ヴォルデモートなんていない   作:taku1531

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78.ベイビー・ドライバー(1)

「あー……ようやく終わった。何年やっても慣れないわねえ。セブルスくんは終わった?」

「6月中に終わらせている。数占い学の受講者などたかが知れてるだろうに」

「なにそれ、不幸自慢? 魔法薬学は必修だから手間は数倍だってアピールしてるわけ?」

「その通り」

 

 車椅子のセプティマを押しながらほとんど誰もいなくなった中庭を歩く。

 いるのは壁にかけられた絵画とゴーストぐらい。ピーブズがなにか企みながら近づいてくる気配がしたので、巻き付き呪文(フェルーラ)で柱にくくりつけておいた。

 

「まあ、そんなに遅くならなくてよかったわ。さすがにこれだけの事態が起こってるなら私だってロンドンにいって話ぐらい聞きたいもの」

 

 セプティマは珍しくそのような殊勝なことをいう。

 そうだろう。今日はダンブルドア校長が出馬している魔法大臣選挙の投票日だ。私も任務があり、午後になる前にすぐにロンドンへと飛ぶ予定ではある。

 

「君がそういうとは思わなかったな。自分の利害に関わることならともかく」

「いやいや、利害とか関係なく偉大なことでしょ。まだ成否はわからないとはいえ」

「確かに。ちなみに結果はどうなると予測しているのだ? 魔法界の数学の権威の意見をぜひ聞いてみたいところだ」

「そこまでの者でも……あるわね! 私ったら大した奴よね、ベクトル家を背負って立つだけの権威だわ……まあ、件の話に関しては内容については伝え聞いた程度しかわかってないし。もちろん、タニヤマ・シムラ予想がなにかぐらいはざっと理解してはいるけど」

「待て、タニヤ……? なんの話だ」

 

 突然、まったく知らない専門用語を出してきた。

 こいつ、もしかして今日の選挙の話をしているわけじゃないのか?

 

「え? 先月ケンブリッジから出てたフェルマーの最終定理の証明の話じゃないの?」

「違う。なんだそれは」

「ええー! ちょっとそれはおかしいわよ! 今、イギリスの数秘術界隈も大騒ぎだっていうのに!」

「それよりまず俗世に目を向けろ。今日はダンブルドア校長の投票日だ」

 

 案の定、完全に忘れていたようで「ああ!」と言いながら手を叩いた。雇用主についてなにも把握しない奴がいるか?

 

「それで私は午前中にロンドンに発つ。世話は屋敷しもべ妖精にでも頼め」

「あ、それならついてってもいい? 車椅子が暖炉に入らないから大変なのよね―。縮小呪文(レデュシオ)かけて車椅子運べばいいんだけど、その状態だと飛んだ後暖炉から出るのが大変なのよ」

「……まあ。その程度なら。しかしその脚で街を回れるのか?」

「なんとかなるわよ。ロンドンまで飛んじゃえばあとは姿あらわししちゃえばいいんだし」

 

 私の身代わりとなって車椅子生活となったセプティマだが、意外にもあまり気に病む様子は見えない。

 この女が楽観的なのは知っているが、だからといって想定していない障壁が避けて通るわけでもあるまい。

 

「そうね。数秘術のセミナーに顔出して、それから忘れてなかったらロンドンの投票所に行くわ!」

「順番を逆にしろ。それで帰りはどうする気だ?」

「うーん……省にダンブルドア校長がいるはずなのよね。セブルスくんは?」

「確約はしないが、首尾よく進めば私も省にいるはずだ」

「じゃあ合流することにするわ。というわけで準備してくるわ、ちょっと待ってて!」

 

 そう言って魔法の車椅子は人の足よりもよほど早く中庭を出て廊下に進み、爆走していった。

 車輪の回りが悪いとかなんだの言って私に頼んで押させていたのは何だったんだ?

