朝早くのグリーングラス家のダイニングで……私は父に声を荒げた。
「今年からは私もアストリアもホグワーツに行けないってどういうことよ、パパ!?」
「言った通りだ。3年度からはナショナルスクールのほうに通う。これは決定事項だ。もう入学の手続きも済ませてある」
いつも明るいはずのアストリアでさえ黙り込んでおり、いつもは楽観的な母でさえ沈痛な面持ちだ。
ナショナルスクール。正式名称は「国立トム・リドル記念魔法学校」だったか。昨年設立が発表された国立の魔法学校だ。私も何度か顔を合わせたことのあるホラス・スラグホーンという方が校長を勤めている。
高級官僚などの専門的な役職でさえも横並びに18歳で就くというのは非合理的だと訴え、既にホグワーツなどを卒業した人間に対して3年の追加課程を用意したものだった。第一号の入学者は設立者自身だったか。
魔法大臣の座に就いた設立者は追加の課程にとどまらず、ホグワーツと同等レベルと謳った7年の課程も用意した。正直なところ、わざわざ転校する理由もないから気にも留めていなかった出来事なのだけど……
「パパだって去年は『自分の名前を冠した学校に入学する? 確かにトム・リドルは多くを学ぶ必要が多そうだな、手始めに恥の概念を』とか言ってたじゃない!」
「それとこれは別の話だ。もはや個人に対する好き嫌いの問題ではない……いま、グリーングラス家の人間がホグワーツに通うのは多大なリスクを伴う」
パパ自身も、先の選挙では公言さえしなかったもののトム・リドルよりもダンブルドア校長を支持していた。半純血にも関わらず純血を装いそのリーダーとして振る舞う欺瞞をしばしば嘲笑していたし、ダンブルドア校長にも思うところはあったようではあるが、どちらを好んでいたかは明らかだった。
「イヤよ! 私ホグワーツ好きだもの! ダンブルドア校長だっていい先生だったわ!」
「そのダンブルドアがもう居ないのだ。腹をくくって奴と付き合うしかない。我々に限らず……貴族というものは土地に根ざしているものだ。それは不動産という実体だけに留まらぬ。グリーングラス家は葬儀を長らく扱ってきた。現代ではそれに依存することもなくなったが……未だに我々を信頼して葬儀や墓守の仕事を任せてくれている古い魔法使いの家がいくつもある。家の格など無関係に、裏切ってはならぬ人たちだ」
「なら、私だけがホグワーツに行くわよ、なにか文句ある!? あのトム・リドルはダンブルドア校長を殺したかもしれないのよ!? それにマグル生まれの人たちからあらゆる権利を奪おうとしてるってハーマイオニーさんから聞いたわ! パパだってマグルの文化は好きなものがいっぱいあるじゃない!」
「ダフネ。勘違いをするな。マグルの文化が好きなことは決してマグルの抑圧を許さない開放的な人間というわけではないのだ。私は現に、今喜々としてトム・リドル政権に反するマグル生まれを投獄している連中の中に週末のたびにマグルスポーツの観戦に向かっているやつが何人もいることを知っている。文化が排外感情を緩和させないとは言わないが、人間とは得てして両方を矛盾なく受け入れることができる」
「……」
「そしてこれはお前にも言える。マグル生まれの友人がいる。マグルのファッションを好む。だからといってお前が差別主義者の高慢な貴族ではないと安易に思わぬべきだ。我々の収益の多くはグリーングラス家が先祖代々保有してきた価値のある土地をマグル生まれという不利な立場の人間に貸し与え、純血魔法使いよりも安い給与で働かせているからこそ発生している。彼らは魔法界の土地を相続することはなく、巨額の不労所得を受け取ることはない」
パパの反論を受けて少し口ごもる。その手の話は確かに魔法界の上流階級では事欠かない。パーティのゲストとしてマグル生まれのメンバーがいる妖女シスターズを呼んで、演奏中大喜びで手を叩いておきながらマグル生まれのメンバーにはゲストルームすら用意しない……これが笑い話で処理されるとか。
「ともかく、これは決定事項だ。そもそも、現状合法的にスコットランドに行く手段はない。諦めろ」
「だからって……こんな朝早くに誰よ!?」
「客人だ。ダフネ、部屋に戻っていろ」
私とパパの口論は、玄関の扉をノックする音で遮られた。
午前中だというのにアポイントメントもない来客? ずいぶん珍しい話だ。
