「アラスター、今空いてるかの?」
ホグワーツの夜更け、廊下を歩く校則違反者の有象無象に目を光らせつつ、侵入者の痕跡がないかチェックを行う。
今日も痕跡は見当たらず。堂々と教授の食事に毒を盛った人間の糸口は未だ見つかっていなかった。
そんな捜索のさなかに訪れたのが、微笑んだダンブルドア校長だった。
「雇い主が空けろというなら、いつでも」
「では、ちと準備してもらおうかの。出発は三十分後」
「なんの用事だ?」
「選挙活動となるとホグワーツを出ることも多くなるからの。事前に火の粉を払っておこうと思っての」
今日出かけるという話は何も聞いていない。直前に言うあたり、情報の漏洩を警戒しているのだろう。
「わしの協力者からリドルの手の者が襲撃を企んでいるという話を聞いた。このタイミングで怪しい建物が近隣にあるとジェームズから聞いたものだから、ちと偵察と、可能なら先制攻撃じゃ」
「よく見つけたな、こんな建物を。確かにお誂え向きだ。マグルはマグル避けの呪文がかけられた建物を認識できん。魔法使いはマグルの建物を意識せん……完全に黒だな」
ダンブルドアに連れられてやってきたのはホグワーツからほど近い位置にある屋敷。
確かにその周辺にはマグル避けの呪文がかけられ、屋敷そのものも認識阻害の呪文で目視で検出できなくなっていた。まあ、儂の義眼を持ってすればこんな呪文はお遊び同然だが。
「ジェームズから『地図にあるのに上から見えない建物』という話を聞いての。どういう経緯で見つけたかは話してはくれんかったが」
「……ああ。あいつの倅が女連れで箒で外出してたからそれだろう。エディンバラまで行ったそうだ」
「ほう。ハリーくんがか。なるほどなるほど……比較的真面目な生徒と思っとったが、血は争えんのう」
「あいつの息子だぞ。真面目なわけがない」
屋敷に近づいたダンブルドアが、石の杭を地面に打ち込み、それに杖を当てた。「姿くらまし防止呪文」を周囲にかける魔法具のようだ。
「さて、これで奴らは袋の鼠だ」
「もっとも、そろそろ気付かれる頃合いかの。狼人間は変身せずとも夜目が効くからの」
「どうする? ロングボトムが来るまで待つか?」
フェンリル・グレイバック及びその手下は犯罪の容疑がかけられているとはいえ、我々に捕まえる権限はない。よって、中に連中がいることが確定した時点で話のわかるやつに連絡を取った。もうこちらに向かっているはずだが……
「いや、今やってしまうとしよう。中の様子はどうじゃ?」
「こちら側の杖眼に人がつき始めた。そろそろ一斉攻撃が来るぞ」
屋敷の壁には入念に隠されているが、四方の壁に穴が開けられている。壁の向こうの相手を一方的に攻撃するための杖眼だ。
「少し厄介だ。どうする?」
「では、あの壁を使えなくするのが一番かの。
ダンブルドアが杖を振ると……呪文の対象である屋敷は生き物のように身震いしたのち、轟音を立てて直角に回転した。
つまり、我々のほうを向いていた壁は地面に向き、屋根が我々のほうに向く。中の人間がひっくり返り大慌てしているのが壁越しに義眼で見える。
「相変わらず出鱈目な魔法の使い方だ……」
「さて、これでこちらが一方的に攻撃する側になったの。アラスター、角度の指示を頼むぞ」
「ふん。お前にかかれば儂も単なる観測手か」
「そう言わんでくれ。
ダンブルドアが呪文を唱え、杖を振る。なんてことのない呪文の唱え方だが、アルバス・ダンブルドアが有声で杖を振るうと……こんな単純な呪文ですら恐ろしい威力となる。
「2人無力化だ。少し右にずらせ」
「これぐらいかの?」
「ちょうどよい。4人命中だ」
ダンブルドアの有声
そんな呪文が一方的に打ち込まれ続けるのだから、中はパニックだ。
ダンブルドアが杖を振るたびに、動く人間が減っていく。ろくな抵抗もできぬまま、あっさりと無力化された、ように見えた。
「今のでラストだ。余計な時間を与える前に突入するぞ。動いているやつはもういないが、倒れたフリをしているやつはいるかも知れん」
「油断大敵、じゃな」
「そうだ」
屋根の側から入るのは不適当なため外周部に周り、適当な外壁部分を吹っ飛ばして侵入する。
中の狼人間は、外から義眼で見た通りみな気を失って倒れているようだ。闇祓い局に迅速に引き渡せるよう片っ端から拘束していく。
「
ダンブルドアが無言で杖を振ると本棚は横にどき、その後ろにある扉があらわになった。
もう一度杖を振ると、カチャリと解錠された音がした。
「アラスター、開けるぞ」
「ああ。構えている」
ダンブルドアが扉に手をかけ引っ張ると……
「アバダ……」
「おおっと。確かに中に一人おったの」
「そうだな。だが愚鈍がすぎる」
中の男は我々が扉を開けたタイミングを見計らって死の呪いを放とうとしたが……儂とダンブルドアが即座に放った無言の
