これは俺も負けたな。マーカス・フリントは直感的にそう感じた。
まあ、元から大した勝算はなかったけどな。ディゴリーと比べて人ウケのする容姿でもなければ、グレンジャーの嬢ちゃんみたいに口が回るわけでもねえ。
アウェーの雰囲気で聞くロックハートの弁舌ときたら、これは確かに大したもんだ。ラジオ越しのときと全然違うぜ。
とはいえ……手土産もなし、ってのは流石に後輩連中に悪いかね。
「あー、ロックハートさん。テーマに沿った話じゃなくて悪いんだが、これはうちの連中で集めた資料だ。あんたの本の疑惑についてのものでな」
「ええ、確かにその疑惑については聞いています。ですがはっきりいいましょう、それは事実無根だと!」
「まあ、見る前からそう言うなって……ほらよ、資料を渡そう」
そう言って、資料を渡すために突然立ち上がってみたところ……さっと手元の何かに手をかざした。
やつの机にはロックハートの自著だの機材だのが所狭しと置かれていたが時折、視線が下を向くことがあった。置かれた本などが視線を遮っており、何が置かれているかは俺の座っている位置からはわからなかったが……今、こうやって立ってみると手で隠されてはいるがはっきりと見えた。
鏡だ。
「どれどれ、何が書かれているか読み上げますと……練習用スニッチ1つ、クアッフル5つ、ブラッジャー5つ……これは、一体!?」
俺が渡したメモの3行目、英語で書かれた部分だけをロックハートは律儀にも読み上げた。
バブリング教授が書いた、アルメニア語や古ノルド語、ルーマニア語などで書かれたロックハートについての罵倒についての行は見向きもせずに。
「おっと……資料ってのは忘れちまったみたいだ。それは俺の買い出し用のメモだ」
「ワハハハ! さすがスリザリンのキャプテン、熱心なようですな!」
「もちろんだ。今年も連覇を狙うつもりだ。ロックハートさんも学内の情勢は小耳に挟んでるんだろう? 今年はどこが勝つと予想してるんだ?」
「ええ、もちろん今年も予想していますよ! 我がレイブンクロー……と言いたいところですが、伝統的に小粒な選手ばかりですからね。もちろん、私は例外でしたが! やはり予想するなら勝ち星を積んでいるグリフィンドールに……」
ブラフでとりあえずやつのカンニングについての材料は掴めた。これぐらいが潮時だろう。
この番組は俺の親族だって見てる。負け戦で無様に粘るよりは、そろそろ形作りを始めたほうがいいだろう。
一旦、矛を収めて当たり障りのない話題へと誘導する。今年のホグワーツ・クィディッチ杯の行方ぐらいの話題なら、喜んでロックハートは勝ちを譲ってくれるだろう。そうなれば俺の面目も立つ。クィディッチへの熱意をアピールしておけば名前を誰かが覚えていてくれて、プロへの入団の際になにか役立つかもしれんしな。
悪いな、グレンジャーのお嬢ちゃん。
「えー……今回も厳しい討論となりましたが……」
がっくりとうなだれた様子のグレンジャーのお嬢ちゃんが声のトーンを落として話している。
会議中だが、ずいぶんと厭戦ムードが強くなっている。まあ、2回やって2回ともボロボロだったからな。
たまたま隣に座っていたディゴリーがちょっかいをかけてきた。
「ずいぶん早いうちから負けを認めてたみたいじゃなかったか? フリント」
「お? 言ってろディゴリー。お前より無様な負けじゃなかっただろ」
「6つも半ダースも一緒、ってやつさ」
「負けた俺らで傷舐め合ってても仕方ねえだろ。あー……グレンジャー、今回ちょいと気になることがあった。資料を渡すふりして収録中に立ち上がってみたんだが、ロックハートの手元には鏡が置かれていた。おそらくなんかしらのマジックアイテムだろ」
俺の責任が追求されたりするとあんまり気分がよくないので、とりあえず矛先をそらしていく。
オツムがいいグレンジャーのお嬢ちゃんとかレイブンクローの連中どもは鏡、といっただけでなにか思い当たったらしい。
ディゴリーの同期であるレイブンクローのロジャー・デイビスが手を打った。
