ダンブルドア校長の体は、横たわったまま動かない。
アルバス・ダンブルドアの体は動かない。
アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドアの体は……何度声をかけても、動かない。
「嘘だろ……嘘だろおい! どうなってんだよ! 大臣候補は殺し合いができないんじゃなかったのかよ! あれは
誰に話しかけるでもなく、思わず叫んでしまう。
ダンブルドア校長が……死んだ?
それに……あのトム・リドルが使った
そんなものがかつてホグワーツで使われていた理由だが、子供が悪意のない用途で使う分にはリスクが小さいらしい。大人に比べると運命の許容幅が大きいとかなんとか。だからこそ、70近いジジイのはずであるトム・リドルが使用するというのはあまりにもイカれている。いや、突然トチ狂ってダンブルドア校長に杖を向けたんだ。イカれていると言って間違いないか。
「ちょっと、何が起きてるのよ!?」
「たわけが! ジェームズもアリスも取り乱すな! おい小娘、選挙は終わったはずだ。この障壁を早く消せ!」
アラスター局長に叱責されるがそれでも体は満足に動かない。
その間にも局長は障壁を解除させるよう命じた。慌てた様子のビンズさんがそれを消したのを見計らって、俺たち3人はダンブルドア校長の体に駆け寄る。
「脈が……脈がないわ!」
アリスと俺は必死にダンブルドア校長の体を調べるが、生きている兆候は一つも見当たらなかった。
局長は……ダンブルドア校長の残した杖を懐にしまいながら、残酷にもこう言い放った。
「当たり前だ。死の呪いを受けたのだ。お前たちだって素人ではないのだからわかっているだろう」
「あの、ダンブルドア校長だぞ!」
「知っている。誰しも平等に死ぬときは死ぬ。それよりも今やるべきことは二つだ」
声を落とし、俺達にだけ聞こえる範囲で局長は呟く。
「儂はアルバスから、もし殺されることがあればこの杖を回収するように話していた。理由はわからんがリドルの手に渡さずにこれを持ち帰ることが一つ。もう一つは生きてここを出ることだ」
「ダンブルドア校長は殺されることを予期してたってのか!?」
「用心のためだ。儂でさえこの事態を予測していなかった。油断の程度が一番マシだったのは結局のところアルバスだったのだろう……それ、先制攻撃だ!」
杖を回収した局長は無言呪文でアントニン・ドロホフを気絶させた。一番手練と見たのだろう。一拍遅れはしたものの、俺とアリスも他の手下どもに素早く
「ずいぶんと連中も浮足立ってたな。あいつらも状況を把握してないってことか?」
「儂の見立てだとな。だが、悪いことに……部屋の外の連中は既に儂らを狙って待ち伏せしている可能性が高い。とっとと逃げるぞ、
局長はドアを使わず部屋の横の壁を吹っ飛ばし、空いた穴に突っ込む。俺とアリスは右を見て杖を振るが……誰もいない。
「ああ、これは嫌な予感がするぜ」
「ジェームズ、それは予感ではない。合理的な推測だ」
穴を開けて外に出た局長は懐からなにやら紙飛行機を取り出した。省内での通信に使っている魔法のかかったものだが、誰に連絡を取る気なんだ?
