ヴォルデモートなんていない   作:taku1531

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56.This Charming Man(2)

「ロングボトムがカメムシの卵をすり潰し忘れたのを見逃したのか? どうやら我輩はポッターの注意力というものを遥かに過大評価していたようだ。グリフィンドール5点減点」

 

 周りの鍋のものに比べると色と効力がやや薄くなった原因を指摘し、僕らに減点を加えたスネイプ先生はすたすたと歩き去って行った。

 隣のテーブルでロンと作業しているハーマイオニーが声をひそめながらこちらに話しかけてくる。

 

「ちょっと、今日のスネイプ教授はとても虫のいどころが悪いみたいよ。ハリー、なにかやったの?」

「いや、心当たりはなんにも……」

「スリザリンチームをハリーが負かしたから悔しがってるんだって。気にすることないよ、ハリー」

 

 そうロンが言うと、教室の反対側に固まっているスリザリン生がじっとりと僕達を睨んでくる。いや、今のはロンに責任が……

 

「無礼かつ的はずれな私語、グリフィンドールから5点減点」

「げえ!?」

 

 ロンの減点はまあ妥当として、今日のスネイプ先生の当たりが僕に強いのはなんだろう……クィディッチで負けたから、ってわけではないと思うんだよなあ。

 それが態度に出るほど嫌なら一年生の間、顧問としてグリフィンドール生に経験を積ませたりしないだろうし……パパがなにかやったかな。

 

 そうこうしているうちに時計が授業時間が終わる5分前を指し示した。スネイプ先生は僕らにポーションの提出を指示した。おそるおそる瓶詰めしたものを教卓に提出し、すばやく離れる。触らぬ古墳に呪いなし、だ。

 ぞろぞろと廊下から人が出ていくので、ひとまず繋いでくれそうなドラコに駆け寄る。

 

「あ、ドラコ! 昨日はがっつりぶつかってごめん!」

「…………」

「ドラコ? えっと、ダフネさんとちょっと話がしたいんだけど……」

 

 ドラコが僕をぼんやりと見つめていた。どうしたんだろう……勝てる勝負を誤審で落とした直後だから悔しいのかな?

 審判を背にしてたからぶつかるのがキャッチより先でもワンチャンあると思ってたのは否定しないけど。

 

「やいポッター! 近づくな!」

 

 そうやって立ち話をしようとしたところ、横から割って入ってくるスリザリン生がいた。

 昨年のチームメイトのグレゴリー・ゴイルだ。

 

「あ、ゴイル。こんにちは」

「こんにちは……じゃなくてだな、この反則野郎め! おれがドラコは守るぞ!」

「ええ……?」

「はっ! 負け惜しみを言いやがって。スリザリンの連中め、ハリーに復讐しようっていうならタダじゃすまさないぞ。さあハリー、今のうちに逃げるんだ!」

「ええ…………?」

 

 僕の後ろから現れたロンもまた間に割って入ってなぜか僕に逃げるように促す。

 いや、用事があるのは僕のほうなんだけど……

 いつのまにか廊下にはちょっとした人だかりができていてスリザリン生とグリフィンドール生が並んで睨み合いになっていた。なんでこんなことに……

 

「あのー、魔法薬学の教室の前でこんなことしても、いい事なにもないと思うんだけど……」

「ポッター、騒ぎの中心にならねば気が済まんのか? その肥大化した虚栄心のためグリフィンドールから5点減点だ」

 

 噂をすれば影がさす。教室から出てきた険しい顔のスネイプ先生に減点され、僕達は散り散りになった。

 

「くっそー、スネイプのやつ……スリザリンの連中め、なんて卑劣なやつなんだ!」

「僕だけ減点されたのは釈然としないけど、そんな卑劣なことしてたかな……」

「ハリー、なんでそんな平然としてるんだよ! 悔しくないのか!」

「うーん……パパから意味もなく与えられる点数が割と負い目になってたから、むしろ気が楽になったかも……」

 

 授業のたびに点数投げてよこしてたからなあ、うちのパパ。マクゴナガル先生から制限を食らっててもなんとかその枠を活用しようとするから始末が悪い。0.99点与えると砂時計が勝手に切り上げを行うとか、どうやって調べたんだろう……

 まあ、今年はパパはまだ停職中だからそういったことは今のところないけど……その分ムーディさんが授業中やたらと僕を試してくるから、点数の入り具合はそんなに変わっていない。

 

「でも、スリザリン生の批判も的を射たものはあるわよね。私のラジオにも何通か来てるわよ。『ロックハートのラジオに対抗して自由だのなんだの言ってるけど、結局グリフィンドール生の意見ばかりじゃないか!』とか。耳が痛いわね」

 

