「あのダンブルドアという男は明らかに公私混同をしている! あのような男をイギリス魔法界のリーダーに据えるわけにはいきません!」
「けーっ。トム・リドルの手先が言えた手前かよ」
俺のぼやきは雑踏の騒音の中に溶け、当然壇上の男にもトム・リドルにも届かない。
壇上でトム・リドル派の男はそう叫びように訴えながら応援演説を締めくくり、それに広場の下の集まった市民らはまばらな拍手で返した。
あの男は……確か大鍋工房の経営者かなにかだったか。ある程度部下だか取引先を動員しているのは間違いなさそうだが、一方で俺でも知ってる程度の魔法界の有名人であることもまた事実で、話ぐらいは聞いてみてもいい、と考えて集まった人間も少なくないようだ。
投票日の一週間前。
伝統となっているダイアゴン横丁での立会演説会が行われていた。
もちろん、おんなじ広場でやってるわけではなく(政治的意見を異にするイギリスの魔法使いをわざわざ隣り合わせてやってみろ。血を見るのは明らかだ)、通りをいくつか挟んで少し離れた場所ではあるが……俺とリリーはこうして一旦こちらへと向かい、敵情視察をしていた。
俺とスネイプはダンブルドア側として応援をしてくれる人間を八方手を尽くして集めていた。
とはいえ、二人とも慣れぬ仕事でコネも十分とは言えねえから、人数だけ揃えたという感じは否めない。
一方で、トム・リドル側はなかなか人間は豊富だ。目玉であったロックハートは欠席しているようだが(当然だ)、それでもイギリス魔法財界の重鎮、魔法省の上のほうの人間、果てはミュージシャンまで様々だ。
そのプログラムをリリーと眺めながら俺はついぼやいちまう。
「やっぱ不利だよなあ。うちはそんな名前が知られてる人間いねえしよ。俺もそれなりに手は尽くしてみたが」
「へー。あんたがそんな仕事任されるなんて意外ね。じゃあなに、さっき出てたエドガー・ボーンズさんと交渉したの?」
「それはスネイプの仕事だな」
「あらそうなの。じゃあさっきの『スラグ&ジガーズ』の経営者さんは?」
「それも……スネイプの仕事だな。いや、俺だってゾンコさんを呼んだりしてて……」
「ジョークショップの店主を選挙演説に呼び出してなにがしたいのよ、あんた」
「そう言うけどな。リハーサルでは随分とウケてて……」
敵情視察は済んだので、再びダンブルドア側の会場に戻る。
ううむ……こうやって比較してみるとやはり集まってる人数の差は否めないな。
「ええー、ダンブルドア校長といえばもちろんホグワーツ。ホグワーツ生徒にはもちろん大人気のゾンコのいたずらグッズですが、なんと! この製品の大人向けブランドが発売予定でして……」
ちょうど、今は俺が呼んだゾンコさんが出ているようだ。バックヤードで壇上を見つめるダンブルドア校長に敵情視察の結果を報告する。
「戻ったか。ジェームズとリリー。どうじゃった?」
「ロンドンのこの辺は向こうの支持基盤ですからね。さすがに人数差はありましたね」
「ダンブルドア校長が出る時刻を予測してタイムテーブルを組んでるみたいですね。壇上に立つ人間の数もありますが……おそらく、ダンブルドア校長が演説を終えたタイミングで、トム・リドルがお出ましになるようです。人は、最後に聞いたほうの意見に影響を強く受けるのは否めませんから」
「的確な分析じゃ、リリー。感謝しよう」
外で拍手が聞こえ始めた。
どうやらゾンコさんの応援演説が終わったらしい。
「ホラ見ろ! 俺の推薦したゾンコさん、本番でもなかなかウケてるじゃないか!」
「そうじゃな。観衆の注目を集めたのは間違いない。わしの応援よりも商品の宣伝を優先しているようじゃったが」
「はっはっは。校長、細かいことを気にしても仕方がないぜ! んで、出番はいつ頃なんだ?」
「もうすぐじゃの。一旦休憩を挟んで、エルファイアスが壇上に立ち、わしが招待させていただいた方がお見えになる。その後がわしじゃな」
「ん……? エルファイアス・ドージさんはもちろん存じてるが、校長の直前に人が入るのは聞いてないぞ」
「そこに関しては申し訳ない。わしの旧知の人物であったが……いろいろと事情があっての。イギリス魔法界に来ていただけるかどうか、ギリギリまで決まらなかったのじゃ」
イギリス魔法界に来るってことは海外の魔法使いだろうか?