「両面鏡じゃないか? 事前に向こうがテーマを決めていたとはいえ、あまりにスラスラ細かなデータが出るもんだから不審には思っていたんだ。つまり、ブレーンがリアルタイムで指示を出している」
「卑怯じゃない!」
グレンジャー嬢はそう声を上げたが、俺は首を振る。
「そうか? 俺はそう思わんがね。俺らだってこうやって各寮集めて知恵を絞りあってるし、メモだって持ってってるだろ。向こうはロックハートを過小評価させるために隠してるだけで……反則とは露ほども思っちゃいない。指摘すれば開き直るだけだろう」
「じゃあどうするのよ!」
「例えばそうだな。俺らもなんか持ち込みゃあいいんだ。それに対してケチつけてきたら指摘してやりゃあいい」
「うーん……そうね。こちらも堂々と資料を持ち込んでみるのがいいかもしれないわね」
グレンジャー嬢は俺の適当な返事にもむむむ、と考え込んでいる。
まだ本気で勝つ気でいやがるんだな、家まで吹っ飛ばされたってえのに。
「これは単なるアドバイスで従う必要もねえが……ここまでの敗因はこちらが何を言うかしっかりと決めてなかったことに尽きるだろうな。奴らのテーマなんぞに左右されずに、勝てそうなところを見つけて争点を絞ったほうが良さそうだ」
「勝てそうな争点と言うと……やっぱり盗作疑惑かしら?」
「だろうな。露骨に避けてる。とはいえ俺に聞くなよ、そういうのは
俺はバカだから本の中の矛盾とかわかんねえからな。大喜びで頭を使いたがる連中に全部丸投げしとくのが得策だろう。
案の定、レイブンクローの連中(とグレンジャー嬢)は解くべき課題が見つかると目を輝かせて取り組み始めた。
「やはり明確なのはこの2件かしら。北欧を舞台にした『トロールのとろい旅』とアルメニアを舞台にした『狼男との大いなる山歩き』ね。作中に書かれていた時系列と現実の整合性がおかしく、書かれている行動をなぜしたかの解説も明らかに誤っているのだけれど……場所や作中に出てくる魔法生物への対応やサバイバル技法に関しては正確だから、なにかちぐはぐなのよね。いちばんありそうなのは盗作だけれども……マダム・ピンスも外国語の本も含めて類似の内容に心当たりはないと話していたのよね。よほどマイナーな現地の本を種本にしてるのかしら?」
「それについても確かめてほしいって事前に申し入れがあってな。ロックハートの本の舞台となっている地域の周辺言語が読めるかどうか、メモを渡して確かめておいた。なかなかひどい罵倒をバブリング教授に書いてもらったが、目にも入っていない様子だった」
俺がホグワーツを発ちロンドンの放送局に向かう直前、グレンジャー嬢を通さずに申し入れがあった。
正直、なにが狙いかわからなかったが……ようやくわかった。今話している可能性を潰したかったんだな。
「へえ! そんな気の回る人もいたのね、素晴らしいわ。これでマイナーな外国語書籍までは検討しなくてよさそうね。でもじゃあいったい……」
「詳しい人から聞いたんじゃない? 私のパパはよくそうしたものを記事にしてるんだ」
ひょこっと机の上まで顔を出したレイブンクローのラブグッド嬢は回転椅子の上でくるくる回っている。
ラブグッド家……確か『クィブラー』の出版者だったか。メディア関係者だな。
「ああ。誰かの手柄を奪ったとしたら……これだけ売れてるのに手柄を奪われた人が一人も名乗り出てこないなんてことあるのかしら?」
「きっとみんな耳からラックスパートが入っちゃったんだよ。あれが入ると頭がぼーっとしちゃうから。あるいは、あのロックハートって人がわしづかみにして突っ込んで忘れさせたとか」
「……忘れさせた、ですって?」
「あるいは殺したか? よせよ。こりゃ陰謀論の類だぜ。俺が先日対面して話した有名人が連続殺人鬼かもしれないなんてゾッともしねえよ」
「そうよね。なにか物証がないとね……これはどうかしら。『トロールのとろい旅』に出てきた、ロックハートが独自に考案したというトロール追い払い呪文。あれを実践してもらったあと、その呪文を実際に考案した人を見つけるとか」
「仮にその仮説が全部真実でも無理だろ。俺らはホグワーツから出ることもできねえのに次の討論日まで1ヶ月、最後の討論日までとしても2ヶ月しかないんだぞ。 試験も近いし」
