ヴォルデモートなんていない   作:taku1531

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第3章(1993-1994)
82.Ministry of Alienation


 下院議員と直接税は、連邦に加わる各州の人口に比例して各州間に配分される。各州の人口は、年期を定めて労務に服する者を含み、かつ、納税義務のないインディアンを除いた自由人の総数に、自由人以外のすべての者の数の5分の3を加えたものとする。*1

 

アメリカ合衆国憲法(1787) - "五分の三条項"

 


 

 

「なあ、新しく公布された法律……読んだか?」

「相変わらずリドル大臣の出す法律はよくわかんねえな。『各地区の人口は一等魔法使いの総数に、一等魔法使い以外のすべての人数の5分の3を加えたもの』とする……ってつまりどういうことなんだ?」

「さっぱりだぜ。俺たちマグル混じりにわざとわかりづらく書いてるに違いねえ!」

「しっ……声がデカいぞ。奴らが来ちまうかもしれねえだろ」

 

 ダイアゴン横丁には陰鬱な雰囲気が漂っている。

 それはロンドンの名物である薄暗い空だけがもたらしたわけではないようだ。

 

「そういや、またウィゼンガモット法廷の椅子が空いたらしい。お前は信任投票行くのか? 俺はもう飽き飽きしちまったよ」

「行こうとは思ってたんだけどな。この前省から『重犯罪の経歴がある人間には選挙権は与えられない』って言われてな」

「なっ……なんだお前。見た目によらず、若い頃ヤンチャしてたのか?」

「違えよ! 問い合わせてみたら、同じ名前の人間と取り違えてたらしいんだけどな。選挙権を与えない措置はそのままなんだとよ……しまった。長居しすぎたな、パトロールが来たぞ!」

 

 男たちは逃げるようにして家に入っていく。

 それと同時に……強い寒気が走った。そして突然、深い喪失感に包まれる。なんだ? これはいったい?

 いや……原因は自明だった。

 吸魂鬼(ディメンター)だ。それを、陰鬱な雰囲気の男が率いている。

 彼らを先導する男は私を見咎め、こちらに近づいてきた。喪失感は彼らの歩みとともにより強まっていく。

 

「お前は登録された市民じゃないな? ここでなにをしている?」

「か、海外から戻ってきたお方の代理人です。ト、トム・リドル氏に挨拶をと……」

 

 そう言って、私は持ち合わせていた身分証明の書類を差し出す。

 男はそれに目を通し、頷いた。

 

「ふん。なるほどな、リドル様に挨拶とはいい心がけだ……見逃してやろう」

 

 そういって男は離れていった。それとともに寒気は弱まり、安堵感に包まれる。

 もう一度このような経験をするのは御免だ。私は足早に通りを進み、魔法省へと向かった。

 

 

「ふむ。アメリカで長年暮らした経験があり、1年ほど海外に渡航していたと。ふむ。これは市民登録は難しいかもしれないな」

「そ、そんな! 何卒!」

「不安がることはない。通常の手続きでは、という話だ。書類を見たドロホフの話だと、この女性はなかなか良い家柄で財産も持ち合わせているらしい。しかし、『20世紀で最も偉大な血を継ぐ』とはアメリカ育ちの誇大妄想としてもいささか盛りすぎではないかな。ハハハ! まあ、なんだっていいがね」

 

 これは茶番だ。

 書類はもちろんデタラメだらけ。書類の人物が純血かどうかさえリドルは信じていないかも知れない。とはいえ、建前としてそれが必要であり、彼の気を引くには嘘でも山程書き連ねなければならない。

 海外から戻ってきたような立場の弱い人間の身分を保証し、その代わりに財産と権限を渡す。そうした取引が魔法省で行われているのは周知の事実だ。

 

「いいだろう。契約を結ぼうじゃないか」

 

 そう言ってリドルは古い魔法がかけられた書類を持ち出した。

 最も古典的な魔法契約の一つ。結婚契約だ。時代錯誤と言われるほど古いだけあり、その拘束力は極めて強い。違反した場合は契約者は魔力を失うと言われている。

 無論、彼が真剣にパートナーを探しているわけではない。リドルは、強力で安定した古典的な魔法契約をこのような形で利用している。搾取と権力維持のために。

 