 

 とはいえ、私も今日は忙しい。準備自体はほぼ済んでいるが、再度確認する。

 杖。筋弛緩薬。バジリスクの毒。水上煙薬。戦闘も考慮して用意したアンプルをしっかりと懐に納めておく。

 厳しいリドルの目も投票日ともなれば流石にずいぶんと緩むだろう……という予測のもとでの作戦。危険は承知の任務だ。いくら備えても足りるということはない。

 数分後……再びけたたましい声が聞こえた。

 

「準備できたわ! さー行くわよ!」 

「いいだろう。しかし、女性の準備にしては随分と早いな」

「え……セブルスくんデリカシーなさすぎ。ちょっとドン引きしたわ……やーめーてー、車椅子後ろ向きで引っ張らないでー。酔うから、酔うから!」

 

 

 

 首尾よくダイアゴン横丁にたどり着いた私はセプティマを放り捨て、目的地へと向かった。

 グリンゴッツ銀行ロンドン本店へ。

 ロンドンの道で拾ったまったく無関係なマグルの髪の毛を使ったポリジュース薬を飲み干し、顔を変貌させる。

 その後、指定されたグリンゴッツの壁に向かって「グレシャムの法則」と合言葉を唱える。

 

「スネイプ様ですな? 通用口です。こちらへ」

「本名で呼ぶのは避けろ。……そうだな。P. B. プリンスと呼べ」

「では、プリンス様」

 

 内通者であるゴブリン、グリップフックが私を裏口から銀行に入れる。

 

 ゴブリンの話によると、副頭取は突然乱心したらしい。彼らの意見によるとヒトによる邪悪な呪いの影響ということで……ゴブリンの言うその手の話は鵜呑みにするべきではないが今回に限っては同意見だ。あまりにもトム・リドルが発したグリンゴッツの国有化宣言とのタイミングがよすぎる。

 ロンドン本店から頭取を追い出し、トム・リドルに協力姿勢を突然見せ始めた副頭取がリドルの配下に服従の呪文で操られている可能性は高い。もっとも、ゴブリンたちによる権力闘争はルール無用の過激なもので、副頭取がリドルを引き込んで自発的にクーデターを起こした可能性も否定できないのが厄介なところだが。

 

 しかし、その厄介さが今は我々の有利に働いた。

 省においては序列が上の人間にはほとんど絶対服従で、ゴブリンの社会においてもそれは建前としては同じであるようだが……野心家の多いスリザリン閥から見ても彼らの面従腹背っぷりには頭がくらくらしそうになる。

 副頭取に従ったふりはしているが、ゴブリンの(より正確に言えば、そのゴブリン自らの)既得権益をヒトに渡すなど言語道断と考えるものは多いらしく、その筆頭がこのグリップフックだった。

 

「前にもおっしゃった通り、グリフィンドールの剣をお渡ししてくださればより良い取引ができると思うのですが。ヤックスリー様の金庫にあるトム・リドルの悪行の証拠を手に入れるのは、私にとってもリスクがあるのですから」

「わかっている。手引があるとはいえ、要は銀行強盗だ」

 

 もちろん、決してホグワーツの味方というわけではない。あくまで彼は彼自身の利益のために動いており、事実としてこうやってホグワーツ内にあると信じている(まあ、事実私の預かり知らぬところにあるのかもしれない)グリフィンドールの剣をことあるごとに要求してくる。

 私はそれをはぐらかし、かつこちらの目的もすべて悟られぬ範囲で彼らと協力している。

 もっとも、たとえ手元にあったとしても現時点で渡すわけはない。ゴブリン相手に前払いなど愚者のやることだ。

 

「とはいえグリフィンドールの剣については存じていない。グリフィンドール生にでも聞くがよい。寮談話室のクリスマスツリー代わりにしているかも知れんからな、奴らは」

「左様ですか。まあ良いでしょう。本来の頭取がここを取り返すだけでも十二分に利益は約束されていますからね。プリンス様からすれば確実とも言える案件です。もしわたくしめに投資して頂ければ返り咲いた際に恩を必ず」

「不要だ」

「営業のしがいのない方ですな、プリンス様は」

 

 グリップフックは大げさに肩をすくめた。

 ……と、このように。ゴブリンは権力構造より自らの利益に基づいて動く。

 トム・リドルはグリンゴッツロンドン本店のピラミッドのてっぺんを抑えたと思っていたが、内情はピラミッドでなく乱立するバラック街。

 省も国有化を掲げた手前どうにか鋳造権は部分的に抑えたようだが、預金に関しては任されたゴブリン個人の裁量があまりにも大きいらしく我々ダンブルドア関係者の金庫は度重なる魔法省の出金停止命令にも関わらず問題なく使えている。