杖を一振りし、周辺に罠などがないことを確認してから……儂は地面を蹴り、飛びかかって馬乗りになった。
顎に肘打ちを食らわせ、そのままうつ伏せにひっくり返す。
「儂の声が聞こえているなら手を後頭部につけろ。それ以外の動きはすべて抵抗とみなす」
頭を掴んで反らす形で持ち上げて、顔を杖で照らす。首実検だ。
「
「
「ふむ。グレイバックがいないのを見るとこやつが現場指揮官か。何があったかは知らんが。このままロングボトムが来たら引き渡すか?」
「ううむ……アリスには悪いが今の省に送っても話が聞けるかわからんのう。最悪、アンブリッジ女史同様消されるかもしれん」
確証が持てていないからダンブルドアも明言はしていないが、まず間違いなくこやつはリドル派の人間だ。
もろもろの襲撃の詳細や今後の予定などなんとしても聞き出したいところではあるが、やつの影響下に引き渡せばなにかと理由をつけて掻っ攫われるだろう。今見たこやつが唱えようとした許されざる呪文の件も証拠不十分で裁けるとは思えん。
「拉致るか?」
「人聞きが悪すぎるぞ、アラスター。ちょいと学校で事情を聞くだけじゃ」
「はっ。儂と大して変わらぬようなえげつないことを考えていそうだがな」
「では、アリスが来るまでに一足先に去るとするかの」
そう言ってダンブルドアが杖を振ると……辺りを覆っていた「姿くらまし防止呪文」が掻き消された。どうやら魔法具を設置した術者は好きなタイミングでオン・オフができるらしい。
「ずいぶん便利そうだな。儂にも後でよこせ」
「うむ。トムが使ってくる手をこちらも使わぬ手はないと思っての。セプティマとフィリウスに頼んで作ってもらった。在庫はまだあるが、何に使うんじゃ?」
やれやれ。ダンブルドアめ。こういうところは疎いのだな。戦闘中に姿くらましと姿あらわしができるかどうかは非常に重要なポイントで、一方的にその制限をコントロールできるのは大きなアドバンテージをもたらす。そうだな、どう使うかと問われれば儂なら……
「スコットランド全域に設置する」
「それは……大きく出たのう」
「手始めにホグズミードも含めたホグワーツの近隣だ。いつか、なにかの役に立つかも知れん」
「流石にそうなるとモノが足らんのう。セプティマにはしっかりと回復してもらわんと」
「そうだな。アレは使える女だ。儂がまだ闇祓い局の人間なら装備部門に引き抜きたいぐらいには有能だ」
「うむ……セプティマが同意するとは思えんが」
ダンブルドアが髭をかくが、当人の同意など些細な問題だろう。
儂から言わせてもらうならあの手の怠け者をホグワーツなんてぬるま湯に置いとくのが間違いで、激務の部署に放り込んで仕事漬けにするぐらいでちょうどいいというものだ。
「まあ、うちの教職員の引き抜きの話はまた今度じゃ。それではお先に失礼」
そう言うと、ヤックスリーを連れてダンブルドアは付き添い姿くらましで消えていった。
「……うわ、すっごいことになってるわね。何人いるのかしら」
程なくして、入れ替わるかのように女性の声が隠し扉の外から聞こえた。
アリス・ロングボトム(の声をした何者か)だ。
とりあえず軽めの
予想通り、さっと
「ちょっと! 何するのよ、元局長!
「そうだ、大いに疑え。儂もかけるぞ。
「はあ、久々に顔を合わせるってのにひどいご挨拶ね。それでこそアラスター・ムーディって気もするけど」
「儂に限らずまだ残敵が残っとるかもしれんだろう。あの程度の呪いをいなせないようなら鍛え直しだ」
アリス・ロングボトムはベテラン闇祓いだ。闇祓い局の定員削減にともなって夫のフランクを魔法警察に回したことから、もっぱら現場のリーダーはこの女に任せていた。一つ下の若い連中……ジェームズだの、シリウスなどはずいぶんとしごかれていたようだった。
まあ、ずいぶんと重宝する人間で、若い連中がたまにとんでもないことをやらかすことを踏まえると随分と扱いやすい駒だった。暴走すると止まらぬケはあるが。
「外の連中は手配されてる狼人間で間違いないか?」
「ええ。まだ全員は見てないけれど、何人か照会かけた限りでは全員ビンゴね……これ、元局長が全部やったの?」
「んなわけあるか。ほとんどダンブルドアだ。一足先に帰ったがな」
「はー、さすが校長。とんでもないわね」
「全員縛っとる。連行は任せたぞ」
「えっ!? 元局長手伝ってくれないの!」
扱いやすい……と内心で評価したのを改める。
何を言っとるんだこいつは。
「アホぬかせ、儂は民間人だぞ! ニンファドーラでも呼んで手伝わせろ。引き継いだし、儂も帰るぞ」
「世界一アラスター・ムーディに似合わない言葉ね、民間人……」
儂をなんだと思っとるんだ、まったく。
結局、新米のニンファドーラが来るまで仕事に付き合わされた。まったく、勝手を知ってるからとコキ使いおって。年上への敬意というものが足りんな、ロングボトムのアリスのほうは。
