ヴォルデモートなんていない   作:taku1531

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89.ヘイ、ヘッドマスター

 9月といえば、待ちに待った始業式……とは行かない。

 ピカピカに磨かれた大理石の床からは、ホグワーツの大広間のような黴臭さは一切漂うことはない。私はあの匂いが決して嫌いじゃなかったことを今、思い知らされている(ママのアンティーク趣味の影響かしら)。

 

「あら、グリーングラス。あんたもいたのね。それに妹の方も」

「おはようございます、パーキンソンさん。今のダフおねえちゃんは触るもの皆傷つける存在だからあんまり絡みに行かないほうがいいよ」

 

 妹が好き放題言っているので、睨んで黙らせる。

 そう。結局私達姉妹はホグワーツではなく新しくロンドンに築かれたナショナルスクール(正式名称の「国立トム・リドル記念魔法学校」は誰も使っていない)に通うことになった。

 

「おや、もしやそこにいるのはグリーングラス家のご令嬢! 数年前にバグノールド家のパーティでお会いしたギヨーム・デュック・ド・トレフル=ピックです。ああ、ボーバトンとホグワーツに分かたれた道が今ここで再び相まみえることになるとはまさに運命! もしよろしければ式のあとにお茶でも……」

「ああ、どなた? 全然覚えにないし興味もないわ」

「グリーングラスこっわ」

「ダフおねえちゃんこわー」

 

 下心丸出しの男が話しかけてきたのでばっさり切り捨てると、パーキンソンとアストリア両方がたじろいだ様子を見せた。いや、これぐらいの対応が妥当でしょ。

 

「ふん。お前らもいたのか」

「あ、クラッブさんもだ。おひさー」

「……別に文句があるわけではないが、パーキンソンと比べて対応がずいぶん軽くないか? 1つ上は変わらないぞ」

「うーん……やっぱり同じ寮で接する女性の先輩と、そこを経由して情報が入ってくる男性の先輩だと印象が結構変わっちゃうもので」

「おいパーキンソン、俺はどんなふうに伝わってるんだ?」

「え、本当に聞く? たぶん始業式受けるどころじゃなくなるけど」

 

 スリザリン女性寮の情報伝搬速度は黄金のスニッチより早く、ブラッジャーのように混沌としている。もちろん、クラッブについての噂に限ってもおそろしい量が流れており、一度も顔を合わせたことのない人間の中であってもある種の像ができあがることになる。虚像か実像かはさておき。

 

 まあ、それはさておき。周辺には見知った顔もそれなりにいた。

 同学年だとやはりスリザリン寮の人間が多いかしら。とはいえ、別の寮の人間も皆無というわけではなくレイブンクロー生のブロックルハーストだとか、ハッフルパフ生のスミスだのちらほら目には映った。

 

「ていうかあんたのツレはどこいったの? クラッブ」

「……ドラコとグレゴリーのことか?」

 

 確かに、それは少し気になっていた。

 ビンセント・クラッブと言えばマルフォイとゴイルとよくつるんでいるイメージが定着している。

 

「ドラコ様は知ってるわよ。一緒に通えないのは私だって残念に思ってるんだから……でも、ゴイルについてはどうなったか知らなくて」

「知らないじゃなくて興味がないの間違いだろ。ゴイル家はホグワーツを選んだよ。マルフォイ家の手引きでスコットランドに渡ったらしい」

「へー。じゃああんたは?」

「……うちの家はマルフォイ家を落ち目とみて切ったよ。もともとかなりリドル派に深入りしてたしな」

「ふーん。でもクラッブ、あんたは不服そうね」

「そんな風に見えるか、パーキンソン?」

「演技の練習をしなさいよ。せっかくだから演劇部でも入ったら? ここにあるかどうかもわかんないけど」

 

 各々の家が異なる決断をしている。自己の利益のために。

 私たち子供はその判断に従うほかない……のかしら。

 

「まあ、トム・リドルはともかくこの学校に入ったのは私にとっては正解かもしれないわ……なにせ、私は学長(ヘッドマスター)のホラス・スラグホーンと知り合いなのよ!」

「俺だって顔ぐらい合わせたことはあるぞ、パーキンソン」

「私もあるわよ。学長がコネクション・オタクなのは有名だし」

 

