「それでね教授、ドラコったらひどいのよ。前々からホグズミードでのデートを約束して、おめかしだってバッチリしたのに気もそぞろで……」
「はいはい。それでなんで私に相談するのかしら? あなた、数占い学の授業を受けているわけでもないでしょ?」
「うーん……スリザリン出身の教授として、生徒の話を聞くことを余儀なくされるから?」
スリザリン2年のパンジー・パーキンソンは私の部屋にあがりこんで座り込み、生徒の相談という体で私にひたすら愚痴ってくる。
「今日の夜はハロウィンパーティよ。スタッフ陣は忙しいの」
「やだー。ベクトル教授がそんな手伝いに参加するわけないってスリザリン生はみんな知ってますよ」
「ぐっ……」
直接授業を教えているわけでもないのに、私の振る舞いはすでに広がりきっているらしい。どこから漏れたのかしら。セブルスくんかしら? セブルスくんね。
「だいたい、私がこの手の話に詳しいように見える? ほら、寮監のところに行ってくれる?」
「うーん……確かにあんまり経験とかなさそう」
「今結構グサッと来たからね?」
べ、別にただ経験がないわけじゃなくて数秘術のほうを熱心にやってただけなんだからね!
「でもほら、スネイプ教授は輪をかけて苦手そうだし、私が話そうとしても容赦なく追い出しそうだし」
「そうでもないわよー。たぶん。うーん。いや、そうね。じゃあほら、魔法生物飼育学のレギュラス教授」
「実際行ってる女子生徒いっぱいいるわねー。家柄もいいし、ドラコほどじゃないけれど顔もすごい綺麗だし。生徒に対しても親身になってくださるしね」
「それってあれよね。相談でも愚痴でもなくて狙いが本人にあるやつ」
「なので私としてはレギュラス教授のとこに通ってる連中と同類とは思われたくないのよね」
セブルスくんとも何やら確執があるようで、いろいろ面倒くさい問題がゴロゴロとウェールズフライングオットセイのように転がっていて教授陣としてはレギュラス教授との距離感を測りかねている。
だが、とりあえず生徒ウケは今のところ非常に良いものとなっている。授業の評判も上々のようだ。もっとも、私のところに入ってくる情報は当然スリザリン生を経由することが多いという事情から、バイアスのかかったものだろうからマグル生まれとかがどういう印象を抱いているかまではわからないけれど。
「というわけで、ベクトル教授のところに来るのは私が編み出した正解なのよ」
「なるほど……一理あるわね」
「せんせー、一理あるとお考えなのに、なぜ私を杖で浮遊させているんですか?」
「あなたの立場の解が私の解と一致しているとは限らないから」
相談しづらいような事柄も恋愛関係の刃傷沙汰も隠していないようだったので、とっとと追い出す。
暇なときであれば、論文の執筆がてら聞き流してあげてもよかったけれど、今は本当に忙しい。
今みたいな寮と寮の緊張感が高まることは別にホグワーツに長年いれば珍しくないものだとわかるし、9割がたの人間にとってはそのうち忘れるような出来事なのだけれども……こういったときに浮き彫りになる苦痛というのもまたある。
普段であれば他愛ない小競り合いをしている生徒を止める者がいなくなりヒートアップしたり、あるいはいじめられている子の逃げ込む先としての他の寮というネットワークが機能不全になったりする。
パーティやホグズミード訪問日は、普段接しない人間と接触する機会が格段に増えるため、そういった出来事が多発しやすい。
こういうの、スリザリン付きのスタッフ以外もちゃんとケアしてほしいんだけどねー。他の人の方針にまであんま口出す気はないんだけどさー。
グリフィンドール出身の教授はおしなべて放任主義の傾向があるし、ハッフルパフ出身者は表面上だけ握手だのなんだので解決させて根っこまで手を突っ込むことは少ない。レイブンクローは方針としては近いはずなんだけど、その解決策が短絡的だったり的外れだったりする。
このあたり、セブルスくんは私よりもうまいからだいたい全部投げて、彼が扱いにくい女性関係の話だけ引き受けてたんだけど……なんか最近はセブルスくんも機能不全ぎみ。もー、しっかりしてよー。たぶん悪いのはポッター教授なんだろうけどさー。
噂をすれば影がさす。廊下で慌ただしく箒を抱えて走っているのはポッター教授だ。
「なによ、そんな慌てて」
