ロウェナ・レイブンクローが寮の動物として掲げたのは"ワシ"でした。
不思議だと思いませんか? 偉大なる(もちろん、私だって彼女が偉大なのは認めますよ。もっとも、それに並ぶほどの勢いを私が備えているのは否定しませんがね!)レイブンクローとその一派は谷川から来たのはよく知られていますが、ワシと呼ばれる鳥の大半は深い森林や山奥の動物です。川などの水のイメージからは程遠い。
イメージで言えば、渡り鳥であるワタリガラスなどのほうが水などに親しく、谷や川のイメージにより近いでしょう。
にも関わらず、なぜモチーフとして"ワシ"を選んだか?
私に言わせてもらえば、それは「忘れてほしかったから」です。彼女たちの出自を間接的に示す獰猛な
そう。人には忘れてもらいたいことが山ほどあるのです。手痛い失恋。学生時代の黒歴史。マグルに対する魔法の機密。犯罪。
計り知れぬ英知こそ、われらが最大の宝なり! いい言葉です。
例えば素晴らしい魔法を発明した魔法使いがいたとしましょう。彼からその記憶を奪うのは、非常に痛ましい世界への犯罪と言えます。しかし、しかしですよ! 例えば山奥に住む世捨て人。誰とも話さぬ寡黙なハンター。真実を信じてもらえぬホラ吹き。彼らが、彼らが! 持つ極めて貴重な経験を、誰にも話さぬまま、あるいは信じられることがないまま……その生涯を終えてしまうとしたら、それは
もし、もしですよ! その貴重な経験を素晴らしい語り口と端正な顔立ちで魔法界に広められる才能を持つ人間がいたとしたら、彼に記憶を"移す"のは正当化されると思いませんか?
そのような才能と、
私はそう考えて7冊の本を書き、マーリン勲章を受賞するまでになりました。
今は作家業から離れ、スーパースターのラジオパーソナリティ。私ほどの才能を持つ人間はやるべきことが多すぎて困ってしまいますね。
そんなことを考えながら、リスナーからの手紙を取ると。おお、これは私の大ファンからのものですね!
マイクに向かって、私を愛するリスナーのために読み上げる。毎週やっていることですが、飽きることはありません。ファンに対して応えるのが私のようなスターの義務ですからね!
「今日は……ワオ! いつにも増して私へのファンレターが多いですね! それもちらと見ただけで私の著作をしっかりと読み込んだようなものばかり! 例えばこれを取り上げてみましょう。 お便りはフラン・ヒーリィさんから! 『狼男との大いなる山歩き、たいへん面白かったです! あえて満月の夜に挑んで打ち負かすシーンは手に汗握る場面ばかりでページをめくる手が止まりませんでした!』 確かにあの場面は私の方も冷や汗ものでした。読者の方々にもその緊張感が伝わったようであればなによりです!」
「狼男との大いなる山歩き」……あの話を聞き出すのはなかなか骨が折れました。
ぼろきれを纏ったアルメニアの魔法使い。彼は見た目が醜いだけではなく内面もかなり癖のある人物でした。山岳の狭間にあるアルメニアの魔法使いコミュニティは閉鎖的ですが、それでも「狼男を見かけたら即座に
もちろん、この主張をそのまま本に乗せてイギリス魔法界で売り出すわけにはいきません。マイルドな話に変え、ちょっとした淡いラブシーンを脚色として挟み、魔法界と非魔法界のハーモニーという耳心地のいい結論に落とす。正確な事実よりも、楽しんでもらえるようなストーリーが大事なのです。そうでなければそもそも読んでさえもらえませんからね!
「『アルメニアの
頭が一瞬、真っ白になる。
なに? 日程に矛盾?
そりゃそうでしょう。彼が狼男を倒したのは10年以上前の話のようでした。当たり前ですが、ホグワーツの在学中に私がアルメニアにまで行って狼男を倒した、というのは流石に無理があります。そもそも出国記録がないはずですし。
ですが……そんなのをいちいち調べるやつがいるわけないだろうとたかをくくっていました。とにかく釈明しなければ。
「おや? それはおそらく間違いでしょう。もう数年前のことですからね。ミスがあったかもしれません。私のミスにまで気づくとは素晴らしい読者だ! 次の版では直しておきますよ、では次のお便り! 「『バンパイアとのバッチリ船旅』に描かれている航海ですが、嵐の中でバンパイアと決闘するシーンは非常に迫力がありました。ですが、1985年1月、黒海で嵐は起きていません。いったいどこでの出来事なのでしょうか?』……ははは。今日のリスナーはなかなか熱心なかたばかりのようだ。これは別のコーナーをもうけてしっかりとお答えすべきでしょう。というわけで一旦次のコーナーのパーソナリティへマイクをパスしましょう。ファンの皆様、ありがとうございました!」
明らかにいつもとは勝手が違いますね。
このままこの手のイタズラお便りに付き合うのは得策ではないでしょう。中断し、次のパーソナリティのコーナーへ流し、一旦席を外します。
「スタッフの皆様、今日もおつかれさまでした! おや、そちらの方は? もしやわたくしのサイン希望ですかな?」
「そうだな。孫が希望すればぜひともねだろうと思っていたが……あいにく別の要請でね。君の書籍の出来事にあわせて国際魔法協力部を通して出入国記録を照会したい。差し支えがあるかね?」
「は?」
「大した手間は取らせんよ。君はただイエスといえばいい。その後私は同じスリザリン生の友人に聞くだけだ。問題あるかね?」
「い、いえ。特にありませんが……そのようなことがあるとは初耳で。なにか問題でもあったのでしょうか?」
「さあてね。身に覚えがなければ何も起きないだろう」
嫌疑? いったいなにの? それにスリザリン生と言っていた……スリザリン閥はリドル部長が抑えているはずでは? そうした省内の派閥の外からの圧力ということか?