 ホラス・スラグホーン。

 数年前までホグワーツの魔法薬学教授にして、スリザリン寮監を務めていた男だ。私の父母も含め、近年のスリザリンの卒業生は皆、彼の世話になっている身だ。

 悪意はなさそうなものの、彼は自分が育てた人間や自分の顔見知りの人間が名声を高めることについて大いに興味を持っていることを隠そうともしないタチのようで、私とアストリアともども有望株として顔を合わせたパーティで長々と手を握られたことをよく覚えている。

 

「ええー!? じゃあ全然自慢できることでもなんでもないじゃない! 特別扱いしてもらおうと思ってたのに」

「あんたじゃ無理でしょ」

「は? 言ってなさいよグリーングラス、吠え面かかせてやるわ」

「はい! 皆様静かに!」

 

 我々がおしゃべりに興じている間に、どうやら始業式の準備が整ったらしい。

 少し年を召した女性のスタッフが私たちを拡声呪文(ソノーラス)で叱りつけた。

 ホグワーツと違い、新入生の組分けなどもないため教員陣によるスピーチが行われるのみと聞いている。終わればそのまま夕食……というわけでもなく、"各々の習慣に配慮して"クラスごとにわかれての食事となる。つまり、現課程を修了後、3年の追加カリキュラムを経て省の官僚などを目指す特進(プロモーション)コースの生徒と、私たち通常コース、そしてマグル生まれや半純血が多く所属する通過(アンパッサン)コースの生徒は食事の際に同席せずにすむ、というわけだ。

 

「傾聴! 学長の挨拶です」

「ありがとう、ロジエール副学長。ここナショナルスクールに入学してきた皆様を歓迎しよう。私が学長のホラス・スラグホーンだ。今まで顔を合わせたことのある子もいるようだね? 才能ある子女を生徒として迎えられることを心から嬉しく思う」

 

 壇上のスラグホーン学長は笑みを私たちに見せた……が。なんとなくだが、私と顔を合わせたときよりもずいぶんとこわばった雰囲気を感じる。良くも悪くも無邪気な振る舞いで、他人に警戒を解かせる雰囲気のような人であった気がするのだが。

 

「ホグワーツをはじめ、別の学校からこちらに来た生徒がほとんどのはずだ。最初は慣れんことも多いだろう……しかし、君らは皆、ひとりひとり私が見込んだ生徒だ。できればもっと多く呼びたかったぐらいなのだが……」

「スラグホーン学長?」

「……ゴホン。ともあれ、私は君らが皆期待に応えられる人間だと信じている。そして、我々も同じように君らの期待に応えたいと思っている。この学校はホグワーツやボーバトンにも劣らぬ知識の宝庫であることを、できるだけ速やかに証明してみせよう。そう、知識は汲めども尽きぬ力で――」

 

 前に見たときよりも少し堅い雰囲気ではあったものの、よどみなく慣れた様子でスピーチを続けていた彼が……突然、声を詰まらせた。

 まるで、自分で言おうとしていることが自分でも信じられなくなったかのように。

 しかし、彼は何事もなかったかのように話を続けた。

 

「知識は汲めども尽きぬ力で……あるからこそ、慎重に扱わねばならない。君たちが……知識を間違った使い方をせぬように、導くのが私たちの役目だと考えている」

 

 そう言って彼は口をつぐんだ。少し唐突だったので若干戸惑ったけれど、みな拍手で学長を送る。

 壇から降りた学長と代わり、隣りにいた女性(学長の話によれば、ロジエール家の副学長)が上がり、同じようにスピーチを始める――前に、ニコリと笑ってこう言った。

 

「では、ここからは特進(プロモーション)コースの生徒のための式典となります。他のコースの皆様は寮のほうへ」

「はっ。徹底しすぎでしょ」

 

 思わずパーキンソンが悪態をついた。同意見だ。どうやら見える形で格差をつけ、彼らの虚栄心を満たさせる目論見らしい。

 

「はい。通常コースの皆はこちらだ、ついてきてくれ!」

 

 ニッコリと笑った男性スタッフが私たちを先導する。

 

「うっわ、いかにもな爽やかスマイル。趣味を聞いたら絶対室内(チャンバー)クィディッチって言うわよ」

「あら? あんたみたいなのはてっきり大喜びかと思ったわ」

「ふっ……あまりバカにしないでよねグリーングラス。あんな作為を感じるオトコに惹かれるほど甘くないわ」

「あー。でもなんとなくわかるかも。レギュラス先生がスリザリン生みんなに好かれてたのは、なんかちょっと抜けてるからだったよね」

「アストリアちゃんはわかってるわねー、そう。そうなのよ! ドラコも割とそういうとこがかわいくてね」

「確かに。マルフォイさん、わたしの前だと先輩らしく振る舞おうとして空回りをよくしてた」

 

