「素晴らしい邸宅ですな、ここは! 長い歴史が感じられます……私と比べても釣り合うほどの気品だ! ヤックスリー氏もぜひ見てみるといいでしょう」
間抜けな顔でうろつくロックハートを、ソファに腰掛けているリドル様は微笑しながら眺めている。
あの能天気さが羨ましい。私はどう釈明するべきか未だに答えが出せていないのに。
「ははは。言ってくれるじゃないか。確かにこの館は素晴らしい。なんなら君の邸宅にしようか?」
「実に嬉しい申し出です! しかし、私の家とするなら……広さはじゅうぶんですが少々明るさが足りませんな! 例えばこの部屋にはシャンデリアを下げるなどどうでしょう?」
「君の話は実に面白いな、ギルデロイ。事実、君の働きぶり次第ではそうなるのも遠くはないかもしれない。彼の役割ももう終わりに近づいているからな」
この館は……リドル様の
そうなれば彼は消され、彼の名義となっているこの屋敷が何処へ行くか……ともすれば、ロックハートの手に渡る可能性もあるのかもしれない。
「ギルデロイ、君の仕事は実に素晴らしいものだった。ラジオの放送はあっという間にイギリス魔法界の隅々まで普及した。この功績を労おうと今日は夕食会に招待したわけだ」
「そう言って頂けると実に光栄です。私のいくつもある武勇伝の一つに加えるのもやぶさかではないでしょう」
「ああ。ホグワーツも後発で君の真似事を始めたようだが、影響力ではまったく及ぶところではない。魔法大臣を目指す僕としても君の支援は実に力強いものだ」
「ええ! 彼らのやることなどおままごとですよ、固定した人気タレントこそが番組の鍵だというのに、放送日時も固定せず、出演したり欠席したりする。私を強く批判していた女生徒も、不幸にもまあなにやら事故にあったようです。もちろん、自業自得などとは思いませんよ! いくら出しゃばりすぎたといえど、しょせん学生のやること。これに対して文句を言うなど大人気ないでしょう。もっとも、わたしがホグワーツに通っていた頃は学生らしからぬ活躍をしていましたけどね! レイブンクローのクィディッチチームで華形を勤めながら禁断の森に住む殺人蜘蛛を切り捨てて」
ロックハートが明らかな作り話を始める。もし、ここにリドル様がいなければ一喝して止めてやりたいが……むしろ、リドル様はその嘘八百を楽しんでいる様子だった。
「ああ、ギルデロイ。君の話をずっと聞いていたい気持ちもあるが、せっかくだから夕食中まで取っておこう。私はこのコーバンと少し仕事の話がある。席を外してもらってもいいかな?」
「おお、これは失礼しました。ええ、もちろん。夕食のときにはとっておきのエピソードをご披露しましょう! では失礼、私はこの屋敷を探検でもしていましょう」
そう言ってニコニコと薄ら悪いほど明るい笑みを浮かべたギルデロイは部屋から去っていった。
リドル様はくるりと首を回し、こちらを見据える。笑みを浮かべてはいるものの、その目は射るような鋭い眼差しだ。
「ギルデロイはずいぶんと良い仕事をしているようだ。そうは思わないかね?」
「は、はあ……部屋の人払いはよろしいのですか?
