ヴォルデモートなんていない   作:taku1531

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88.飛ぶものたち、這うものたち、歌うものたち

自然がいっぱいスノードン山♪(Grown wild forest, Snowdon!)

迷子はヤバいぞスノードン山♪(Don't get lost, Snowdon! )

 

 箒で侵入を試みたイゴール・カルカロフの部下たちが山脈に住むワイバーンやドラゴンに追い散らされるのを見て、ドラゴンと同じぐらい長く生きている(に違いない)老魔法使いや老魔女は陽気に歌っていた。

 

「はっはっは! あいつらウェールズの森の上での飛び方ってものをぜんぜん知りやしねえ!」

「あんなんじゃ儂らが相手するまでもなく食われておっ死んじまうってもんだ!」

「あー……私もここでは飛ぶのは避けるようにしてるんだけど、なにかコツがあるのかい?」

「ああん? リーマス、お前ここに住んで何年だあ? いい加減それぐらい覚えとけ。いいかー、森の木々がグッとなってるとこを使ってバーッと飛ぶんだよ。そしたら匂いが地面に吸われてドラゴンどもは寄ってこねえ。鼻が利くワイバーンはたまに襲ってくるが、まあじゃれてるようなもんだな」

 

 ウェールズに長く住む大先輩からここでの飛び方のコツを聞いたけれど……ぜんぜんわからない。というかワイバーンがたまに寄ってくるって、全く安全でないのでは? ハグリッドと違って体は年相応にヒョロヒョロなのに……彼や彼女らのほうがよっぽどクレイジーに思える。

 まあ、別に敵方だってバカじゃあない。

 ウェールズの大森林上空の通過を試みるなんてのが自殺行為なんてのはよくわかっているはずだ。にも関わらず、それを試した理由は……

 

「わっははは! あのハグリッドさんが育ててるスクリュートっての、なかなか面白い魔法生物だな! ぺーぺーの魔法使いぐらいならあっさり追い返しちまう!」

 

 ハグリッドが牧場で育てていたスクリュートが完全に地上に跋扈してるからだ。

 もともと警備用に派遣するつもりの個体だから、逃げ出して生態系を崩すということはないけれど……それでもやはりかなり恐ろしい光景に見える。

 一対一であれば大人の魔法使いがどうこうできない相手ではないが、手間取っているうちに尻尾をカチカチと鳴らして仲間を呼び、一斉に群がり始める。番犬のような形を想定してハグリッドがブリーディングをしただけあり、完璧に仕事をこなし……こなしすぎている。

 

「おー、よしよし……お前らよくやった。ご褒美をやらんとなあ」

 

 横にいるハグリッドは戻ってきたスクリュートを撫で、20センチはある魔法世界でもとびきり大型のバッタを餌として与えていた。

 ああいうあまり見ないタイプの魔法生物、市場で手に入らないから普通は餌として使うとペイしなくなるんだけれどハグリッドは容易に繁殖を成功させてしまうからスクリュート牧場が維持できるんだよなあ。やっぱり彼の才能はすごい。

 

 敵は去り、日が沈み始めた黄昏の時間帯に……夕日を背にして手紙を携えたふくろう達が飛んできた。

 大方はロンドンのほうからだけど、足も運べなくなったスコットランドからのものも少なくない。直線で結べばふくろうたちは日が沈む西ではなく東から来るはずなんだけれど、どういうわけかいつも彼らは西から夕方ごろに集団で飛来する。

 おそらくはこのウェールズの森の上空の危険を避けるためなのかな? 海上ルートを使っているとか……まあ、なにはともあれ飛ぶことについては私らやカルカロフの手下より彼らふくろうのほうが遥かに詳しいのは間違いない。

 

「お、シャフィクの野郎からだ」

「ドニアめ、ようやく返事を返しやがったか」

 

 ウェールズの森に住む皆はめいめい手紙を受け取っていく。ふくろう便のやり取りは、魔法大臣がトム・リドルになり、姿あらわしや煙突飛行が制限されてからはここに限らず格段に増えた。

 魔法省としてはそのやり取りも管理下に置きたいようで、特に支配できていないと言われているスコットランドとのやりとりは規制したいようだけれど……賢く、量も多いふくろう一羽一羽を検めるのは無理だろう。かつては煙突飛行で10分で行けた友人の住む家に、魔法使いたちはふくろうを飛ばし続けている。

 