「戻ったぞ、ダンブルドア。まったく、事務処理まで押し付けられたわ」
「ご苦労じゃった、事情聴取の準備は出来とる」
「局長にやらすんだから尋問だろ?」
「私としては拷問でも構いませんがね」
ホグワーツに戻ったところ、スネイプとジェームズの坊主どもも立ち並んどった。
「というか、お前はなんで起こされたんだ? ジェームズ。今更役に立たんだろうに」
「ぷっ……くくく」
「きょ、局長! ひどすぎますよ、その言い草は! ほら、アレですよ。調書取りとかやれますよ。スネイプと違って俺は元プロですから」
「人間一人現場から拉致ってきた証拠を文書に残してどうする。アホか」
「ええ!? というか局長はなんでそんな悪どい考えにまで頭が回るんですか!」
「お前が鈍いだけだ」
横のスネイプは仏頂面をしながらも含み笑いの声ができるだけ全員に聞こえるように振る舞っていた。器用に捻じくれとるな、こいつは。
「スネイプの坊主。お前、魔法警察に一時いたな? 全身弛緩剤や会話促進薬は用意できるか」
「その程度ならいくらでも。既に
「出所は?」
「私が調合したものです。よって、足はつきません」
「なるほど。ダンブルドアが重用するだけある。使える奴だな、お前は」
スネイプは自分では隠している様子だが、鼻を高々と伸ばしている。一方でジェームズは対抗心から歯噛みしている。この魔法薬学教授はこう扱うのがよさそうだな。
「ジェームズはわしが呼んだのじゃ。セブルスは調合や薬の用意などで一旦離れることがあり、わしもここにはずっといるわけにはいかぬ。そこで少なくとも2人は残る形にする必要があると思ってな」
「最低でも常時2人? 儂が言うのも何だが、随分と念入りな……いや、証言者を消しに来るのを懸念しているのか」
「そうじゃ。毒を盛るルートは未だ掴めておらぬ。彼の生命を守るのが第一、そして可能であればここから下手人を絞っていきたい」
「ふん。つまりこの哀れな捕虜を餌にするということだろう? ずいぶん割り切り始めたじゃないか、え?」
「わしは元々酷薄な人間……などと開き直るとな、人というのは歯止めが効かなくなる。わしのような人間が善き人間であろうとすることは、ある種の偽善かもしれんが、やらぬよりは遥かにマシであると」
ダンブルドアはこういうところがある。
よほど世界大戦で懲りたんじゃろう。まあ、儂としてもそういう考えは理解できる。ダンブルドアほどではないが、警察権力の一部門とはいえトップの椅子に座っているというのは大きな力を持つことになる。
そうなると、自らの仕事を効率的にこなすにあたり、いくらでも邪悪なやり口が思い浮かぶ。儂は興味はなかったが、名誉欲や金銭欲を満たすために使うこともできる。
「そうだな。力をもって自らの欲を叶えようとする動きに歯止めをかけるのは、自らが善人たらんとする意思だけだ。儂のやり口は、他者の考える『善人』とはやや定義が異なっているようだったが……それでも、善人たらんとすることで暴走を防げていたと自負しとる」
「嘘だろ……」
空気を読めぬジェームズがなにか漏らしたので、はたいておく事にする。
「うむ。自らの考える善が歪んでしまうものもいる……というか、誰しもがどこかしら歪んでいるのじゃが、それでも善たらんとすることは自らの暴走の枷となるじゃろう。わしはそれを強く意識していた。しかし……ホグワーツの生徒、教員に手を出されるとなるとな、まあ。他の人間の立ち会いのもとほんの少しばかり緩めることにした。ジェームズ、セブルス。もし気になることがあればすぐにわしに忠告してくれるよう頼むぞ」
「儂には頼まんのか?」
「ほっほっほ」
微笑んだままのダンブルドアは返事を濁した。性悪爺め。
「では、茶番はもうお済みですかな?
我々のやり取りを眺めていたスネイプの坊主は、取り出したアンプルを気絶したヤックスリーに飲み込ませ、直後に
「おう。起きたな? お前はヤックスリー家のコーバン。間違いないな? トム・リドルのことは知っているな?」
「……ああ、そうだ。私がコーバン・ヤックスリー。リドル様の命を受けてここにきた」
「なにが狙いだ?」
「ダンブルドアのイメージを下げ、立候補を取り下げさせるのが私の使命だった。フェンリル・グレイバックから借り受けた狼人間どもを使って、ホグズミードに出た生徒を狙うつもりだった」
「けっ。クソ野郎が」
ジェームズが悪態をつく。まあ、これに関しては同意しかできん。
「そんでもって、お前はなんでトム・リドルなんかの命令に従っているんだ?」
「それは……我々はリドル様から特別な恩恵を与えられているからだ」
「特別な恩恵? なんだそれは? つうか我々ってことは他に誰がいるんだ? なんなんだお前らは」
「我々は、
そして、謎の組織、
思っていた以上にきな臭いことをあのトム・リドル閣下はやっているようだ。