ヴォルデモートなんていない   作:taku1531

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85.ALL IN THE NAME OF LIBERTY!!(1)

「出せ! 出してくれ! 私をなんだと思っている、マルフォイ家の当主だぞ!?」

 

 ここに連れてきた看守が称していた特別室(どう考えても正式名称とは思えない。おおかた特別警戒犯収容室とかそのような名前だろう)に降りてくる、おそらく唯一の階段。

 その脇に居座っている看守はニヤニヤと笑いながら耳に手を当ててこちらに向き直った。

 おおかた、こちらの声はよほど近づかないと届かないような仕組みになっているのだろう。この地下エリアに我々しかいないわけもないが、周囲からは生活音さえ感じられない。金属の檻だというのに防音性は完璧のようだ。

 

「寒い! 毛布ぐらいよこせ! もっと言えばここから出せ!」

「ルシウス、無駄にあがくだけ体力の無駄です」

「温存しておくとなにか良いことがあるのか?」

「……そう言われると、返す言葉もありませんが」

「惨めだと言われようが無様だと思われようが生き延びろ、というのがマルフォイ家の隠された家訓だ」

「本当に?」

 

 看守の位置まで音は遮っているようだが、それ以外のものは素通しの檻。

 一口つけただけでルシウスが険しい顔をして床に置いた食事はどこからともなく集まってきたネズミや害虫によって実に素早く奪われていった。騒いでいるルシウスに目もくれずに目的を達成する知能を見るに、まず間違いなく魔法生物だろう。魔法の雑草もあれば魔法の虫もいる。最悪の環境だ。

 

「だいたい人間の行いは食事と睡眠だけではあるまい。排泄などどうしたらいいのだ?」

「そこで行うのでしょう、ルシウス」

「まずいな、セブルスにはこの樽がお手洗いに見えているのか。既に相当頭がやられてしまったようだな」

「…………」

 

 極めてキツい毒舌をぶつけてしまいそうになったが、ぐっと堪える。

 ここで二人で揉めても良い事はなにもない。

 丁寧に間違いを正してみせる。

 

「なに? 間違ってるのは私? ……嘘だろう、(bog)よりひどいぞこれは! 穴も空いている、良い部分すら探させてはくれないのか?」

 

 万事につけてこのような様子で大騒ぎしているルシウスをニヤニヤと眺めていた看守ですらもいつのまにか姿を消していた。

 私はまあ慣れているから別に問題はないが……

 

「ルシウス。看守でさえも呆れ果てたようですよ。樽の大発見についての演説をしていた間に去ったようです」

「なに? それは不味いな」

 

 それを聞いたルシウスの眼は、これから催す予定の樽に顔を突っ込んでいたときは打って変わって険しくなった。

 

「先ほどまで叫んでいたのは本心でもあるが、一方で看守を引き止めたい意向もあった」

「なぜです?」

「看守も吸魂鬼(ディメンター)とお近づきにはなりたくないだろう」

「……」

「選挙の同日に対抗馬が亡くなったなど、誰が偶然と信じる? トム・リドルはあの半ば狂った老人にしてイギリス最強の魔法使いを殺す上で合法性や秘匿性など頓着する余裕はなかったようだしな。だからこそ魔法大臣の正当性の担保は可能な限り積み上げて行きたいのだろう。これが、我々が即座に殺されず、アズカバンの奥地にまで送られた理由だ」

「ええ。でしょうな」

「もし、私が同じ立場で、首尾よく厄介者をアズカバンの奥底に閉じ込めることができたならば……即日消す。吸魂鬼(ディメンター)のキスで」

 

 噂をすれば影がさす(スピーク・オブ・ザ・デビル)、などという非論理的な話はしたくはないが……しかし、ルシウスが話を終えるのを待っていたかのようにコツン、という冷たい足音が響いた。

 まるで目がみえないかのように、一歩一歩慎重に階段を降りる足音は、次第に近づき……ついに、我々からもその発生源の姿が見えた。

 黒ずくめの人影……まさしくあれがアズカバンを守る吸魂鬼(ディメンター)なのだろう。

 

「おい。なんとかしろ、セブルス。私はまだキスされたくはないぞ。服従の呪文が解かれてからの家族との再会もまだなんだ」

「私が杖なしで守護霊の呪文を放てるほどの卓越した技量の魔法使いでしたら、おめおめと収監されていないでしょうな!」

 