「予感ってことにしといてくれよ、そっちのほうがまだマシだぜ。それはなんだ?」
「足を手配した。運が良ければ駆けつけてくるだろう……では、つべこべ言わず行くぞ。アリス、ジェームズ! 幸いにしてここは地下1階だ、このまま天井をぶち抜くぞ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ……まだフランクくんがいるはずなのよ! 省内に!」
「それを言うならスネイプだっているはずだぜ! 地下10階に!」
長年、
「諦めろ。どちらも自力でなんとかすることを祈るしかない」
「なんでそんなに焦ってるのよ!」
「ダンブルドアを殺して過去に戻ったトム・リドルは省から逃げようとする儂ら、あるいは目撃者全員を殺すために数時間、準備していたに違いないからだ」
どうやら……局長はトム・リドルが仕掛けたトリックがある程度読めているようだ。
足を止めず、辺りをひたすら爆破して偽の脱出経路を作りながらその推理した内容を語った。
「あの魔法契約はたとえダンブルドアでも、あるいはマーリンでも破れるような代物ではない。あの書類にサインしたリドルはダンブルドアを殺せない」
「でも、実際そうなってねえだろうが!」
「単純な話だ。サインをする前のトム・リドルが殺したのだ」
「ああん……?」
「儂とアルバスが最初に選挙管理室を訪れたとき、
ようやく飲み込めてきた……つまり、局長とダンブルドア校長が選挙管理室を訪れたとき、中にいたのは「未来から来たトム・リドル」だったのだ。
入れ替わりのタイミングはおそらく俺が部屋に入った直前・直後。部下に呼び出されたフリをして「未来から来たトム・リドル」は選挙管理室を離れ……その後に「現在のトム・リドル」がしれっと入り込む。そのタイミングで局長が「先ほどまで仏頂面だったのに機嫌がよくなった」と煽っていたが、あれは良い知らせがあったからでもなんでもなく、シンプルに別の時間軸の人間だったからだ。
仏頂面だったのも当然だろう。選挙で大敗を喫した結果、敗北から逃れるためにダンブルドア校長を殺した後なのだから。
「おおかた、神秘部のルックウッドあたりを利用して秘密裏に
あまりにも静かすぎる省内の廊下を抜け……突然、なにもないところでアラスター局長が立ち止まった。
「この場所で、この角度だったな……。ここから斜め上に天井をぶち抜いて一気に逃げ出す。遅れるなよ」
さすがマッドアイ・ムーディ。地下1階から天井をぶち抜いて外界に出る手段もしっかりと抑えていたらしい。
それを平時からチェックしていてしっかりと暗記している狂気についてはともかく、理由はわかる。敵が外で待ち受けてる可能性が高いなら、丁寧に受付と玄関を通ってやる必要もない。
「念の為だが、透明マントは持っていないだろうな?」
「今は手元にない。あったら出してる」
「だろうな。『おお、忘れてたぜ!』など今更抜かしておったら拳骨を食らわすところだ……それ、行くぞ!」
局長の杖に合わせて3人で杖を構え、
確かにそのまま外に繋がったようだ。俺の変身術で梯子を作って手早く昇る。どうやら……マグルの言うところの地下駐車場、とやらに繋がっていたようだ。
そこは無人……いや、暗闇の中に杖を構えた男がいる。魔法使いだ。男はこちらに杖を向けたまま叫んだ。
「……だ、誰でえ!」
「通行人だったら悪いな、寝てて……いや、お前。マンダンガスか?」
「ジェームズ。杖を下ろす必要はないが攻撃は一旦止めろ。奴はわしが手配した足だ」
「アラスターの旦那か! あんたから飛んできた依頼で待ってたがとんだ貧乏くじだぜ、省の周りはとんでもないことになってるぞ!」
そこにいた男はスキンヘッドの悪人面。先日一度顔を合わせたマンダンガス・フレッチャーだ。
どうやら局長が手配したらしい。
「ポッターの坊っちゃんのパパさんか? そっちの別嬪さんも確か一度顔を合わせたな……とっとと乗ってくれ」
「なんだって?」
「何って……逃げるんだろ? 今のロンドンは、いや下手するとイングランド全域で姿あらわしが使えねえみてえだしな。だから、アラスターの旦那はこれを用意した」
真っ暗闇の地下駐車場ということでほとんど見えないが(暗視がメガネにかけられているとは言え、色や細かな部分まで映してはくれない。)、そこは満月の光がちょうど出口から差し込んでおり……薄暗いが、俺達が乗り込む逃げ足を照らしていた。
真っ赤な車体。マグルの乗り物……自動車だ。
なるほど。マンガンダス・フレッチャーはマグルに近い立場で姿あらわし無しで運送屋やってたんだったな。車ぐらい使う機会はありそうではある。