校長は一時期、国際魔法使い連盟のイギリス代表・上級大魔法使いを務めていたそうで(今は違う。
とはいえ……校長の古くからの盟友として知られるドージさんを飛び越えての重要人物となると皆目想像がつかない。
「ところで、今のうちに少し召し物のチェックをしたいから手伝ってくれるかの? わしとっておきの紫と桃色のローブでホグワーツを出ようとしたところミネルバにたしなめられての……現代に合わせた服装になっているか少し見てもらいたい。ああ、ジェームズは来なくてよろしい」
「どういうことですか校長! 俺のチェックは不要だっていうんですか! あと紫とピンクのローブはカッコいいのでそのままでいいかと!」
「そういうところよ。じゃあジェームズは迷子にならないようこの辺に居てね。フラフラしないのよ」
「俺は犬かなんかか?」
「たまにリードが欲しくなるときはあるのう。就任一年目の終業式で、スリザリン寮を迷子にさせ遅刻で大量減点を目論んだ事件は未だ記憶に……」
「わあああ! ストップストップ、校長ご武運を!」
校長がリリーに話していない俺のちょっとしたかわいい許すべきイタズラの話をし始めたので、慌てて制止して送り出す。
ふう。危なかったぜ。
事態を的確に対処した俺はせわしなく人が行き交うバックヤードで、次に出ようとしているドージさんを眺めていたところで……老齢の女性に話しかけられた。
「あら、あなた。もしかしてダンブルドアさんがおっしゃっていたポッター教授かしら?」
「はい、その通りです。校長からなにをお聞きしたんですか?」
見ただけでもわかる。かなり格式ある家の人間だ。ポッター家も歴史は長いが、及ぶ雰囲気ではない。
後ろにかなり腕の立ちそうな護衛が数人立ち、周囲(と俺)に目を光らせているのも鑑みるに、相当な重要人物だ。顔もうっすら見たことがあるような……ダンブルドア校長が海外から呼んだ超大物ってのはこの方だろうか?
「ハリーってお子さんがいらっしゃるんでしょう? わたしにもハリーと呼ばれる孫がいてね、親近感があったのよ」
「ああ、なるほど。うちの子は今12で、かわいい盛りですよ」
「あら、素敵ね。わたしの孫は9月で9歳なの」
「それじゃあ、あと数年でホグワーツ入学ですかね。お待ちしておりますよ」
そう俺が言うと、貴婦人は意味深に笑みを浮かべた。
「ふふふ。ホグワーツには入らないと思うけれど……そうね、数年で入学だろうから楽しみでもあり、寂しくもあり……あら。もうこんな時間、お話できて楽しかったわ。ありがとう」
「いえいえ、こちらこそ」
そう言って軽く頭を下げた貴婦人は再び護衛に囲まれて去っていった。
おそらくスピーチの準備だろう。
うん……とても品のある人だった。この後のスピーチで出るならぜひとも聞いてみたいものだ。
と、思ったところで……彼女の名前を知らないことに気がついた。ううむ、リリーなら知っているかもしれん。一旦バックヤードの奥に進み、ダンブルドアのサポートをしているはずのリリーを尋ねることにした。
「ちょっとあんた。勝手にフラフラするなって言ったでしょ」
「いや、こっち来るぐらいはいいだろ。なあリリー、さっきバックヤードで少し話したおばあちゃん、名前を聞きそびれたんだが……誰だかわかるか?」
「おばあちゃん? ロングボトムさんのお婆ちゃんじゃなくて?」
「オーガスタ夫人は俺だって顔は知ってるよ。えっとな……相当格式が高そうな方でな。どこかで顔を見た覚えはあるんだが、思い出せなくてな」
「それだけじゃわかんないわよ。他になにか手がかりないの?」
「えっとな……たぶんさっき話していたダンブルドア校長の直前に演説に出る方で、あと……ハリーって呼ばれてる孫がいるって話してたな」
そう言うと、一瞬考えるような姿勢を取って……その直後、リリーの顔が少し青ざめた。
「孫のハリー……うっそ。ちょっと。待って。ダンブルドア校長、あの方を呼んだの!? あ、あんた、なにか不敬とかしてないでしょうね!? 顔が思い出せないって、信じられないわ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! なにをそんなに動揺してんだよ!」
