「25センチ、オーク材。杖芯はネズミの尾だ。杖腕は?」
私はロングボトム家当主、フランク・ロングボトムの腕の長さを確認しながら問いかけた。
まあ、奴の杖腕が右なのはよく知っている。別寮とはいえ学生時代の同期だ。それなりに
「左だ」
「なに?」
「今の杖腕は左なんだ。鑑識を長くやっていると右手で作業しながら左手で杖を握れるほうが便利でね。慣れてしまった」
「そういうことは先に言え。右手にあわせて作ってしまった」
「ではルシウス、確認する意味はないのでは……?」
黙らせるためにもやつに謹製の杖を握らせ、振るように指示する。
ロングボトム卿が杖先に
「うむ。合格だな」
「これで……?」
「ぐちぐち言うな。魔法らしきものが出ているだけで十分だろう。私は第一号の試作品を持たされているが火花すら出ないのだぞ」
「それはただの木の棒なのでは?」
杖の製作プロジェクトは私が主となって話を進めている。
アズカバンの地下に立て籠もるにあたっての仕事は杖作成だけではなく、極めて忙しい。
杖を作るにせよマシな食事(現状、セブルスがもっとも効率が良いと主張する元気爆発薬――ただし日用のための味付けは省略――の亜種のようなものを摂取させられている。苔と泥の風味を存分に味わえる)を用意するにせよ、地下を駆け回って使えそうなハーブやら苔やらを集める必要がある。意外にもアズカバンの地下はその手の資源が豊富なようで、かつてのアズカバンの主である魔法使いエクリズディスが残したと思われる遺物から、収容者や看守経由で入りこんだと思われる外来の魔法植物や魔法動物、果ては外の海から入り込んだ蟹やらフジツボやら様々だ。
それを一挙に司っているのが目の前のロングボトム卿。その下にブラック卿……ではなくなったレギュラス氏がついて補佐をしている。
もちろん、レギュラス氏の仕事は彼の補佐だけではないもっとも重要な仕事の一つである外部との連絡を担当している。外から餌で釣って呼び込んだ魔法界のカラスを慣れさせ、手紙を届けさせようと試みている。
正直なところ、私は懐疑的に見ていたのだが……レギュラス氏の魔法生物への知識と情熱はどうやら貴族の余暇というには並外れているようで(突然ホグワーツの教授を任されたにも関わらずやってのけてみせただけある)、あっさりと手懐けてしまい今や入り口の警戒役すら任せている。
セブルスはというと、先述した元気爆発薬の亜種も含めてアズカバンの地下にスネイプ魔法薬店を出店する勢いで使えそうなものを量産している。まともなフラスコも鍋もなく、落ちていた木のコップなどを変身術でどうにか調整したものしか器具はないというのに、よくやるものだ。
この前など、侵入を試みようとした看守に対して
セブルスの同僚で私の後輩である(はずだが、記憶にない。在校していた時期はかぶっていたようなのだが……スリザリン寮生は内部でのつながりが強く、学年の垣根を越えて付き合う傾向が強い。寮内で小さなパーティなどもたびたび催されることであるし、それを全部欠席でもしていない限り顔ぐらい覚えていそうなものなのだが)ベクトル教授は足が不自由なことも意に介さず、アルキメデスよろしく地面に長ったらしい数秘術の式を書き連ねている。この前などただ通路を歩いていたら「あの……マルフォイ家に及びもつかぬ純血の端くれであるベクトル家ですが、そのあたりの土は私が描いた無の領域なのでできれば足跡を残さぬようお願いしたく……」とやんわりと抗議された。「描いた無」って何だ。
ともあれ、熟達した専門家である彼女はアズカバンの設計者といい勝負をしているようで、入口の階段にかけられた保護呪文を改変して完全な封鎖に成功し、また囚人の侵入ができない領域の術式も書き換えて我々が行動できる領域を広げている。
そして、私は上の四人からそういった仕事の合間を縫って専門知識について教えを請いつつ、失敗を重ねながら杖を作っていた。
……仕方ないだろう! 連中は実務経験のある専門家だが私のルーン文字学は単なる趣味だぞ! 辞書なしでやってられるか! (そう叫んでみたところ、翌日にベクトル教授が牢を利用して「ルーン文字辞書の概念の部屋」を提供してくれた。「地面とか紙とかに表示されるほうがスマートなんですけど、インターフェイス周りまで作るのが手間だったので部屋に入るとルーン文字学の辞書の概念が直接精神に入るようにしました!」だそうだ。怖い)
試作品の第一号については「ベッドの木材はオークか……私の杖としては格が足りんな。杖芯もネズミの尾とはあまりに安っぽい。下等生物だ」と呟いたところ「いや、
結果的に私は自分の髪の毛を織り込んだ流木を常に腰に下げている。間違いなくゴミなのだが……悲しいかな、魔法使いの性として杖らしきものが腰にあるほうが幾分かの落ち着きは得られるため手放せずにいる。「父上! いい感じの棒です!」と拾った棒を持ち歩いていたドラコと大差ない。
なにはともあれ……今や我々は完全にアズカバン地下を制圧してそれなりに悠々自適に暮らしている。食事の不味さを除けば看守よりも自由かもしれん。
「まあ。呪文自体は成功してるみたいだね。僕は高貴なスリザリン生ではないからオーク材で十分だ」
「ロングボトム家の当主がなにを言う。だいたい私もあれは間違いだったと認めただろう。同種のものの量産を優先する……それよりもだ。お前が試すべき呪文は