「お前が逃げ出していなくてよかったわ。もし、そうであれば無免許の儂が運転するしかなかった」
「うへえ……アラスターの旦那、できるんですかい?」
「お前が脱出の過程で死ねばそうなる。二人とも! とっとと乗り込め!」
そう言って局長は運転手の隣の席に乗り込んだ。
省を出てから無言のままのアリスの肩を軽く叩いて促し、俺たちも後ろの席に乗り込む。
「不吉なこと言わないでくれよ、アラスターの旦那。俺だって車の運転なんて慣れてるとは言えねえしな……シートベルトはしっかり頼むぜ。付け方わかるか?」
リリーと一緒にタクシーとか乗った経験があってよかったぜ。アリスにも手を貸し。シートベルトとやらを嵌めさせる。
「とにかくまずロンドンを脱出しろ、マンダンガス。その先は魔法使いの多く住む地区は極力避けることにする。幹線道路は外れるだろうからだいたい悪路だろう」
「へいへい、了解しました。まあ、幸いにしてスコットランドへの道は頭に入っとりますよ」
そう言って車は発進する。
地下駐車場を出た途端。明かりで照らされた……マグルの照明じゃない。
「いたぞ! マッドアイだ!」
「
マンダンガスが悪態をつく。
このあたりはマグルの道路のはずだが、おかまいなしに魔法使いどもが杖を構えてうろついている。
どうやらマグル避けをかなり盛大にばら撒いているようだ。これだけの人数がすぐに集まってくるあたり、省の外で大規模な待ち伏せをしてるって読みは大当たりだったようだな。
連中がこっちに向かって呪いを放ってくるのを見て、マンダンガスはスピードを一気に加速させる。
「うおお! 嫌な音したぜ! マンダンガス、この車持つのか!?」
俺の座ってるドアの側に
「この車はしっかり俺が手配した車ですぜ、ポッターの旦那。こいつはラリーにも使われる世界一タフな車の一つであるミニ・クーパーだ、禁断の森だって抜けれるぜ」
「ホントかよ。つうかそんな車、逆に目立つんじゃねえのか?」
「それについてもお墨付きだ。こいつはイギリスを代表する大衆車だからな。どこの道路でもバンバン走ってる。アラスターの旦那に頼まれてここに一年ほど置きっぱなしにしてたが、不審がられたことはねえ」
局長、んな前から省の周りに逃走用の足を用意してたのかよ……
そんな風に局長の猜疑心について思いを馳せる余裕もなく、新手が来た。
「ならいいけどよ……ああ、今度は正面だ! 1ダースはいやがるぞ!」
車で逃げることが予測されてるとも思えねえから、主要な逃走経路はあらかた塞いでいるのだろう。今度は前からの待ち伏せだ。
窓から腕を出したアリスと局長が的確に一人一人ノックアウトしていくが、なかなか減らねえ。そして、運転席のマンダンガスに向かって呪いの閃光が飛んでくる。
……が。その魔法は俺が魔法で開けた車の前面部(ボンネットとかいうんだったか?)に突き刺さり、止まった。視界を遮らないようすぐに戻す。
マンガンダスは目の前の魔法使いを急ハンドルでかわし、なんとか振り切る。
「うおおおお……! おお、ポッターの旦那か? 助かったぜ!」
「安心するのはまだ早いぞ、マンガンダスにジェームズ。前を見ろ」
「いや、ちょっと待てよ……俺ら止めるだけためにあんなことしてんのか!?」
俺たちがまっすぐ突き進む先の道路は……横にあった建物を変形させたか。巨大な質量で道を遮っていた。
「どうすんだよアラスターの旦那!
「仕方ねえな……俺が行くぜ。アリスと局長、支援頼む」
「ちょ……ちょっと待て! マグルの車のスピードを知らねえのか! 走行中の車から出ていいわけ……」
マンダンガスの制止を無視して、俺の側のドアをこじ開けて飛び出し……路面に足が付く前に牡鹿へと変身する。
それなりに衝撃はあるが、四本の太い脚で吸収。そのまま慣性も利用して一気に駆け出す。
突然降車して出現した鹿に泡を食ったか。動きが一瞬止まった敵連中をアリスと局長が仕留めていく。
俺は残った奴にトップスピードで体当たりをぶちかました後……変身を解いて杖を握り、変形した建物を再び変身術で元に戻した。
「ヒャッホー! さすがポッターの旦那だ!」
「はっ! 在学中に
再び鹿に戻ってマンダンガスの運転する車に並走し、スピードを緩めた段階で人に戻って乗り込み直した。
深夜のロンドン。前にはもう人影は見えない。
「振り切ったみてえだな。このまま飛ばしてロンドンを出たら一旦西進してスウィンドンまで抜けるぜ。オックスフォードには近づきたくねえからな」
「任せたぜ」
「油断はするなよ。特に空を見ておけ。追いすがるとしたら箒だろうからな」
とはいえ、一段落だ。
幸いにして俺たちの車が再び襲撃を受けることはなく、数時間掛けて北上していった。今は……マンチェスターのあたりか?
