「くそ、凝りすぎたかな。一度作ったみたいなもんだから大した手間はかからんと思ってたが」
「あの時も丸一年はかかってなかったっけ? まあ、今回はホグワーツの地図ほど複雑でも大きくもないけど。リリーから返事はあった?」
ミス・グレンジャーからの頼み事(というか挑発)を受けて、俺は防犯アイテムの作成に取り組んでいた。
その手の魔法具の作成は専門じゃないから、取っ掛かりだけでも何か見つからないものかと悩んでいたところ思いついたのが
あれはホグワーツの外周部も含めている人間を表示できるから、あの要領でフェンスを乗り越えて庭に入ってくる人間を検出するというのは良いアイデアに思えた。
かつての共同制作者であるピーターを誘ってミス・グレンジャーの家に伺い、庭部分の測量を細かく行って、なんとか必要なものは揃えたはずだった。
「返事? あったよ。『古代ルーン文字? できなくはないけどセブのほうが詳しいわよ』ってな」
必要な形状・形質を得るための変身術。
その
素材を加工、あるいは素材から魔法的性質を抽出するための魔法薬学。
そして、与える魔法を文字の形で半永久的に刻むための古代ルーン文字学だ。
このうち、前回と使う素材と術式はほぼ変わらないから魔法生物飼育学と薬草学(学生時代はムーニー……リーマスの領分だった)、数秘術(俺も頑張った、ほんとだぜ!)は俺たち二人の知識で賄える範囲に収まった。変身術は俺の専門分野の一つだし、
しかし……古代ルーン文字まではどうにも手が回らなかった。
「あんときはパッドフットに頼りきりだったからなあ」
「古代ルーン文字、めちゃくちゃ得意だったもんね。シリウスは」
「ブラック家は魔法具の大家みたいなとこだからな。その技術の中心にあたる古代ルーン文字は子供の頃からかじってたみたいだし。シリウスのほうには連絡ついたのか?」
ブラック家は伝統的に魔法具を家業にしている。もっとも、製作などの諸事は現代はみんな分家筋に投げてたみたいだが……ってのを、実家はクソうるさい肖像画が山ほどある話とあわせて語っていたのをよく覚えている。もちろん、肖像画も複雑な
だからシリウスもやたらと古代ルーン文字の成績はよかったし、実家にバレない秘密の箒調達ルートなんてのも知っていて、新品の箒をいつも乗り回していた。そんなわけで、
「手紙は一応。ただまあメチャクチャ忙しくてアパートに帰ることもままならない状況だって嘆いてたよ。実際、私が送った手紙も気付いたのは届いた数日後だったみたいだし」
「ホントかぁ? いや、
「違いないね」
ピーターがふふっと笑う。
「しかしスネイプかあ……あいつが言うこと聞くかね?」
「まあ、古代ルーン文字学は置いといても禁断の森で素材を一から集めるよりはホグワーツの薬棚から分けてもらうほうがいいだろうし。魔法薬学教授に話を通しておくに越したことはないんじゃないかな」
「んなもんピーターがパチってくりゃいいだろ」
「下手すればネズミ捕りをそこら中に仕掛けてるよ。スネイプだし」
「やりそうだな……」
そうやってピーターとくっちゃべっているうちにスネイプの部屋の前にたどり着く。
「着いたな……よし、ピーター。ノックしてみろ」
「ははは。ジェームズ、君のほうが付き合い長いんだろ」
「長いって言ってもたかだか数年で……」
「騒がしいぞ、馬鹿共」
扉の前で立ち止まって話し込んでいたところ、部屋の主が中から出てきた。
「よ、よう。スネイプ。ちょっと相談したいことがあってな」
「なるほど。扉は貴様らにとっては適切な相談相手だ。結構、続けてくれ」
「待て待て待て待て、閉めるな閉めるな」
即座に扉を閉めようとしたので、慌てて足を挟んで肩を入れると、それでも勢いよく閉めようとしやがったので肘でブロックする。
「ミス・グレンジャーのとこの
「私の専門は魔法薬学だが。バブリング教授は?」
「バスシバの古代ルーン文字学の話はわかりやすい英語だが、バスシバの英語は古代ルーン文字学なみに難解でな……」
もちろん、ホグワーツには古代ルーン文字学の専門家がいる。バスシバ・バブリング教授だ。
魔法界で使われてきた言語は多様だ。教えているのこそ古代ルーン文字学だが、それだけではなくヒエログリフ、サンスクリット、甲骨文字にラテン語と魔法が関わる言語のプロフェッショナルだ。