「い、いったいどこからそんな照会の依頼が?」
「かわいい私の孫娘からだ。それでは失礼する」
そう言って厳つい顔の男は部屋を出ていった。
どうやら私の著作の真偽についてなにか疑いがかかっているらしい。いや、もちろん口さがない人が私に対して疑いの目をかけてくることはありました。
しかし、海外の僻地で起きた出来事の真偽なんて、誰も今まで気にはしませんでした。証拠はしっかり消しています。出入国は正規ルートで行っていますから、話が怪しいという疑いはかかれど、法に触れるようなことがなにもありません。多少うさんくさくとも、娯楽の少ない魔法使いは楽しい物語を求めていて――
「ロックハートさん」
「これは! 先日パーティでお会いしたかたですな、サインした本はしっかりと娘さんに行き渡りましたか?」
話しかけられたのは……名前は忘れました。よく会うスリザリン閥の人間と違って、大した地位の人間ではありませんでしたから。とはいえサインを入れて渡したのは覚えています。
「ええ。でも少し後悔しています。ハッフルパフの卒業生としては……たとえそれが他愛のない物語で、法に触れるものではなかったとしても、嘘を真実と言って伝えるのは不公正であると思っています。これは、ハッフルパフ生の総意でしょう。もし、あなたに誠意というものがあるのであれば、今すぐにその旨を話すべきでしょう。それだけお伝えしたかった」
そう言ってその男は去っていった。
明らかに風向きがおかしい。いったいなにが起きているのでしょうか?
―――
僕らはクリスマスに帰省し(去年はみんなでダイアゴン横丁に行ったけれど、今年はみんなバラバラだった。ダフネさんはデイヴィスさんとアメリカに行ったそう。ハーマイオニーは旅行でチュニジアへ。ロンも一家でシェルブールの親戚の家に。対照的なのは僕で、帰省はしたけどパパから『今はちょっといろいろあってな……すまんがヤバげな事例がいろいろあるからあんまり外出はしないように、出るときは俺がついて行くから』と言われた。おかげで単なる寝正月。同じくどこにも出かける予定のないネビルとディーン相手にふくろう便を飛ばすぐらいしかやることがなかった)、冬の休暇を経て、再びホグワーツに舞い戻っていた。
「それで? 勢い余ってぶつかったってわけだ」
「というか、まあ終わったことだから正直に言っちゃうけど……緩めたら絶対間に合わないと判断したかな。キャッチ時のコンタクトプレーは結構ジャッジが難しいし、少なくともそこでごちゃらせればワンチャンスはあるかなって。そのワンチャンスがたまたま通った、って印象」
「無茶苦茶だぞ、ハリー。おかげで僕は散々な目だ」
「いやー、悪いとは思ってるよ。まあでも勝つために戦術的な反則を、ってむしろスリザリンのお家芸じゃない?」
ハーマイオニーのパフォーマンスで再び活気が入ったホグワーツラジオ。今日の僕はスリザリンのフリントさんに呼ばれて、ドラコと3人でマイクの前に並んで喋っている。
テーマは先日のグリフィンドール対スリザリンの試合の内容だ。
「自分から肘にぶつかって気絶するのが戦術もなにもあるか! グリーングラスがまた泣いてたぞ!」
「それは……その……そうですね……僕が悪いと思います、はい」
「勝つためにグレーな領域を探るのはもちろん俺としても肯定するが、かといって怪我を伴うプレイは決して賢明とは言えんぞ。学内リーグに限ってもあと6年あるんだ。その6年間で高いパフォーマンスを維持するのが正しい戦略だ」
「はい。肝に銘じておきます」
「では以上。マーカス・フリントがお送りした。今日のゲストはグリフィンドール・チームの正シーカーにしてポッター教授の秘蔵っ子、ハリー・ポッターとスリザリン・チームの正シーカー、ドラコ・マルフォイだ」
「え!? 僕正シーカーなのか!?」
「ドラコ、寝ぼけたことを言ってるといい加減怒るぞ」
これで収録は終わり。
試合以来、ドラコと顔を合わせると心なしか微妙な緊張感があったけれど、今日でそれもなくなったようだ。
「まあ、これで禊はすんだろ。次の試合はボロ負けしろよ。首位争いの点差が楽になる」
