集音装置オーケー。
放送機材もオーケー。
指を立てて合図をすると……一拍おいてお馴染みの音が流れ始める。フレッドが作ったジングルだ。
今宵も問題はなし。リーがマイクに向かって淀みなく話し始める。
「さあイギリス全国波のホグワーツ公式放送となっても『キング・ジェームズ』はなんにも変わりゃしない! ラジオDJのリー・ジョーダンが今日も変わらずぶっ飛ばしてお送りしていくぜ! 今日のゲストはレイブンクローの発明家、ミスター・フォーセットだ。番組の最後にはウィーズリー・いたずらグッズのテスター応募もあるから最後まで聞いてくれよな!」
リーの言う通り、海賊放送からホグワーツ公認となったわけだが、それでやることが変わるわけではない。強いて言えば消灯後の時間でもこの放送を行うのは認められるようになったぐらいか。『試作いびき発生装置』は隣の部屋から苦情が入りまくってたからな。使わなくていいならそれに越したことはない。
というわけでお役御免となった装置はスリザリン寮の前に置いておいた。ちょっと起動するスイッチも入れちゃった気がするな。まあ些細なことだろう。
相変わらず、いやむしろ海賊放送だったときよりもリーの喋りはキレている……ように俺には聞こえる。ゲストも深夜に先生公認でうろつけるとあって、無理やり引っ張り込まなくても進んで来てくれる人間が増えた。上級生ということもあって、スリザリンのクィディッチキャプテン様であるフリントを拉致したりするのは文字通り骨が折れたからな。
ホグワーツ外への宣伝は『週刊魔女』が担っている。娯楽の少ないイギリス魔法界だ、あっという間に情報は広がったようでOBやOGからファンレターが届くことも珍しくなくなった。卒業してもホグワーツの寮対抗戦やハウスカップに興味あるいい大人がこんないるとはな。
フレッドがリーの横に行き、いたずらグッズの宣伝をして……今日も無事、番組を終えることができた。
生放送ってのはなにが起きるかわからないし、なにか起きるほうが愉快ではあるんだが、それはそれとして今は
「いやー、疲れた疲れた。でも今日の喋りはかなり自分でも良かったと思うぜ。グリフィンドール生には大ウケだろ?」
「ジョージ、
「いや、フレッド。伸びてるのは間違いないぜ」
「おいおい、そんなフォローしてくれなくていいよ、ジョージ。やっぱ勝てなかったか」
「ああ。あの小娘どもめ、どんな魔法を使ってくれちゃってるんだ?」
……と好条件が揃っているにも関わらず、
いや、芳しくないというのは言い過ぎか? かなりの人に聞いてもらえるようになったのは間違いないし、ホグワーツ校内の認知度もあがったからか生徒の視聴者数もうなぎのぼりで、反響は非常に大きくなった。
にも関わらず、スリザリン生のグリーングラス姉妹の企画している番組の
「負けるのは、まあしょうがないんだが」
「向こうのメインパーソナリティがなあ」
「おいおい。フレッドにジョージ。それは俺には関係ないだろ。兄弟喧嘩に巻き込むな」
「いや、喧嘩ってわけじゃないんだが」
「ただ、この手のエンターテイメントで、まさか……って気持ちが強くてな」
そう。向こうは自分たちは企画に回り、メインパーソナリティを複数集めて番組を制作している。俺たちのフリーダムな生放送スタイルは避けての録画放送だ。
俺たちも喋りがうまそうな人間を招聘して別の時間帯に番組をさせて対抗しているが、向こうと違ってなかなか太刀打ちできるような番組が作れていない。この引き続きゴールデンタイムに放送している『キング・ジェームズ』だけが頼りの綱だ。
(とはいえ、人気を博し始めている番組はもちろん出てきている。『ハーマイオニー・グレンジャーの屋敷しもべ妖精解放運動』はカルトな人気が出始めていて、すでに殺害予告の吠えメールを3通受け取っている。さすがに内容が内容だったので、俺らのとこで吠えメールは開封しておいた)
そりゃ、俺たちがホグワーツで一番面白い人間だなんて、ちょっとしか思ってなかったが……この手の話で兄弟に負けるってのはなあ……
そう。あいつらはメインパーソナリティに
―――
