ヴォルデモートなんていない   作:taku1531

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76.夜間飛行(2)

 腸が煮えくり返っている。

 本来ならば怒鳴って回りたいほどだが、選挙期間という状況がそれを許さない。

 

「やあルックウッド。この前は選挙演説ありがとう。君の演説は大盛りあがりだったな」

「ありがとうございます、リドル様。そう言っていただけるのであれば光栄です」

「さて、ここで一つ聞いておきたいのだが……今度の選挙の勝算はどれぐらいだと思う?」

「……は! それはもちろん、トム・リドル様の勝利で間違いないかと!」

「なるほど。よくわかった」

 

 愚かな男は一礼した。僕は笑みを浮かべながらルックウッドの所管である神秘部の部屋を出る。もちろん、周囲の職員にも手を振ってにこやかな対応だ。

 もっとも、笑みの裏側ではこう考えていた。一番腹が煮えくり返るのは……腸が煮えくり返っているにも関わらず、それを隠して見当違いの予測を立てるルックウッドの顔を立てなければならないところだ。

 

 僕の周囲にはなぜあのような間抜けしかいないのか?

 

 ダンブルドアが魔法界をイギリス王室に切り売りするような禁じ手を打った結果、間違いなく票は大きく動いた。もともと地方票に関してはあまりアテにしていなかったが……こと、都市圏においても僕の支持が揺らいでいるのが肌感覚でわかる。

 マグル生まれの頭数は多い、というのはまず一つだが……それ以上に、純血の上流階級においても今回のダンブルドアどもの動きを「マグルどもの打算的な魔法界への介入」と断ずるものと「一定の理があり、真摯に対応すべきもの」と考えるもの、大きく二つに分かれている。

 

 先のダイアゴン横丁での演説会も……前半は僕が大きくリードし、聴衆を集めていた。

 だが、ダンブルドアの演説以後は反応も鈍り、拍手や喝采の音も小さくなった。私の演説よりも、マグル女王の直前で演説したルックウッドごときの演説の反応のほうが遥かに良かったのはどういうわけだ!?

 

 だというのに。僕の周囲には「トム・リドルの勝利間違いなし」と壊れたラジオのように繰り返す連中ばかりなのだ。根拠もなく。

 

 ルックウッドがいた神秘部の部屋を出て、魔法省の廊下を歩きながら大きなため息をつく。

 それだけ揺さぶられたとはいえまだこちらのほうが有利だとは思うが、かなり迫られているのは間違いない。イングランド全体の票と比べれば規模は小さいが、スコットランドの票はかなりの量がダンブルドアに流れそうだ。

 

 保険が必要だ。

 勝利を確実にするような保険が……この際だ。多少、リスクを取っても構わない。

 

 そう考えながら省のホールを歩き回っていると……一つ、使わないように決めた手段があるのを思い出した。

 僕が使うにせよ、誰が使うにせよ……リスクがある手段だ。ゆえに僕はそれを一旦封印した。制御不可能で不透明なリスクというものは、強者にとってはノイズでしかないからだ。

 

 だが……あのアルバス・ダンブルドアに勝てる手段というならば別だ。

 どうせ選挙で勝てばホグワーツもガワだけ残し、目障りな教員どもを一掃する予定だった。あの老いぼれは場合によってはヌルメンガードに放り込み、旧交でも温めさせようなどと思っていたぐらいだ。勝利のための保険として使えるなら、リスクがあるとしてもなおリターンが大きい。

 

 そうだ。

 リスクを取るならば今だろう。

 そして……その計画を立てるのは勝ちも負けも読めないようなバカどもではない。

 

 僕自身だ。

 

 

 ─────

 

 

 生徒たちがいなくなったホグワーツ。

 暖炉移動でホグワーツに来たママが僕を大げさに抱きしめた。

 

「もー! ハリーの制服姿、うちで何度か見たけどやっぱりホグワーツで見ると違うわね! かわいいんだから、もう!」

「ママ。ほとんど首無しニックが見てるから抱きつかないで」

 

 そんなに見て楽しいものかなあ、制服姿……

 その様子を、グリフィンドール付きの幽霊であるほとんど首無しニックが宙空から見つめていた。

 ママもグリフィンドール生だから、もちろんニックと面識はしっかりとあるようだ。

 

「あらニック。あなたこんなかわいいハリーを毎日見てられるの? 羨ましいわね」

「これは久しい顔ですな、リリー。ちなみにいくら幽霊と言えども毎日ハリーくんを見ているわけではありませんよ」

「え? ホグワーツにいながらにしてうちのハリーを毎日見ない!?」

「そんなに驚きます?」

「というか、ジェームズ、あんたは毎日見れるなんてズルいわね」

「羨ましいだろ!」

 

 今度はパパまで抱きついてきた。暑苦しい。もー。二人とも子離れできないんだから……

 

「わっはっは! 仲がいいにこしたこたあねえ。そうだろ、ん?」

「おう! あ、リリー。こちらが今日一緒に仕事するハグリッドさんだ」

 