その来客は無作法にも……迎えが来る前に扉を開け、ズカズカと土足で入り込んできた。
「よう……グリーングラスさん、さすがいい家だな。突然の訪問、申し訳ない」
「アントニン・ドロホフ氏ですな。わざわざ私邸まで足を運ばせてしまって申し訳ない……何のご用でしょうか?」
「ちょっと挨拶に伺いたくてね。リドル大臣によってアイルランドの総督に任ぜられ、さっそく
グリーングラス家は死を司る。
儀式や死化粧、あるいはもう少し後ろ暗いいくつかの仕事には多様な動物資源や植物資源といった原料が必要だ。そのため、いくつかの森林を代々保持している。
特に繋がりが強いのがアイルランド南部。工業化によって加速した開墾でマグル世界のアイルランドからは森林はほとんど失われてしまったけれど、魔法によって覆い隠された領域には古く深い魔法の森林が未だに広がっている。
「それについて謝罪と併せてお願いを……ほら、ダブリンにいくつか不動産を抑えているでしょう? あれを少しばかり無償で貸して頂きたく」
「なに?」
パパが眉を上げる。
そりゃそうだろう。突然現れてうちの土地を荒らしたと宣った直後に無償で貸せというのだ。無遠慮にも程がある。
「グリーングラス家の当主ほどの方に言うのも何なのですが……ほら、いまのあなた方の立場というのはあまりよろしくないでしょう? そこのお嬢さんがたのナショナルスクール入学だって、借りを作ってることは当然認識しているんでしょうねえ?」
「……」
パパは表情を崩さずに黙しているが、私たち家族から見れば内心は明らかだ。煮えくり返っている。
普通ならイエスというわけもない申し出だけど……先に伝えられた謝罪とも言えない謝罪の内容と併せて考えれば、意味は明らかだ。物理的に建屋を抑えているのはこちらだ。断れば接収する、と。
「いいだろう。ドロホフ氏の謝罪と、不動産の貸し出し要請を受け入れる。後ほどリストを送って頂きたい」
「へへへ、そりゃどうも。いい返事がいただけて幸いだ。朝の団らんを邪魔してすみませんね、失礼」
そう言って男はドタドタと足音を立てながら立ち去り、玄関を出たところで姿くらましして消えた。
パパはなにも言わずにダイニングを歩き回りはじめたところを……ニッコリと笑ったママが両肩を抑えた。
「家具に当たっちゃダメよ? サイラス」
「エリー。そんなつもりは一切なかったが」
「ダフネも今日は大人しくしてなさい。思うところはいろいろあると思うけれどあんまりパパに迷惑をかけないように。これでも板挟みでつらい思いしてるんだから。そのうちハゲちゃうわよ? 今のうちから『スリークイージーの髪生え薬』を用意しておく?」
「やめろ。そんなことにはならん。そしてスリークイージーはやめろ。あそこの家にはクヌート銅貨一枚であってもなにかをやるつもりはない」
「はいはい。別のブランドにするわね」
問題自体は解決してないけど、ひとまず雰囲気はもとに戻った。
まあ、パパと喧嘩したいわけではないから今日のところは矛をおさめておくことにするけれど……
ママが紅茶を淹れて、家族でテーブルを囲みはじめたところで……窓の外で翼がはためく音が聞こえた。窓のさんでうちのフクロウであるイーリアスと仲良く毛づくろいしあっている。トレーシーの家のフクロウだ。
窓を開けてあげるとクリーミーな灰色の翼のフクロウはパパのところに一直線で向かい、手紙を届けた。
「マイルスから私宛か。あいつも輸入商という立場上、私以上に不安定だろうからな。なにかあれば口ぐらい利いてやるとするか。どれ……」
パパとトレーシーのパパは私とトレーシーと同じかそれ以上に仲がいい。家族の付き合いを幼い頃からしているのも、父親同士の仲がいいからだ。アメリカとイギリスを繋ぐ輸入商のデイヴィス家は珍物好きのパパと学生時代からウマが合っていたらしい。
手慣れた様子で封蝋を割って開き……文面に目を通し始めたパパはお茶を入れる前かそれ以上に顔を険しくした。
パパがダイニングテーブルに叩きつけた手紙には……こう書かれていた。
ちょっと急なんだが、今年のニューカレドニアに家族で旅行することにするよ。ほんの少しの間イングランドを離れることにする。達者でな。
普段なら君にデイヴィス家の土地の面倒をみてもらってるところなんだけど、今年は省に勤めているバーテミウス・クラウチ氏の申し出を快く引き受け、彼に頼むことにした。へそを曲げないでくれよ、サイラス?
