人狼に変身しているにも関わらず理性を保っている様子のフェンリル・グレイバック。
たぶん、脱狼薬を飲んでいるのだろう。
「魔法使いは頑丈だからなあ! これで轢かれても死にはしないだろうぜ……その後、しっかり噛み付いてやるからよ!」
「おいおい、トム・リドルの野郎……投票箱襲撃までやっちまうってのか!? タブー中のタブー、選挙への侮辱にもほどがあるだろ」
「お、やっぱ俺の依頼人はかの名高きトム・リドル閣下なのか? まあそうだよなあ、こんなこと俺にさせて得する人間はそう多くはない」
ニヤニヤと狼のツラで笑いながらグレイバックだが、窓から出している顔をしまって、バスのアクセルを一気に踏み込んだ!
ヘッドライトを点けたバスは、僕に向かって猛スピードで突っ込んでくる。
なんとか体を少しでも動かして、せめて箒を掴んで逃げれれば……と思ったが箒は僕が落ちた際にすっぽ抜け、木立の奥に落ちてしまっている。とても届く距離じゃない。
「ハリー大丈夫か!
「おっと、そいつはぬるい動きだ。
パパの拘束呪文が僕の体を縛り、間一髪で体ごと引っ張り上げる。
が、それと引き換えにグレイバックの呪いがパパに当たってしまった。正確には当たる直前に体を逸らし、箒で受けたようだけど……
なんとかパパは僕をバスの進路から逸らし、引っ張りながら着地をしたが……二人とも箒を一時的に失ってしまった。
ハグリッドさんの乗った馬車は横転し、すぐに動ける状態じゃない。ママが上空から僕らを拾い上げに来たがパパが声で制止した。
「リリー! 絶対に近づくなよ、俺がやられたら逃げてくれ、ハリーだけはなんとか逃がすからよ」
「おうおう、勇ましいことだな! だがお次はどうかな?」
バスは一回転してまたこちらに向き直る。周囲の木々もお構いなし……いや、木々は自分から避けていっているようだ。
「はっ、そんな乗り物、止めちまえば4対1でボコボコだっつーの!」
「止めれるもんなら止めてみろ、バカが!」
高速で突っ込んでくるバスに対してパパは変身術で進路の土を泥と穴に変えた。が、でたらめなことに……木々だけではなく、泥も穴も一人でにバスを避け始めた。
「おいおい……マジかよ」
「便利だろ? 悪くない買い物だったぜ」
パパは鹿に変身し僕を背に乗せて逃げ始める。
が、二段バスは……あまりにも速い。速すぎる。相当に速い牡鹿の
あんなに速くて障害物を勝手に避ける乗り物があるなんて……いや、違う。
泥と錆で薄汚れていてあの時の輝き、にぎやかさ、明るさ、ユーモアはもうないけれど、僕はあの乗り物に乗ったことがある。あれは……
「あれ、
「ああん? なにかわかったのはいいが……クソ、粉砕呪文も止めるには至らねえか」
「余計なことはしないでただ轢かれてろや! クルーシオ!」
「プロテゴ!」
「リリー、助かった……けど逃げてろって言ったろ!」
「逃げるわけないでしょ、この状況で!」
人の姿に戻り即座にパパが
むしろ呪文を放つ瞬間の隙を見てグレイバックが磔の呪文を放ってきた。危うく当たるところだったけど、間一髪。上空のママがパパの前に盾の呪文を張って防ぐ。
とはいえ、ママの飛行技術はそんなに高くはない。地面に転がった箒を二つ拾って僕らにパス……なんてアクロバットな真似はできそうにない。スピードを殺さずに地面の箒を掴むためダイブしたらそのまま激突するだろう。
なんとか止める手段は、と考えていたとき。本来の、あの素敵なバスの持ち主であるシャンパイクさんの言葉が脳裏をよぎった。
『このバス、結構オンボロでよ。左側の車軸がちーっとだけ曲がっててな……あんまり体重をそっち側にかけると横転……たぶんしないはずだ、心配ご無用!』
去年の夏。ダフネさんと乗ったときの記憶はしっかりと残っている。シャンパイクさんは左側の車軸が歪んでいると言っていた。
中に僕ら子供が乗るだけで慌てて止めるほどに。
瞬時に東ロンドンから西ロンドンまで飛んでいく勢いのバスを、人の手で単に引っ張るだけじゃ、当たり前だけどバスを倒せるとは思えないし、グレイバックもそう思い込んでいるだろう。
グレイバックはその車軸の歪みなんて、まったく知らないはずだ!
「パパ! ママ! 僕はあのバスを知ってる!
唐突な言葉にパパもママも戸惑うかと思ったけど、瞬時に杖を構えて従ってくれた。
「オッケーハリー、なんだか知らないけどやってみるわよ」
「ああ。ターンして突っ込んでくる。そのタイミングで狙うぞ……
パパが放った捕縛呪文にタイミングをあわせて、僕とママの呪文もバスの左側の車軸に絡みつく。
ターンした瞬間、スピードを一瞬失っていたバスは……なんとか加速してタイヤを回し、絡まった僕らの捕縛呪文を引きちぎろうとする。
「引っ張るぞ! ハリー、リリー」
パパの掛け声にあわせて三人で引っ張る。バスは……確かに斜めになっている。いける、あと一押しだ!