「本当にあの方なのか、校長に聞きに行ってくるわ!」
いつも鷹揚に構えているリリーが珍しく焦っている。どうしだんだ、そんなに重要な人物なのか? リリーの好きな作家か何かだろうか……
駆け出していったリリーに早足で追いつくと、すでに校長と話し込んでいた。
「彼女を呼ぶにあたっては、ずいぶんと調整が必要じゃった。セブルスがそのあたりは如才なくこなしてくれてな、随分と助けられた。名家の人間が多いトムの陣営には少なくなさそうじゃが、魔法界とマグル界、どちらの礼儀作法にも精通している人間は代え難いの」
「あら……さすがセブね。うちのジェームズなんか信じらんないわよ。さっき話してたけど、あの方の顔もご存じなかったんだから!」
「そう責めるのも酷じゃろう。魔法界で生まれ育った人間が接する機会は相当少ないからの」
「おうおうおう、お二人さん。俺の悪口か?」
「そうよ」
リリーが俺の軽口に対して、率直に返してくる。言葉の棘が痛い。
「前例がない出来事じゃから、相当に反発は強かった。しかし、メージャー首相が賛成してくださったのが大きかったの。結果的に、彼女は両候補のどちらも支持を表明せず、イギリス魔法界に語りかける……ということで落ち着いた」
「……は!? この土壇場でダンブルドア校長を応援しない人がスピーチに出るのか!?」
応援演説だというのに、彼女はダンブルドア校長の応援を行わないらしい。そんなことある?
「左様。彼女の事情はわしもよく存じているし、魔法界の候補のどちらかに大きく肩入れするのが難しい理由もわかる。本来、ここに足を運んで貰えただけでも僥倖なのじゃ」
「こ、校長がそこまで言う相手なのか……?」
「わし自身、彼女が何を話すか気になっておる。そろそろエルファイアスの演説も終わりそうじゃな。さて、拝聴させていただくとするかの」
確かに、裏から聞こえてくるドージさんの演説の内容は佳境を迎えていて、そろそろ終わりを迎えそうだ。
バックヤードを覆う天幕の隙間から、ダンブルドア校長は目を細めて、壇上を覗き見た。俺もリリーもそれに倣う。
ドージさんの演説が終わり、拍手の音が聞こえた。さて、次に出てくるのは……ああ、やはり。裏で話しかけられた先程の貴婦人だ。
リリーはそれを……思いっきり目を見開いて見ている。眼力が強い。
「こ、こんな距離であの方を見ることになるなんて……」
「おい! そんなに言うなんていったいどなたなんだよ!」
「ちょっと! 聞こえなくなるから黙ってなさいジェームズ」
壇上に上がった貴婦人の横にいた護衛の人間は杖を抜き、その貴婦人の口元に向けて呪文を唱えた。おそらくは
この一連の動作は少し奇妙だ。普通は自分の杖を使い、自分で呪文を唱える。
事実、集まった人たちの中でも怪訝に思っている様子の人が幾人か見えた。
だが、それ以上に衝撃的なのは……集まった人間の半分以上がリリーと同じようにショックを受け、口をあんぐりと開けていることだ。
貴婦人は、ゆっくりと話し始めた。
その威厳ある様子を見て……俺もようやく彼女が何者か思い出した。
海外の人間ではない。だがしかし、確かにイギリス魔法界の外の人間ではある。
「魔法界の皆様。わたくしはこうして、あなたがたの前で話す機会を持てたことを光栄に思います。わたくしのことをご存知ない方も多くいらっしゃるとお聞きしておりますので、軽く自己紹介させていただきます。わたくしは魔法界と非魔法界の調停者、およびイギリスと北アイルランド、および他の領域と領土の女王……そして、皆様が言うところのマグルであるとも言えますね」
今、リリーと同じ様子の観衆はマグル生まれか、またはマグル界から影響を強く受けて育った人間なのだろう。
彼女を認知し彼女の権威を認めている人間、ということだ。
登壇したイギリスの君主は彼らに微笑みかけ、そして彼女の権威を知らない、周囲の様子を怪訝に思っている魔法界生まれの魔法使いたちを興味深く見つめた。