 我々が言い争ううちにも、吸魂鬼(ディメンター)はジリジリと近づいてくる。

 

「うおおおお! 私が刺し違える! 家族に私の活躍を伝えてくれ! いや待てセブルス。君が行ってもいいのでは?」

「そもそもどのような手段で刺し違えるところまで持っていくおつもりでした?」

 

 狭い牢獄の中でできるだけ後ろに下がり、お互いに吸魂鬼(ディメンター)から距離を取ろうとする。

 だが、お構いなしに吸魂鬼(ディメンター)は近づき……文字通り、鉄格子の鼻先まで近づいた。

 

「……お二人とも、なにをやっているんです?」

「うわあああああ! 吸魂鬼(ディメンター)が喋っているぞ!」

「ルシウス。吸魂鬼(ディメンター)は会話能力のある魔法生物ではありません。幻聴でしょう」

「そうか? いやしかし、君の魔法生物飼育学の知識は信用できん。わからない欄を全て『蒙古』で埋めていたのをよく覚えている」

吸魂鬼(ディメンター)は喋りません。魔法生物学の初歩ですよ」

 

 そう言いながら吸魂鬼(ディメンター)、いや黒ずくめの男はフードを外した。

 

「レギュラス!」

「あまりにも間抜けな光景だったのでもう少し見ていようと思ったぐらいでしたが。正直なところ、お二人を尊敬の眼差しで見ている自分が恥ずかしくなるほどの光景でした」

 

 フードの下には、トム・リドルの手先としてホグワーツに赴任し、私に対して裏切り者と言い放った後輩。

 レギュラス・ブラックの顔があった。

 

「おい。言われているぞ、セブルス。どのような状況であってもスリザリン卒業生たるもの、いや君は今や寮監だろう。常に気品を――」

「レギュラス。来てくれたのは嬉しいが、いったいなぜ?」

「ベクトル女史の毒殺未遂を、あの後も独自に調べていましたが……結局、あなたがたと同じ結論に達しました。屋敷しもべ妖精を使って毒を盛ったと」

「……言いづらい話だが、それは私が屋敷しもべ妖精に命令して行わせていたものだ。リドルの服従下で、という注釈つきではあるが」

「リドル氏は、私に約束してくださったはずでした。時としてあまりにも過酷な屋敷しもべ妖精の境遇を変えるために手を尽くしてくれると。ですが、殺人など……彼らの性質上、死よりも辛い依頼でしょう。許しがたい蛮行です。そこで私はようやく気が付きました、彼は口先だけでブラック家から利を引き出そうとしているにすぎない、と」

「だから言っただろう。奴を信じるなと」

 

 そう私が言うと、レギュラスは苦笑いをした。

 

「ええ、セブルス。おっしゃる通りでした。恥ずかしい限りです……リドル氏を盲信していた一方で、マルフォイ氏については幻滅していました。ここ数年お聞きしていた噂ではあまりにも過酷な扱いを屋敷しもべ妖精に強いていると。ですが、それは服従を受けていたから。私が尊敬した正しい貴族であるルシウス・マルフォイという存在はしっかりと残っていたことに気付いた瞬間、正しい側につく決断をすることができました」

 

 ルシウスがさっと目をそらす。

 もともと、マルフォイ家の屋敷しもべ妖精の扱いはあまり優しかったとはいえない。人の世話をすることが至上の喜びである彼らに殺人を頼むことがどれほどの苦痛か理解はしていたものの、それを実行しなかったのは彼らに気を配ったからではなく単に家事の効率を維持するためだ。

 しかし、ルシウスは厚顔にもこの勘違いを利用することに決めたらしい。目線をレギュラスにあわせて鷹揚に頷いた。

 となれば今後、レギュラス・ブラックが魔法世界に対して影響力を持つ限りマルフォイ家で屋敷しもべ妖精を手ひどく扱うのは利益に反することになる。つまり、過程はどうあれレギュラスの目的はある程度達せられるだろう。私は口を挟まないことに決めた。

 

 だが、一つ疑問が残る。

 

「レギュラス。君を疑うわけではないが……ホグワーツでトム・リドルと魔法契約をかわしたと聞いた。それに抵触はしないのか?」

 

 レギュラスは余命僅かな母のため、トム・リドルから生命の水を譲り受けたと語っていた。

 その対価として、トム・リドルに対して協力を誓ったと。

 

