アイルランド島の北端、ベルファストの北にダンルース城はある。
この城はマグルには廃墟にしか見えないが健在であり、アイルランドの魔法使いにとって有名なモニュメントの一つになっている。
そのダンルース城から少し離れたところに、魔法使いのための小さな集落がある。
集落の端の一軒家に近づき、わしは戸をノックした。
「なんだ? 営業ならいらんぞ」
「突然訪ねて申し訳ないの。ホグワーツを卒業して14年、ずいぶんと髭をたくわえたの」
「だ、ダンブルドア校長!?」
「在学中から耳に挟んどったが、実際なってみて革職人というのはどうじゃ?」
「ああ、ええ、その……なんとか順調にやってます。思った以上の苦労もありますが。というか、よく覚えてますね。俺のことなんて」
もちろん……さすがに全ての卒業生について事細かに覚えているわけではない。
しかし、事前にある程度年齢などで当たりをつけておけば、なんとなくは思い出せるものじゃ。
ニコリと笑って肯定する。
「忙しい中申し訳ないとは思うのじゃが、ちと挨拶回りをさせてもらっとる。次の魔法大臣の選挙じゃな」
「ああ、新聞かなにかでちらっと読んだな……それで、こんな僻地まで? 正直な所魔法大臣の選挙なんて、ロンドンに住んでる連中の自己満足のための儀式だと思ってましたよ」
「まあ、否定はできんの。今回わしが腰を上げたのは、その儀式にちと異論があってのことでな。わしの教え子の一人でもあるトム・リドル氏じゃが、うむ。彼のマグル生まれや半純血への扱いには大いに疑問を持っておる」
「ああ。なるほど、確かにそれは俺としても他人事じゃないかもしれないっすね。いとこはマグルと結婚しましたから……まあでも、正直言って苦労してますよ。結婚式ですら俺のいとこの場合は相手側にあわせたからか、友人もまともに呼べませんでしたし」
「そうじゃな。そういった苦労は確かにある。じゃが、一方で絶対になくせぬものではない。わしとしては……」
集落を一周し、外側に控えていたジェームズに合流する。
「感触は悪くないの。アイルランドでもダブリンあたりならばリドル派の人間の宣伝も届いとるが、さすがにここまで手を伸ばしてはいないようでの。全員とは言わんがおおよそ好意的じゃった」
「俺の方でも回ってみたが、おおよそ同じ印象だな」
「へえ。あんたらこんな七面倒なことやってるのね」
今日はジェームズだけではなく、マートル・ウォーレン編集長も帯同しておる。
「勝つつもりなら特集記事は必須、ドブ板参りするならその様子使うから見せなさいよ」とのこと。
「まあ、うちでもガンガン『トム・リドルはロンドンの外のことを考えたこともない』『なんなら魔法界の建物の外すら興味がない』ってネガティブキャンペーンガンガン張ってるからね。こういう泥臭い退屈な活動だけど悪くないんじゃないかしらね」
「応援はありがたいんじゃが、あまり攻撃的な記事はいかがなものかのう……」
「はっ。耄碌しかけのジジイの戯言ね。皆いい子ちゃんぶりたい連中はそう言うのよ。でも効果のあるなしでいえば……しっかりあるのよ。その瞬間は単なるネガティブキャンペーンだと思っても、結局心の中にそういう印象は植え付けられて気になっちゃうわけ。喉の奥に引っかかったカエルチョコレートの脚みたいなもんね。だいたい、向こうのロックハートはバンバンにあんたのことこき下ろしてるわよ」
「辛辣じゃな。とはいえ多少の品位というものは守ってほしいのう……」
「品位が売れるときはしっかり高値をつけて売るのがうちの稼業よ。リボンも巻いちゃうわ、アハハハ!」
マートル女史はそう高笑いした。
ううむ。やはりなかなか癖のある人間じゃのう。協力のお願いはジェームズに行かせておいて正解じゃったな。
今、ホグワーツに滞在しているリータ記者もなかなか癖者じゃが、彼女に比べればずいぶん扱いやすい方に思える。
もしマートル女史がホグワーツに滞在するなんてことがあったら……ううむ、スタッフも生徒も皆気が滅入りそうじゃのう。