その専門知識に非の打ち所がないことはまったく同意するのだが……偏屈というわけでもぶっきらぼうというわけでもなく、好物のバタービールと質問を持ち込めばニコニコと早口で回答してくれる。古ノルド語とオーストロネシア祖語とアイヌ語のミックスとかで。
事前に喋ることを決めている授業では生徒が理解できる英語になっているらしいが、ダンブルドア校長がいない場で(なぜか校長はもはやバブリング語としか言えないアレを翻訳できる)難解な話を尋ねるのは俺には無理だ。
「ほら、リリーがお前を推薦してんだよ。頼むぜ、な? あ、あと数秘術もちょっと不安だから見直ししてくれると……」
「どの部分がまともか先に聞いたほうが早そうだな。それに、数秘術ならよっぽど適任がそろそろ現れる」
「適任?」
今気づいたが、スネイプの部屋の隣の部屋に……明かりが灯っている。
「おらあああ! とっとと返しなさい、悪戯小僧ども!」
「ワハハハ……おい、ジョージ。思ったより速いぞ」
「出不精の脚より速くなったのは間違いないな、フレッド」
「あったり前じゃないの! 一生これなんだから最高級品に設計し直したわよ、私専用の特級品よ。本気出せばヘタな箒より早く飛べるわ。まだ試してないけど」
廊下の奥からこちらに逃げてくるのは
「……
「
「あいつらに手加減する必要はなかろう」
「あら。セブルスくんたら、ありがと」
俺とスネイプはほぼ同時に杖を抜き、逃げてくる二人の動きを止める。事情は知らんが、まああいつらが悪いだろ。たぶん。
奥から高速で回転する車椅子に乗って現れたのは、入院していたセプティマ・ベクトルだ。
スネイプなんかは隠してはいたものの相当へこんでたようだが、当の本人は悲壮感ゼロだな。
「で、なんであんたこんなとこにいんの?」
「俺にも感謝するのが筋じゃねえのか……? まあ、退院おめでとう」
「あら、ペティグリュー先生まで。お疲れさまです。提案していただいたこの車椅子というやつ、悪くないですね」
「クソッ。やっぱスリザリンの連中は性格悪いな!」
セプティマは固まっている双子の片方の手から紙を奪い取る。地図のような……ん? 地図? なんか既視感がある感じだぞ?
「こいつら、私の部屋に見舞いに来たかと思えば入院中に作ってた地図持ってったのよ。『30分貸してくれ、悪用の限りをつくしてみるぜ!』って。タチが悪いわね」
「なんだその地図。どことなく見覚えがあるな……」
「そりゃそうよ。あんたの部屋にあったやつをちょっと借りた上でコピーを試みたやつだし」
「お前も大概悪質じゃねえか!」
「なんだ、オリジナルはポッター教授のところにあるのか。いいことを聞いたぜ」
麻痺してない方の双子が口を開いて犯行予告をする。
「てめー、元
「難しいほどやりがいがあるってもんだ……お、ポッター教授サンキュー、また明日」
「あるいは夕食で!」
「そんで、そのコピーってのは?」
「そんな質良くないわよ。参考にしただけだし。屋敷しもべ妖精対策がいるって聞いたからそれに合わせて作っただけ。人や幽霊だけじゃなく亜人や魔法生物も含めて妙な移動してるやつを検知して強調するだけ。地図部分は健在だけど、名前が出る機能は完全にオミットしたわ。まあ3日で作るんならこんなもんね」
「み、3日!?」
苦労した制作メンバーの一人であるピーターが思わず声を上げる。俺もびっくりしてる。俺らは四人がかりで半年以上かけたぞ……
「そんな驚かないでよ。素材は全部丸パクリしたから、あとは魔法式を力技で全部フーリエ変換して術式だけ抽出して、貼り付け先にあわせて補正しただけよ。得意でもない古代ルーン文字で四苦八苦するより術式のほうをいじくるほうが楽だったわね」
軽く言ってるが、実に変態じみたアプローチをしてることが俺にはわかる。
術式に合わせてルーンをいじるんじゃなくて、ルーンにあわせて術式をいじる? 基礎で平らにした上に家を建てるんじゃなく、地面と凸凹に合わせて家の底部を設計するようなもんだぞ。この女にしか無理だ。
「で、あんたはなに作ってて何を聞きに来たのよ。数秘術? 数秘術の話と言いなさい?」