 ハーマイオニーがぼんやりと呟いた。僕が気絶してる間にスリザリンとグリフィンドールの間の溝がずいぶん深まってしまったようだ。

 いかにスリザリンが邪悪で卑劣か滔々と語っているロンはさておいて、こういう状況だとダフネさんを誘うのも難しいかな……断られたらつらいけど、そもそも前誘わなかったのは僕なわけで。多少向かい風になったぐらいで決意を揺るがしてたらそれは勇気ある行いとは言えないよね。

 僕は身を翻し、寮を出ていくことにした。

 

「そもそも伝統的にあいつらは邪悪で、ドラコもきっと先にスニッチが取られて悔しいからハリーに肘打ちを……あれ? ハリーは?」

「とっくの昔にいなくなってるわよ」

「ハーマイオニー! なんで止めなかったんだよ!」

「じゃあなに? 突っ立ってあなたの演説を聞き続けるよう言えばよかったわけ?」

「そうじゃなくてさ、今の状況でハリーが一人でうろついてたら絶対危ないって話だよ!」

「たかだがクィディッチの試合一つ落としたぐらいでしょ? そんな見境なくなることあるかしら?」

「ある。ハーマイオニーは全然わかってない」

 

 

 廊下をとことこと歩き、階段を降りていく。

 目指すは地下だ。スリザリン寮があるあたりの廊下まで行けば誰かしら捕まるだろう。

 そんなふうに考えていた矢先。さっそくスリザリン生の女性を見つけた。あまり顔なじみはないが、おそらく上級生だろう。

 

「あのー。ちょっとスリザリン生を呼んでほしいんですけれど……」

「……あなた、ポッター?」

「はい、そうですけれども……」

 

 そうやって頷くと、目の前の上級生は突然杖を抜いた。反射的に僕も杖を抜いて盾の呪文(プロテゴ)を唱える。

 上級生が放った呪いが今生成した盾にいくつも突き刺さる。ちょっと危なかった。

 

「ポッターがいたぞ!」

「ええっ、ちょっと!?」

 

 その上級生がそう叫ぶとあたりから駆け足が大量に聞こえ始めた。間違いなく僕に近づいてきてる!

 やや不規則な動きを交えながら踵を返して逃げ出す。僕の背に向けて撃った呪いが足元に命中したのがわかった。

 

「うええええ!」

「待て、ポッター!」

「鴨が葱を背負って来るとはな!」

「痛い目見せてやる!」

 

 このあたりはスリザリン生の庭だ。逃げても角を曲がってもなかなか撒けない。少しでも猶予があればポーチの中にある透明マントをかぶってやりすごせそうだけど、その暇も与えてはくれない。

 

「おい、あっちに行ったぞ!」

「追え!」

 

 そうやって走って逃げている内に、ドンと大柄な男にぶつかった。

 この人は見たことがある……スリザリンチームのキャプテンのマーカス・フリントだ。

 慌てて逃げようとするががっしりと頭を掴まれて廊下の角に倒される。

 

「マーカス! ポッターを見たか!」

 

 そう言って僕を追いかけてきたスリザリン生も訪れた。万事休すだ。

 だが――

 

「いや。見てないな」

「そうか! 気をつけろよ!」

 

 フリントさんがそう言うと、足跡は遠ざかっていった。

 一段落つく。フリントさんはこっちを見て非常に長いため息をついた。

 

「バカどもとの面倒事に巻き込みやがって」

「あ、ありがとうございます……? っていうか、なんで追われてるかわからないんですけど……?」

「まったく。グリフィンドールの連中は薄情なのか? それとも能天気なのか? お前が昨日、うちのシーカーにタックルをかましながら華麗にスニッチをキャッチしたからだよ」

 

 え、それで僕追われてるの? そりゃまあ、フーチ教授のジャッジにはミスがあったとは思うけど……

 

「お前の言いたいことはわかる。だからかばってやったんだ。ウィーズリーの双子かウッドなら容赦なく差し出してやったが、さすがに2年生相手にそんなことをしちゃあ夢見が悪いからな」

「え、えーっと……もしかして、ドラコ、あるいはスリザリンチームの人たちってすごい怒ってる?」

「チームの連中は誰も怒っていない。悔しがってはいる。理不尽だとは思っている。お前の悪口を言うやつもいるし、フーチ教授をひどい渾名で呼ぶやつもいる。しかし怒ってはいない」

「で、ですよね……」

「俺の見立てだが、お前はそこそこ試合の経験があるだろう? ホグワーツに入る前の話だ」

 

 突然、フリントさんが僕の経験について問いかけてきた。

 まあ、その見立ては当たっている。パパやシリウスおじさんと混じって行った練習試合とか、ホグワーツ入学前のジュニアチームみたいなので経験はある程度積んできた。

 