「だいたい私んとこがネガキャンしなくても、争点は変わんないでしょ。クラウチ政権の後ろで好き勝手やってたリドル首席がマグル生まれに対する締め付けを強化したのは隠すに隠せないでしょうし」
「まあ、そうじゃな。法案などに名前は残っとる。さすがにそこをごまかしはせんじゃろうから、真っ向から開き直り、むしろ強みにしようとしてくるじゃろう」
「ああ。バカをだまくらかす奴ね。数年安い給料と低い待遇での仕事を受け入れて魔法界の信用だかなんだかを得たらマグル生まれでもきちんとした雇用につなげるってやつでしょ? 誰が信じるか知らないけど」
「トムは積極的にマグル生まれと魔法界に生まれついたものの格差を固定化しようとしておる。とはいえ、それだけでは票は稼げんから、都市部で純血一族の下で働いているマグル生まれの者に妥協案を提示しているのじゃろう。マグル嫌いの者にとっても、自分の土地で働く労働者は必要じゃから受け入れやすい範囲じゃろうしな」
トムの権力基盤は伝統的な魔法使いじゃ。
とはいえ、選挙で勝つとなると、数では圧倒的に少ない彼らの支持だけでは足りなくなる。数の面では無視できないマグル生まれの魔法使いや、片親がマグルの半純血の魔法使いなどからも票を取る必要がある。純血魔法使いの票を完全に固められているわけではないようじゃしの。
「都市部、特にロンドン周辺では伝統的な家が大きく影響力を発揮しとる。その影響力から逃れ、生活の糧を得るために立場の弱いものは地方へと流れるのがイギリスの魔法界の伝統的な構図じゃった。その様相は今も色濃く残っておる。じゃからこそ、わしはトムが訪れぬような場所も積極的に訪ねて回っているわけじゃ」
「はあん? なるほどね? まあわかってたけど? 編集長としてそのぐらいわかってたけど?」
「ほっほっほ。やりづらいのう」
「あ、それ相手の目の前で言っていいことかしら? よくないわよ? 記事にしちゃうわよ?」
マートル女史への対応はすべて笑顔のみで済ませることにし、次の集落へ動こうとしたタイミングで……翼が羽ばたく音が聞こえた。
ふよふよと浮遊するようにしてこちらに飛んでくる、小太りのふくろう……あれはホグワーツ付のツェッペリンちゃんじゃな。伝統的にホグワーツ付ふくろうは肥満気味になる。生徒が勝手におやつを与えがちじゃからの。
「どれどれ……ふむ。アラスターの文字じゃな」
手紙は神経質なアラスターの、特徴的な筆跡で書かれていた。文字がこれでもかというぐらいに詰め込まれている。
内容は……ふむ。医務室で治療していたコーバン・ヤックスリーが逃げ出したと。
手紙をジェームズに渡すと顔をしかめた。その様子を見て手紙を覗き込もうとマートル女史がにじりよってくる。
「なに? ヤバい話? ヤバくない話? どっちかは私が判断するからとにかく見せなさい」
「個人のプライバシーに関わる件での。ノーじゃ」
「なるほどね。じゃあとりあえず見せてくれなあああい?」
本能的か、それともわしらの所作になにか怪しい雰囲気が出たか。
まあトム・リドルの手先であることが濃厚で、かつその刺客に毒を盛られたとはいえ、裁判もせずに軟禁してたのは後ろ暗い件ではあるからの。
なのでジェームズが確認し終わったタイミングを見計らって手紙を消失させる。
「……うっわ!? いまの絶対怪しいやつじゃなあああい!?」
「なにも怪しくないデスヨ、マートルさん」
「ちょっと嘘吐き秘密ジジイ、こいつにも嘘の付き方教えてやりなさいよ」
「いやいや、なんのことだかさっぱり」
「汚い大人ども! リドル閣下を追い落としたら首洗っときなさいよおお!」
まあ、逃げ出したのは理解はできる。わしらを信用など一切してない様子じゃったからの。とはいえトムに自身が狙われていることは気付いていたようじゃから、グリンゴッツにあるという不正の証拠を取りに行くか国外に逃げるか。いずれにせよ、こうなっては彼の身の安全を願うが……やはり、トムから逃げ果せるというのは難しいかの。
