「今日のホグワーツはガラッガラ! だけど変わらず今日も『ブレイク・フリー』はお送りするわ! パーソナリティはもちろんハーマイオニー・グレンジャー!」
「えー。そのお相手を務めさせてもらうのはロナルド・ウィーズリーです」
「今日は一段と死んだ目ね、ロン」
「そりゃそうだよ。みんなホグズミードに出かけてる中で僕らはこんなカビ臭い放送室で……いや、ハーマイオニー。まだなにも言ってないだろ。杖をしまおう」
「そう? つまんない番組に……って言いたげだったけど」
「それにカビ臭いは余計だぞ、ロニー」
「うわ! 兄貴たちはバックヤードから出てこなくていいよ!」
ガラガラの、といいつつもパーシーをはじめ監督生なんかは夜のハロウィンパーティーの準備のために残っていたりもするのだけど。
で……そんな日にも僕はハーマイオニーに付き合わされていた。元々はハーマイオニーの独演会だったんだけど、内外から「無限に壁に喋り続けてて収録中の絵面が怖すぎる」「日に日に先鋭化してる」「だいぶ扇動の域まで近づいてきた」などの苦情が多数届いたため、僕が向かいに座ってクッションになることにした。
「はい、最初のお便りはこちら! 『ロックハートさんのラジオでこの番組を批判しているのをお聞きしました。魔法界に数年しかいないマグル生まれが政治批判など笑止千万! と話していましたが、グレンジャーさんはどうお考えですか?』はい、お答えしましょう。そういった抑圧には一切耳を貸す必要はありません! なぜなら、私が話している内容はまさに私の利害に関わることだからです! あなたに剣が向けられているときに抵抗するのはあなたの権利です! もちろん、その抵抗を効率的にするために調査や学習を重ねることは必要ですが……自らの利害に関わる問題について声を上げるのを憚る必要はないでしょう! ロンもそう思うわよね?」
「あっはい。そう思います」
「よし! では次のお便りです。こちらは校内からね……『自由な討論だのなんだの掲げているが、結局放送機材という根本を牛耳っているのはグリフィンドール生だろう。根本的に派閥色が浮き出ることを否定はできないのでは?』これは……なかなか痛いところをついてきた批判ね。それに関してはまさに私も考えていたところで、その一歩目として実は今回の収録、おなじみのフレッドさんとジョージさんはお休み! 試験的にスリザリン生のスタッフに裏方をお願いしています!」
放送に声が入るわけではないけれど、いえーいと言いながらグリーングラスさんの妹さん、アストリア・グリーングラスさんがバックヤードから手を振っている。
そう、今日は予めいろいろフレッドとジョージから指導を受けた上で、収録に際しての機材の操作をアストリアさんにお願いしている。ハーマイオニーがそれを熱望したのもあるし、アストリアさんも機材いじりには元々興味を持ったいたようだからうまく話が進んだ。
姉のダフネさんのほう?
今日は朝からハリーとデートに行ってるよ。ジニーはハリーにお熱みたいだから、なんかいろいろ複雑な気持ちだ。
この前のホグズミードではどうもジニーが頼み込んでハリーと二人で回ろうとしてたから、まあ兄としてはやっぱり心配だしハリーは二人きりで回る相手が僕の妹だと理解してないみたいだしだいたいそもそも親友とはいえモテてるのはなんかムカつくし浮気じゃないそれ?と思うしそこにジニーが絡んでるのも気に食わないので、案内って名目で回っていることを利用して、偶然を装って声をかけることで僕らのグループ(ハーマイオニーやシェーマス、ハッフルパフのジャスティスとかと一緒にいた)に途中から合流させた。
おかげで未だにジニーは僕に口を利いてくれない。
「では、名残惜しいですがラジオ『ブレイク・フリー』はここまで! また次の放送で!」
時計を見るともう収録は終わりの時間。早いもんだ。まあ僕は座ってときおり相槌を打ちながらハーマイオニーを眺めてるだけなんだけど……
でも、僕が入るようになってからリスナーの反応はやや上向きらしい。親近感が持てるとかなんとか。
「おつかれさまー! 機材の操作初めてだから緊張しちゃった!」
「アストリアさんもおつかれさま。特に問題はなかったかしら?」
「うん! ……と言いたいところなんだけど、編集するにはどうしたらいいかわかんないんだよね」
「あら、それならわかるわよ。ちょっと見せてみて」