 (ただし、それを回避するための名義変更にはかなり割高な手数料を要求された。中の資産の15パーセント? 未だに信じられん)

 

 すでに主要な資産は避難させてあるから、今日は秘密裏に自らやホグワーツの金庫にアクセスしに来たわけではない。

 ゴブリンの手引があるとはいえ間違いなく不法……ある物をトム・リドルにさとられぬ形で奪いに来たのだ。

 向かうはグリンゴッツの奥底。まずはそこにたどり着くためのトロッコ乗り場だ。

 

「メンテナンス用の路線……裏玄関のようなものです。わたくしでさえここに入る権限はなく、見咎められれば問題になります。できるだけ素早く行動するのが賢明かと」

 

 メンテナンス用の入口の扉に手をかけた瞬間……ピリッとした感覚が走った。

 扉を調べる。上か。

 

「逃げるぞ」

「どう致しました?」

かくれん防止機(スニーコスコープ)……いや、そのようなかわいらしい物ではなさそうだな。不法な侵入者を検知する魔法具(マジックアイテム)が扉の上部に仕掛けられていた。ゴブリンが使うものではなく、むしろ我々(スリザリン)が好むような物であるからトム・リドルの配下が設置したと推測するのが妥当だろう。よくて先回りを食らい、悪ければ致死性の罠が待っている」

 

 気付けたのは……ルシウスのおかげだ。(明確に違法なものには当時はまだ手を出していなかったはずだが)学生時代から闇の魔法具の蒐集家として知られている彼は、買い込んできた魔法具の古代ルーン文字を書き換えるなどして、教員やヘッドボーイが近づいてきたのを察知するシステムを構築し、今の奥方と密会を繰り返していた。

 あの他愛のないものとよく似ている。

 

「日を改めますか?」

「いや。投票日は今日しかない。決行はしよう……罠が確実にないルートを選ぶ」

「というと?」

「そこが裏玄関なら、表玄関だ」

「なるほど、よろしい。ホグワーツ……おっと。今の名義は山人乐队(shānrén yuèduì)魔術学校でしたな。その金庫へのアクセスという名義に致しましょう」

 

 そう言ってグリップフックは廊下を進み、我々が通常訪れる受付のほうへ近づき、出納係のゴブリンに伝えた。

 

「P. B. プリンス様による山人乐队魔術学校の金庫へのアクセスの申請です」

「プリンス?」

 

 少し離れたところで、そう呟く声が聞こえた。出納係から離れたところ。省出向の担当官として座っていたのは……ルシウスだった。

 まさか、そんな不運があるとは。あのあだ名を知っている人間は相当に少ないが、残念ながらルシウスはその一人だ。あまりにも拙い偽名だったか? 学生時代の他愛ないあだ名などを覚えていて、私を結びつけてくれなければよいが……

 

「では杖を……よろしい。認証済みです」

 

 私の焦りを知ってか知らずか、出納係のゴブリンはゆっくりと私の杖を見て……その後に許可を出した。

 声を落とし、グリップフックに伝える。

 

「気付かれたかもしれん。省担当官だ」

「……不運ですな。あの男だけならいくらでも撒けたでしょうが、横にたまたま副頭取もいる。彼は私よりも長く勤めており、内部の構造に強いです」

「素知らぬ顔で行くしかあるまい」

 

 ここで早足になるのはなにかあると告白するようなものだ。焦りを顔に出さず、ゆっくりと金庫へ案内するゴブリンに従う。

 だが……やはり気付かれていたようだ。

 ルシウスは副頭取と自らの屋敷しもべ妖精を引き連れて、こちらに追いすがってきた!

