見てたじゃない。ほっといたらそのまま機会を逃しそう」
限りなく図星に近いと自分でも思うが、首を振る。
「そんなことないわよ」
「そんなことあるわよ。ほら、噂をすればそこに」
言われて振り向くと、入り口に同じグリフィンドール生のロングボトムやトーマスと一緒にハリーくんが歩いて来ていた。
私達にも気付いたようで、手を振ってくれた。
「で、誘ったの?」
「……まだだけど」
「なにやってるのよダフネ! 行くんだったら今よ!」
パンジーが発破をかけてくるので、聞き流すことにする。
こっちにはこっちのタイミングがあるのよ。なんか気持ちとか。勢いとか。
そんな風に考えながら目で追っていると、見慣れないグリフィンドール生の女子……おそらく下級生の子が寄っていった。
「あの……ポッターさん! この前はご案内ありがとうございました!」
「どういたしまして、ジニーさん。ハリーでいいよ」
「で、ではハリーさん。あの、私ずっと魔法界にいるのにホグズミードも行ったことないんです。厚かましいとは思うんですけど、ここも教えてもらっていいですか?」
「うん。別に問題ないよ」
「はい! では今週末お願いします!」
……
………………
「ダフが固まっちゃってる」
「だから言ったじゃない!」
「パンジー、それは追い打ちよ」
…………
………………………………よし。落ち着いた。
「まあ、いいんじゃない? 別に一度や二度ぐらい機会を逃したって死ぬわけじゃないわよ」
「その強がり方はダメな方向よ」
「というか、グリフィンドールの連中なんかとつるまなくていいじゃない。スリザリンから探せば?」
「それは……ヤダ」
そのほうが自然なのはよく承知してる。
でも、嫌なものは嫌だから。わがままだけど。
「まあ、嫌ならしょうがないけど……でも、最近いろいろめんどくさいわよ。廊下でのちょっとした揉め事も増えてるし。この前はグレンジャーに絡まれるし」
「ハーマイオニーさんに?」
確かに、最近は少しホグワーツの校内がピリピリしている。マグル生まれの多いハッフルパフやグリフィンドールと、純血の家の子供が多いレイブンクローとスリザリンで意見が分かれることは珍しくなくなった。
半ばイタズラのつもりで呪いを撃つグリフィンドール生は目立つものの、対立の構図に深く影を落としているのはむしろハッフルパフとの関係かもしれない。
私はそういう目にあったことはないけれど、彼らは結構頑固だ。純血思想を隠さない同級生のセオドール・ノットは薬草学の授業で、班に割り当てられたハッフルパフ生に減点覚悟で共同作業をボイコットされた。
私は違う班だったから横目で見ているだけだったけれど、昨年一度も授業中にそうした諍いを起こさなかった温和な彼らがはっきりと団結して戦うのを見て、非常に動揺したものだ。
「まあ、マグル生まれとしての立場があるのはわかるけれど、それにしても世間知らずだわ」
「なにを言ってたの?」
「新しくできる学校にマグル生まれが実質入れないのは差別だとかなんだとか。でも、それって今更も今更よね。11歳の誕生日になるまで家庭内教育どころか自分が魔法使いだって知ることができないのに、どうするつもりなのかしら」
イギリス魔法界は徹底的にマグルとの分離主義を取っている。
11歳までマグル
そういう意味では、ハーマイオニーさんが強く反発した特定の学校にマグル生まれが入れないというのは……我々にとっては魔法界に数多ある例の一つに過ぎず、なぜそれほど怒るのだろう、とさえ思う。
彼らはアメリカに行くための移動キーの発行方法も知らないし、聖マンゴとホグワーツの医務室以外で癒者に見てもらうこともない。ハーマイオニーさんだって本気でホグワーツからの転校を考えていたわけではないだろう。なのになんで怒るのだろうか?