「試験! フリント氏からそんな言葉が飛び出すとは」
「言ってろ! ディゴリー!」
まあ、試験に向けて勉強するかしないかでいえばしないんだが……それでもなんか気の持ちようとかあるだろ。
「おかしな点が多少あったって、盗作を弾劾するのは至難だぜ。結局のところ、盗まれたと主張する本人がいねえと」
「そうよね……となると純粋に『フィクションにも関わらず、ノンフィクションとして発表していた』と嘘を指摘するのが妥当かしら。そうなると……『狼男との大いなる山歩き』のほうを使おうかしら」
「ああ。ロジャー・デイビスが見つけて盛り上がってたやつか」
『狼男との大いなる山歩き』はアルメニアを舞台にした話だ。
アルメニアの
クライマックスシーンはもっとも狼男にとって自信のある満月。湖の中にある島にあえて呼び寄せ、お互いに逃げられない状況で戦い打ち倒すというもの。ロックハートの作品の中でも特に人気が高い。
この本に関しては
「そうよ、あれは明確な矛盾点ね! なにせ狼男は満月にしか現れないんですから、作中に明記されていなくても日程はかなり絞れる。スリザリンのみなさんが省に問い合わせて出国記録を取ってきてもらった結果、アルメニアにロックハートが向かった年ははっきりしてる。でも、これだけじゃインパクトが弱いわね。なにかあとひと押しあれば……」
そう言ってグレンジャー嬢が落としどころを探し始めたタイミングで、会議室にノックの音が響いた。
「ディゴリーさんにパーシー・ウィーズリーさん。やはりこちらにいましたか。みなさん、差し入れですよ」
「フリットウィック教授! ありがとうございます」
「そしてお二人にはこちらを。クィレル教授からのお手紙です」
「ありがとうございます!」
パーシー・ウィーズリーは深々とお辞儀をして手紙を受けてり、封蝋を割っていた。
部屋に入ってきたフリットウィック教授が杖を振ると、その会議室のメンバーの前に小さな木の皿が現れ、差し入れのクッキーが分配されていった。
さっそくつまんでみる……キャラメルのような甘い味のチーズが練り込まれているようだ。これはかなりイケる。
気になったので差し入れの箱を見るとあまり見慣れぬ文字が並んでおり、俺が読めたのは「アーハのブルーノスト・クッキー」という英語の商品名の部分だけだった。どうやら海外のお菓子らしい。
「いま、クィレル教授は海外で魔法史の研究をしています。なんと、我らがロウェナ・レイブンクローについてバチルダ・バグショット氏と共同研究を進めているそうですよ! こうした近況も含めて、彼と手紙でやり取りする機会がありましてね。このお土産と、退任前の生徒への手紙を預かりました」
「僕らマグル学の受講生ひとりひとりに手紙をよこすなんて、本当に律儀ですね。あの方は」
「とても申し訳無さそうにしてましたよ。最後まで面倒がみれなかったと」
「僕らとしても残念です。とても優しい先生でしたから」
「そうですね。私としても彼がホグワーツに再び来る日を心待ちにしていますよ。では、お邪魔しました」
そう言っていつも通りニコニコとした表情のままフリットウィック教授は去っていった。
このクッキーうまいな。取り寄せるか。飯が美味いとなるとノルウェーのクィディッチチーム入りを狙うのも悪くないな……
「……」
などと余計なことを考えていたら、少し様子が変なものに気がついた。
あれほど息をつく間もなく喋っていたグレンジャー嬢が黙っている。
「どうした? クッキー詰まらせたか?」
「違うわよ……そうよ、マグルと歴史よ! なんでこんなことに気づかなかったのかしら……」
「……まあ、俺が聞いてもわからんだろうから深くは聞かんが。行けそうか?」
「インパクトもあるし……これでロックハートの嘘を全ブリテンの魔法使いに向けて晒してやるわ!」
見てなさいよ! とグレンジャー嬢は吠えた。
─────
イングランド中部。
ノッティンガムの森の奥。
マグルの街灯すら差さない、密談と奇襲にはうってつけの場所に俺は突っ立っていた。
俺も随分甘ちゃんだな。罠の可能性も高いってのに。