 

「グリップフック、あのトロッコだな? 飛び乗るぞ」

「承知いたしました!」

 

 そう言ってトロッコに飛び乗ると、私達二人が乗り込んだ瞬間トロッコは加速し始めた。

 後ろからルシウスと屋敷しもべ妖精の呪いが飛んでくるが、動き始めたトロッコのスピードに対応しきれなかった。どちらも空を切った。

 

「振り切ったか?」

「いえ……向こうの3人も同じようにトロッコに乗り込んだようです。見たところ、向こうのトロッコのほうが僅かに速い。トロッコの癖まで熟知しているとはさすが副頭取……」

「言ってる場合か? なにか加速させる手段は?」

「レールを外れて奈落に落ちることが許容できるのでしたら、もちろんございます」

くそったれ(ブラッディ・ヘル)!」

 

 飛んでくる魔法に盾の呪文(プロテゴ)と持ち込んだ水上煙薬の煙幕で対抗するが、速度の差でじわじわと近づいてくるトロッコからの攻撃は次第に精度と威力が増していく。いつまで持つか。

 

「……! グリップフック、今ここで加速はできるか!?」

「もちろんでございます。先ほど言ったとおり、死ぬ前の優雅な遊覧飛行がごくわずかな間ですが楽しめるかと」

「死ぬ気はない。あの滝に突っ込み、そのまま下の地面に……トロッコを下にして着地する」

「無茶苦茶です! それは着地ではなく墜落です!」

 

 グリップフックが悲鳴を上げた。

 私だって悲鳴を上げたいぐらいだというのに、気楽な奴め。

 

「それしかなかろう! 気づいていないのか? 奴ら、我々をレールから叩き落として殺す気で呪いを打ち込んでいるのだぞ! ここで屋敷しもべ妖精の吹き飛ばす呪いをまともに受けてみろ、一溜まりもないぞ!」

「ああ、まったく……行きますよ、3、2、1!」

 

 そう言ってトロッコが猛烈に加速し、体に強烈な圧力がかかる。強靭な魔法使いでなければ気を失いかねない。事実、グリップフックは気絶したようだ。

 

 だが、これからの衝撃のほうがよほど強烈だ。

 レールを離れてトロッコは宙を漂う。

 そして、一瞬間をあけて冷たい水が体に刺さる。高速で水に叩きつけられ、一気に衝撃が加わる。

 だが……これはある意味朗報だ。地面にぶつかる前に速度をある程度吸収できたということなのだから。

 

 宙を舞う我々はやや速度を落として……そのまま地面に叩きつけられた。

 トロッコはバラバラになり、我々も体を投げ出される。

 ……が。どちらとも生きている。

 気絶したグリップフックに活力呪文(エネルベート)をかけて目覚めさせる。

 

「……最悪の目覚めですな」

「目覚めないままのほうが良かったか?」

 

 だが。我々を追う3人も……同じルートを選んだようだ。

 レールを離れたトロッコは滝を通過し……我々のほうに突っ込んでくる!

 ダンブルドア校長なら落下停止呪文(アレスト・モメンタム)で対応できるのだろうが、あいにく今のボロボロな私には難易度が高い呪文だ。

 

「モリアーレ!」

 

 あまりにもトロッコの落下速度は速く、また3人を乗せていたのもあって私のクッション呪文では衝撃を殺しきれなかった。まあ、そうなるだろうとは思ったが。

 そのまま3人はあらぬ方向に投げ出される。

 相手はルシウスだ。殺すわけにはいかない。もし、上手くいっていなければすぐに無力化できるように杖を構える。副頭取が気絶しているようだが、屋敷しもべ妖精とルシウスは起き上がってきそうだ。

 最初に立ち上がったのは屋敷しもべ妖精だった。私に指を向けている。

 

「下がれ、ドビー」

 

 低い声が響いた。

 命令された屋敷しもべ妖精は恐縮した様子で腕を下ろした。

 

「セブルス……」

 

 滝の効果でポリジュース薬の効果は切れ、私の顔ははっきりとしている。ルシウスは疑いなく私の名前を呼ぶことができるだろう。

 彼は立ち上がって……杖に手をかけず。

 おそらく着地の際に痛めたであろう左腕を抑えながらこう言い放った。

 

「解決策があまりにも荒すぎる。この数年でグリフィンドールに染まってしまったのではないか? 取り返しのつかぬ損失だな」

 

 アラスター・ムーディから聞いた、グリンゴッツ銀行を守る障害の一つ。

 我々魔法使いにとっても未知のゴブリンの技術によって作られた「盗人落としの滝」は「呪文も魔法による隠蔽も、すべて洗い流す」という。

 

 それは、服従の呪文さえ洗い流した。

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