 ふくろうたちが手紙を待つ人のところに止まり、郵便物を渡していく。一方で、音信不通の知人からの報せを待ち望むが叶わない人も大勢いる。私もその一人だ。ジェームズたちは無事にしてるだろうか。

 

「ホグワーツにいる友達が心配か、リーマス?」

「ハグリッド」

 

 いつのまにか、ハグリッドが私の隣に座り込んでいた。どうやら待ち望む手紙が来ていない私に気を遣ってくれたようだ。意外といってはなんだが、彼はこの手の機敏を感じ取るのに長けている。

 

「俺はウエスト・カントリー*1の出だからな。知り合いつっても、たいがいはちょいと箒を伸ばせば覗きに行ける範疇だ。だが、お前さんはそういうわけにもいかん。さぞつらいだろう」

「お互いにいい大人だよ。心配しても仕方がないさ」

「俺からみりゃ、お前さんもジェームズもまだひよっこ、とは言わんがなあ。今みたいなおそろしいことが起きとるときに大人も子供もありゃせん」

 

 さすがに子供みたく諭される年齢ではないはずだけど、ハグリッドは私の倍の歳だ。

 そんな彼から見て私はまだまだ若輩者らしい。

 

「ホグワーツ在学中、マグル生まれの知り合いが何人も戦争に行った。無事帰ってこれた連中も、みなどこか様子がおかしいところがあった。まあ、だいたいは時間が癒やしてくれたがな」

「戦争っていうと?」

「マグルの国のほうで起きた戦争だ。魔法界は表向き中立を維持し、関心を持たん限りは表面上なにも感じずにいられた。だが、何年も続いたそれに自ら志願した先輩がたはいた」

「……」

「世界を揺るがすようなおそろしい出来事が起きたとき、今そのあたりにいる海千山千のジジイやババアたちでさえ判断を誤る。10や20や30そこらのお前さんたちが何をしでかしても不思議はないし、なにが起こっても不思議じゃあない。友人を心配して当然っちゅうもんだ」

 

 私よりも遥かに長く生き、半巨人という立場を背負ってきた人間だ。

 生い立ちが人と少し異なるというだけで憎悪を受けたことも少なくないだろう。でもハグリッドからその手の話を愚痴ですら聞いたことはなかった……もっとも、魔法生物規制管理部への愚痴なら寝言でも聞けるけど。

 いろいろ思うところがある中で、飲み込んで生きてきたのだろう。

 

「ありがとう、ハグリッド。でもせめて、ここから何かができたらと思ってね。幸いにも、ここにはトム・リドルを嫌い、ホグワーツと意を共にする人たちがたくさんいるようだから……」

「あん? リーマス。なに勘違いしてるんだい?」

 

 突然、後ろからしわがれた声がかかった。

 このウェールズの大森林の最古参とも言われる老魔女、ピノ婆さんだ。

 

「ピノ婆さん……今、リーマスは心配事が多すぎるんだ。余計な茶々を入れんでくれ」

「余計な茶々? この若造に勘違いさせたままのほうがよほど残酷だろ」

「えーと……すまない、ピノお婆さん。もしよければどういうことかちゃんと聞いておきたいんだけれど……」

「はっ。いいじゃないか、若造って立場と特権をよく理解してる。ちゃんと耳かっぽじって聞くんだよ、いいね?」

 

 ピノ婆さんの出自は誰も知らない。その名前も実際のところ愛称のようなもので、本名がなんなのかはよくわかっていない。

 私が知っているのは彼女は口は悪いけど意外と教えたがりで、聞く姿勢を見せる限りはそれなりに気に入って面倒をみてくれるということだ。ハグリッドがこのウェールズの森に入ったときはそれなりにトラブルもあったけど、彼女を通して解決したものも少なくはない。

 

「いいかい、リーマス。あのヴォルデモート卿だとかなんとか名乗り始めた男が気に入ってないのは確かだが、別にダンブルドア校長の意思を継ぐ残党どもを支持するって決めたわけじゃあないよ。個人的に言やあ、あの手の反骨精神ってのは大好物だけど、老い先短いとはいえ人生一つベットするかどうかは別の話さね」

「あれ? そうなのかい、てっきりダンブルドア校長を偲び、不当に魔法大臣の座についたリドルに反抗しているのかと……」

「はっ。あんた骨の髄までグリフィンドールだね。三度死んでも赤と金ピカのローブ纏ってるだろうよ。いいかい。頭がいないわたしらは結局自分のシマのために動いてるにすぎないんだよ。つまり、このウェールズの森の奥で死ぬまで好き放題やりたいっていうだけのワガママさ」