そういってハーマイオニーもバックヤード側に入っていく。いつのまにか機材の操作もお手の物になっていたみたいだ。
「いつ覚えたの、ハーマイオニー?」
「空いた時間を使って、私もフレッドさんとジョージさんに教えてもらってたのよ。私としてもやりたいことがあって、もうすぐ完成するのよね」
どうやらハーマイオニーはなにか企んでるらしい。良くも悪くもなにかに巻き込まれるのは間違いないけど、今から止めてどうにかなるわけもないしもういいや……
「それにしても忙しいわね。急に中止になった番組が多いから埋めるので大変だわ」
そう。ハロウィンの午前中までこうやって収録に追われてるのは、今ハーマイオニーが言った通りパーソナリティの不足による番組の中止が相次いでいるからだった。
ホグワーツ内でのラジオ放送がオフィシャルなものになってから一ヶ月ほど。新しいもの好きのホグワーツ生が飽き始めた……という理由もないわけではないだろうけど、主な理由は他にある。
「まあ、いまちょっと雰囲気悪いからスリザリン生が断るのはわかるのよ。でも今週に入ってからレイブンクロー生とかからも『家の事情で……』って断る人が出てきたのよね。なんでかしら?」
「そりゃ簡単だよ。もうすぐ公示日だからロックハートのバックについてるスリザリン派閥はピリピリしてるだろうから」
「スリザリン派閥?」
ハーマイオニーがきょとんとした。おいおい、その辺把握しないであんなラジオやってたのかよ。危なっかしいなあ。
「ほら、週刊魔女とかでも報じられ始めてるけど、もうすぐ選挙の公示日を迎えるんだよね。この日に次の魔法大臣選挙の立候補を締め切るとともに、選挙活動が始めることになってて……だいたい選挙ときたら毎回スリザリン派閥とそれ以外で争ってるわけ」
「あ、あとスリザリン派閥って言うのは不正確だよー! わたしのパパなんかは手紙で『好きにやりなさい。ロックハートもリドルも好かん』って送ってきたし」
「まあそうよね。なにごとも一枚岩というわけではないわよね」
「誰が出るかよく知らないけど、まあこのホグワーツのラジオなんてどこでやってるかと言えばまさしくダンブルドア校長のお膝元だろ? ダンブルドア校長といえば非スリザリン派閥で一番の大物だからね。ハーマイオニーのラジオなんかはガンガンロックハートを叩いてるから、向こうとしては気が気でないんじゃない?」
流石に対抗馬なし、ってことはないだろうから誰かしら出るんじゃないかな?
この手の話はパーシーもビルも好きだから、自然とうちにいると耳に入ってくる。パパの交友関係には政談好きのおじさんなんか、ハニーデュークスの店前の蛙チョコレートぐらいいっぱいいるし。
「それで、午後はどうする?」
「わたしは編集やってみるね! わかんないことがあったらまとめておいて後で聞くから離れちゃって大丈夫だよ」
そう言ってアストリアさんはヘッドホンをつけて機材に向き合い始めた。なかなかサマになっている。
となると夜のハロウィンパーティまでは手持ち無沙汰になっちゃうわけだけど……
「そうねえ。早めのお昼でも食べようかしら?」
「あー、それならハーマイオニー。一緒にホグズミードに行く? 向こうのお店で食べてもいいんじゃないか?」
「いいけど……ちゃんとエスコートしてくれる?」
「ええー……僕もホグズミードはそんな詳しくないしなあ」
魔法界にいるとはいえ、イングランド西部に住んでる僕は別にホグズミードに詳しいわけではない。ハーマイオニーを案内できるほどじゃ……
そう答えるとハーマイオニーはため息をついたあと、僕を指差してこう言った。
「ロン、ここはハイって即答するところよ」
「はい……」
理不尽だと思うんだけどなあ。
―――
ハリーくんが持参した透明になるマントをかぶったまま、箒が飛び上がる。
マントの効果は絶大なようで、辺りの人たちは誰も気付かない……
と、思ったんだけど……ガラッと音を立てて警備塔の窓が開いた。
いま、ハリーくんのお父さんに代わって
まず間違いなく、見られている。
「うわ、幸先悪いかも……」
ハリーくんがそう呟く。
アラスターさんは杖を抜くと、ほんの少し箒が揺れ、その警備塔のほうへ引かれ始めた。
箒には(ハリーくんが乗っているスポーツ用のものは特に)多種多様な呪いを弾く非常に複雑な加護がかけられているはずなんだけれど、ゆっくりとはいえその箒に干渉して引き寄せられるのだからやはり凄腕なのだな、としみじみ思う。