「ええ。そのときに話しませんでしたかね。『ブラック家の当主として協力を誓った』と」

「……それがなにか?」

「今から思えば、彼は私個人になんの期待もしていなかったのでしょう。だからこそ、契約の対象は『ブラック家の当主であるレギュラス・ブラック』でした」

「レギュラス、君はまさか……」

「当主の座を兄上に譲ってやりましたよ。あれほど嫌っていたブラック家の当主の座に納めてやりました。いい気味です」

 

 確かに、魔法契約の対象が「ブラック家の当主であるレギュラス・ブラック」であれば、対象になる魔法使いが存在しなくなった時点でその契約は効力を失う。

 だが……レギュラスが軽く話すほど彼にとってブラック家の当主という立場は軽くはなかったはずだ。彼は先祖と自分の家の歴史についての敬意をたびたび語っていたし、そのような立場の人間として恥ずかしくない所作で振る舞えるように研鑽を積んでいたのだから。

 さすがのルシウスもショックを受けたようで、敬意を払って頭を下げた。

 

「感謝する、ブラック君。なんと言ったらいいか……マルフォイ家は君のために尽くそう。なに、シリウス・ブラックがとんだうつけ者であることはよく聞いている。状況が落ち着いたら再び当主として返り咲いてしまえばよい。だが、なにはともあれこのような場所で話すのもなんだ。まずは『付き添い姿くらまし』かなにかで脱出しようではないか」

「え? いえ、不可能です。アズカバン全域では姿くらましはできませんので。私はリドル派を装って囚人護送魔法使いを丸め込んでここに忍び込み、吸魂鬼(ディメンター)を装って降りてきただけで、脱出の手筈などさっぱり……それこそ、お二方さえ牢から出してしまえばどうにでもできると……」

 

 ルシウスは別の意味で、再びのショックを受けている。

 思わず私も頭を抱えそうになった……そうだ。ついぞ忘れていたが彼はブラック家で溺愛されて育った末っ子のお坊ちゃんであった。

 

「あー……まあいい。確かにそれも道理ではある。ともかく牢を出て外に出てしまえば――」

 

 ゾクリ。

 寒気が突然に走る。

 ルシウスが突然口を止めたあたり、私にだけ起きた現象ではないようだ。

 

 暗く、低く、小さいが確かに響く衣擦れの音。その音が我々に近づくたびに寒気は強まっていく。

 世界でもっとも忌まわしい闇の魔法生物の一つ。

 

 吸魂鬼(ディメンター)だ。

 

「貸せ」

「……え?」

「レギュラス。君は守護霊の呪文が放てるかね? そうでないのなら、私に君の杖を貸してくれ」

 

 あっけにとられていたレギュラスに声をかけ、鉄格子越しに杖を受け取る。

 他人の杖。すでに吸魂鬼(ディメンター)の影響範囲内。条件は極めて悪い。

 だが、泣き言も言っていられない。それに、私はこの呪文は苦手ではない――スリザリン寮で披露する機会はなかったが。

 杖に力を込め、過去の幸福な記憶を浮かべた。

 

 君があらわれるまでの私の人生は、地の下で耐え続けるだけの冷たく過酷な冬でしかなかった。黒い排煙が常に太陽を遮るスピナーズ・エンドにおいて、彼女だけが唯一の光だった。たとえそれが、眩く輝く太陽の光を白の花弁が反射させただけにすぎないとしても。

 白い百合(リリー)は愛の喜び。棘も恐れも彼女の美しさを汚すことはない。*1

 

守護霊よ来たれ(エクスペクト・パトローナム)

 

 杖先からまばゆい光が放たれ、レギュラスとルシウスは思わず目を瞑った。だが、私は目をそらすことなく、杖先に集中する。

 放たれた光は私の守護霊の形を取る。

 

 牝鹿だ。

 その牝鹿は現れた吸魂鬼(ディメンター)を追い払い、牢の周りを駆け回って淡い光となり、消えた。

 

 

「素晴らしい……まさか君が守護霊の呪文を使えるとは。スリザリン生で使える者は稀だからな」

 

 一般的に、スリザリン生と守護霊の呪文は相性が悪いと言われている。

 それを邪悪さと結びつける者もいるが、私から言わせてもらえばもっとシンプルな答えだ。

 幸福感というのは落差がもたらすものだ。名家出身の生まれながらにして豊かな人間ばかりのスリザリンにおいて、守護霊の呪文が使えるほどの想いというのを持つのは難しいのかも知れない。