「うーん、全員がそこまでドライに割り切ってるとは感じないけど……」

 

 例えば、先ほど追い散らされている敵方を見て喝采を上げていたウェールズの魔法使いたちは、まあ率直に言って利害について深く考えているようには見えなかった。

 

「今はそうかもねえ。ある種の熱狂の渦の中だ……けど、一枚岩とは言えないね」

「まあ、ピノ婆さんの言う通りだ。森に住む動物があるときは捕食者、あるときは獲物であるようにな。群れの生き物っちゅうのは一つの側面で語れるもんじゃねえ」

 

 ハグリッドも頷いて同意する。

 満足げな様子のピノ婆さんは話を続ける。

 

「不当に大臣の座についたって話ならそのホグワーツの残党どもはどうなんだい? 今はいいさ、ボスをぶっ殺した大臣なんか従わねえってのは正当化されるし、そのために徒党を組むのも緊急避難の範疇だろ。けど、今の状態が長引いてスコットランドの魔法使いのコミュニティを握り続けるってのは? あんたの話じゃホグズミードまで抑えてるらしいじゃないか。となれば税金だって取るし泥棒だって捕まえて裁かなきゃいけない。トム・リドルを上回るだけの正当性の担保を、あんたのご友人は用意できるのかい?」

 

 正当性の担保。ジェームズにはほど遠い単語だ。リリーだって無理だろう。校長代理として指揮を執るマクゴナガル教授も7年間お世話になったからこそわかる。本質的にあの人は直情型の人で、そういった建前の部分まで気を回すのが得意な人間ではない。

 

「まちがいなく、僕たち(グリフィンドール)の得意な分野ではないね」

「ほらみろ。それに比べるとロンドンで表に立って指揮取ってるクラウチってのはなかなかやり手だ。ロンドンに住んでる人間とやり取りする限り、ごく一部のはねっ返りを除けば暮らしは悪くなってない。生活の不安が一切ないってのは大きいね。加えて、前大臣の息子ってのもまあ悪くない出自だ」

「驚いたな。ピノ婆さんもそういうことを気にするんだ」

「ふん。私はこう見えてもスリザリンの出だよ? 好む好まざるに関わらず、どっから血が来てるかってのは意識はするよ」

 

 そういってピノ婆さんは胸を張る。

 

「けっ、生まれがどうのだの、まったくしょうもねえ」

「ハグリッド、拗ねるんじゃないよ」

「拗ねてねえ」

 

 ハグリッドはそれに対して複雑な表情。

 やれやれ、とピノ婆さんは肩をすくめた。

 

「大の大人がまったく。……で、だ。そういう状況の中で直接ホグワーツに触らずに周辺から確保していく魔法大臣のやり方はかなり堅実な手だ。状況が長引けば抵抗してるわたしらの熱狂も醒め、中から切り崩す部分的な自治の提案でもされりゃああっさりと瓦解するよ」

「……この森にとって私達は新参者だ。迷惑をかけたいわけじゃない。でも、どうにかまとまれないものかな」

「無理だね」

「おいおい、あんな気に入ってかわいがってるリーマスがこれだけ言ってるんだぞ、ピノ婆さん」

「誰が誰をかわいがってるだって!?」

「あん? 隠してるつもりだったのか?」

「……コホン。まあ、確かにあんたみたいな不器用な若いのをこの森の連中は気にいってるよ。満月のときの諸々だってあんたが一番辛いだろうに、必死に隠したりしてね」

 

 ピノ婆さんが突然、私の症状について指摘した。

 少し驚いたけれど……まあ、私とハグリッドが牧場を経営し始めて数年だ。それだけの期間、満月の夜は必ず私が姿を見せないとなれば狼人間と推測されるのも無理はないだろう。

 

「なななななにを言うんだピノ婆さん、あー、リーマスはな。実は月占いが好きでな、満月の夜はずっと外を眺めてるだけで」

「嘘がヘタすぎるんだよ、あんたは」

「う、嘘じゃねえ! 信じてくれ!」

「ハグリッド、大丈夫だよ。たぶん、ここにいる皆はもうとっくに気づいてるんだろう。みんな才能ある魔法使いに魔女だからね」

 

 そう私が呟くと、いつのまにか周りに集まっていたウェールズの森に住む魔法使いや魔女がうんうんと頷いた。

 