だが、運転席から顔を出した激怒した様子のグレイバックがこちらに杖を向けた。まずい、パパを狙ってる!
「バカが! 名案とでも思ったか? お前ら三人、俺から呪いを当て放題だぞ! 全員人狼にしようとしたが、少なくとも一人は殺して……」
「おっと。バカはお前さんだな。俺がいることを忘れたか?」
ハグリッドさんが思いっきり、倒れかけのバスに蹴りを加えると……そのままバスは横転し、グレイバックは巻き込まれた。
衝撃で砂煙があがる。バスは止めたけど……グレイバックはどうなったんだ?
─────
畜生。間違いなく骨は折れてる。血も出てる。目も血まみれだ。
マグルはもちろん、魔法使いでもすぐさま手当しなければ命に関わる怪我だろう。
だが人狼は違う。肉体的にはより頑強で、もちろん魔法使いと同様に魔法も使える。
人狼は病気ではない。選ばれた種族だ。
ホグワーツを卒業した俺を人狼にした男は、実に情けない男だった。
満月が沈む直前。夜明け前のごく僅かな時間に俺を噛んだ奴は、ヒトに戻った瞬間泣きはじめ、詫びながら俺を手当した。
笑えるよな。人狼が粉末状の銀とハナハッカの混合物を持ち歩いてるなんてよ。
その男は俺のことを面倒みるから、と何度も詫びた。
そう言って奴は、魔法省に知られていない文明社会から離れて暮らす人狼のコミュニティを案内した。
薄汚れた連中が集まる場所だった。魔法使いにも関わらず魔法もろくに使えない。カネもなければメシもない。まともな屋根と壁のある住まいもなければ、寒さをしのぐ服もない。みじめな連中だった。
だから俺はとっととそんな場所を出て、マグルの家を襲った。すぐに省の連中がすっ飛んでくるから住まいは手に入らないものの、メシや服はなんとかなった。そのうち、自信がついてきた俺は魔法使いも襲うようにした。カネも手に入るようになった。
強盗稼業にいそしむようになった俺を、噛んだ男はおどおどしながらも止めようとした。たとえ狼人間だとしてもヒトはヒトだとかなんとか。うるせえなと思いながらそいつも殺した。
例の集落の人間の半分は俺を厭うようになったが、もう半分は俺の下についた。魔法の素養があるにも関わらず、ろくな教育も受けていない連中だったからすぐに手懐けられた。
いつしか、俺らは単なる強盗ではなく……後ろ暗い連中から後ろ暗い仕事を頼まれるようにもなった。それでも、まともな住まいは手に入らなかったが。
スコットランドの隠れ家も……俺は思った以上にあそこが気に入っていたことがダンブルドアにボロボロにされてからわかった。どこまで行っても狼人間は定住できない。俺ぐらいに成功してもなお。
それを覆したかった。
足を伸ばして寝たかった。
ボロボロの廃屋で足音に怯えながら寝たくはなかった。
金属製で外の寒気を直に伝えるバスの中で寝たくはなかった。
それをするには、俺らの力を魔法使いの連中に認めさせるしかねえ。そのためには頭数がいる。とにかく人狼の数を増やす。俺を畏怖し支持する人間を増やす。
いくら裏稼業に手を染めても土地と家は手に入らねえ。表に通じるほどの
手下は失った。体はボロボロだ。任務も果たせなかったから、あのマルフォイにも狙われるだろう。前金は確かに高額だが、一からやり直すためのカネとしてはまったく足りもしねえ。
だが、まだ再起は効くはずだ。この場を切り抜けりゃあな。そう意気込み、横転しぶっ壊れたバスの下敷きになった状態で杖を握りしめる。
俺が襲撃している間、たとえ通報があっても
襲撃班が俺だけであることを奴らは知らない。投票箱は自動でロンドンへと動く。その護衛と
つまり、今この場で横転したバスの瓦礫をひっくり返し、俺の体を確認するはずだ。
……ゴソリ、と音が聞こえる。予想通りだ。連中も瓦礫の下で杖を構えて姿を見せたタイミングでの奇襲はかわせないだろう。俺の杖のほうが速いはずだ。
月の光がわずかに差す。いいぞ、俺の上の瓦礫をどかしてくれ。その瞬間俺がそいつを呪いで殺し、同時に近くにいるやつを蹴り倒す。人狼にしてやるのはまた今度だ。
俺の真上の瓦礫がどかされ、目の前に出血のせいでぼんやりだが人の姿が映った。俺は即座に杖を振ろうとする。呪いの撃ち合いなら、絶対に俺のほうが有利だ!