だが、それでもロンドンを離れ、イングランドを離れ……下手をすれば二度と戻れないという嫌な予感から車内の雰囲気は重いままだ。
特にアリスの雰囲気は暗い。フランクのことが心配なのだろう。俺に関しては家族がホグワーツにいるから、不安は小さいが……もし、現状ゴドリックの谷の自宅に二人ともいるとなれば気が気じゃないだろうな。
沈黙に耐えかねて、俺はマンダンガスに声をかける。
「なあマンダンガス、前乗った車ではマグル界のラジオとかが聞けたんだが、この車はできねえのか?」
「ああ。魔法界のラジオも聞けるように改造してる。まあ、いいニュースが流れるとは思わんが」
運転席のマンダンガスは左手を伸ばして、中央にあったつまみだかなんだかを弄ると……耳に覚えのある魔法ラジオネットワークの女性の声が聞こえた。
「……先ほどより、新たな魔法大臣であるトム・マールヴォロ・リドル氏からイギリス魔法界全域に戒厳令が出されております。姿あらわし、煙突ネットワーク、移動キーの使用は規制されています。落ち着いて行動し、外出を控えてください。トム・マールヴォロ・リドル氏からは一言、声明が出ておりまして……」
―――
「報告致します。魔法省は完全に制圧しました。省に入り込んでいた今は亡きダンブルドアの手下どももきっちりと捕縛しております。形ばかりの裁判を経て、アズカバンに送り込めるでしょう」
「さすがだバーティ。君のお父上はどうなっている?」
「大脳を完全に溶解しています。前魔法大臣の立場が不要となれば、リドル様が望むタイミングで死を迎えるでしょう」
「完璧だ。君は数少ない、信頼できる部下だ。もちろん、君も
「過分なお言葉、恐縮です」
バーテミウス・クラウチ・ジュニア……バーティは完全に役目を果たしたようだ。クラウチを大臣の座につけ、傀儡にする上でも非常に大きな働きをしたが、大多数の無能とは違う非凡な部下のようだ。
そして、形ばかりの失敗をしたとはいえ、評価すべき人間がもう一人現れた。
気絶から目が覚めて最初にやったことがその部屋にいる人間全員の鏖殺とは。なるほど、僕がやってほしいことをよく理解している。
「ドロホフ。不覚を取ったようだな?」
「釈明の次第もございません……が、できる限りで仕事は果たしました」
元
いいね。僕はこういう部下は好きだよ。
「というと?」
「あの日、地下2階にいた職員は我々以外全員消えてもらいました。リドル様の立会人も含めて」
「ああ、そうか。残念だ。あの選挙管理局の女性はなかなか愉快だったのにな。しかし、良い仕事ぶりだ。実のところ、君には少しだけ申し訳なく思っていた。伝えない理由はあるとはいえ、詳細を知らせなかったし。君が元
「……! あ、ありがとうございます! なんと言ったらよいか……言葉もありません」
ドロホフを下がらせ、メディアの掌握を担当しているロジエールに連絡する。
もともと影響下だった『日刊予言者新聞』も『魔法ラジオネットワーク』は完全に掌握した。目障りだった『週刊魔女』の建物ではごく小型の産まれたばかりのものではあるが、バジリスクが事故で三頭事務所に投げ込まれ、最終的にフロアは爆破されたらしい。かわいそうに。
予めイングランド全域に埋め込んでおいた「姿くらまし防止呪文」のルーンを利用した魔法具。これの設置に関して既に拡大の命令を出している。
直にこの防止呪文でウェールズ、スコットランド、アイルランドも覆われ、完全な支配下に置かれるだろう。
省を掌握してすぐに……イギリス全土に私が魔法大臣に就任した旨をラジオに大きく伝えさせた。それと比べるとやや控えめではあるが、アルバス・ダンブルドアの死も。
選挙の日に対立候補が死んだ魔法大臣? ああ。存分に不審に思うがいい。ダンブルドアという庇護者のいない世界で存分にな。まともな頭の人間なら、その下に書かれたイギリス全土での無許可での「姿あらわし」の禁止がどのような意味を持っているか理解し、口をつぐむだろう。
日刊預言者新聞にも同様に大きく報じさせ……一面に大きく掲載させたそれとは比較にならないほど小さな記事で、ルシウス・マルフォイ、セブルス・スネイプ、フランク・ロングボトムの逮捕についての記事を報じさせた。
合法的な政権運営をアピールする一方で、私に逆らうものの末路というものを暗示させるために。
そうだな。開き直って一言伝えてみようか。
これにて2年目は終了となります。
81話・54万文字とずいぶん間延びしてしまいましたが、お付き合いありがとうございました。
2年目のテーマとして「かつてあったもの」を据えており、そのテーマに沿う形で小ネタとして2021年現在は存在しないものをちょいちょいと出しています。もしよければお探しください。
3年目も引き続き、よろしくお願いします。