「まったくだ。これだけの魔法使いや魔女の目を何年も欺けると思うんじゃないよ」

「そうだぞリーマス。つらいことがあったら儂らを頼るんじゃよ」

 

 これだけの人間が私を狼人間だと気づいていながら受け入れてくれている。

 私も涙ぐんだ瞳を隠さず、顔を上げて呟いた。

 

「ありがとう、みんな」

「いやしかし、まさか……リーマスが月犬(ムーンドッグ)とはねえ。実在していたなんて私でもちょっと驚いてるよ」

 

 だが、ピノ婆さんから出た言葉は私が全然知らないなにかだった。なに? ムーンドッグ?

 

「え、なんだいそれは……?」

「あんた、しらばっくれんじゃないよ。満月の夜、ライン川沿いに現れるという精霊だよ。あんたはそいつと魔法使いのハーフなんだろ?」

「おいおいピノ婆さん、なにを言ってるんじゃ。リーマスは単なるナイト・スイマー症候群じゃろ? 聖マンゴで30年仕事してたわしがいうんだから間違いない」

「わしはてっきり、熱心な悪魔信仰の者で満月の夜は必ず祈りの儀をしとるのかと……」

 

 長く生きすぎた魔法使いや魔女にとって「満月の夜になぜかいない」という出来事から推測できる候補はあまりにも多すぎるようだ。

 冗談で言っているわけではなく本気で彼らはみなめいめい自分の説を信じているようで、私は狼人間だと理解されて受け入れられたわけではないようだ。少し感動した私がバカだったよ……

 

 不要になった目の体液をぬぐい、夜空を見上げると……もうすっかり沈もうとしている太陽の光を遮るなにかがうっすらと見えた。

 あれは、フクロウだ。

 その小太りのフクロウは私の顔をみて手紙を腕に叩きつけ、そのまま頭の上に止まり羽を休め始めた。

 受け取った封筒は十数年前によく見た柄のもの。ホグワーツからだ。

 

「おおう! ずいぶんとふくよかなフクロウだな、こいつは」

「ホグワーツ付きのフクロウにはみんな餌を上げたがるからね。私も在学中、こっそりミミズスティックを差し入れしてたし」

「なに! リーマス、いいか。ペットってのは適切な食事管理が必要なんだ。食わせないのは当然ダメだが、エサのやりすぎも問題でな。他人様のペットを扱うときはより慎重に……」

「わかってるよ、ハグリッド!」

 

 十数年前のふくろう小屋での過ちを反省しながら封蝋を剥がして中の手紙を取り出す。

 その所作をピノ婆さんは胡散臭そうに見つめつつ、不機嫌そうな声を出した。

 

「いいかいリーマス、返事が来たのはあんたにとっちゃいいことかもしれんが……さっきもいったけど、ホグワーツの連中がわたしらを手下かなにかと勝手に思ってこき使おう、っていう話なら一切乗らないよ」

 

 まさかピノ婆さんから見えているわけではないだろうけど、ジェームズからの手紙の内容は実際、ホグワーツの苦境についてと、可能ならウェールズの皆の協力を求める報せだった。

 ホグワーツはなんとか運営して見せるという意気込みの表明から始まり、おそらく一番忙しくなるであろう秋を越え、冬休みを迎えるタイミングでちょっと派手に事を起こす予定だから、同じタイミングでこっちでも騒ぎを起こして気を惹いてほしい、と。

 

 ピノ婆さんたちにどう伝えようか頭の中で考えていたところ、封筒の中に依頼のための手紙がもう一通、入っていることに気が付き……その文面を見て思わずニヤリとさせられてしまった。

 これなら悩む必要はない。

 私は堂々とその二通目の手紙を、少し大げさに恭しい態度でピノ婆さんに差し出した。

 ピノ婆さんもその文面を見て……私と同じようにニヤリとした。どうやら、お眼鏡に叶ったらしい。

 

「前言撤回だ……いいね。確かに私らはこういうのは大好きだ。よくツボをわかってるじゃないか。いっちょ派手にやる準備ぐらいはしてやってもいい」

 

 手紙の頭にはこう書かれていた……「ホグワーツ協賛、ウェールズ・クリスマス大いたずらパーティのお知らせ」。

 

 まちがいなく、僕たち(グリフィンドール)の得意な分野だ。

 

*1
イングランド南西部、ウェールズの対岸に位置する。ブリストルなど

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