追伸 君も家族旅行に興味があるなら手配する。今のニューカレドニアの気候はダイビングにぴったりだそうだ! 学生時代の僕のあだ名を覚えているかい? いつもの宛先だと受け取れないから、親戚のところに送ってくれ。
明らかに盗み読みを警戒した迂遠な文章だ。どこまでが真実かはわからないし、おそらくパパにだけわかる符牒が忍ばせてあるのだろうが(少なくとも、南半球にあるニューカレドニアの7月はダイビングにぴったりとは言えない)少なくともトム・リドルの支配下から逃れたことは間違いないらしい。
パパはため息を付いて……こう言った。
「いいだろう。ダフネの言い分にも検討の余地があることを認める」
―――
ミネルバ・マクゴナガル校長代理が手をかざすと……門番のガーゴイルは何も言わずに退いていった。
ミネルバ自身もその状況に少し動揺しているようだったけれど、言葉には出さないまま校長室へと進んでいく。
昨年も何度も訪れたホグワーツの校長室。
しかし、かつての主はもういない。
「アルバスの肖像画も用意しなければなりませんね。もっとも、手配どころではない状況ですが……ジェームズにはなにかアテがありますか?」
「肖像画のような
連絡がつかないのはシリウスだけではない。
トンクスやキングスリーの兄貴など旧知の闇祓いや魔法警察の面々にも連絡がつかない。スネイプやフランクも逮捕されたと報道が出ていた(アリスは「魔法警察に問い合わせてみたら私達は理由を関知していないだってさ。逮捕した当人が理由を知らないってイカれてるわね」と皮肉げに笑っていた)。
「これもお伝えしておかねばならないでしょう。先日、ピーター・ペティグリュー魔法医から退職願が出されました」
「なに、ピーターが!?」
「高齢のご家族を優先されるとのことです。『申し訳ないけれど今のホグワーツでの仕事はリスクが高すぎる。もっと若い僕なら断りきれなかったかもしれないけれど……母のほうが大事だ。ごめん、ジェームズ』と伝えてくれと」
「……まあ、それは事実だ。仕方ねえ」
今のイギリス魔法界はドンパチ自体は激しく起こってはいないものの、内戦のような状態に陥っている。
その中心の一つはここで、ホグワーツのポストなんてのは火中の栗みてえなもんだ。
「なにはともあれ、足りないスタッフを埋めなければなりません。休学も考えましたが……学びたい人間がいる限り、アルバスならホグワーツで教え続けていたでしょうから……今日はそのための候補についてお話しようと思っておりました」
「そりゃいいことだ……待て、フィリウスもポモーナも呼ばない中で俺だけってことは、校長代理は俺をナンバーツーと見据えている!?」
「なにを世迷い言を。寮監であるお二人は生徒との連絡で今多忙を極めています。いま城内にいるスタッフで手が空いているのはあなただけです」
「いや、俺だってそれなりに忙しくしててだな……つーかあれだ! 生徒との連絡なら俺だってやらされてるぞ! グリフィンドール寮監の座を大人しく譲れ!」
「あなたに任せられるわけがないでしょう!」
俺とミネルバのちょっとした楽しいお話は、ノックの音で遮られた。
ミネルバが杖を振り、校長室の扉を開ける。
入ってきたのは二人。先頭にはアラスター局長、もう一人は見知らぬ女性だ。
「マクゴナガル校長代理。人をお連れした」
「ってことは……後ろの方が新しいスタッフ?」
「ジェームズ、何の話だ? 儂が連れてきたのはアルバスに頼まれていた人間の保護のためだ。有り体に言えばリドルのスパイだな」
後ろの(服装や振る舞いを見るに、かなり上流階級っぽい)女性は鋭い眼光で俺たちを見つめている。あんまり穏和な人って感じではねえなあ……
「もしや……ブラック家のナルシッサさんでしょうか? スリザリンの卒業生の」
「ご無沙汰しております、マクゴナガル教授」
「アルバスはあなたをスパイとして使っていたのですか!」
「そうだ。人狼の攻撃の予兆を儂らに知らせたり、ロックハートとリドルの繋がりを事前に察知していたりしたのは彼女が情報源だったらしい。あいつらは間抜けにもマルフォイ家の屋敷で秘密の会議をしていたようだからな」