「ふむふむ。『週刊魔女』を通して番組は宣伝する、と。おねえちゃん、なにかいいアイデアある?」
面倒事に巻き込んだ当人は平然とこちらに振ってくる。
「あんた、マジで丸投げする気ね……あの、スキーターさん。『週刊魔女』のほうで紙面を割いてもらえるって話ですけれど、特定の番組を扱った記事って可能かしら。タイアップ記事のような感じの」
「いいアイデアざんすね。ホグワーツ発のラジオ局があるってだけで十分ニュースバリューはあると判断していたざんすが、具体的な内容があるなら二週、三週と特集記事組めるざんす」
「じゃあ使わせてもらいましょう。記事はどうしたらいいでしょうか?」
「文章はあたくしが書いてあげるざんす。ただ、用意できるものは用意してもらえるほうが意に沿うものになりやすいとは伝えておくざんす。写真とか取れる人間はいないんざんすか?」
「あ! 写真撮影なら……いや、知らないわ」
なにか思いついた様子のアストリアは、すぐに前言を翻して目を逸らした。
ご丁寧に口笛まで吹いている。
「なんかアテがあるのね? じゃあそっちはあんたに任せるわよ」
「ないよ!」
「あるんでしょ」
「ないよ!」
どうやらアテはあるようだ。このぐらい任せても罰は当たらないだろう。
「撮影の目処はついたし、問題は撮る対象ね。私は喋りが得意ってタイプじゃないし、あんたに任せるとしっちゃかめっちゃかになるだろうし」
「目処はついてないってばー! まあでも、人を連れてきて働かすってのはわたしも同意だよ。使われるより使うほうが偉いって感じだし! おねえちゃんはどんな人がいいと思う?」
「そうね……スキーターさん、『週刊魔女』の読者ってやはり女性が中心ですよね。年齢層はどれぐらいなんですか?」
「結構幅は広いざんす。とはいえ中核となっている層という話なら、ホグワーツに在学しているハイティーンから主婦層の40代まで、という感じでざんしょ」
「ありがとうございます。となると……彼がいいかしら。ちょっと話つけてくるわね。あんたは撮影班をよろしくね」
「ぐぬぬ……いいわよ! なんとかしとく!」
そう言ってアストリアと別れ、スリザリンの寮を離れてグリフィンドールの寮へ向かう。
廊下を抜けて東棟のほうへと向かっていく。寮に入る場所を(みんなうっすらと把握してはいるとはいえ)隠している三寮に比べると、グリフィンドール生は入り口が『太った婦人』であることを公言しており、そこに向かえばグリフィンドール生を捕まえるのはそう難しくはない。
階段を上がり、グリフィンドール寮の入り口のある廊下を見渡すと……見慣れた人影が目に映った。
……アストリアだ。
「あ、おねえちゃんだ。さっきぶり」
「あんたもここなのかい!」
「うん。かぶってバツが悪いね!」
どうやら目的地は同じだったようだ。わざわざ別れたのがアホらしくなる……私よりも先についているあたり、私の知らない近道を使ったのだろう。ついていったほうが得策だった気もする。
そうやって二人で廊下で駄弁っているうちに……『太った婦人』をくぐってグリフィンドール生が出てきた。見知った顔。ロナルド・ウィーズリーくんだ。
「ジニーのお兄さんだ! こんにちはー!」
「こんにちは、ウィーズリーくん。ちょっと顔をつないで欲しい人がいるんだけど……」
「もしかしてハリーを探してる? 今はクィディッチの練習中だよ」
「あ、わたしはコリン・クリービーってやつを探してるんだけど、会いたくはないからなんかうまいこと伝言して」
「コリン? いまちょうど後ろにいるよ」
「ああー! グリーングラスさんが僕を訪ねてきてくれた! もしかしていろいろ僕に教えにきてくれたの! サラザール・スリザリンが残した秘密の部屋ってどこにあるの!? 不死を目指した秘密組織ってほんとに実在してたの!? 伝統的な魔法使いってローブの下に何も着てないってホント!?」
「もーうるさい! ヘンタイ!」
飛び出るように寮の中から廊下に男の子が出てきた。
彼が話に聞いていた一年生のコリン・クリービーなのだろう。