 更にそこにハグリッドさんも現れた。

 スクリュートを連れて散歩していたようだ。

 

「リリー・ポッターです。うちの旦那がお世話になってます」

「リーマスが言ってた通りの別嬪さんだな! さて、そろそろ仕事か?」

「ああ。もうすぐスコットランド中の投票所から投票箱が飛んできてホグズミードの投票所に納まる。そっからが俺らの仕事だな」

 

 スコットランドで一番大きな魔法族のコミュニティはホグズミードだけど、それ以外にもエディンバラやグラスゴー、アバディーンなどにもホグズミードのように固まって村を作っているわけではないけれど、魔法族は散在している。

 そのあたりにも投票所と立会人がいて、小さな箱にみんなが投票用紙を入れていく。その箱は一人でに飛んでいく魔法がかかっていて、立会人はそれに一緒についていってホグズミードまで飛んでいく。

 ホグズミードにある中ぐらいの箱にそれが全部納まったら僕たちの出番。ちょっと遠いし暗いけど、普段夜ふかしだって言って怒られるような誰もいない時間帯に箒で飛ぶのは楽しそうだね!

 

「まあ、慣例的な立ち会いだから何もないはずだが、仮に悪いやつが襲ってきたら隠れとけよ。見えないからって(ルーモス)とか使うんじゃねえぞ。いい的だからな」

「わかってるよ。でも、僕のメガネは暗視の魔法がかかってるから見えないってことはそんなないと思うけど?」

 

 パパが僕に念の為言って聞かせてくる。もう、子供じゃないんだからわかってるよ、それぐらい!

 

「暗視の呪文が使えたりとっさに暗視のルーンを刻めるならそれでいいけどな。普段の生活では便利だが、落とすし壊せるし汚せる道具を戦闘で信用するな。足をすくわれるぞ」

「はーい」

 

 さっきの意味もなく抱きついてきたときのパパは少し引っ込んで、省で働いてたときにはよく見た仕事モードのパパの顔だ。

 普段はウザいだけだけど、こういうときのパパの話はちゃんと聞いておいたほうがいい。

 ポッター家3人とハグリッドさんで付き添い姿あらわしをして、ホグズミード村の投票所の前に降り立つと……すでに各地から来ていた立会人の人たちが集まっていた。

 

「悪いな、もしかしたら遅れちまったか?」

「いや。アイラ島の立会人がまだ来てねえな……と思ったら。噂をすれば影だな。来なすったぞ」

「ちょっとあんた、ギリギリじゃない。もうちょっと余裕持って時間帯指定しなさいよ」

「ま、間に合ったからセーフってことで……」

 

 パパとママが少し言い争っている。

 言い争いとは違うか。ママが一方的にパパをやり込めている。

 地区立会人のおじいちゃんおばあちゃん達はだいたい皆お互いに顔見知りのようで、僕のパパとママの言い争いを見ながら「や、わしの若い頃を思い出すのう」「お前さんにとっちゃいい思い出かもしれんが、わしにとっては悪夢だ」などと憎まれ口を叩きあっている。

 最後のアイラ島投票所の立会人が無事着陸したときは一際そんな様子だった。仲良さそうだなー。

 

「おいババア、随分とよれよれの飛行じゃねえか……酔ってんのか?」

「バカ言うんじゃないよ、アイラ島の魔女が酔うぐらいで真っ直ぐ飛べなくなるわけねえだろ。これはヘブリディーズのアバズレから食らったくらげ足呪いの後遺症で……おっと。今年はかわいい坊っちゃんがいるのか。口には気をつけないとねえ。ホグワーツ何年生だい?」

「あ、はい。2年です」

「そうかいそうかい。ジェームズ。ずいぶんかわいい子こさえたじゃないか」

「おうとも! ハリーはイギリスで一番かわいい上に、箒の腕前も一流だ。投票箱は任せてくれよな」

 

 そう言って各立会人の皆さんは投票箱受け渡しの手続きをして……ここからは僕らの仕事だ。

 

「さて、箒は忘れてないな? 行くぞ!」

 

 そう言ってパパが地面を蹴ると、すごい勢いで吹っ飛んで……また、僕らのいる地上にばつの悪そうな顔で戻ってきた。

 

「あー。修理したてだったな、俺の箒……クソっ、ずいぶん癖が強くなってないか?」

「わははは、ジェームズ。昔はチェイサーで鳴らしてたってあんだけ豪語してたじゃねえか。さっきのアイラ島のババアのほうがまだマシだぞ!」

「うるせえぞ、ジジイども!」

「ニンバスやめてクリーンスイープにしなさいよ。修理も早いわよ」

 

 筋金入りのクリーンスイープ党のママがここぞとばかりに推してくる。もちろんママが跨いでいるのはクリーンスイープ・ケルピー。『平日は生活の足、でも週末は競技場の翼!』の名コピーで名を馳せた名箒だ。

 

