「つーわけで、『週刊魔女』のマートル・ウォーレンさんには既に精力的なサポートを始めてもらってるぜ」
校長室のいつもの椅子に座るダンブルドア校長は、俺の報告に大きく頷いた。
まあ、リータ・スキーターさんが校内に入っていろいろやってる今となってはかなり事後報告めいていはいるのだが。
「重畳じゃ。マートル編集長は機敏じゃからのう。わしの決裁なんぞ待って機嫌を損ねるよりよい」
「んでもって、向こうさんが求めてきたラジオ放送は学生主体で始まっちゃってるけど……いいのかね? ロックハートの影響を減じるため、なんてのに生徒を巻き込んじまって」
別に直接そうダンブルドア校長が明言したわけではないが、魔法大臣へリドルが立候補を表明してから、ほとんどロックハートは宣伝塔のようになっている。
最初に「ロックハートはグレイバック以上の脅威かもしれん」という旨を校長に言われたときはいまいちピンときてなかったが、今ははっきりとわかる。
彼は今や露骨にマグル生まれを分断しようとしている。
「正直に言えば心苦しい。手間はかけるがフォローは頼むぞ」
「ホグワーツ内の範囲でならな。すでにいい大人から吠えメールがグリフィンドール2年生のミス・グレンジャーには飛んできてる。そのうち、実家に吠えメールがいきかねないぜ。念の為、いつでも姿あらわし出来るようにちょいとお家のほうを見てきたが」
姿あらわしで飛べる先の条件はいくつかある。
まず、距離が一つ。これはその当人の才能や技量に大きく依存する。
もう一つは飛ぶ先の感覚を知っているということだ。実際にそこを訪れ、目で見ることによって場所の感覚を知ることができる。これが不十分だともれなく五体がバラバラになる(だけですめば御の字だ)。姿あらわしの不得手な魔法使いや魔女にありがちな事故だ。
「……マグル生まれの実家に吠えメールを送るとは。そのような醜悪な発想、さすがに実行する者は稀と思いたいが」
「悪いがダンブルドア校長、実家に吠えメールっていう俺の考えは浮かんだ中では残念ながらかなりマシなほうだぜ。もっと悪いアイデアはいくらでもある。さんざん見てきた」
校長は大きくため息をついた。
俺が言わずともそんなことはわかっている……はずなのだが、それでも魔法使い全体の善性というものをダンブルドア校長はかなり強く信じている。
別に俺だってマグルに比べてイギリスの魔法使いたちは遵法精神が欠け、リスクの見積もりが甘く、気軽に
だって考えてみろよ。ポリジュース薬とか悪事以外の使い道思いつくか? ないだろ? 試しに調合してみて、できてしまったら絶対イタズラに使うだろ?
「わしも未だ学ぶことばかりじゃのう。考えが甘すぎたかもしれん」
「まあ、過保護になれとは言わんけどな。見守るのが俺達の仕事だ」
「うむ。事が事じゃ。わし直々にちとなんとかしよう」
「おっ、さすが校長。頼もしいぜ」
そのような応酬を繰り返している内に……校長室にノックの音が響いた。
スネイプだ。あいつは扉を開けて俺の姿を見るなり、扉を閉めようとした。
「失礼しま……した、校長」
「おい。待て。帰るな」
慌てて止める。
こいつはまったく。
「貴様に命令される謂れはない」
「そうなんだが、まあ。ほら、俺がいても話はできるだろ?」
「出来はする。したくはない」
相変わらずひどい愛想だ。こいつはほんとに!