「ちげーよ。ほら、うちの寮の2年のミス・グレンジャーって子の実家がセプティマが入院中に襲われててな。防犯用の魔法具を用意してやろうと思ってな。それで博学才穎、スリザリンの100年に一度の大天才であるセブルス・スネイプ教授に教えを請おうと……」
「なに? 魔法薬?」
「いや、古代ルーン文字なんだが……」
「バカじゃないの? バスシバのとこに行くのがスジでしょ」
「……あー。セプティマはバスシバの言う事がなんか理解できちゃったりするタイプっぽいよな」
「今うっすらとバカにしたわね? まあいいわ、見せなさいよ」
そう言って半ばひったくるようにしてこっちの試作品を取ろうとして……届かないようだったので、意地悪してやろうかと手を止めていたらスネイプが人を殺せるぐらい強い視線でこっちを睨んできたので観念して渡す。
「ふーん。うわ、なにこの術式……雑すぎでしょ。ちょっと直せるとこ直してあげるわよ。えーと、まずジェームズ・ポッターの魔力に反応して噛み付くようにして……」
「本気でそういうのつけんなよ! 生徒の身を守るやつなんだからな!」
「わかってるわよ。ミス・グレンジャーといえば入院中にちょいちょい私のとこに来てて面白そうな子だったし。3年になったらうちのクラスによこしなさいよ。あれだけ数学の基礎が頭に入ってる子は鍛えがいがありそうねー」
「放っといてもいくから安心しろ……つーか、何の用で来てたんだ?」
確かにミス・グレンジャーは好奇心旺盛だが、2年のうちから数秘術の教授に用はできないはずだ。
まあ、神秘部みたいに「逆転時計」といった貴重な
「魔法具の複製について聞いてきてね。それを教えてる内に『あれ、そういえばあのポッター教授が面白そうな地図持ってたわね。授業中の間に借りてきて解析してコピーしてやろ』と思い立ってやったのよ」
「……念の為確認するが、入り口のロックは?」
「あーん? 私をマンダンガス・フレッチャーみたいなケチな盗っ人と一緒にしないでよね。あれぐらい解いて戻すのお茶の子さいさいよ。10分で行けたわね」
クソッ。悪質な盗っ人め。悪事という意思がない分ウィーズリーの双子よりタチ悪いぞ。
「まあ、今回ばかりは助けてあげてよセブルスくん。古代ルーン文字、そんなに成績悪くなかったでしょ?」
「……といっても、あまり自信はないぞ。私の学生時代の成績は教えてくれる人間がいたからだ」
「ああ。マルフォイ卿? 確かにあの方は随分古代ルーン文字得意だったわね」
「家業とは一切関係ないのだがな。趣味の延長で違法な……合法と証明されていない
そう言ってスネイプは珍しく素直に俺の頼みを聞き始めた。
まあ、襲われたばかりの生徒のためだしな。
だが……
「お前、さっきのウィーズリーの双子といいグリフィンドールの男連中には態度悪いのに、女生徒には親切なんだな。そういうのは俺らみたいないい年の男がやるとキモがられるからほどほどに……痛え!」
「スネイプ、今言ったのはジェームズだよ!」
舌打ちしながら俺とピーターの脛を蹴ってきやがった。親切なアドバイスだってのに。
―――
騒ぎで中断したハロウィンパーティの代替として、パーティという規模ではないけれど大広間で夕食会が開かれることになった。
正直言って少し迷惑だ。次の試合は無理でも、その次に向けて練習を少しでも重ねたいのに。
ブラック教授にはほどほどにと窘められたし、彼から僕の箒を選んだときの父の様子が聞けたのはとても嬉しかったけれどそれは別の話だ。
もちろん、箒の腕前を上げたい……というのとは別に、間一髪のところで勝利を逃した僕を冷たい目で見るスリザリンの上級生の目も避けたい、という気持ちもある。
同じ選手の先輩方はそういった様子を見せないけれども、純粋にクィディッチを応援している皆は未だに失望しているように僕には感じられてしまう。
加えて言えば、グリフィンドール生の視線も。
ハリーはいったいどう思っているんだろう……
こんなことを考えても気が滅入るだけだ。とりあえず目の前の食事を一気に食べきって、どこかのタイミングで中座してしまおう。早く始めてくれればいいのに。
壇上にはダンブルドア校長の姿はなく、副校長であるマクゴナガル教授が取り仕切っている。どうやら今日は校長は不在のようだ。見渡すと、珍しいことにフリットウィック教授も見当たらない。出払っているのだろうか?