「私は引き出物として契約者に市民としての権限を与える。一方でここに定めた財産、土地、家屋を受け継ぐ。そして、お互いに悪意をもって攻撃することは禁じられる。実に平等な取引だ。異論はあるかね?」

「え。ええ……異論はありません」

 

 欺瞞だ。

 「市民としての権限を保証する」ではなくあくまで与えるだけ。つまり、一度与えてしまえば正当な手続きをもってすれば剥奪も逮捕も思いのままだ。

 そして、身一つで海外からやってきた人間にとって自らの杖は唯一の武器であり、反抗手段だ。それをこの契約は封じる。一方で、トム・リドルのほうは顎で使える、汚れ仕事を厭わない部下が山ほどいる。ほとんどデメリットにはならない。 

 それでも。

 それでも、今のイギリスには。このような不安定な立場であっても喉から手が出るほど欲しがる人間が山ほどいるのだ。

 私は代理人の立場でしっかりとサインをする。魔力が通うのが感じられ、契約が成立したことを確認できた。

 

「いい取引だった。では失礼する。なかなか多忙でな」

 

 そう言ってトム・リドルは足早に去り、私は省の一部屋に残された。

 

 

 ―――

 

 

「セブルス・スネイプ被告人。貴様の番だ」

「……」

 

 ウィゼンガモット法廷上部にある拘置所。

 鳥籠と呼ばれる法定尋問用の檻に閉じ込められた私は、拘置担当官の男に裁判を受ける時間であることを示される。

 待遇はお世辞にも良くない……なにせ、今も丁寧に降ろされるわけではなく男に蹴り落とされたぐらいだ。

 被告に厳しく当たって何の意味がある? 法執行部の質もずいぶんと落ちたものだな。

 

 勢いよく落下した籠と私はそのまま法廷の中央に降ろされ――周囲に座る陪審員たちから嘲笑を受けた。

 

「酷い身なりだ。こんな男がたとえ僅かな時期でも省に勤めていたとは」

「見たまえ、あのベタついた髪を! マグル混じりはやはり醜いな!」

「静粛に!」

 

 ウィゼンガモット法廷の私の裁判を取り仕切るのは……あれはノット家の当主か。

 私が廷内に雪崩込んできたリドルの手下の奇襲を受け、捕えられて一週間ほど。

 周囲を見渡してみたところ、そのわずかな間にずいぶんとウィゼンガモット法廷の参加者の顔ぶれは変わったようだ。空席も多い。

 一週間前に私とルシウスの出したトム・リドルへの逮捕状請求に賛成していたはずの人間も幾人か残ってはいるものの、みな私が顔を向けるとはっきりと目を背けた。

 

「私が裁判長のヴィクター・ノットだ。セブルス・スネイプ、貴様は自分が何の容疑で告発されたか認識しているかね?」

「一切、認識していない」

 

 私の完全な否認に、周囲が少しざわめく。

 裁判長が露骨にため息をついて見せる。中立すら装わないとは。所詮急場でねじ込まれた人間だ、役者が足りていないな。

 

「貴様は当時魔法法執行部の部長であり、現在魔法大臣を勤めているトム・リドル氏を貶め、公正な魔法大臣選挙の結果を歪める目的でウィゼンガモットの陪審員を詐称しようとした。選挙違反と偽証。この二つの罪で告発されている。この罪を認めるか?」

「否認します」

「どの部分を?」

「全てを。私の告発は正当なものでした」

 

 ざわめきが増していく。完全な否認事件。ウィゼンガモットで扱う裁判の数は少なくはないが、それでもこのような案件は多くはなかろう。いや、今やそうでもなさそうだが。

 

「……反省の意思が見られないのは裁判において君に不利に働く。それを認識しているかね?」

「裁判長の台詞とは思えませんな? 判断するのは陪審員でしょう」

 

 私が檻の中から嘲笑してみせると、裁判長はわずかに顔を赤らめ咳払いをしながら、杖をかざす。

 すると、法廷の奥から二人の男が現れた。法執行部の職員だろう。

 彼らは私の前にアンプルを一つ差し出した。

 

「まあいい。では存分に証言をして貰おう。『真実薬』だ。被告人はこれを飲むことが義務付けられている」

 

 アンプルから漂う甘い香りが私の鼻をついた。

 私は、それを……手に取らず首を振った。

 