「不要だ。あの男は間抜けだが、分をわきまえている。余計な好奇心を発揮する男ではない」
私からするとロックハートなど愚鈍な馬鹿者なのだが、リドル様は今やかなり重用している。
「彼を軽視するべきではないよ、コーバン。彼は確かに小者かもしれないが……マイクを握らせ、大衆に語りかけさせたときの影響力ははっきりいって僕でもまったく及ばない。そして、彼は空っぽだからこそ要求されたものを実に忠実に詰め込んでくれる。彼の今までの人生においてマグル生まれを社会問題として考えたことが一度でもあるとは思えないが――しかし、どこから学んでいるのやら。今や彼は完璧な純血至上主義者だ。彼の番組に呼ばれたときなど、実に綿密な指示があった。話すタイミング。使う語彙。リスナーへ呼びかける姿勢。無意識のものかもしれないが、あれは一つの才能だ……さて。彼の仕事ぶりに比べて、君の仕事はどうだったのかね?」
どっと冷や汗が出る。
リドル様のことだ。私が狙い通り目標を仕留められなかったことは既に耳に入っており、それを私に詰問するおつもりなのだろう。
「え、ええ……まずですが、ホグワーツのラジオ放送の頓挫を企図した攻撃ですが、こちらはマグル生まれの女生徒の家を一つ消し飛ばし。ウィーズリー家に対しても家長に手傷を負わせました。これは掲げた目標を十二分に達成していると――」
「コーバン。僕を節穴だと思っているのかな? それは君の手柄ではない。フェンリル・グレイバックの手柄だ。彼を事細かに指示して動かしているのであれば別だが、まさかそんな戯言を言うわけではないだろうね?」
フェンリル・グレイバックを使っていることを報告した際に、彼を部下のようなものだと説明していたはずだ。
もちろん、実態はずいぶん異なっている。彼が部下のような立場に甘んじるわけではない。目標と期日だけ伝え、詳細は任せている。だが、それすらもリドル様はお見通しだというのか。
「で、では私の直属のモノに命じた作戦のほうの説明を。ターゲットであるセブルス・スネイプおよびジェームズ・ポッターの毒殺を狙いました。ですが、ジェームズ・ポッターは不在。また奴は無能で……セブルス・スネイプのほうを狙った毒も、教職員の女の口に紛れ込んでしまい――」
「御託は不要だ。君は成功したのか? 失敗したのか? どちらだと思っているのかな」
「まごうことなき失敗です、申し訳ありません!」
地に手を付き、深々と頭を下げる。
しかし、リドル様は私をせせら笑うだけだった。
「ははは。君がやるべきことは僕への謝罪ではないだろう。挽回だ。違うかね?」
「その通りです!」
「実は、ホグワーツ内にいる私の
「もちろんです! 必ずや!」
「手段は任せる。幸いにして君の手駒は豊富なようだ。自由にやるといい。ぜひとも大きな成果を頼むよ。さて、ギルデロイとの夕食だ。君が来る暇はないだろうが」
大きな成果……となると不確実なものは使えない。守りの堅いホグワーツ内での実行を避け、ホグズミードなど外に出たタイミングを狙うべきだろうか?
屈辱の極みであるが、頭を下げる必要があるかも知れない。フェンリル・グレイバックに。
―――
「……さて、悲しいニュースだ。私のラジオの熱心なリスナーであったハーマイオニー・グレンジャー氏の西ロンドンにあるご実家が、なんと心無い魔法使いに襲われたそうだ。なんでも、屋根を一枚二枚剥がされたとか? とても残念なことで、これがもし私の熱狂的ファンの仕業だとしたら、即座に止めるようお願いしたい! とはいえもちろん、その背景として彼女がそうした蛮行を誘うような言動をしていたのも事実であり、ホグワーツ内でも一切支持も同情も受けていないということは既に伝え聞いていますから、私としても理解はできますが……」
「……ちょっと、トレーシー。そのラジオ止めといて。うるさいったらありゃしない」
「はーい。ってあれ、パンジー、前まで楽しんで聞いてなかった? ロックハートのラジオ」
学生時代、私も毎日のように過ごしたスリザリンの談話室。
その角のソファでイライラした様子のパンジー・パーキンソンさんが、向かい側に座っているトレーシー・デイヴィスさんと話しています。
魔法生物飼育学の教授として赴任してはや2ヶ月。2年生の授業は受け持っていないものの、彼女の快活な人となりは把握しています。しかし、先日の試合からマルフォイ氏のご令息が敗北を喫してふさぎ込んで以来、そういった感情が今やパーキンソンさんにも伝搬しているようでした。