見かねて、ダンブルドア校長が手招きをする。
「まあまあ、セブルス。そう邪険にせんでもよかろう。用があるならぜひとも聞かせてもらいたいのう」
「いえ、用なら今なくなりました」
「強情だな! てめえ!」
露骨にため息を付き、こちらをひと睨みしてからいかにも渋々といった様子でスネイプが入ってくる。
「……スリザリン寮内が非常に不安定化しています。ロックハートという楔は思っている以上に深く刺さっているようです。もともと燻っていたマグル生まれを排斥するような思想を隠さぬものも現れ始めました。なにかきっかけがあれば爆発しかねません」
「グリフィンドールのほうはどうじゃ?」
「愛が裏返るってのは怖いもんだな。もともと熱心なファンは多かったはずだが、今や反・ロックハートの
「きっかけがあれば、よもや……といったところじゃな」
きっかけがあれば爆発する……そういう状況にグリフィンドールとスリザリンが同時に陥っているのはあまりよい兆候とは言えない。
ホグワーツ内のラジオがいいガス抜きになりゃいいけどなあ。グリフィンドール生とスリザリン生の交流の場にもなってるようだし。
「しかし、本日ここを訪れた用はこの報告だけではありません。一つ校長に確認したいことがありまして」
「うん? なにかね、セブルス」
「トム・リドルはロックハートを使って選挙のための地盤固めを始めました。では、我々はそれに対抗するために、誰を出すのでしょうか?」
「ボーンズ家のアメリアかロングボトム家のオーガスタを考えておる。どちらも経験に富んだ良き人物でーー」
「校長」
話をスネイプが遮る。
普段ならなんて失礼なやつだ、と思うものだが……今の校長の話にはスネイプ同様、俺も思うところがあった。
「はぐらかさないで貰いたい」
「……ふむ。わしからなにを聞きたいのかね、セブルス」
「簡単な話です。その二人では選挙に勝てません」
「その二人が悪いって言うつもりはねえけど……俺は今の今まで、ダンブルドア校長が出ると決まってるもんだと思ってたぜ」
そう俺たちが言うと、今までついぞ見たことがなかったほどに校長は苦々しい顔をした。
「わしは……魔法大臣など向いとらん」
「いや、ダンブルドア校長に適性がなかったら誰にあるんだよ」
「向いている向いていないなど聞いていません。私が求めるのは勝てる候補です」
「君たちがいくら言おうと……わしは若い頃、痛い失敗をこれでもかというほど重ねた。わしがそのような立場についたとき考えるのは人々の声を聞こう、などという殊勝な考えではない。『支持率というリソースを効率よく使って、わしの理想を叶えよう』というものじゃ。わしが引退する瞬間は、民衆の支持という石を完全に擦り切れるまで使い切った瞬間であり、最低最悪の大臣と罵られるものになるじゃろう」
「おいおい。いくらなんでも卑下しすぎだろ」
「校長。はっきりいいましょう。私は仮にリドルの次にひどい暴君であったとしても勝てる限り、構いません」
スネイプの言い様はあまりにも極端だと思うが、その通りだ。省内で他の人間に服従の呪文をかけて回ってるやつと比較して、いくらなんでもダンブルドア校長がそれより悪くなるということはないだろう。
「……イヤじゃ」
「私がここにいるのは、決してあなたに借りがあるからではありません。奴を追い落とすために必要だからです。納得するわけがないでしょう!」
「おいスネイプ、流石に……」
「なんと言われても、わしには向いとらん。君らもわかってくれるときが来る」
そう言って杖を振ると……ダンブルドア校長は霞のように消え去った。「姿くらまし」ではない(そもそも今はホグワーツ全体に『姿くらまし・姿あらわし防止呪文』がかかっており、流石にダンブルドア校長もそれを力づくで突破はしていないだろう)。なにか、俺たちが知らない魔法なのだろう。
「この……耄碌爺が!」
逃げ去ったダンブルドア校長に向かってスネイプが暴言を吐く。
社会人としてよろしくないレベルだろ、それは。
「おいスネイプ、流石に言いすぎだぞ」
「黙れ! ボーンズだと! 省から離れて何年だと思っているのだ! ロングボトム!? 半ば隠居したあの女性の知名度など吹いて飛ぶようなものだぞ!」
「落ち着け。どうどう。ダンブルドア校長はまだ聞いてるかもしれないぞ。ほら、透明化みたいなやつで」
「ならば聞かせてやればいい! いいか、脳なしのウスノロポッター、わかっていないようなら教えてやる! あらゆる権力を駆使して妨害に走るであろうリドルに勝ち目がある候補は、この世でアルバス・ダンブルドアだけなのだ!」
スネイプが言っているのは正論だ。
ただ……おそらくダンブルドア校長が断る理由は理屈じゃない。そこを無理に詰めても望ましい結果に繋がりはしないだろう。
「わかるが、押してだめなら引いてみろとも言うだろ? ほら、あんな本人が嫌がってるところ無理に押し付けるのは得策とは……」
「あのトム・リドルが魔法大臣になれば、例えばお前の友人の狼もどきなどは間違いなく捕まって殺されるだろう。惨めに、アズカバンの地面で涎を垂らしながら死ぬだろうな。そうなることを予測できるというのにそんな悠長な考えとは。実にグリフィンドール生は友人思いだな」
さすがにピキッと来た。
狼もどき? 惨めに死ぬ?