「裁判長。『真実薬』の摂取は被告人の義務ではありません。拒否します。これは魔法法の初歩のはずですが……」

「ええい! 言葉尻をとらえおって、被告人の分際で! 義務ではないが、貴様の証言が証拠能力を持つには『真実薬』が必要なのだ! 少しでもまともに貴様の話を聞いてもらいたければ飲むがいい!」

「拒否します」

 

 再び首を振ると、裁判長は顔を真っ赤にして台を叩いた。

 

「よろしい、彼は証言を拒否した! よって否認は無効、訴えをすべて認める。有罪だ! 異議のある陪審員はいるか!」

 

 彼の叫びに、陪審員は誰も言葉を返さない。

 だろうな。私ごときのために異議を申し立てる骨のある人間はもういないだろう。

 

「これにて結審、セブルス・スネイプ被告は……無期のアズカバン行きとする!」

 

 これまでも大してよい待遇だったとは言えないが……お客様扱いが終わった。

 背後からぬらりと現れた男は私に目隠し(オブスクーロ)を施し、加えて一発二発小突いて私を跪かせる。加えて、呪文で両腕両脚を拘束された私は檻から引き釣り出され、そのまま法廷の外へと連れ出される。

 人目につかなくなった控室で私は背中を思い切り蹴られ、地べたに這わされる。

 男はそのまま私の髪を強く掴んで顔を持ち上げ、囁いた。

 

「なにか言い残したい言葉はあるか?」

「言えば伝えてくれるのか?」

「いや。だが、かすかな希望は抱けるかもしれん。絶望したやつをアズカバンに入れるよりそっちのほうが愉快だ」

「一理ある。ではくたばれとトム・リドルに伝えてくれ」

「はっ。アズカバンで長生きしちまうタイプだな、お前は」

 

 男は囚人護送魔法使いなのだろう。どうやらアズカバンに何人も送ってきたようだった。

 アズカバン囚人護送魔法使い。管轄としては法執行部の一員である。しかし、法執行部の人間であった私としてもあまり馴染み深い役職の人間とは言えない。なぜならばアズカバンの位置は厳重に秘匿されており、それに関わる人間を極端に減らしている。

 魔法省には半ば独立した閉鎖的な部署は少なくないが、その中でも孤立した、誰も近寄らぬ部署の人間が彼らだ。

 囚人護送魔法使いは私の腕を掴み、数歩歩くと……特有のめまいを感じた。これは、移動(ポート)キーによる移動だ。

 

「着いたぞ。ここで看守に引き渡す……大人しくしていろ」

 

 どうやらこの男がアズカバンの中にまで護送するわけではないらしい。

 これもアズカバンの情報を秘匿するための方策なのだろう。アズカバンに関わる担当者の間でも知識を切り分けることで、一人の人間だけが情報を独占するということを許さない。目隠しをされた私にはわからないが……おおかた、先ほどの護送官はアズカバンの看守が迎えに来る段階では姿を消していて看守はここに来るのに使った移動(ポート)キーも、護送官がどんな人間なのかも目にすることはないのだろう。

 

 しばしして……目隠し(オブスクーロ)の呪いが解けると同時に声がかけられた。

 周りは薄暗く、わずかな灯りだけが周囲の壁や囚人を照らしている。屋外ではない……どうやら、ここは既にアズカバンの一部のようだ。

 

「囚人、セブルス・スネイプで間違いないな? ……まあ、間違いだと主張されても何も変わらんがね。仮に本当に間違いでも私の責任ではないからな。そら、立て!」

 

 いつのまにか鎖をつけられていた私は看守の男に促されて歩かされる。周囲からは同じように拘束された人間が少し距離をおいて集められており、全員が同じように牢獄に向けて歩かされている。

 暗く、辺りの人間の数は大まかにしかわからないものの、かなりの人数が囚人として歩かされているのが足音で察することができる。どうやらトム・リドルは相当な人間の数をアズカバンに送り込んでいるらしい。

 ゆっくりと歩いている中で突然、後ろから声をかけられた。

 

「……セブルスか?」

「ルシウス? あなたもアズカバン送りに?」

 

 声を潜めて話かけてきたのはルシウスだった。

 

「ああ……『真実薬』は飲んだか?」

「いえ。法執行部の裏方も質が落ちたものですな。甘い香りがする薬を『真実薬』として差し出すとは」

 