「なんか……ムカつくのよ。グレンジャーは確かにいけ好かない頭でっかちの出しゃばりだけど、家がふっとばされるほどの悪事なんかしてないでしょ。あんな小者がそんなことできるわけないわ。毎週のようにホグワーツ内では……って知ったような口で語るけど、あの男が一回でもホグワーツに取材に来たことあるかしら?」
「まあ、今は確かにみんなロックハートに冷めてきてるわね。というかラジオ自体みんな聞かなくなった」
「聞くものがないもんね。グリフィンドールのラジオ関係者がほとんど一時帰宅しちゃってるから。今やってるのってもともとやってたマグルスポーツのニュースだけでしょ? あんなもの聞いたって仕方ないわ」
私自身はほとんど耳にしていませんが、ここ2ヶ月だけでもその熱気が伝わってくるほどホグワーツはラジオのリスナーが多く見られました。ホグワーツ校内で行うラジオが活気づいたのは、自分たちが好きだからだったのでしょうね。
「ドラコも毎日練習漬けでつまんない。戻ってきたと思ったら着替えて食事を口に放り込んでまた出てっちゃうの。お体に差し障りが……あ、ドラコ! ずぶ濡れじゃない!」
寮の入り口が開き、マルフォイ氏のご令息であるドラコ・マルフォイさんが入ってきました。今日は丸一日雨。外でクィディッチの練習をしたとなればもちろん濡れネズミとなるでしょう。ある程度は乾燥呪文で水分を取り去ったようですが、服や髪はじっとりと湿っている様子でした。
「タオルとかいるかしら? 暖かい飲み物を頼む?」
「いや、いい。どうせすぐにまた濡れるから。チーム練習は終わったけれど、もう少し自主練をしようと思って」
「そんな!」
パーキンソンさんが半ば悲鳴のような声をあげました。
それにしてもまた練習ですか……私は華奢なほうで、選手の頃は体力に関してとても苦労し、練習のたびにヘトヘトになっていましたが、彼もあまりタフなタイプには見えません。過剰なトレーニングになっていないといいのですが。
「ダメよドラコ! こんな雨の中練習を続けてたら、風邪引いてしまってふらついて箒から落ちて禁断の森の怪物共に群がられて……し、死んじゃうかもしれないわ!」
「いや、それはいくらなんでも悲観的すぎると思うが……」
「彼女の言う通りです。クィディッチの練習は結構ですが、過剰なトレーニングはむしろマイナスですよ。チームのキャプテンがそのような指示を出しているのですか?」
「ブラック教授!」
見かねて、助け船を出す。もしこれがキャプテンの指示だとしたら、少しフリントさんと話さなければなりませんね。
「いえ。自主練です。前の試合で負けたので……次の試合で出場するにはなんとしても挽回する必要があると思って」
「ふむ。熱意があるのは結構ですが、まだ2年生でしょう? 試合はいくらでもあります。一試合、二試合、先輩がたのプレーを眺めるのも学びを得られるものですよ」
「はい。ただ、それでも……できるだけ早くプレーがしたいんです。父のために」
「マルフォイ氏ですか」
ふむ。セブ……スネイプがスリザリン閥を裏切って以来、間に立つ人がいなくなったことからマルフォイ氏と打ち解けて話した機会はありません。しかし、あのときの彼の話しぶりを見るにご令息に過度なプレッシャーをかけるタイプには見えませんでしたが。
「む? その箒はもしかして『クリーンスイープ・カーバンクル』ですか」
「はい。父から頂いたものです」
「3年前のものでしょうか? だとしたら私も関わったときの話かもしれません」
「父と親しいのですか!?」
ご令息のマルフォイさんは語気を強めて私に向き直った。
「決して親しいとは言えませんが、あなたのお父上と……人を介してお会いさせて頂く機会がありまして。学生時代のクィディッチ経験から箒を見繕わせて頂きました。カタログを何冊も携えていまして、相当の熱が伺えましたよ。それがなにか?」
「父は……その箒を僕に贈って以来、ほとんど話してくれなくなりました。だから、僕にクィディッチの選手として活躍して欲しいのかと思っていて……」
箒を贈って以来、マルフォイ氏がご令息と話さなくなった……
つまり、その時期は……スネイプが省から遁走した日とほぼ一致します。そして、それはマルフォイ氏が、服従の呪文に……いえ。こんな迷いを抱くのは奴らの思う壺です。このようなデマに惑わされるべきではありません。