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「そう緊張しなくていいさ。拘束は解いたんだ、気楽に構えていい」
大理石のテーブルを挟んで、ガタガタと震えるヤックスリーにニコリと笑みを投げかけると、より彼の震えは増したようだった。
杖こそ与えていないけれど、手枷すら解いたというのに。そんなに僕の追跡チームが怖かったのかな? まあ、ベラはおっかないよね。うんうん。
「君の身柄なんて僕はさらさら興味はない。ここで手打ちにしようじゃないか……君がグリンゴッツに入って取りに行こうとしたものがなにか教えてくれるだけでいいんだ」
「べ、別名義で隠し金庫がありまして。高跳びするための予算を」
「うーん。そういうのはいいかな。しっかり話してほしいな」
この期に及んでもまだ本当の秘密について口を閉ざすのはなかなかだ。
開心術で見てみてもいいんだけれど、彼は紛いなりにも純血一族の出身だから、閉心術を使うぐらいの技能は持ち合わせている。もちろん、僕であればその閉心術をこじ開けるのは容易だろうけど、侵入を試みたことはバレてしまうからね。僕が開心術を多用していることそのものもできれば伏せておきたい。まあ、最後まで吐かなければ使うつもりではあるんだけれども。
まあ、おおかた僕についての秘密についての話だろう。確かに彼には知られないほうがいいことを多々抑えられている。
特にフェンリル・グレイバックがらみの話なんかは物証つきでリークされると少し困ってしまうね。選挙前だし。
というわけで、素直にどんなものか話してもらえると楽なんだよね。対処しやすくなるし。
「ちょっと前に押収したものがあるんだ。ちょっと使ってもらえるかな?」
そう言って僕はヤックスリーに、アンブリッジの自宅から押収した黒い羽根ペンと羊皮紙を渡す。
「では、君の秘密の金庫とやらの番号を書いてくれるかな? インクは不要だ」
ヤックスリーは渡された羽根ペンをまじまじと見つめている。それが単なる羽根ペンではないと察したのだろう。まあ、書かない選択肢はないんだけど。
僕が杖に手をかけると、慌てて羊皮紙になにか書こうと羽根ペンを羊皮紙に押し付けて……悶え苦しんだ。
「あああああ!」
「おっと、書き損じたようだね。まあ、僕もこれに書き取ってもらおうとは思っていなかったし」
アンブリッジが持っていた黒い羽根ペンは、使う人間の血を吸って書き記すなかなか趣味の良いものだ。その際、激しい痛みを伴う。うーん。ドローレスが生きている間に見つけたらぜひとも彼女にも使ってもらいたかったなあ。
「それでしっかりと書ききったら、君を解放しよう」
「ま、まことですか。で、では次の紙を」
「いやいや、紙なんていらないさ。しっかり書いてくれればいい」
「……?」
なまじテスト用に羊皮紙なんて渡したのがよくなかったかな。ちょっと手が痛むぐらいで済むと思わせちゃったとしたら、少し申し訳ない。
「だから、そこに書いてくれ」
「す、すみません。ですからなにか書き記すものを」
「そこに直接書いてくれればいいんだ。目の前にある大理石のテーブルに」
この黒い羽根ペンは、何度も書くことによって呪いが定着する。
その呪いの強さは……書くときの力の入れ方に比例するようだ。
大理石に羽根ペンで刻むほどの力を入れたら、きっととても楽しいことになるだろう。
僕がニッコリと笑って彼に促すと、先ほどとは比べ物にならないほどの彼の苦悶を眺めることができた。
「さて、彼のしまった金庫の番号も中身もわかった。僕の音声を記録したマジックアイテムだった。それぐらいなら対処は不要。このまま触らずにグリンゴッツの奥底に眠らせておくのが一番かな。ルシウス、君にも念の為共有しておこう」
「はい」
「それと、明朝すぐにグリンゴッツに向かってくれ。ヤックスリーがかけていた服従の呪文はすでに上書きしてあるだろうけど、彼の支配下だった間になにかやったかもしれない。念の為再度上書きしておいてくれ」