「ええ、あります」

「その過程で理不尽な経験はしてきただろう? せっかく練習した技が空振ったり。努力したはずなのにむしろ結果は下がったり。明らかなミスジャッジを食らったり」

「はい。もちろん」

「俺が思うに、ホグワーツでスポーツやる意義ってのはそこにあると思ってる。世の中には理不尽がある。不公平がある。不公正があり間違いがある。人と混じって飛んでりゃそんなことすぐにわかる。しかし、それに怒り続けたりするのは無意味だ。俺たちプレイヤーはそれをよくわかってる。だから俺たちはお前に怒ってない。しかし、バカなやつの中には怒っているやつもいる。こういうのは得てして外野のほうがバカになっちまうもんだ」

「あー……なるほど。じゃあ、あの。ドラコに謝ったほうがいいですかね? 僕も正直、接触なしだったらドラコが勝ってたことに異論はないです」

「やめとけ。あいつは……たぶんだが、長いこと一人で飛んでた。だから理不尽に慣れてねえ。んでもって少し整理に時間がかかってる。そっとしといてやれ」

 

 思ったよりドラコは気が滅入っているみたいだ。

 そんな風になってるならほんとはスリザリン寮に突っ込んで一声謝りに行きたいぐらいだけど、フリントさんがそういうのなら今のところは従っておこう。

 

「お前が心配してたことは落ち着いたらそれとなくまあ、伝えといてやる。そしてお前が追われてる件だが……他の寮生もいる大広間を通ってとっとと寮に戻れ。これも世の中の理不尽の一つだ。2週間ぐらい寮に籠もってりゃああいう手合は忘れるさ」

「ありがとうございます。えーと、でもちょっと会いたいスリザリン生がいて。ドラコじゃないんですけれど」

「俺の忠告が聞けないのか、え?」

「えーっと、怒られるならそれでもいいんですけど、ちょっとだけでも話がしたいんです」

「まったく。人生を何度やり直すとしても、グリフィンドールに組分けされるのだけは勘弁だな。話が通じん。グリーングラスか?」

「そうです」

「百歩譲っても地下に近づくのはやめておけ。あの姉妹と話したいなら例の放送室にでも行くのが一番無難だろう。廊下もあまりうろつくなよ。多少優しく声をかけられたとしても油断するな」

「はい! ありがとうございます!」

 

 親切にしてくださったフリントさんにペコリと頭を下げると、お前全然わかってねえだろ、と返された。

 え? なんか僕間違った対応したかな?

 

 

 ―――

 

 

「むう、なんか面倒なことになったなあ。せっかくダフおねえちゃんのために手はず整えてあげ……いだだだ!」

「誰が頼んだのよ!」

 

 なにやら私に黙って勝手に動いていたアストリアにほっぺをつねる。

 

「だいたい、仮に誘えたとしても今の状況だと一緒にホグズミード歩いてるだけで面倒になりそうだし……別に私が面倒ってわけじゃないけどハリーくんが大変だろうし……いや行きたくないわけじゃないんだけど」

「めんどくさいなーもー」

 

 アストリアはやたら世話を焼いてくる。どうやら自分の行動がジニーさんのアシストに結果的になってしまったのが負い目になってるらしい。いい迷惑だ。

 別にそんなとこでくよくよしなくていいのに。いつも通り私に迷惑かけてればいいのよ。

 

「あ、ダフネさん。今大丈夫?」

 

 突然ハリーくんの声が聞こえたので跳び上がりそうになったのを必死で抑えて、周りを見渡す……が、姿は見当たらない。

 

「幻聴かしら……」

「おねえちゃん、わたしも聞こえたから! しっかりして!」

「ごめんごめん。脱ぎ忘れてたよ」

 

 再びハリーくんの声がして、今度は姿もあらわした。どうやら透明マントを使っていたらしい。

 

「あ、ポッターさんだ。いつもうちのおねえちゃんがお世話になっております」

「ちょっと! トリ、黙ってなさい! ……コホン、どうしたの? そんなマント使って。どこで手に入れたの?」

「パパから貰ったやつなんだ。ポッター家に伝わるマジックアイテムだって」

「家に伝わる……ってことはこの透明マント、使い捨てじゃないの!?」

「すごーい! 触っていい? 触っていい?」

「はい、どうぞ」

 

 そう言ってハリーくんはアストリアのその家宝の透明マントをあっさりと手渡した。どう考えても超貴重品だけど、大丈夫かしら……

 