「ふむ……ご両親がそういった期待を抱くのは珍しくはないですが、何度も言うように過剰なトレーニングで体を壊すようでは逆効果です。チームのキャプテンはそういった練習での疲労も含めて管理していますから、もし練習量が気になるなら相談してみるのがいいでしょう」
「はい! ありがとうございます!」
そう言ってマルフォイさんは駆け出していった。すると……私をキラキラした目で見つめるパーキンソンさんが残されたわけです。教員になってこういった視線を女生徒から浴びる機会が増えましたが、正直言って苦手です……
「ブラック教授! ありがとうございます!」
「いえ。では返礼代わりに少しお聞きしたいのですが……ミズ・グレンジャーがラジオで批判されていたようですが、なにかあったのでしょうか?」
「彼女をご存知なのですか?」
「ええ。以前に少し話しました」
一度廊下で話して以来も、すれ違うたびに少し話を聞いている。若く、マグル生まれということもあって屋敷しもべ妖精の生態について大きく勘違いしているところもあったが、極めて鋭い知性の持ち主だった。
「なるほど……えっとですね、ホグワーツ内でやってたラジオなんですけれども、それでグレンジャーはロックハートを大きく批判していまして。今は……彼女の実家で事件があって番組自体も休みになっていますから、彼女が反論できないこのタイミングを好機と見たか、ロックハートは好き勝手に言ってるんですよ。私があの女の悪口を言うのはいいけど、あんなどこの馬の骨ともしれないやつがホグワーツに喧嘩を売るのは許せないわ」
「パンジーったら、さすが愛が歪んでるわね」
そうデイヴィスさんが茶々を入れると、むっとした顔でパーキンソンさんと睨み合った。
「しかし、正直言って意外です。ブラック家の人がマグル生まれと話すとは思いませんでした」
ブラック家は強烈な反マグルで知られる。代々魔法具を扱うことで成長してきたブラック家は(今もなおその伝統は強く残っている。肖像画が多く飾られているのはその一つで、イギリス魔法界でホグワーツに次ぐほどの数がブラック家の屋敷に詰め込まれている)、マグルの技術や製品と対立する機会が多いことから反マグルの筆頭としての立場を未だに隠していない。
「ははは。まあ、正直言って親族にはマグル生まれと一切話さない人もいます。しかし、今の私は教授ですから、マグル生まれの生徒と話さないわけにはいかないでしょう。そもそも……われわれがマグル生まれの分離を志向するのは、彼らの生活の基盤がマグルにあるからです。イギリス魔法界における重要な地位を純血のイギリス魔法使いで占めているのは、外国の魔法使いはイギリス魔法界の利益よりも他のものを優先しかねないから……マグル生まれの場合もそれと同じです。一方で、高い能力を持った良きマグル生まれの魔法使いがいるのであればアドバイザーとして、慎重ながらも受け入れる度量を示すのもまた伝統ある純血の家の使命と言えましょう。かつて大陸からハインリヒ・コルネリウス・アグリッパを英国へ招聘したように」
まあ、母がまさに「マグル生まれと一切話さない人」だったのだけれども……それでも、マルフォイ家などあまりこだわらずに有用な半純血を積極的に起用する家も少なくありません。マグル生まれをホームグラウンドであるブラック家の邸宅に招くということはあるべきではないと考えています。しかし……そう考えない家があるということは理解しておくように、と両親からは教育を受けました。
「はい、そう言われると理解できますが……あのグレンジャーはそれを聞いたら『ファック! 伝統だの純血だのなんて関係ないわ! 私は生まれながらにして生きる権利を持っている! それがあなたがたの度量とやらで決まるのは紛うことなきアスホールよ! このビッチ!』と甲高い声で喚き散らすに違いないわ」
「そ、そんな話し方はされないと思いますが……」
パーキンソンさんの中ではずいぶんミス・グレンジャーのイメージは歪んでいるようです。
つい先日屋敷しもべ妖精の権利について議論した時は多少感情的なところはあったものの話し方は理路整然としたものでしたが……
「しかし、
「うーん……正直言って今までこんなことありませんでした。選挙前だからでしょうか?
「パーキンソンさん? 例え立場を違えるとしても、校長をそのような呼び方は……」
「ご、ごめんなさい!」
マルフォイ氏のご令息への変化。明らかに過熱しているラジオ放送。
いったいイギリス魔法界になにが起きているのでしょうか?