二人無力化して外に出ちまえば人狼の脚で逃げ切れる可能性は十二分にある。人狼は病気ではない! 選ばれた種族だ、フィジカル勝負で負けるはずがねえ!
その瞬間、俺の意識は刈り取られた。杖を振るより速い殴打で。
─────
「おーい、手伝っとくれジェームズ。奴がいたぞ」
横転したバス(
さっき一人で行動するなって言ったろ! まったくよ!
「だから一人で瓦礫起こすのやめろって! 単独行動は危ねえだろ! で、どうなんだ? 生きてるか」
「ああ。生きとったが……俺に杖を向けてこようとしたもんだから、ちょいと撫ぜたらのびちまった」
そう言って指差す先を見ると……確かに気を失ったグレイバックがいた。
「死んだフリでも……
省への通報呪文はとっくに唱えてて、普段ならば流石にそろそろ魔法警察の連中が顔出すはずなんだが……未だ姿は見えなかった。
別の案件と重なっちまったかなんかか? それにしても遅えな。キングズリーの兄貴通してクレームでも入れたろか?
あとは、他の三人の処遇だ。
こんな投票箱の立会任務なんて100オーバーのジジイがジンを片手に飲酒箒運転しながらやる程度のもんで、まさかこんなことになるなんて……おっと。んなこと口に出すと局長に叱られるな。黙っとこ。
「ハグリッドさん、悪いんだが護衛任務は俺一人でやる。ピクニック気分ってわけにはいかねえみたいだしな。リリーとハリーも置いてくから、悪いが現場を
「おう。わかった。ホグワーツまで戻ったらウェールズまで戻るとしよう。護衛についてるスクリュートはかわいそうに、何匹か怪我しちまったが……元気なのもまだ残っとる。鎖で箱につけとくから、用が終わったら放してくれ。勝手に牧場まで戻ってくる」
「え! 僕、頼まれた仕事あきらめたくないよ!」
自分の箒を回収したハリーはそう言う。うんうん。俺の息子らしくしっかり責任感を持って育ってるな。いいことだ。
俺としては子供だからとかは言いたくねえ。そりゃ、当たり前に息子が戦いの場にいるのは嬉しいことじゃない。率直に言って足手まといでもある。いやまあ、さっきはまさにハリーに助けられたんだけども……
とはいえ、魔法使いの一般論としては子供だからってやむを得ず戦わなきゃいけないことはあるし、グリフィンドール寮の一般論としては力量が足りていなかろうが立ち向かったり、歯を食いしばって食らいつかなきゃいけないときもある。
だから、それ以外の理由で説得せねば。
「なあハリー、仕事を投げ出さない意気込みはいいことだが……本気のプロが他にも襲ってこないとは限らねえ。一旦俺に預けてはくれないか?」
「僕の
「おう。俺もそう思うぜ。よーいどんで呪いを撃ち合ったらハリーは大人込みでもかなりいい線行く。なんせ俺が育てたからな、ガッハッハ!」
「じゃあなんで!」
なおも引き下がらないハリーに対して、しゃがみこんで目を見て答える。
「まずだ。この後3人でホグワーツに戻ったあと、ハグリッドさんはその後ウェールズに帰る。いま、ホグワーツには俺も局長もダンブルドアも、なんならスネイプだっていやしねえ。他の教員はいるから大事には至らねえと思うけど……なにか起きるかもしれん。そうなったときママを守るのがハリーの役目だ」
「でも、そうしたらパパが一人になっちゃうよ! 一番危ない立場なのに」
「俺は大丈夫だよ。夜道で戦う訓練を受けてる。ハリーの呪文の腕は俺が鍛えただけあってスーパー優秀だが、それでも訓練を受けてないことはできないと思ったほうがいい。油断大敵、だ。一方でホグワーツならハリーの庭だろ? ママはああ見えて抜けてるし、もう卒業して十数年だから道とか忘れちまってるかもしれないし」
「ジェームズ? あんたのほうがよっぽど忘れっぽいでしょ?」
「……えー。まあ、それは置いといて。で、だ。そうなったときにはハリーの出番だ。悪いやつが来たらママを逃して秘密の隠し通路でマクゴナガル先生のとこに直行しながら、ピーブズでも血みどろ男爵でもけしかけてやれ」
「言いくるめられてる感じはするけど……わかったよ。その代わり、選挙管理室の中とか仕組みとか、ちゃんと調べておいてよね!」
ハリーはかなり迷っていたが、渋々頷いた。
後ろでそれを見ていたリリーは思わず安堵の息を漏らした。良かったぜ。それでも行くって言い続けるグリフィンドール生を拒否するのは不可能だからな。
「任せろ! えーと管理局の人に話を聞いて、そんで中も調べて、メモって……たぶんきっとやってみせるぜ!」
「絶対ダメなやつだ」
いや、そんなことないって……ハリーが聞きたい要点とか全然わかんないけど……
まあ、なにはともあれ俺はその場を後にする。木立に落ちた箒を拾い、再び空に舞い上がった。
向かうは、魔法省。