 後ろについて来ていたトリが話に割り込み、それに気を良くしたパーキンソンがぺちゃくちゃと喋っている。

 いつのまに仲良くなったかしらないけれど、トリは年上に可愛がられるの得意よね。

 女子寮のエリアに到着した。通路の壁に手をかざすと浮き上がった案内図が現れることを私たちに伝え、ミスター・体育会系スマイルは去っていった。その案内図に従って私の部屋へ向かう……どうやらパーキンソンと相部屋らしい。

 

「はー。あんたと相部屋? 特進(プロモーション)コースの生徒はみな個室らしいわよ。羨ましいわー」

「勝手に行けばいいじゃない」

「親はねじ込みたかったみたいなんだけどね、うちの家じゃちょっと格と貢献度が足りなかったみたい。あんたんとこ(グリーングラス家)は家格は足りてるけど外様だもんね? 冷遇ざまあ」

「別に冷遇も厚遇も興味ないわ」

「そう? せっかく入学したんだからイイ思いできるならそのほうがいいじゃない?」

「……ってか、あんた思った以上にドライね。あんたのことだからドラコ様と会えないなんて絶対イヤ! とかゴネそうなもんなのに」

 

 そう私が言ってやると、向こうはむしろけらけらと笑った。

 

「え? だってしょうがないじゃない。家の事情で特定の知り合いと会えなくなるなんて別に珍しいことでもないでしょ。逆にあんたはなに? 愛しのハリー君と私を引き裂いたトム・リドルは許せない悪! とか思ってるわけ?」

「な、なに? ハリー君は関係ないでしょ!」

「めっちゃ動揺しててウケる。いや、別にそれでいいと思うわよ、あんたは。でも、周囲の環境の変化なんて珍しいことでもないでしょ? 変化が全て悪いことってわけでもないし。となればやれる範囲でやりたいことやるしかないじゃない。現状を憂いて拗ねて楽しいこと放棄するほうが大損よ」

 

 そう言われると反論に窮する。

 モヤモヤは依然としてあるけど、正論のように聞こえる。

 

「まあ、たかだかあと5年したら私たちも大人で自由よ。楽観的にいればいいんじゃない? まあ、遠距離なんて成功しないと思うけど」

「うっさいわね!」

「ほらほらー、そうと決まればお手紙でも書きなさいよ。夕食まで時間けっこうあるみたいだし。向こうだってこっちの状況は興味津々なんじゃない?」

 

 パーキンソンが杖を振ると羽ペンと便箋が現れ、背中をポンポンと叩かれ書くことを促される。

 まあ……もともと何かしら書くつもりではあったけど。

 ニヤニヤと笑みを浮かべたパーキンソンを意識の外に追いやってハリーくんへの手紙を書き上げ、さっそくふくろうに預けるために部屋の外に出て(なぜかパーキンソンも着いてきた。暇なのだろう)……壁に浮き出る案内図に従い、ふくろう小屋へと向かう。

 

「やあ君たち、ふくろうをお探しかな?」

「ああ……先ほど引率してくださった」

「ヘイドリアン・ヒッグスだ! 趣味はクィディッチと室内(チャンバー)クィディッチの二刀流、運動量が持ち味のチェイサーさ! 君たちが魔法具学や飛行術、スポーツ魔法学を受けるつもりなら顔を合わせることになるから、ぜひとも覚えて欲しいな! もちろん、敷地内を箒で飛びたい場合もぜひ相談してくれ、クィディッチクラブや箒レースの管理も僕の担当だからね!」

「ほら。グリーングラス、私の言った通りでしょ?」

 

 ぼそり、と得意げにパーキンソンが呟いた。

 ニコリと笑ったままのヒッグス教授はちょっとだけ首をかしげた。

 

「なにかあったのかな?」

「いえ、なにも」

「そうかい? さて、一つだけ注意しておこう。この国立トム・リドル記念魔法学校では、通常コースの生徒は学校指定のふくろうを使って送る決まりになっているんだ! かわいがっているお家のふくろうが使えないことで不安になるかもしれないけれど……大丈夫! 彼らは特別に選ばれたふくろうだ! 心配は無用だよ、素早く君の家に手紙を届けてくれるはずさ!」

「はい。ありがとうございます」

「いいってこと! でも、ホームシックにはならないようにね!」

 