「はい」
もう数年になるだろうか。服従の呪文を受け続け、今や常にどことなく虚ろな表情のルシウスは返事を返した。
マルフォイ家からはもう随分搾り取ったから、彼の利用価値はだいぶ落ちている。もし、ヤックスリーの抑えていた証拠とやらが放置できず、時間経過で露見するような形のものであれば、ルシウスをグリンゴッツに飛び込ませて証拠を無理やり消し、ルシウスも使い捨てて一石二鳥……なども考えていたがそれには及ばなかった。
グリンゴッツはそれなりに厄介だからなあ。組織としては服従の呪文でほぼ掌握してるはずなんだけど、それでも藪をつついてドラゴンが出るような場所だ。特に、ヤックスリーは一時期自分で副頭取を支配下においていたから、秘密の隠し場所として手出しできないようなところを選ぶ余地があった。
触りに行かないに越したことはない。
さて、そうなると……グレイバックが浮いた駒だな。
ヤックスリーがヘマをした結果、人狼たちが全員お縄についた。僕としても凶悪犯罪者である彼らへの手心はそう露骨には加えられないから、彼は激怒しているに違いない。
とはいえ、その怒りはダンブルドアにも向いている可能性は高い。どうにか利用できればいいんだけれど……そうだな。そこにルシウスを使うのが適当か。
「ルシウス。フェンリル・グレイバックと連絡をとってくれ。これからはヤックスリーがしていた仕事は君に任せよう。では下がってくれ」
「御意」
まず確認したいのは、彼が僕らの協力を受け入れるかどうかだ。ギャンブルだね。
怒り狂ったグレイバックがルシウスを殺害、なんて感じになる可能性もあるけれど、まあそうなったらそうなったときに考えよう。
もし、彼が駒として使えるなら……世間に知られた悪党にしか頼めない仕事ってのはあるからね。
だいたいの今後の計画が決まったので、上機嫌でラジオをつけてみる。
そろそろロックハートのラジオの時間だ。彼の脳天気な声は、機嫌が悪いときには吐き気がするほどイライラさせられるが、上機嫌のときにはちょうどいいBGMになる。
「ええ! そうです。私の母校でもあるホグワーツの各寮の代表者を呼びまして、生で討論をしようと持ちかけたわけです」
……ホグワーツのラジオ。
あんなものはガキどものお遊びと思い、少し脅しつければ静かになると思ったが、残念ながらそうはならなかった。
ホグワーツに通っていたのはもう数十年前のことだから、すっかり忘れていたが……生徒の大半の脳みそは百味ビーンズより小さい連中ばかりだった。今もそれは変わらないのだろう。残念でならない。
そして、奴らはラジオだけでなく細かな手を使ってロックハートに圧力をかけ始めたらしい。僕からすればそんなものは屁でもないが、阿呆のロックハートだ。あれを続けていればいつかは暴発していたかもしれない。
しかし。
「そして、その返事がついに本日! 届きました! 結果は……もちろんイエス! 早ければ2月には第一回が行えるでしょう。私と話せる機会などそうはないですからね、彼らによい経験を積んでもらうつもりです」
所詮はガキか。あっさりとロックハートの思い通りの展開に落とし込まれてしまった。
どうやら数ヶ月かけて、一人ずつガキをロンドンのラジオ局まで呼ぶらしい。そして、ロックハートと同席させ、討論の様子を生放送するそうだ。
地道に今の手を継続していればいいものを。もし、ダンブルドアがあのラジオを主導しているなら、絶対に止めただろう。あの爺の脳みそはお気楽だが、百味ビーンズよりサイズが大きいことは認めてもいい。有利に動いた風向きを捉えたら二度と離さないだろう。
しかし、そうでないということは……ホグワーツが組織的に僕に対抗している、というわけではないらしい。やはりガキのお遊びのようだな。
なぜなら……相手はロックハートだ。あいつは、無能ではあるが無才ではない。やつは喜々としてこの逆転の機会を受け、活かすだろう。
ロックハートと聴衆がいる中で生討論? 僕ですらそんなのは避けたいところだ。