「確かに。肝心のこれを試さないと、セブルス君が過労死してしまう。
そうロングボトム卿が唱えると……若干の陰りは見えたものの杖先からまばゆい光を纏った守護霊が放たれた。
蜂。世界最大の
「これでよし。セブルス君に伝えてくるよ、成功したと」
「頼もう」
現状、レギュラス氏の杖しかない状況で守護霊の呪文に成功したのはセブルスだけだ。ロングボトム卿とレギュラス氏の杖はかなり相性が悪かったらしく、試してみたところ実体を伴う守護霊は出なかった。
「マルフォイ卿!」
「レギュラス氏か。何事だ?」
それと入れ違うように後ろからレギュラス氏が駆け込んできた。
「ホグワーツから返事が来ました! マルフォイ卿のご家族からもです!」
「本当かね? さすがブラック家、素晴らしい仕事ぶりだ……」
「と、とんでもないです!」
「一通目は生存報告だったが、次に送る手紙こそが本命だ。全員集めるとしよう」
「了解です!」
そう。
我々は完全に地下で耐え忍ぶ体制に入った。つまり、我々独力での脱出は諦めたということだ。
忌々しいが……ホグワーツの連中の力を借りる必要がある。アズカバン始まって以来の集団脱獄のための力を。
―――
再び、カラスがホグワーツの中に舞い込む。二通目の手紙だ。
書かれている近況を俺が読み上げると、大広間にいる周囲の人間たちから小さくだが歓声が上がった(正確にはリリーとハリーから。アラスター局長は仏頂面のままだ)。どうやら一通目の頃よりも状況は改善され、杖の製作にも成功したようだ。
「あいつら好き放題やってんなあ」
「やるわねえ、セブ」
「奴らは今のところ百点の仕事をしている。今度は儂らが仕事する番だぞ、ジェームズ」
「わーってるよ。でも課題が山ほど積み上がってるぜ……まずいちばんの肝心な点だ。アズカバンはどこにあるんだ?」
「そこよね」
正直言って、俺から言わせてみりゃお手上げだ。偶然そのへんにアズカバンの場所を知ってるやつがいるわけねえ。
あるとすれば局長だが……
「もちろん儂も知らん。なんとかして調べ上げるか、アズカバン行きの
「
手詰まりか、と思っていたところでアイデアを出したのは……意外にもハリーだった。
「確か、アズカバンが収容所として使われ始めたのは1718年からだったよね」
「え? そんな前なの?」
「しっかりしなさいよジェームズ。魔法史の授業全部寝てるからよ」
「リリーだって寝てたろ!」
「私は半分ぐらいは起きてたし」
俺たちの会話をジトッと睨んでから、ハリーは話を続けた。
「アズカバンのある島は15世紀に闇の魔法使いエクリズディスが人工的に作ったもので、しばらく隠蔽の呪文をかけていたから誰も見つけられなかったらしいんだよね、それが見つかって調査されて、
「ほう。賢いな坊主。父親よりも使える」
「えへへ。ありがとうございます」
「局長、その褒め方やめてくださいよ!」
なにはともあれ、ハリーの指摘に従って古地図を調べるため一行はホグワーツの図書館へと向かう。あそこにはその手のものもいっぱい収蔵されてるからな。
図書館にたどり着くともちろん、司書であるマダム・ピンスが迎えてくれた。
「ピンスさん、古地図をいくつか見たいんですけれど」
「ポッター君ね。いらっしゃい……あら、ご両親までいらっしゃるのね。父親は騒がしくしないように、母親は飲食物を持ち込まぬように」
「げっ、バレてたの!?」
「当たり前です」
マダム・ピンスの対応がハリーより俺らに厳しいのは腑に落ちないが、ともあれ彼女が杖を振ると奥にある棚が輝きはじめた。
あのあたりに納められているらしい。
ハリーは手慣れた様子でさっといくつかの古地図と現代の地図を取り出し、図書館にある大きな机に広げた。
全員で手分けして北海の島々をチェックする。
「うーん……ハリーの考え方は間違って無さそうだけど、候補が多すぎるわね」
「19世紀ぐらいの地図と比較してみる?」
「それでもとんでもなくありそう……大航海時代真っ盛りだからなあ」
アイデアに従って島に当たりを付けてみたものの……あまりにも候補となる島が多いものでアズカバンがどれだかわからないままだ。
ハリー曰く「望遠鏡や八分儀が発明された時代だから、いろんな島が見つかったり正確な位置に書き起こされたりしたんだろうなあ」とのこと。
「うーん。ここからアズカバンの位置を絞るにはどうしたら……」
「ふん? アズカバンの位置を探しているのかい? 古地図から当たるとはなかなかいい線いってるじゃないか、ハリーの坊や」
「バチルダお婆ちゃん!」
図書館に突然現れた救いの手は……バチルダの婆さんだった。いつのまにこっちに帰ってきたのか。
振り向くとミネルバ副校長。その他にも何人か……
「おお! クィリナス、戻ってきたのか!」
「え、ええ……ホグワーツにたどり着くまでも一悶着ありましたが、なんとか」
「クィリナスとバグショット氏は説明不要ですね。先日話していた、講師の候補です。不在にする時期もそれなりにあるでしょうから、
「そりゃいい。そんで後ろのは……チャーリーじゃないか!」
「ハロー。ジェームズ先生もお変わりなく」
後ろにいるのは赤毛の集団。フレッドやらジョージやらもいる。ウィーズリー家だな!