「しかし、なぜそんなことを……率直に言って、あなたはダンブルドア校長と親しかったようには思えませんが……」
「ええ。あの老人に顎で使われるのは極めて不快な体験でしたが……しかし、目的は一致しておりました」
はっきりと言わず言葉を濁したが、まず間違いなくルシウス・マルフォイが服従の呪文にかけられていた件だろう。
しかし、その息子のドラコくんは把握してない様子だったし、てっきり家族には露見していないと思っていた。
「ルシウス氏が服従の呪文をかけられていた、という疑いについてはアルバスからお聞きしています。しかし、あなたはどう確信を?」
「言語化はできません。しかし、彼の変化については感じていました。私の……最愛の人ですから。だからこそ、彼が服従の呪文にかけられていると知らされたとき確信できたのです」
ナルシッサさんはそう言い放った。
俺が服従させられたらリリーは気付いてくれるかなあ。「なんか前より気が利くようになったわね」とか言いそう。
「そして、私の家の屋敷しもべ妖精を通じて彼の服従の呪文が解呪された旨聞きました。セブルス・スネイプの尽力があったとのこと。アルバス・ダンブルドアに対しては嫌悪感しかありませんが、彼には感謝を伝えねばと思っていました。そんな矢先に……二人が逮捕されたという報せを聞いたのです。彼から最後に届いた報せはホグワーツへ逃げろ、という指示だけだったのです……それに従って、命からがら息子のドラコと一緒に逃げ出してきたのです」
「奴の手が未だ及んでいない中立地点のような場所であるマン島を利用するのは悪い手ではなかった。ルシウス・マルフォイは有能とは言えん男だが、脱出経路の選定ぐらいはできるようだな」
「有能とは言えん!? 言うに事欠いて!」
「お、落ち着いてください。このアラスター・ムーディって男は人の心がまったくわからない失礼千万で闇祓い局の長なんて管理職を長年やれたのが信じられない人間なんですが、悪気はそんなにないんです!」
「お前も大概失礼だな、え?」
どうやら、うちのハリーと親しくしていたドラコくんも無事らしい。後でハリーに伝えておこう。
さて、落ち着いたところで次は新しいスタッフの話を……と思ったところで扉の外からけたたましい鳴き声が聞こえた。
「これは……カラスの鳴き声? 珍しいな。誰かのペットか?」
「ああ……やかましい。入れてやってください、ジェームズ!」
「油断するなよ。呪いの爆弾かなにか掴んでるかもしれん」
そのカラスは甲高い声で鳴き続けるもんだから、仕方なく俺がそのカラスの対処に命じられた。
扉をあけて杖を構えると……そいつがクソ爆弾を持っているかどうか確かめる間もなく校長室に飛び込んでいった。あー……これは局長に叱られるな。いや、でも理不尽だよな?
そのカラスは手紙をくわえていた。なるほどフクロウであれば校長室の投函口に放り込んで終わりだが、カラスだから知らなかったわけだな。いや、でもなんでカラスが?
その手紙には……差出人としてルシウス・マルフォイ氏とスネイプの名前が連名で記されていた。
「ああ、ルシウス!」
ナルシッサさんが泣き崩れながらも、封筒すらない裸の手紙を愛おしげに手にとった。
そりゃそうだろう。収監されて下手すりゃ連絡もつかない最愛の相手から無事を知らせる手紙が届いたのだ。しかし……いや、ツッコミどころが多すぎるだろ!?
フクロウの代わりにカラスなのはまあいい。賢い鳥だし、南洋の国に住む魔法使いはオオハシに手紙を届けさせるケースもあるとか。いや、しかし……
「待て待て待て! どう考えてもおかしいだろ!? なんで収監中の人間からカラスを使って手紙が届くんだよ! おかしいじゃねえか!」
当たり前だが、イングランドの真ん中に住む人間とすら連絡が取れなかったりする現状だ。どう考えても、アズカバンの奥底に閉じ込められてるダンブルドア派最右翼と手紙のやり取りができるわけねえ!
アズカバンの奥底で、一体なにやってやがんだ、スネイプ!?