「ぶっちぎって最後は消化試合にしたいなあ。いや、3戦しかないリーグ戦に消化試合なんてないけど」
フリントさんと軽口を叩きあう。直接対決がないからもう気楽にいいたい放題だ。
スリザリンのスタッフさんたちにもお疲れさまと言い合って離席しようとしたところ、後ろからゆったりしたペースな拍手が聞こえた。
「見事な話しぶりじゃった、3人とも。箒の才能だけではなくここまで皆弁が立つとはの。天は二物を与えると言えよう」
「……ダンブルドア校長!?」
僕は驚いて思わず叫ぶとにっこりと笑って手を振ってくれた。
「次の時間のゲストはわしじゃ」
「校長が!?」
「本当は学内のラジオの政治利用なんて感じのことしたくなかったんじゃがのう。断っても断ってもそこのフリントくんが来るもので」
「当たり前です校長。間違いなく一番
「お手柔らかにの。ほっほっほ」
収録室を出ると、人が慌ただしく駆け回っている。
ハーマイオニーが全寮に機材を提供した結果、四寮内で
現在の学内首位はおそらくレイブンクロー。フリットウィック先生が直々に話している「大人のための呪文学」が日々の呪文に不安のある大人の魔法使いや、懐かしい先生の話しぶりを聞きたい(どうやら卒業した生徒もフリットウィック先生のことを大いに慕っているようだ。僕からみても大好きな先生だ)人たちに大いに刺さっているようで堂々たるキラーコンテンツとなっている。というかちょっとズルい。
「『週刊魔女』に写真付きの特集記事の依頼が来たわよ! 宣伝部のコリンくんとダフネさんは撮影室に行ってくれる? 今日の被写体は慣れてるディゴリーさんだからそんなに手間取らないと思うわ」
「了解したわ。そうね、もう1月も半ばだしディゴリーさんは背丈もあるから長めの丈のダッフルコートとかがいいかしら」
「よーし! バンバン撮るぞ!」
各寮のスタッフとは別に、各寮から人員を出して共通のスタッフも置いていて、宣伝部と
ハーマイオニーは相変わらず絶好調。こうやって宣伝部に指示を出しながら、対策室のほうも精力的にぶん回している。
対策室はまさに全寮の力を集めたような部門になっていて、フリットウィック教授が著作の真偽について疑わしい旨を示して以来、レイブンクロー生が集まって氏の著作を精査し矛盾点を探し出す傍ら、スリザリン生は親族を通して圧力をかけ、ハッフルパフ生は口コミで嫌疑を広め、グリフィンドール生はバンバン各所に抗議を行っている。なかなか強烈な陣容だ。
「あらハリー、収録終わったの? お疲れ様」
「ありがとう、ハーマイオニー」
「せっかくだからそのまま宣伝室に来てよ。手が足りないのよ」
「……あー、うん。わかった」
「なに、あなた、まだダフネさんと喧嘩してるの? あなたが悪いんだからいっぱい謝っときなさいよ」
そう言ってハーマイオニーは別の収録へと小走りで向かっていった。
少し気まずい気持ちはあるけれど、避け続けても仕方ないし……そう考えて宣伝室に向かうと、撮影のための服装を見繕っているダフネさんがいた。
「おつかれさま。なにか手伝えることあるかな?」
「あら。昨年はブラッジャーに、今年はマルフォイの肘に自分からぶつかりにいった名シーカーさんじゃない」
「はい……その通りです」
ドラコの肘にぶつかったのは事故ではなく、半ば故意だったと話してからダフネさんは僕にそうとうおかんむりになっている。いや、去年危ないことはしないって約束したあげくのこれだから、完璧に僕が悪いんだけど……
「まあいいわ。そこに使い終わった衣装があるからクローゼットにしまっといてもらえる?」
「オッケー。任せてよ」
僕は山積みになった衣服を見てどこから手を付けるべきか迷っていたところ……外の廊下で走る足音が聞こえた。
ハーマイオニーが扉を開け、全員に向けて声を張り上げた。
「皆さん、聞いてください! 魔法ラジオネットワークのほうからこちらに連絡がありました。なんでも、うちのラジオと魔法ラジオネットワークの同時中継で、四寮の代表とロックハート氏が直接対談を行いたいと!」
どうやら、向こうもついに動き始めたらしい。
決戦の日は近いかも。