なるほど、確かに今もカメラをぶら下げている。撮影班と言われて最初にアストリアが思い浮かべるのも無理はないだろう。そして、廊下に出るなり私達にカメラを向ける。フラッシュで廊下がまばゆく照らされた。
「あ、もしかしてグリーングラスさんのお姉さん? 写真撮っていいですか?」
「尋ねる前に撮ってるじゃん! もー」
珍しくアストリアが振り回されている。振り回すのは好きでも自分のペースを乱されるのを嫌う子なので、だから苦手とかライバルとか言っていたのだろうか。
「二人でコリンを探しに来るなんて……もしかしてなんかやらかした? 怒るのもわかるけど、まあ抑えて抑えて」
「違うわよ。少なくとも、いまのところは。あなたのご兄弟がやってるラジオあるでしょ? あれで番組つくることになったのよ」
「おったまげー、グリーングラスさんたちがあれに参加するの? 校則を50はぶっちぎることになるぜ?」
「たぶん今夜辺り発表があると思うけれど、『週刊魔女』の後援のもと公認された放送局になるそうよ。それで、まあ、このいろいろアストリアがやらかして……」
「ちょっとおねえちゃん! 説明がめんどくさいからって端折りすぎ!」
「……それで、スタッフを探してるわけ。わたしはパーソナリティを探しにきたの」
「そりゃ、呼ぶぐらいならもちろんいいけど……誰を呼ぶの? フレッドやジョージ、あとリーさんに匹敵するぐらい喋りがうまい人なんていたっけなあ」
ウィーズリーくんは私が探すような相手が思い浮かばないらしい。
それはそうだろう。リー・ジョーダンといえばラジオだけでなくクィディッチの寮対抗戦で実況の役目も担っている。強くグリフィンドールに肩入れされたあの実況がギリギリ許されているのは、誰もがトークのスキルについては認めているからだ。
だからこそ、その部分で勝負するのは避けるべきだと私は考えた。
「私が呼んでほしいのは、監督生のパーシー・ウィーズリーさんよ」
「よりにもよってパーシー!? おったまげ!」
―――
「はいパーシーさんこっち向いて! スマイル!」
「……さすがに気恥ずかしいな。こういうのは慣れてないんだ」
アストリアに説き伏せてもらい、協力してくれることになったコリン・クリービーくんは、『週刊魔女』に載せる宣伝記事、第二弾のための撮影を行ってくれている。
そう、今から用意するのは第二弾。第一弾は……狙い通り大ヒット。スキーターさんにせがまれて新たな記事を用意することになった。
撮影はクリービーくんに任せてはいるけれど、衣装は私が受け持っている。ここで与える印象は小さくないと思う。入念に服装を選ばないと。
「服装は凝りすぎない感じで、ワンポイントのポロシャツだけにしましょう。下もスラックスだけ。ただしキッチリ着こなしてもらうわ。清潔感が一番大事ね」
「あ、ああ。僕も着慣れない服じゃなくて助かるけれど……こんなんでいいのかい?」
「いいの。私たちは『週刊魔女』の主な読者である20代~40代に向けて『よくできた息子、パーシー・ウィーズリー』あるいは『年下のカレ、パーシー・ウィーズリー』として売り出してるの。身だしなみはきちっとしてたほうがいいけど、ファッション部分はむしろ隙があるほうが好まれると思うわ」
「僕としてはそう言われても釈然としないが」
「実際そういう風に捉えられてるんだもの。『ああ、私のバカな息子に代わってパーシーくんが息子だったらいいのに』って主婦層に思わせるような立ち位置が狙いね。熱心なファンレターも何通も来てるわ」
そう言って溜まってきた手紙を開き、読み上げる。
「『監督生になっただけじゃなく、こんな才能もあったなんて!』『ああパース、自慢の息子だわ!』『ロックハート様にも負けないぐらい素敵な喋りよ、パース』」
「……それ、3通とも同じ差出人だったりしない?」
「あらホント。同じね。熱心なファンがもういるのね」
「いや、僕がよく知ってる人な気がする」
『週刊魔女』の特集写真記事と一緒に売り出した『パーシー・ウィーズリーの鍋底談義』は、内容はシンプルなトークのみながら大成功。
私達の企画した中では一番のヒット番組となっている。