「いまリーマスは関係ねえだろうが!」
「ああ、あの狼もどきだけではないな。お前の友人は大勢捕まり、多くは死ぬだろう。いや、あの犬っころは例外かもしれんな? 血筋だけはいい男だ、トム・リドルの靴を舐めて存外生き延びるかも知れん」
「てめえ!」
思わず手が出てしまい、スネイプの胸ぐらを掴もうとするが……俺の動きの癖を予測していたか。
無言で
俺も杖を抜く……いや、思わず抜いちまったが、さすがに良くなかったな。もうお互いに杖をしまうタイミングを失ってしまった。
「触るな!」
「呪いを撃ち込んどいて触るなもなにもねえだろ、てめえ」
「我輩は、もう一度撃ち込まれたくなければ近づくな、と親切にも教えてやっているのだ」
一触即発。
スネイプは完全に頭に血が上っている。クソッ、しゃあねえな……今のところは俺のほうが借りが多そうだしな、ここは抑えてやるべきだろう。俺だって怒ってないわけじゃねえが。
冷静かつ紳士的に対応してやろう。
「バーカ!」
そう叫んで扉に向かって横っ飛びして脱出する。
スネイプが2、3発呪いをぶち込んできたようだがかすりもしない。
フッ。俺が最後に罵ってやったから俺の勝ちだな。
「……あんた、なにやってんのよ」
「お、セプティマ。ちょうどよかった。いまダンブルドア校長は出払っててな、んでもって中にブチギレたスネイプがいるから、ちょっとなんとかしといてくれ」
廊下まで転がりながら飛び出たところで、ベクトル教授が俺を見下ろしているのに気付いた。
俺より対処に適してそうな人間がちょうど歩いてた。ツイてるね。
申し送りは完了したので、そのまま走り去ることにする。
「は? いや、ちょっと待って……待てつってるでしょ!」
知らねー。聞こえねー。
ちゃんとスリザリンの連中で面倒みとけよな。
―――
「いいか……下馬評はスリザリン有利。だが、これはグリフィンドール有利ということだ!」
「どういうことよ? ウッド。ブラッジャーぶつけすぎた?」
「しょせん下馬評だ、アテにはならない。つまり、下馬評でスリザリン有利と言われているということはその逆である可能性が高いということだ!」
「どういうことよ?」
グリフィンドールチームのチェイサーの柱、アンジェリーナ・ジョンソンさんがキャプテンのウッドの檄にツッコミを入れる。
事前にジョージさん(または3割程度の可能性でフレッドさん)から聞いた話では、この手のすっとぼけたやりとりは恒例のものらしい。この試合で見限られてレギュラー落ちしない限りは何度も目にすることになるだろう。
「いいか、俺達には秘密兵器、ハリー・ポッターがいる! その分を足せばスリザリンとの戦力比較など木っ端みじんだ!」
「
パパはこれだから。いや、今更だけど……
「だが、実際両対抗戦で通用するかどうかは全員が確信してるわけじゃないだろ? その点、スリザリンチームの戦力は去年とほぼ変わらないだろう。昨年の一年生チームでスリザリン生というとチェイサーのドラコ・マルフォイの動きはかなりよかったが……スリザリンのチェイサー陣は敵ながらホグワーツ屈指だ。さすがに2年で割って入れるほどではあるまい」
「まあ、そうだな。慣れ親しんだ顔だ。対策はバッチリ」
「フリントキャプテンの顔にブラッジャーをぶちこむイメージトレーニングは完璧だぜ」
「イメージトレーニングというよりは、俺の昨晩の夢なんだが」
「いやいや、おかしいぞフレッド。それは俺の夢のはずだ」
「おいおいジョージ、いくら双子だからって俺の夢まで取るなよ」
ジョージとフレッドがいつものように気が抜けるようなやり取りをしている。