「クリーンスイープなあ。悪くはないんだけどなあ。俺からするとロマンが足りてなくて……」

「あ、それわかる。なんか……加速したときのノビとかがあとひと押し欲しいよね」

「だよな! ほら見ろリリー、ハリーもこう言ってるぞ!」

「なによ、箒にロマンって」

 

 僕ら3人はこうやって雑談しながらも、宙に舞い上がる。魔法のかけられた投票箱が動き出したからだ。

 ハグリッドさんはスクリュート数頭立ての馬車? スクリュート車? に乗り込んでいた。今回は試運転で、どうやら将来的にはあれに荷物も詰めるようにしたいようだけど、やたらめったら蛇行するスクリュートたちは頻繁に壁やら崖にぶつかっていて……正直言って、ハグリッドさんより頑丈な荷物じゃないと難しいと思う。つまり無理そう。

 

「夜間の長距離飛行は初めてだからちょっと不安だったけど、そんなに暗くない夜でよかったね」

「灯りのない田舎道での夜間飛行は結構おっかないんだけどな。満月だからな」

「ちょっとジェームズ、はしゃぎ過ぎよ!」

「いや、だってな。闇祓いのときは激務だったし、ホグワーツ勤務は激務の上にリリーがこっちくる機会はないし……家族3人で飛ぶ機会なんてなかったからな」

「まあ私も楽しいし、気持ちはわかるけれど」

「なんだったら昔みたいに俺の背中にしがみついてもいいんだぜ?」

「それは嫌。だって最近のあんたのローブ、加齢臭がするし」

「あ、それは僕もちょっと思ってた」

 

 並々ならぬショックを受けた様子のパパに向かってペロッと舌を出してそのまま宙返りしてみせる。

 宙返りのため上昇したときに見えた空は確かに綺麗な満月。絶好の夜間飛行日和だ。

 下を見ると、爆走するスクリュートたちの上からハグリッドさんが手を振っているのが見えた。こちらも振り返す。

 

「加齢臭は置いといて……ハリー、今のは俺への挑戦だな?」

「へへへ、チェイサーはこんなアクロバットしないでしょ?」

「言ったな? 見てろよ」

 

 パパは僕の背後に位置取って、僕より小さい半径で宙返りを始める。

 進路妨害の反則に当たらない範囲でシーカーの行動や前進を制限するチェイサーのテクニックだ。

 僕はそれにあわせてパパの体をくぐり抜けて脇の下をすり抜けようとすると、パパは体を当てずにシーカーの生命線である視界だけ遮ってくる。なかなかやるね。

 

「あのねえ。あんた遊びじゃないのよ、一応。そりゃ、こんなもん儀礼でさすがに狙う輩はいないと思うけど……」

「わかってる、わかってるって。まあでも、今この一時を楽しんだっていいだろ?」

「リリーさん。投票箱は俺がしっかり見てるから別にええ。子供ってのは遊ぶのが一番の仕事ってもんだ」

「もう。ハグリッドさん、ハリーはともかくうちのジェームズまで面倒みてもらって……」

「ええってええって。リーマスで慣れちょる」

「……まあ、そうよね。リーマスもしれっと噴水の水を全部チョコレートに変えてからしらを切るような人だったし」

「お? リーマスは小せえ頃からチョコレートが好きだったのか? 今でも小屋に山積みにしちょるぞ」

「そうねえ。バレンタインなんか女性陣に混じって買い込んでたわねえ」

 

 後ろから来る投票箱とハグリッドさん、そしてママを見失わないようにしながら、誰もいない森の上に透き通った空で僕はパパとぐるぐる回り続ける。

 パパも僕に「俺がホグワーツにいた頃は名チェイサー中の名チェイサーで……」とたびたび言うだけあって腕は落ちてないみたいだ。

 

「よーしハリー、次はジグザグ飛行で……待て。全員スピードを緩めず上昇!」

 

 パパが突然、みんなに命令を出す。

 ママは対応したみたいだけれど……僕は突然声色が変わったパパに戸惑って、一瞬判断が遅れた。

 

麻痺せよ(ステューピファイ)!」

 

 聞き慣れぬ野太い声が響き、赤色の閃光が飛んでくる。なんとか回避を試みるが、その甲斐もなく僕に命中し、痛みに思わず喘ぐ。かなり強烈な呪いだ。ホグワーツの廊下で飛び交うようなものとはぜんぜん違う。

 箒の柄を掴めなくなった僕はそのまま地面に落下した。

 

「きゃああ! ハリー!」

「ハリー! 今行くぞ」

 

 そして、森の木々を縫うようにして二段バスが姿を現す。投票箱の警護についているスクリュートを跳ね飛ばし、行く手を遮りながら。

 

「顔を合わせるのは二度目だな、ジェームズ・ポッター! トリカブトの味はご存知か? 好き嫌いはしないほうがいいぜ、この先何度も家族総出で味わうことになるからよ!」

 

 バスの運転席から顔を出したのは、変身した人狼。

 フェンリル・グレイバックだ。

 

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