他の番組も好調で、ハイティーン向けに打ち出した『ホグワーツ・ファッション&ミュージック』はメインMCのトレーシーが貿易商の娘としての知識を遺憾なく発揮しているし、フリットウィック教授に頼み込んで録らせてもらった『大人の呪文講座』は、懐かしき恩師の声を聞きたがっていたレイブンクロー卒業生を中心に幅広い年代に聞かれている。(ウィーズリーの双子からは『フリットウィック先生を使うのは卑怯だろ!?』と言われた。スリザリン生が狡猾を掲げているのを忘れたらしい)
「立ち上がりはまずまずざんすね。まあ、ホグワーツの身内向けの番組だけで回すことにならなくてよかったざんす」
「意地が悪いわね。最初から彼らに言ってあげればいいのに」
勝因はシンプル。
新しく広がった聴取層がどこか理解し、そこに向けて作った番組を宣伝記事と一緒に投げ込んだ。勝つのは当然だ。
アストリアに押し付けられて始めた企画だけれども、まあ負けるのは嫌いだし、成功するのはもちろん気持ちがいい。
「こんな身内での競争で多少抜けたぐらいで威張っても仕方がないからざんす。本丸はもちろんロックハートざんすね」
「それはわかってるけど……高い壁よ」
「その壁を超えるために投資してるんざんす、学生のお遊びだけで終わられても困るざんしょ」
そう。『週刊魔女』は別に私達をウィーズリーの双子に勝たせるために協力しているわけではない。
目的はあくまで
半年ほど活動していたらしい、ウィーズリーの双子やジョーダンさんが持つノウハウは惜しいだろうけれど、結局のところ彼らはプロだ。初動が遅れても地道に取り返していくはずだ。
そうされないためには、
「さて、敵さんの番組が始まるざんすね」
「わたし、あんまり聞いたことないんだよね。ちょっと楽しみにしてる部分もあるかも。どんな人なのかな?」
今、スキーターさんとアストリアと私で囲んで聞こうとしているのは『ギルデロイのふらふらフライデーナイト』。
時計が番組の時刻を指し、あの上ずった声がラジオから聞こえ始めた。
「グッドナイト! 私を心待ちにしていたイギリス魔法界のみなさん! 『ギルデロイのふらふらフライデーナイト』が今週もやってきたことをお伝えしよう。さて、今週は気がかりなことがあった。なんと、我らが母校ホグワーツで……おそらく私の大ファンなのだろう。真似をするかのごとくラジオの放送が全国に向かって始まった。しかし……残念ながらその質はまだまだと言わざるを得ない。『客が奪われないか心配だ』といったお便りを頂いたが、心配ご無用!」
「ふうん……」
大ファン扱いは百歩譲ってもいい。実際、参加してくれた人は多かれ少なかれロックハートをはじめとした
しかし……真似だとか、質はまだまだと言われうると。少し、ほんの少しだけイラっとするわね。
「わー! イヤなやつ!」
アストリアがラジオに向かって悪態をつく。普段ならたしなめるが、まあ今日は許容範囲としておこう。
「この番組でも何度か、マグル生まれの中でも自らをわきまえない愚かな魔法使いや魔女を紹介してきたけれど……『ハーマイオニー・グレンジャーの屋敷しもべ妖精解放運動』という番組はその中でもとびきりひどいものだ!」
「なんですって!!!」
「うわ、びっくりした」
怒号が聞こえた。どうやら、ハーマイオニーさんは隣の収録室にいたようだ。直球かつ名指しの罵倒を全国放送でやられたのだ。そりゃ、怒るだろう。
「みなさん、あれはコメディ番組ではないそうですよ! とはいえ、試しに聞いてみようなどと思った場合、笑い死にするハメになる可能性があります。ですからラジオのチャンネルはこのままで。笑い死にするのでしたら、失笑ではなく私のジョークでするべきでしょう!」
ドタドタと足音が聞こえ、その音は近づいてくる。
ドアが大きな音をたてて開かれた。
「ダフネさん! アストリアさん! スキーターさん! ロックハート様……いえ、あのギルデロイの番組をボコボコにしてみせるわよ!」
「あ、はい」
ハーマイオニーさんの突然の宣言。あまりの押しの強さに私の妹は思わず頷いてしまった。
こういうときは慎重な態度のほうがいいわよ、アストリア。