 真実薬は無味無臭の薬品だ。

 甘い香りなど漂うわけがない。

 

「『錯乱薬』などとすり替えて飲ませる手は昔からよく知られている」

「ほう? さすが陰謀にはお詳しいようですな」

 

 お互いに情報を交換していたところで看守の男がそれを見咎め、怒号をぶつけてきた。

 

「セブルス・スネイプ! ルシウス・マルフォイ! 私語は厳禁だ。次はずいぶんと痛い罰になるぞ?」

 

 闇の中で我々からは顔がみえないが、看守はしっかりと我々の名前を言い当てて見せた。おおかた暗視かなにか使っているのだろう。

 そして、彼の発言はまず間違いなく脅しではない……囚人向けの拷問呪文。(ホグワーツで言えば禁書棚にあるような)あまり行儀の良くない本ではしばしばお目にかかる定番の謳い文句だが、実在するのだろうか? もっとも、試す必要はないだろう。それはレイブンクロー生の領分だ。

 私達はそれに黙ってうなずき、再び囚人の群れに合流し歩を進めた。

 

 そのまま長廊を奥に進んでいくと、巨大な門がそびえ立っている。

 先頭の看守の男は中にいる看守に杖で合図を出すと、錆びた金属が擦れ合う音を立てながら門が開き始めた。

 

「進め! ここがアズカバンだ、貴様らのしばしの住まいだ!」

 

 門衛が待機していた守衛室を抜けていく……薄暗い状態で中ははっきりとは見えないが牢獄はお世辞にもよい環境には見えない。掃除はある程度行き届いているようだが、壁の煉瓦の継ぎ目には苔がこびりついている。

 わずかに月明かりは入ってきているものの、ガラス窓などという洒落たものは使っていないらしい。手を伸ばしても到底届かぬような高さに備え付けられた鉄格子からはお構いなしに水が入り込んでおり(雨だろうか? 波しぶきだろうか?)、隙間から水を浴びせられる運の悪い部屋の持ち主を格子の外からカラスが笑っていた。

 先を行く囚人たちに番号が与えられ、獄中に入れられるが……我々には中々その番が回ってこない。

 

「お前たちは……特別室だな」

「特別室?」

「その通り。お前たちのようなゴミどものために用意してある場所だ」

 

 男に引かれながら私とルシウスは牢と牢の間に目立たない形で置かれていた下り階段を降りていく。

 なるほど。特別室とはそういうわけか。

 

 海に囲まれたアズカバンの地下。環境が良いはずもない。

 上の牢ですらも目についた苔や黴はここではびっしりと生い茂っている。場合によっては剥がれたレンガの下の土にどこから入り込んだやら、雑草さえ生い茂っている。

 牢に備え付けられた唯一の家具(もちろん、隅にある樽を「便所」として認識するなら別だが)である木製のベッドにもお構いなしで苔や黴は生えており、寝心地がよいとはとても思えない。

 床ではなにかが走り回る音が絶え間なくしており、ほのかな灯りに反射する小さな眼がちらちらと映る。おおかた、囚人向けの物資とともに紛れ込んだのだろう。魔法界の鼠は非魔法界のものに比べ輪をかけて強力で厄介だ。

 

「ここがお前たちの住まいだ。なに、住めば都かもしれんぞ?」

 

 そう言って男は我々を同じ牢に閉じ込め、階段を登り……去っていった。

 正直に言って、かなり動揺していた。今の所周囲には居ないようだが、ただでさえ気が滅入りそうな環境だと言うのに吸魂鬼(ディメンター)まで訪れるのだ。いつまで精神が持つのやら。

 だが、私の隣のルシウスは意外にも堂々としていた。外を見回すでもなく……いつもの落ち着いた声で私にこう問いかけた。

 

「なるほど。聞きしに勝る雰囲気だな。アズカバンというのは。ところでセブルス、有料の部屋はいくらで借りれるのだね?」

「ルシウス?」

 

 前言撤回しよう。

 どうやら既にアズカバンにやられて、気が触れてしまったらしい。

 

「セブルス。非常に失礼なことを考えてはいやしないだろうか」

「いえ。全く」

 

 

*1
米国大使館広報・文化交流部アメリカンセンターJAPAN(https://americancenterjapan.com/aboutusa/laws/2566/)より引用

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