そのうち一人は……なんと、あろうことかアラスター局長にハグを試みようとしていた。マーリンも恐れぬ所業だな。
「ウィリアム。やめろ」
「ウィリアムなんて他人行儀な……ビルでいいって何度も言ってるじゃないか、アラスター先生」
「先生もやめろ。そんなガラじゃあない」
「じゃあアラスター・パパ?」
「誰がパパだ。後ろのアーサーが泣くぞ」
「あー……局長、どういう関係?」
俺がそう呟くと、赤毛のイケメンはニヤリと笑った。
「ジェームズさんに
「そ、それはすまんな」
「本気で言ってませんよ、弟の話を聞くにとても素敵な先生みたいですからね! グリンゴッツに勤めてまして、先日まではエジプトで呪い破りをしてました。就職するにあたって父の紹介でいろいろムーディさんにはいろいろお世話になったんですよ」
「マジか。訓練過程で痛めつけられなかったか?」
「そりゃまあ、それなりには」
「だよなあ」
「アラスター! うちの息子を痛めつけたとかそんな話は聞いてないぞ!」
「アーサー、お前の息子の頑丈さを信じろ。体も心も鉄より頑固だったぞ、そいつは」
ウィーズリー家のアーサーさんはどうやら局長とも親しいらしい。さすがアーサーさん顔広いなあ。
「このタイミングで呼ばれたということは、彼も講師の候補?」
「はい。数占い学をお任せしようと思っています」
「なるほどな。ってことは、チャーリーももしかして……!」
「ええ。魔法生物飼育学を」
チャーリーは俺が赴任した当時の学生。グリフィンドールが誇る名シーカーだった。
今はルーマニアでドラゴンに関する仕事をしてると聞いてたが、なるほど。それなら適任だろうな。
空いたポストはミネルバ副校長が手を尽くして埋めようとしているらしい。しかし……
「しかし、まだ埋まらない穴があります。魔法薬学です。このままだとモリーにお任せするしか……」
「そ、そんな話聞いていませんよ、ミネルバ! 私が扱う魔法薬など『除草薬』だの『好き嫌い反転ドリンク』だのそれぐらいで」
「ママ、その二言目のドリンクは気になるな。ぜひ俺たちに教えて欲しい」
「入学式パーティで出されるドリンク全部に入れてみせるぜ。横に百味ビーンズの最悪セレクションも添えて」
魔法薬学は相当に専門的な分野で、任せられる人間はかなり少ない。
いざとなったら非専門家の手も借りて埋めるしかないだろうが、あいつに帰ってきてもらわねえと困るってことだ。迷惑かけやがって。
「なるほど……マグルの同時代の古地図と照らしあわせれば『当時見つかった島』を消して『魔法界が隠蔽してる島』だけに絞れるってわけだね。さすがバチルダお婆ちゃん!」
「いやいや。ハリーの坊っちゃんの目の付け所がよかったからだよ。となるとマグルの古地図がいる……エディンバラ大学の図書館あたりがよさそうさね。おら、クィリナス! あんたも支度しな!」
「ひ、ひえええ! わ、私もですか!」
「当たり前だよ! あんたの史料分析のやり方がなってるか見ときたいと思ったんだよ!」
アズカバンの位置の調査も目処は立ったらしい。
トム・リドルもその手下も人に向ける呪いにはずいぶん自信があるようだが……「魔法使いの本分は杖にあらず、それを振るう腕と唱える頭にあり!」だ。
系統や種類は違えどホグワーツが育ててきた腕と頭ってもののスゴさを、たっぷり味わってもらわねえとな。