そう考えながら、現れた人影に杖を向ける。もし、連中の罠であれば……徹底的に抵抗してやる。
一人でも多く殺し、一人でも多く人狼にしてやる。
約束の時間、約束の場所に現れたのは当然いつものヤックスリーではなく……驚いたことに、ルシウス・マルフォイだった。
「おうおう、こりゃとんでもない大物が来たもんだ。ルシウス・マルフォイとはな。腹いせにぶっ殺そうと思ってたが、流石にここまでの有名人が来ると手が鈍るね」
ルシウス・マルフォイ。学生時代にスリザリン寮で嫌でも学ばされたイギリス魔法界の名家だの当主の名前だのなんだのは、泥にまみれた今の生活じゃほとんど忘れちまっていた。
だが、流石にマルフォイ家の当主ルシウスとなると、世情に疎い俺でも知らないとは言えねえな。
「御託はいい。私は貴様に仕事を持ってきただけだ」
「仕事ォ? おいおい、先に謝るべきじゃねえのか? てめえんとこのコーバンのクソがドジッたせいで俺の手下どもがまとめてパクられた件についてよ」
「コーバン? 知らない名だ。私は関知していない」
よく言うぜ。
この対応だと……あいつ、もう殺されたかね。ハハッ、ざまあ。
とはいえ、すぐ俺も殺すつもりはなさそうだが……そうなると予断は許せねえ。まとめて消しちまうのが一番シンプルだからな。
「おいおいつれねえなあ。我が愛しの御学友様について知らねえとは。んで? 俺を何の用で呼び出した? 報酬は?」
「報酬はこれだ。すべて前払いで出そう」
マルフォイは指を鳴らすと、金貨袋が現れた。そして、そのまま地面に放り投げる。
さすがマルフォイ家。俺みたいなのによこす金貨袋もずいぶん良いやつを使ってるな。その袋にかけられた魔法は中に入っている金貨を表示していた。
「前払いで2000ガリオン越えとは気前がいいねえ。このままあんたを殺して逃げ去ったほうが得が大きそうだ」
「私は、お前は金だけで動かんと踏んでいる」
「……へえ。それで?」
「お前の手下を倒したのは、アルバス・ダンブルドア本人だ。やつに一矢報いたくはないか?」
こいつ。
思わず殺しそうになる。
それができりゃ苦労はしねえんだ! 俺が……どれだけ奴を憎んでいると思うんだ! 俺の手下どもを根こそぎぶっ倒しやがって、クソが!
一旦息を吸い込み、少し気持ちを落ち着かせる。ダンブルドアはムカつくが、そこまで感情的なのを悟られちゃいけねえ。足元見られちまう。
「……おいおい。煽りが下手だぜ。いくらなんでも俺だって、一人で偉大なる校長に突っ込んでどうこうできるなんて思っちゃいねえよ」
「そうだ。そんな役目はお前に期待していない。お前に頼むのは、確実にアルバス・ダンブルドアが動けないタイミングを狙い、奴にとってもっとも貴重なものを奪い、破壊することだ」
「はっ。そんな都合のいいタイミングあるのかね」
「ある。7月4日。満月だ」
7月4日……なるほど、こいつのやりたいことが掴めてきた。日付だけ言うのは気に食わねえが。
「おいてめえ。俺をバカだと思ってんのか? その日がなんだか知らねえとでも?」
「その日にホグワーツからロンドンに向けてダンブルドアにとって大切な物が送られる。それを狙え。襲撃場所は人気のない、イクニールド・ウェイの中間地点が妥当だろう」
「……ふん。いいだろう。お前らに乗せられてやる。成功報酬もたんまり請求してやるからな」
こいつが言っている大切な物……それはまさに7月4日という日付に起因している。ダンブルドアが動けないのもよくわかる。
それはまさにダンブルドアの生命線だろう。やつの主要な支持基盤はスコットランドに固まっているだろうから。
世情に疎い俺でさえ知っている。
7月4日。
それは魔法大臣選挙の投票日であり――スコットランドからロンドンに向けて投票箱が送られる。
1年目同様、2年目の終わりも連続投稿で締めようかと思います。(10話程度の予定)書き溜めのため若干の間が空きますのでよろしくお願いします。
12/10(金)までには投稿再開の予定です。
なかなか自信のあるプロットができたんじゃないかな、と思っております。ご期待ください。