「別にホグワーツに来るなとか言ってるわけじゃないのよ? 単にマグル
そう。パンジーの言っていることはとても穏健なものだ。もっと過激な考えの魔法使いはいくらでもいる。
「父母兄弟がマグルとなると、機密保持法の観点からも、成人するまで明かせる情報や使える手段に制限がかかってしまうのは仕方ないわよね。成人になってイギリス魔法界に貢献してからならともかく」
「そうよね! さすがわかってるじゃない、ダフネ」
そう。すべての問題は未成年で、生活の基盤がマグル側にあることだ。
例の学校も、学び直す目的で成人が入るケースも紹介していた。
生活の基盤がイギリス魔法界にあり、確立されていると世間的に認められればマグル生まれも入学が認められるだろう。
それは縁故と地位次第であり、魔法界で蔓延している腐敗との裏表ではあるけれど……社会ってそういうものではないかしら。
しかし、笑いながらではあるが、トレーシーは異を唱えた。
「そう言われると私の家は困っちゃうかもね。母がアメリカ人で、父もなかなか国内にいることはないもの」
「えー? でもトレーシーの家はまあまあ古いでしょ? たしか」
「代々輸入商だからね。でも、飛び回ってるもんだから、率直に言ってイギリスの魔法使い扱いされないことも多々あるわ」
「そうなの……」
意外な一面だ。
「何が言いたいかっていうと……私は生まれとかホグワーツの寮なんて小さいものにこだわると損すると思ってるの。ダフ、今自分で壁を作って『ハリーくんにはやっぱりグリフィンドール生がいいのかしら』とか考えてたでしょ?」
「考えてないわ」
考えてた。
「そこで自ら身を引くなんて……人生の大きな損失だわ!」
「そうよ! 一度出し抜かれたぐらいで諦めるなんてダメよ! 私なんかドラコに数え切れないぐらい冷たくあしらわれてるし!」
「あ、諦めるなんて……そこまで考えてないわよ。半日会えないぐらいでそんなショック受けたりしないわよ、ほんとに」
私だって子供じゃない。成長している淑女だ。そんな、嫉妬心でなにも手がつかなくなるなんてありえないわよ。
─────
「ジニーが言ってた憧れの上級生ってポッターさんだったのかー。期せずしてアシストしちゃってたかも。ごめんね、おねえちゃん?」
「…………」
「あと、この前違法ラジオ局に押し入ったとき、おねえちゃんの名前騙っちゃった。ごめんね」
「…………」
「微動だにしない!」
「まったくダフったら。重症ね」
皆がホグズミードへ出かけていった週末。ほとんどもぬけの殻になったスリザリン談話室のテーブルに私は突っ伏していた。
許可証はあるから、別にトレーシーとホグズミードに行くとかでもよかったとは思うんだけど……なぜか、足を運ぶ気にならなかった。
「……というかトレーシー、別に私に気遣わないでロングボトムくんと出かけてきていいのよ」
「そのつもりもあったんだけど……今週の魔法薬学の授業でグリフィンドール班のテーブルに『ちょっとだけバカ薬』が溢れ出る事故があったでしょ? あれはネビルくんが両隣の鍋の底を溶かしたのが原因だそうで、謹慎処分」
「ああ、あれ……ロングボトムくんが原因だったのね」
自分の鍋なら百歩譲ってわかるが、隣の鍋の底を器用に溶かす……逆に重要な発明なのではとさえ思える。
「お互い男の子に振り回されて大変ね」
「え? いや、私は終わったあとはふたりきりで珍しく静かな湖のほとりで過ごす予定だから、むしろ楽しみよ」
同情しようとしたら惚気けられた。心の刺し傷がより深くなる。
「トレーシーさん! 今のはダフおねえちゃんに追い打ちよ!」
「そ、そうね。無意識に口から出ちゃってたわ」
「トリ、あんたは好きになるなら同じ寮の人間にしなさいよ……」
「え、嫌だけど」
即答。
それを見たトレーシーが目を輝かせてアストリアの両肩を掴んだ。
「なに!? アストリアちゃんもう好きな人いるの!? 」
「やーめーてー。ゆすらないでー。あと『アストリアちゃん』はやめてー」
アストリアはぶんぶんと揺すられている。入学して一ヶ月も経ってないのに早いわね……
「ダフおねえちゃんも納得しないで!」
「ちがうの?」
「違うわよ! 別にスリザリン生が嫌いとかそういうわけじゃないけど、わたしジニーとか、あとレイブンクローのルーナとかとつるんでるじゃない? 交友関係を寮や出身の違いで分けるとか嫌なだけよ」
アストリアはそう言い放った。同じ家で育ったけれど年下のぶん、分離主義の現実を見る機会が少なかったのだろう。
目を輝かせながら一切のためらいなくそう言い切った。
「まあ、一理あるけど……ロックハートさんだってマグル生まれとそうでない魔法使いは分けたほうがお互いに幸せ、ってよく言ってるじゃない? 無理に壁を越えようとしてもお互いに不幸にならないかしら?」
「壁はぶっ壊すものなのよ! ラジオが何を言おうと……そうだ!」
両肩に手をかけたままのトレーシーを巻き込みながら勢いよくアストリアが立ち上がった。
アストリアがなにか思い付くのはトラブルの合図だ。席を外そうとするが……遅かった。私の手をしっかりと握っている。
「ラジオにはラジオで対抗すればいいのよ!」
そう言って、アストリアは私を引っ張りながら談話室の外へと駆け出していった。うまいこと難を逃れたトレーシーは私に手を振っている。