「お、ベクトル教授! 悪いが今から暖炉でロンドンに飛ぶ。グリフィンドール生のハーマイオニー・グレンジャーの家のほうにだ。当人にはまだ知らせなくてもいいが……もし、パーティまでに俺が帰ってこなかったらケアを頼む」
「え、なに? 緊急?」
「緊急じゃないといいなあ、って状況だ。詳細はアラスターが知ってる、偵察用の箒も局長から借りた。単なる早とちりでちょっとした小旅行で済んだら笑ってくれ」
普段のヘラヘラした表情は鳴りを潜めている。真剣な表情で廊下を小走りで抜けていった。
はー。なんかまた面倒なことを頼まれた気がする。
あいつのことだからグリフィンドール寮監のマクゴナガル教授にも話は通していないのだろう。ムーディ局長は何考えてるかわからないけれど、少なくとも気が利くタイプには見えない。
「あー、もー。しっかりしてよね、男ども」
―――
「楽しかったね、ダフネさん! 昼に食べたハギスのブリトーとか美味しかった!」
「そうね……私はムール貝が美味しかったと思うわ。旬って言ってたわね。でも、ハリーくんは
「魔法界にはあんまりない飲み物だからね。珍しくていっぱい飲んじゃった」
エディンバラに着いた僕たちは、お昼ごはんを食べて、石畳のロイヤルマイルの脇の路地から繋がっている魔法使いのお店を覗いて、エディンバラ城の脇にある鏡と光の迷路を一緒に歩いて。
ホグワーツでもロンドンでもホグズミードでも楽しめないものをいっぱい楽しんできた。
少し余裕を持ってエディンバラを出て、話しながらゆっくりと飛んで戻ってきたところ。禁断の森の上空を抜けて、ホグワーツの敷地へとゆっくり降下する。
時刻は17時半。時間厳守だ。
ホグワーツの庭に降り、ダフネさんの手を取って地に足をつける。
この後は一旦別れてハロウィンパーティかあ。名残惜しいなあ。
この甘ったるい雰囲気をずっと味わっていたいなあ……と思っていたけれど、それはあっさりとぶち壊された。
「ふん。坊主どもは何事もなかったようだな」
アラスターさんだ。透明マントをかぶっている僕らに平然と話しかけてくるので、周囲は少しどよめいている。
パパから聞いた噂通り。周りにどう思われても一切意に介さないらしい。
逃げ隠れしても仕方ないので、マントを外す。
「えーっと……やっぱり減点とかですか?」
「知らん。生徒への罰など興味はない。もっとも、儂の言うことを聞いている限りではあるが。単にお前らが無事に戻ってきたことを確認しただけだ。今日は少しきな臭い、人数と所在の確認をしておくにこしたことはない」
「きな臭い?」
念の為杖に手をかける。半日ホグワーツを空けていたから事情が掴めていない。
その様子を見たアラスターさんはニヤリと笑った。
「それで良い。今日は特に警戒しておけ……ジェームズも今は離れているからな。油断大敵!」
そう言い放ち、アラスターさんは背を向けて去っていった。
「叱りに来た……わけではないみたいね」
「そうだね。パパが出かけてる? 聞いてないんだけどなあ。ハロウィンパーティで俺の復帰祝いをあげてもらうぜ! ってはしゃいでたのに」
「なにかあったのかしら。トレーシーあたりにも聞いてみるわね」
「うん。スリザリン寮まで送ってくよ」
「いいわよ。あなたがいたら余計に騒ぎになりそうだもの」
ダフネさんはそう言って手を振って離れていった。少しさみしい。
まあ……こうなると手持ち無沙汰だ。大広間ではもうパーティの準備をやっているだろうから手伝いにでも行こうかな。
大広間に足を伸ばすと、入り口にはおそらくパパが用意したスポーツ用の横断幕のようなものが掲げられている。
「
それも更に取り消し線が引かれて文字が付け加えられ、「ジェームズ・ポッターを校長に」「アズカバンをジェームズ・ポッターで埋め尽くせ」「シックスヘッド吸魂鬼 VS ジェームズ・ポッター」だの好き勝手に付け加えられている。これから大広間に来る人たちがみなこれに目を通すと思うと気が重い。
「あ、ハリー!」
中にはロンとハーマイオニーが既にいた。
「どこ行ってたんだよ、ハリー。僕らも今日はホグズミードを回ってたけど、君らを見たって話は聞かなかったぜ?」
「えーと……今日のこれは秘密にしといてもいい?」
「なにそれ、怪しいなあ!」
「ちょっとロン、言いたくないことを無理に聞き出さなくてもいいでしょうに」