別に透明になった状態で校舎の上を飛んでいても校則違反にはならないから、多少注意を受けるぐらいだとは思うんだけれど……
そのとき、アラスターさんの肩にポンと手が置かれた。
「おおっと! これは奇遇だな、アラスター局長。いやあ、前は闇払い局だったが今は警備局、奇しくも同じ局長になったわけだ」
「その間抜けな小芝居はなんだ? 2ヶ月の間に劇団員にでもなったのか?」
「ほら、アレだ。もうすぐ俺の授業復帰だろ? 引き継ぎ事項の確認をしておこうと思って」
そう言うハリーくんのお父さんはアラスターさんの肩側の手の親指を立ててこちらにサムズアップしている。
まあ、そのサムズアップを向けている方向は透明な私達がいる方向とはぜんぜん違うのだけれど……
「あまり遅くならないようには言いつけてあるんだろうな?」
「何のことだかさっぱりわからないが、そうだぜ!」
「いいだろう。ちょうど少し退屈していたところだ、坊主共が帰ってくるまで少し揉んでやろう。杖を抜け」
「……あー! できるだけ早く戻ってこいよ!」
その声とともに箒にかかる引き寄せられる力が解かれ、再び勢いをつけてわたしたちは宙に躍り出た。
「なんとかなったね!」
「そうね!」
箒はそのまま加速していき、今は禁断の森が眼下に広がっている。
もはや言い逃れできないような校則違反だけれども、私達がグリフィンドール生と仲いいことについてネチネチと言ってくるスリザリンの意地悪な先輩たちですらも行けないようなところに行くのだからむしろ胸がすくような気分だ。
風を切って一気にマグル側の領域へと出る。
「きゃー! 気持ちいいわね!」
「そうだね、あれがベン・ネビス山かな? 魔法界側の領域からだと方角も距離もあてにならないから、マグル側に出てから目印をもとに進めってパパが言ってた」
左手側でスコットランド最高峰、ベン・ネビスとおぼしき山が目に入る。
頂上は白く冠雪しており、高地全体で色のグラデーションを構成している。
「見て、あそこ! トナカイよ!」
「わあ! パパより大きい!」
このあたりの標高だと、もう森林限界も近いのだろう。
視界を遮る木々は稀になっていて、野生動物が手にとるように見える。
少し高度を落として美しい針葉樹林の真上を飛ぶと、音に反応したのかバサバサと木立から鳥が飛び去っていく。冬羽に変わりつつあるホオジロやツグミ、それにフクロウ。
「ダフネさんからもらったヘドウィグもここから来たのかな?」
「そうかも知れないわね!」
このあたりを飛ぶだけでもすごい楽しいのだけれど、今日の目的は人里のほうだ。
ゆっくりと右に旋回し、高地から離れていく。
標高を落とすたびに、木々は彩りを取り戻していく。とはいえ、イングランドに比べるとスコットランドはずいぶんと落葉が早いようだ。私がホグワーツ入学前、グリーングラス家の屋敷にいたころの話だけれども、ハロウィンの時期は紅葉真っ盛りだったように記憶している。
それに比べるともう木々はすでに冬支度を始めている様子に見えた。
このままスピードを維持して進むのかと思ったけれど、ハリーくんはゆっくりとスピードを緩めて……手元の地図を取り出した。
「うーん……おかしいなあ」
「どうしたの?」
「たぶん今飛んでるのはこのあたりのはずで、丘の上に
頬をよせて、ハリーくんの手元にあるマグルの地図を覗き込むと確かにそのような建物があると描かれていた。
しかし、実際には丘の上には建物もなにもない。
「変ね……でも、他の川や道は完全に一致してるから、迷ってるわけではないと思うわ」
「そうだね。もしかしたら、この地図が発行されてから取り壊されちゃったりしたのかも」
気を取り直してスピードを上げ直す。
やはり道はあっているようで、地図通りに道や点在する小都市が目に映り始めた。
「あっ! バルハウジー城だ!」
「それは私も知ってるわよ! なにせ、グリーングラスのご先祖様が携わった城なんだから!」
「そうなんだ!」
「そうよ! ここだけの話、本物の
「えええええ! 大発見だよ、それ!」
街が見えて。
「うわー! 変な形の橋!」
「マグルはよくこんなもの作るわね!」
橋が見えて。
「そして……ここが!」
「マグル・スコットランドの中心部ね!」
「グラスゴーの人に文句言われるかも」
「……中心部の一つね!」
城が見える。
大都市の中心の丘にそびえ立つ古城、エディンバラ城の上に僕たちは降り立った。