寮を出て廊下に出たアストリアは、向かい側の壁の前で背伸びをして杖を伸ばした。
「確かこの辺だったと思うんだけど……あった!」
私の背丈よりもかなり上のブロックを杖でつつくと……低い音がして、ブロックが動き出し階段を作った。
え、なにこの道。一年いたけど知らないんだけど。
「探検してるときに見つけたの! えーとまずは……ここかな? いないね」
中世風の音楽家が描かれた絵の額縁の角を親指でアストリアが押すと、ガタン! と額縁が外れてその後ろに部屋が見えた。なにここ。
「結構ここにつるんでる印象だったんだけどなあ。あ、おねえちゃん戻しといて」
誰かを探している様子のアストリアはそのまま次へと向かった。戻しといてって言われても……まあ、とりあえず壁に引っ掛けておけばいいだろう。適当なくぼみに額縁を引っ掛けて立ち去る。なにか絵の中から抗議された気もするが素知らぬ顔をしておこう。
「ちょっと重いんだよね、この銅像……ダフおねえちゃんも手伝って」
「え、何する気なの」
「まず引っ張って、押して引っ張って押して押して引っ張るの。それじゃいくよー!」
「待って待って待って」
アストリアが早口で言った指示になんとかあわせて、銅像を動かすと……その横の壁がシャッターのように上に動いていって……
倒れた。
「相変わらず建て付けが悪いな」
「ジニーが力任せに壊したからな。お、スリザリンのダフネ・グリーングラスと、ダフネ・グリーングラスじゃないか」
中に居たのは毎度おなじみ、お騒がせ双子のウィーズリーの双子、フレッドとジョージだった。
「ここにいた! ジョージさんとフレッドさん、今日はおねえちゃんを連れてきたよ!」
「おいおい、秘密の放送室の場所は教えるもんじゃないぜ。たとえ兄弟でもな」
「俺達だって兄弟の誰にも教えてないってのに」
「特にパーシー」
「全生徒に教えるとしても、パーシーは最後だな」
「まあまあ、固いこと言わないで。今日はいい話を持ってきたの!」
ニコニコしながらアストリアがそう言うと、双子はむしろ警戒を強めた。
「俺は知ってるぜ、スリザリン生がそういうときはだいたいろくな話じゃないんだ」
「そんな……私入ったばかりの一年生で……スリザリンとか関係なくお兄ちゃんたちと仲良くなりたいだけなのに……」
「入り口を破壊せずに入ると、泣き落としに少しは説得力がつくってもんだ」
チッ、と舌打ちしアストリアは普段の態度に戻った。
まさかとは思うけど、私の妹ってこの兄弟の同類? 考えたくもないわね。
「私達に番組枠をちょうだい! 寮の垣根を超える最強の番組をつくってみせるわ!」
「見ろ、なにがいい話だ」
「俺達に得が一切ないぞ、フレッド」
「なんと! 素晴らしい発想です。アストリアさん!」
ジョージとフレッドが肩をすくめたタイミングで、後ろからホグワーツ生徒お馴染みの甲高い声が響いた。呪文学の教授にしてレイブンクロー寮監、フリットウィック教授だ。
「やべえ! 見つかった!」
「……違うんです、フリットウィック教授! 彼女たちは関係ない! 俺たち二人の責任で」
「いま、どう振る舞うのが一番教授ウケするか考えたわね」
「ははは、別に叱りにきたわけではありません。もっとも、あなたがた二人にはちょっと不本意な話になるかもしれませんが……どれどれ、なるほど。素晴らしい! 単純ですが、非常に有効な使い方ですね!
「ふうん。単純にたたマグルの機械を噛ませてるわけじゃなくて、ホグワーツの電子機器避けを回避するために動力と送信体を魔法に変える
「うわっ、ベクトル教授まで!」
いつのまにかすっと部屋に入ってたベクトル教授が中にあった珍妙な機械をじっと見ている。
雑な手付きで触ろうとするので、あわててフレッドさん(かな?)が止めている。
「あんたたち見所あるわよ。一年ぐらいは先取りできるだろうし、今からでも数占い学受けに来ない?」
「お褒め頂き誠に恐縮の極みだが、ご遠慮願い候」
「一年先取りできるなら、一年寝ていてそれから取り組むタイプだぜ、俺達は」
「あんたたちみたいなウサギがカメのように努力できるなら間違いなく数秘術が向いてるのにねえ。ビルはかなり良かったわよ」
「あー、今日は選択科目の宣伝?」
「違うわよ! あ、そうだった! 外からお客さんが来るから失礼のないようにね!」
そう言って威張るベクトル教授の足元はサンダルだ。ラフすぎるんじゃない?
「おー、見つかったか。ここが例の機材がある部屋らしいです。つっても、俺らも中みるのは初めてなんですが」
「うおう、ポッター教授まで」
「さてはチクったな?」
「ち、違……くはないが、人の名前勝手に使っといてチクるもなんもねえだろ! 俺は教授だぞ!」
今度はポッター教授まで現れる。姿はまだ見えていないが、その後ろにどうやらホグワーツの外からの客とやらがいるようだ。
カツン、と高い足音が響いた。
「ふうん……ずいぶんと埃っぽいところざんすね。こんなとこ、取材でもなけりゃ入りたくないような場所ざんすけど、こんなことでうちの
「あー……ご紹介しよう。こちら『週刊魔女』取材部門のチーフである……」
その、やたら派手な服装の女はカツン、カツンと足音を再びたてて、我々の真ん中に位置どりをした。ずいぶん目立ちたがりのようだ。
「どうも、リータ・スキーターざんす。今日は『週刊魔女』ラジオ部門開業の市場調査に伺いましたの」