「ええー。ハーマイオニーも気になるだろ? 例えば……裏の裏をかいてホグワーツ内にいたとか! 頼めば思い通りのモノが出てくる部屋で半日遊んでたに違いない!」
「そんな都合のいい部屋、あるわけないでしょ。まったく」
まあ、別に言ってもいいんだけど……僕だけが関わる話じゃないしなあ。グリフィンドール生といえばことごとく口が軽いものだし。すまし顔をしているハーマイオニーですらも正直なところ油断できない。割とうっかり人に話したりするタイプだから。
「というか、今日は二人でホグズミードに行ってたんだね」
「ええ。ラジオの収録をしてから回ってきたの。本当についさっき戻ってきたところね」
「聞いてよハリー! ハーマイオニーったらさ、あれだけ行くまでは『ゾンコのいたずら専門店』をバカにしてたのに、いざ行ってみたら『砂糖羽根ペン』や『英単語逆引きインク』をしれっと買い込んでて……」
「ちょっとロン! 絶対人に言わないでって言ったでしょ!」
「そうだっけ? まあハリーはノーカウントでしょ」
「それを言うならあなたが叫びの屋敷から出てきた物陰に腰を抜かして、しかもそれは単なる猫だった話もしますからね!」
「わあああー! それはナシだって言ったじゃん!」
うん。話さなくて正解だったようだ。
こうやってパーティの真ん中で叫ぶことによって秘密というのは漏れていく。勉強になるね。
「うーん。しかし、ハロウィンパーティ、なかなか始まらないね……」
「19時からだっけ? もうすぐだよね」
時計を見ると、もう5分前だ。
普段であれば、5分前ともなれば教員席は8割がたは埋まっているものだ。しかし、今日に限ってはずいぶんと遅れている。マクゴナガル先生も、ダンブルドア校長もいない。間違いなく楽しみにしてるはずのパパでさえ見当たらない。
「まあ、ホグワーツの行事がトラブルで遅くなるのは日常茶飯だけれども……先生がたが揃っていないのは珍しいわね」
こうなると、嫌でもアラスターさんの台詞が脳裏をよぎる。油断大敵。
そんな中、教員席に少し足早でベクトル先生が現れる。席につく前に、スネイプ先生の前に置かれていたカップケーキを手で掴み、立ったままもぐもぐと食べはじめた。
スネイプ先生はもちろん顔を歪め、悪態をついた。
「ずいぶんと良い行儀だな、セプティマ」
「こんばんは。セブルスくんもなにか口に放り込んどいたほうがいいわよ。食事どころじゃなくなるかも」
「……なに?」
「ポッター教授も戻ってきてなくてね。ハロウィンパーティで大騒ぎするためのイタズラとかではなさそうだし」
「ポッターがどうした?」
「さあ。何が起きてるか私は把握してないけれど、ロンドンの生徒の家まで行ったみたいよ。パーティまでに戻ると言ってたはずだけど。これおいしかったわよ。食べる?」
「結構だ」
そんなやり取りを眺めていたところ……後ろから肩を叩かれた。
振り向いたところ、そこにいたのはマクゴナガル先生だ。
「ハーマイオニー・グレンジャーとロナルド・ウィーズリーは……ああ、いた! こちらに来なさい」
「あれ、マクゴナガル先生。こっちに降りてきたの?」
「ええ。それよりもミスター・ウィーズリー、他のご兄弟も集めてもらえますか? 大広間の外で待っています」
「は、はい。わかりました」
「ミス・グレンジャーはこちらへ」
そう言ってマクゴナガル先生はハーマイオニーの手を引いて大広間の外へと歩を進めていく。
ハーマイオニーもロンも思い当たる節はなにもなさそうで、困惑している表情だ。マクゴナガル先生も怒っているという様子ではないしなあ。
ぽっかりと空いたスペースの中で佇んでいたところ……ついに壇上にダンブルドア校長が現れた。顔はいつもの優しげな表情ではない。
「皆のもの。申し訳ないが……ハロウィンのパーティは中止じゃ」
大広間の至るところから非難の声が上がるが、ダンブルドア校長は手をかざしてそれを制した。
「とある生徒の実家が爆破された。全員寮に戻り、今日の夜は出歩かな……」
そのダンブルドア校長の話を遮って、高い音が大広間に響いた。その後にドサッという低い音。
高い音は、グラスが床に落ちた音。
低い音は、ベクトル先生が席から地面に倒れ込んだ音。
「セプティマ!」
「離れて! ……わずかにカップケーキから異臭がする。胃洗浄を行います! スネイプ教授、速やかに心臓保持薬の用意を! 脈拍なし!」
スネイプ先生の叫び声は、人々の喧騒に飲み込まれた。