 

「しかし、意外といったらなんですが……鹿ですか。あまりセブルスらしくない守護霊のような気も」

「確かに……いや、待て。思い当たる理由がある。まさか……人妻か? 人妻への懸想でか? 吸魂鬼(ディメンター)も浮かばれ……痛ぁ!」

 

 思わず杖が出てしまった。

 無言呪文でルシウスの太ももにむけてねじりつねり(ザ・ツイスト)呪いを放ったところ、ルシウスは痛みで飛び上がった。

 

「ルシウス。今この場で杖を持っているのが私だけであることをお忘れでしょうか?」

「待て。私が悪かった。もう言わん。しかし……ここを出たらマルフォイ家のツテで女性を紹介しよう。純血のよい女性を……やめろ! 同じ箇所に打つな!」

 

 切断呪文(ディフィンド)で鉄格子を切り、脱出する。

 目下気になるのは看守の動きだ。

 

「守護霊だが……気づかれただろうか?」

「五分五分でしょうが、悲観的に考えておいたほうがいいでしょう。封鎖呪文(コロポータス)……流石になんらかの保護がかかっていますな」

 

 唯一の入り口である可能性が高い下り階段の入り口を封鎖しようと試みたが、失敗した。魔法使いのための牢獄、アズカバンだ。一筋縄では行かないらしい。

 

「せめてバリケードだけでも張っておこう。空いている牢に木のベッドが残っている。あれを解体して使えばよい。頼む、セブルス」

「了解しました」

 

 何もしないよりはマシだろう。

 ルシウスの指示通り、入り口の階段をできる限り塞ぐ。すべて吹き飛ばしでもしない限り、乗り越えて入ろうとすれば数メートルは落下することになる。箒などがあれば別だが(常備していないと睨んでいる。脱獄のための格好の移動手段をわざわざ持ち込むことはない)、杖しか持たない魔法使いに対してはそれなりに抑止と時間稼ぎが期待できるだろう。

 もっとも、落下の衝撃など意に介さない吸魂鬼(ディメンター)は別だ。奴はこんなバリケードでは止められない。

 とりあえず入り口を塞いだところで、なにか脱出の糸口はないかと三人で歩き回っていたところ……突然、ルシウスが足を止めた。

 

「……フランク・ロングボトムか?」

 

 牢の中には……ずいぶんとやつれてはいるが、間違いなくロングボトム家の当主であるフランク・ロングボトム氏がいた。省で魔法警察局に配属されていたころ、お世話になった元上司だ。

 先ほどやったように鉄格子を切断する。ルシウスは牢の中に入り、彼に肩を貸しながら外に連れ出した。

 

「驚いたな……ルシウスか。省ですれ違う機会はあったが、ずいぶんと久しく思える」

「服従の呪文を受けていたからな。私の記憶だと君と最後に話したのはセブルスについての件まで遡る。さあ、出るぞグリフィンドール監督生。守護霊は出せるか?」

「まあ、一応は……先ほど寒気を感じたけれど、もしや吸魂鬼(ディメンター)が来ていたのかい?」

「それをセブルスが追い払った。聞いて驚くなよ? あいつの守護霊は……わかった。落ち着けセブルス。話し合おう」

「ハハハ。守護霊の形というのはあまり触れられたくないものだからね。気持ちはわかるよ」

 

 またルシウスが余計なことを口走りそうになったが、ともあれ彼が守護霊を出せるというのは朗報だ。私が不眠不休で吸魂鬼(ディメンター)に対応する必要は無くなった。

 

「この調子で使えそうな人間を探してもいいかもしれん。もっとも、このフロアに収監されている人数は多くはなさそうだが」

「うん。一般囚とは別に、僕や君たちみたいなトム・リドルにとって都合の悪い人間をここに押し込めてるみたいでね。もしかしたらまとめて消す予定だったのかもしれない。外の様子を気取ってはいたけど、僕が知る限りではあと一人しかいなさそうだ。おおざっぱな方向しかわからないけど、角のほうに一人気配を感じていた」

 

 ロングボトム氏の指し示す方向に向かって歩いていくと……牢の中には見慣れた顔がいた。

 