「なんか今、ちょっとトラブルになってるらしくて、追われてるんだよね」

「それは知ってるわ。まったく。クィディッチバカにつける薬はないわね」

「自分の寮の人たちをそんな悪くいっちゃだめだよ」

「私はあなたも含めて言ったんですけれど。昨年、約束しなかったっけ?」

「それは本当に申し訳ない……いや、肘が頭に入るとは思わなくて……」

 

 正直、これに関しては本当に怒っている。なんでまたすぐ無茶するのかしら。というか無茶と思ってないでしょ、ハリーくん。

 

「それで? 用事はなにかしら」

「あの、えーと……先月ホグズミードに誘えなかったから、ごめんねっていうのがまず一つと。それで、もしよかったらハロウィンの日に一緒にでかけたいなって……ダフネさん?」

 

 いけない。危うく表情が崩れるところだった。

 一旦顔を背けて表情を取り繕う。よし。

 

「そうね。まだ先約はないわ」

「よかった! それで、行くのはホグズミードじゃなくてこういうのはどうかな」

 

 そう言ってハリーくんが机においたパンフレットには、大きく「エディンバラ・ガイドマップ」と書かれていた。

 

「エディンバラ」

「うん。行ったことある?」

「ないわ……念の為だけど、エディンバラってあの大都市よね?」

「うん。ここからそんな遠くないところにあるんだ、実は」

「知ってる。行くとしたら校則違反よね」

「うん。まあ、そう」

「あなた、お父さんに毒されてきてない?」

 

 うぐっ、とハリーくんは声を詰まらせた。

 ち、違うの。つい言っちゃっただけでそんなにがっつり刺すつもりじゃ……

 

「や、やっぱりそう思うよね。この話はまああくまで提案であって本気じゃ」

「別に……行かないとは言ってないわよ」

 

 そう言うと、ハリーくんはパーッと明るい笑みを浮かべた。

 思わず見つめ合ってしまう……と咳払いが聞こえた。しまった、アストリアがいたんだった。

 

「わたしはなんもみてませーん。というかポッターさん、校則違反デートといい、わたしを忘れるかのような迫り方といい……結構大胆なんだね! 噂通り!」

「スリザリンで流れてる噂か……聞きたいような、聞きたくないような」

「聞かないほうがいいわよ」

 

 

 

 そして、当日を迎えた。

 楽しいハロウィン。

 華やかにホグワーツの至るところが飾られている。もちろん、夜には恒例のハロウィンパーティがある。昨年はトロール騒ぎでまったく楽しめなかったからこれはこれで楽しみたいわね。

 なんて、夜のことを今すでに考えているのは朝から二人で行く……お出かけについて考えると気もそぞろになって何も手がつかなくなりそうだからだ。

 

「それじゃあ、私はネビルくんとホグズミードに行ってくるわね。ダフも頑張ってね?」

「え、ええ。もちろん。余裕ね?」

「返しがおかしくない?」

 

 今日の予定はほとんど誰にも話していないけれど(いまのスリザリン寮だと、グリフィンドール生とつるんでいるだけで厄介なことになる。面倒なことだ)トレーシーにだけは伝えている。

 トレーシーもロングボトムくんと一緒にいることで何かととやかく言われたようだが、全部跳ね除けていた。強い。

 

 いつもどおり寮の中で朝食を食べ、身支度し……いつもよりちょっとだけ、ちょっーとだけ念入りに身支度してから言われたとおり中庭に向かう。

 事前に伝えてもらっていたベンチのところで、ちらっと映った右手が手招きしているのが見えた。透明マントの中にいるようだ。あたりの人間から姿を見られないようにしているのだろう。

 

「待たせちゃったかしら?」

「いや、ぜんぜん。それじゃあ行こうか」

 

 そう言ってハリーくんは透明マントを広げて、中に入るように促した。

 当たり前だが結構密着するし、息遣いまで聞こえる。ジニーさんが恋に落ちちゃうのも無理はないわね……これは劇薬だわ……

 

「そう言えば、どこに行くかは教えてもらったけどどうやって行くかまでは聞いてなかったわね」

 

 まあ、私達が使える移動手段といえば移動(ポート)キーあたりだろう。

 ……と、思っていたのだけれど。

 

「ああ、それは……これを使うよ。さあしっかり僕の肩を掴んで」

「え?」

 

 ハリーくんはなぜか足元を指し示した。

 透明マントで中に入るまでは見えなかったけど……これは、ハリーくんの箒?

 それを認識はしたものの、まだよく飲み込めていないまま指示通り肩を掴むと……わたしたちが観戦席で何度も見た、あの勢いで宙に舞い上がった。

 

「それじゃあいくよ! たぶん、30分ぐらいで着くかな!」

「ええええええ! ちょ、ちょっと!」

 

 そして私達を乗せた箒は、一気に前進を始めた。超高速で。

 

 

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