ドラコは僕と同じように寮のクィディッチチームの練習に参加していたのは僕も聞いてるけど、ウッドキャプテンの言う通りスリザリン寮チームのレギュラー・チェイサーの壁は非常に高い。技術的には(贔屓目かもしれないけど)負けてないと思うけど、チェイサーはフィジカル差もバカにならないしね。となると、年齢が3つも4つも離れているのはさすがに競争する上で厳しい条件だ。
「チェイサー陣は手強いが……ビーター、そしてシーカーは圧倒的に我々が有利だ! エースのアンジェリーナには悪いが基本的にはディレイ主体、ハリーに託せ!」
「そこまで期待されると流石に荷が重いなあ」
「ホントかしら。そういうタイプじゃないでしょ、ポッターくんって。クィディッチに関しては心臓に毛が生えているタイプ。父親とその辺は似てるわね。それぐらいでないと2年でシーカーなんてやれないだろうし」
「俺たちは知ってるぜ」
「あの親にしてこの子あり。隠してるけどイタズラ大好きだろ?」
ニヤニヤと先輩がたが見てくる。
パパと似てるって言われるたびに心外な顔をしているが、そう言われると当たって……いや、そんなことはない。僕はあんな傍若無人で過保護な大人になるわけがない。
「あーあー聞こえない! もうスタジアムに行こうよ!」
「ほら、やっぱ肝が太い」
先頭に立ってスタジアムへと駆け出すと……一気に歓声があがった。
応援席はいっぱいだ。僕たちが使ってた練習用のスタジアムの倍ぐらいの規模の観客席から地鳴りのような声援が聞こえる。
「グリフィンドール公然の秘密兵器! 雷のような彼のスピードには誰もが驚くだろう! サンダーストラック! ハリー・ポッターの入場だあああああ! 登録ポジションはもちろん、シーカー!」
毎度おなじみ、リー・ジョーダンさんの声が聞こえる。実況席の隣に座っているのは、今日はマクゴナガル先生のようだ。誰も何も言わないけど、スリザリン生的に納得できるのだろうか?
その後、他のグリフィンドールのメンバーの入場にあわせて歓声と、ジョーダンさんの紹介の台詞が続く。
「続いて、スリザリンチームの入場だ! 今日も見せるかダーティプレイ!? その卑劣さはふくろう試験にぶつけるべきだったのでは? 脅威のクアドラ・トロール! キャプテンのマーカス・フリントの入場だ!」
「大きなお世話だ、リー・ジョーダン!」
最初に入ってきたスリザリンチームのキャプテンであるマーカス・フリントは実況席に向かって怒鳴り返していた。ジョーダンさんは肩をすくめている。聞こえているんだかいないんだか。
そしてそのまま僕らのチームのところまで歩いてきて、ウッド・キャプテンにぶつかっていく勢いで迫っていった。が、負けじとウッド・キャプテンもぶつかり返す。
「フリント、昨年の貸しは倍にして返してもらうからな」
「はっ。利子が足りてねえな。頼むぜ、お得意さん」
昨年はスリザリンチームが勝っている。ウッドキャプテンは睨み返すが、その表情にはやはり悔しそうな気持ちが滲んでいた。
「ふん。新戦力もろくにないチームでよくそこまで強気に出れるもんだぜ」
「さあてね。すぐわかるさ」
反対方向の控室から続々とスリザリンチームの選手が出てくる。
その都度どこで集めているのかジョーダンさんによる選手の個人情報が全体に流され、度が過ぎそうになるたびにマクゴナガル先生にたしなめられていた。
そして、最後に入場してきたのは……
「まさか、まさかだ……サプラーイズ! スリザリンチームも新戦力を投入してきたぞ。スリザリン2年、ドラコ・マルフォオオオオイ! ポジションは大胆なコンバート、シーカーだあああああ!」