「セブルスくうううううん!! 寒いし辛いし紙もペンもないし辛かったのおおおおおお! 助けてくれてホントありがとおおおおおう!」

「うるさすぎる」

「防音の牢に戻すべきでは?」

「セブルスくん冷たすぎない!? ってあわわわ後ろにマルフォイ卿!? お、お目にかかりますセプティマ・ベクトルです。数秘術の研究などやっておりまして、もしよければ研究費の支援などなにとぞ」

 

 中に居たのは、数秘術の教授セプティマ・ベクトルだ。

 足が使えないために地べたに転がっていたか、顔が土で汚れきっている。

 

「あのね。ロンドンの旧知の学者さんと話し込んでたらメチャクチャ遅くなっちゃってね。外真っ暗だなー、そういや選挙どうなったかなーと思ってセブルスくんとこに合流しようと思ったらなんか魔法省がいつのまにか怖い人達に囲まれてて! ダンブルドア派ってことで連行されてね」

「間も頭も勘も段取りも悪すぎる」

「いいとこ一個ぐらい見つけて!」

 

 ため息が出そうになる。しかし、実力があるのは間違いない。牢から出しておいて損はないだろう。騒音の発生源ではあるが。

 

「さて、どうする? 一か八かの集団脱走か?」

「かなりのギャンブルだね。楽観的に見ても、間違いなく全員は生きて帰れないだろう」

 

 ロングボトム氏は冷徹にそう言い放つ。

 その言いぶりからはそれしかなければやるしかない、という決意も感じられるが……私にも少しばかり事情はある。

 

「お三方には無関係の私の事情ですが、セプティマが足を動かせないのは遺憾ながら私の責任です。杖一本での脱獄となると正直足手まといでしょうから、できれば別の手段を考えたいところではあります」

「セブルスくん! さすが! 気が利く!」

「……だが、どうする? 自力では不可能となると外に助けを求めるしかない。場所すら知られていないアズカバンに救援を呼ぶとなると、そうとう時間を稼がねばならん」

 

 セプティマの扱い方を理解したルシウスは、一旦は私の発言を汲み腕を組んで考え込んでいる。

 杖がある以上は水もなんとかなるだろうし、わずかに残った食事を肥大化(エンゴージオ)させるなどして粘ることはできるかもしれない。

 しかし、時間をかければ看守側も準備をいくらでも整えられる。杖一本しかない我々の作ったちゃちな防護などあっさりと乗り越えられるだろう。

 

 かなりの苦境だ。もしリリーがいたならば、どうしただろう。

 そう考えた瞬間、彼女と一緒に訪れたダブリンでの学会の思い出がフラッシュバックした。

 彼女の発表、会場の通路での歓談。そして毒……通路での歓談? そうだ。あのとき私は……

 

「問題は、杖が一本しかないことだ」

「それはどうしようもない事実だ。杖一本でできることを――」

 

 ルシウスがすぐにそう返してくる。周囲の人間もそれにうなずき、なにかひねり出そうとしている……が、それこそが間違いだった。

 

「足りないのでしたら、増やせばいいのです」

 

 私はその場にいる人間の顔を見回しながら、そう言った。

 屋敷しもべ妖精をはじめとした魔法生物への愛を芯に持ち、ホグワーツで教授職を一年間まっとうするだけの技量を見せたレギュラス・ブラック。

 長年、魔法警察局で鑑識を務めて実務経験を積んできたかたわら、ロングボトム家に長年伝わるハーブの古い知識にも造詣が深いフランク・ロングボトム。

 闇ともグレーともつかぬような魔法具(マジックアイテム)のコレクターを続け、学生時代からルーン文字学の知識で改造やら調達やら諸々に手を染めていたルシウス・マルフォイ。

 説明不要。(マッド)数学者にして(マッド)数秘術者のセプティマ・ベクトル。

 そして、魔法薬学に関してならばいささかの自信はある。私だ。

 

「実は先日、ダブリンの学会でオリバンダー氏にお会いしたときにこのような話をお聞きしたのです。杖作りに必要な主要な知識は、ホグワーツの科目で言えば『杖とその芯の素材を決定するための魔法生物飼育学と薬草学』、『杖を杖として働かせるためのルーン文字学と数秘術』、『その素材を加工するための魔法薬学』と」

「セブルス、お前まさか……」

「杖を作りましょう。アズカバンの奥底で」

 

 せっかくだから看板を用意してもよいかもしれない。アズカバン杖店・創業1993年と。

 

*1
William Blake "The Lilly"(1794) 拙訳

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