「はい、みなさん。静粛に。とはいえ、それほど緊張なさらずとも結構。出し物などはありませんがリラックスして――あら、ミス・グレンジャー。なにか?」
「すみません、マクゴナガル教授。少し話したいことがあるのですがいいですか?」
マクゴナガル教授は少し思案した後に頷いた。
先日のハロウィンパーティに起きた事件の一つが彼女の家への襲撃事件だ。
ウィーズリーも同じタイミングで襲われたと聞いている。あいつはムカつくやつだが、父君と母君は無関係だ。無事だと聞いたときは少し僕もほっとした。
同様に無事だったらしいグレンジャーが壇上で話し始めた。
「皆さん、先日……私の家が襲撃されました。後に出された犯行声明によると私のラジオ放送が理由だそうです……うーん。めんどくさいわね。結論だけ話せばいいか。えーとですね、脅されてやめるってのは私の性にあいません。なので徹底的にやり返してやろうと思っています。手始めに、放送を中止する前に来た手紙のことを思い出しました。おそらくスリザリン生からのものです。『自由な討論だのなんだの掲げているが、結局放送機材という根本を牛耳っているのはグリフィンドール生だろう』という内容でした。というわけで……ちょっと重たいわね。よいしょっと」
杖を振って、壇上の脇から大掛かりな装置を1つ……2つ……3つ? 浮かせて引っ張り出してきた。
かなり重量がありそうだ。
「ラジオ放送用の機材、コピーしちゃいました。現存してるものとあわせて4つ。四寮分です。今、ここで手を挙げた各寮の方を代表としてお譲りします」
大広間がざわめく。流石にすぐに手を挙げて出る人間はいないようだ。
もしや、誰も出ないんじゃ。
そう危惧したタイミングで立ち上がったのは意外にも僕の寮の人間。
マーカス・フリントさんだ。
立ち上がって、歩いていき……突然、僕を掴んだ。
「おいドラコ、お前も行くぞ」
「へ?」
ポカンとしている僕のローブを掴んで、引き摺るようにしてフリントさんが壇上にあげようとする。
「な、なんで僕が」
「今ここでこれに乗っかって、七面倒なわだかまりをとっとと解消しといたほうがいいだろう。まだ2試合も残ってるんだぞ。ほら、ついてこい」
そう言って僕が同意しないままに壇上にあげた状態で、ハーマイオニーと向かい合いラジオの機材を受け取った。
「俺たちは乗ることにするぜ。おい、マグル生まれの2年生のおちびちゃんがここまで気張ってんだぞ。ロックハートにナメられてんのはこのお嬢ちゃんじゃねえぞ。ホグワーツだ。俺はそれは気に入らねえぞ。ほら、ドラコもなんか言え」
「え、えーと……ナメられないようがんばります……?」
「そうだ。それでいい」
これでお前は失敗したシーカーじゃなくて馬鹿な先輩に振り回されてるかわいい後輩、だ。
そうフリントさんが呟いた。
「こうなると、ハッフルパフも出たほうがいいだろうな。僕が代表というのはちょっとこそばゆいが」
次に立ち上がったのはセドリック・ディゴリー。ハッフルパフのシーカー、確か今は4年生だったか。
そしてレイブンクローからは……
「いやはや失礼。遅れました。それを受け取るのは、私でも構いませんかね」
「フリットウィック教授!」
どうやら外出から戻ってきたフリットウィック教授がスタスタと歩き、グレンジャーがあれだけ苦労していた機材を軽く浮かせて引き取った。
「少しばかり確認することがありましてな。外を回っていました。完全に裏が取れたとはいえませんが……それでも、私が責任をとってケリをつける必要があります。ギルデロイは私の教え子ですからな」