 そう言って私たちが視界から消えるまでブンブンと手を振っていたので、パーキンソンと私はできる限り素早く角を曲がることにした。

 

「仕草から声まで全部汗臭いわね」

「魔法具学って必修でしょ? 受けるつもりがあるもなにもないでしょ」

「私らはそうだけど特進の連中は違うんじゃない?」

「ああ、なるほどね」

 

 パーキンソンと話しながらも足早にふくろう小屋に向かう。

 ホグワーツと比べて美しい磨かれた石造りの小屋。まあ、これに関してはこっちのほうが好きかしら。ホグワーツのほうは清潔さもなにもあったもんじゃないし。

 すでに小屋には先客がいて、手紙をふくろうにくくりつけて飛ばしていた。

 ふくろうはそのまま大空に飛び立つ……かと思えば一旦、敷地内にある塔の窓に入り込み、数十秒したあとにそこから出て再び飛び去っていった。

 

「……うっわ。露骨すぎない?」

「そうね。実家はともかく向こうに送るのはまずいかも」

 

 明らかにふくろうの自然な動きではない。

 先ほどの指示とあわせて考えれば意図は明白……私たち生徒が送る手紙の検閲だろう。もっとも、特進コースの生徒は免れているようだけれど。

 ふくろう小屋の中にいた管理官の目を避け、一旦小屋の外の中庭へと足を止めずに立ち去る。

 できるだけ人混みから離れ、魔法具などによる盗聴などもなさそうな青空の下までたどり着いたところで……声をひそめてはいるがパーキンソンが口を開く。彼女はなかなかに憤慨していた。

 

「ちょっと、パーキンソン家もグリーングラス家も舐められすぎじゃない? 純血名家の子女の手紙覗いていいなんて誰も認めないでしょ。流石に抗議しようかしら」

「っていっても、証拠抑えるなんて無理でしょ? あの塔に箒で突っ込んでみる?」

「あの体育会系を丸め込んで? 無理でしょ。単なるバカじゃないわよ、あれ」

 

 パーキンソンとしてもドラコと手紙でのやり取りすらできなくなることは想定外だったのだろう。

 まったく納得いってない様子だ。

 

「ドラコに手紙が送れないのもそうだけど、実家に送る手紙も相当面倒になるじゃない。こっちの情勢を知らせるって約束したのに」

「あら、あんたなんか余計なこと首突っ込もうとしてるのね」

「ふっふーん。いい? パーキンソン家は代々イギリス魔法界の情報を抑えている裏のフィクサーとしてよく知られているの。これぐらいのタスクは当然だわ」

「よく知られている闇のフィクサーって矛盾してない? というか、私の認識だとあんたの家って『向いてもいない政治に首つっこんで、そのたびに火傷して逃げ帰る、本業の癒学だけやってればいいのに』って感じよ」

「は? 喧嘩売ってんのあんた?」

「知人としてのありがたい忠告よ、聞いときなさい」

「知人!? 友人って言いなさいよ!」

「誰と誰が?」

「あんた、そういう『ドライでクールな女王様キャラ』やめなさいよ! もう本性バレバレで……きゃあ!」

 

 うるさいパーキンソンが突然小さく悲鳴をあげた。

 どうやら顔に虫が止まったらしい。そりゃ中庭とはいえ野外だ。虫ぐらいいるだろう。私は手でそのコガネムシをつかんでさっと払った。

 

「あ、ありがとう……あんたはこういうの平気なのね」

「まあね。グリーングラス家は植物もよく扱うからこういうのは慣れっこよ」

「……はー。あんたと喧嘩しても仕方ないわね。検閲してるって証拠抑えて抗議する手でも考えるほうが賢明だわ」

「っていっても、動けるのは私とあんたとアストリアぐらいでしょ? なにやるのよ」

「……なるほど、なかなか面白そうな話をしている様子ざんすね。グリーングラス嬢にパーキンソン嬢?」

 

 突然、後ろからやや作ったような甲高い大人の女性の声が聞こえた。

 慌てて杖を抜いて振り向くと、見知らぬ……いや、これは。ホグワーツでお会いしたことがある。

 

「おっと。グリーングラスの娘さんのほうはなかなか手早く杖を抜いたざんすね。ですが、耳を塞ぐ(マフリアート)だけざんす」

 

 そう言って現れた週刊魔女の、おそらく不法侵入者でもある記者は私たちに呪文をかけ、外に声が漏れないように魔法で遮った。

 

「特ダネの匂いがするところ……リータ・スキーター現るざんす!」

 

 

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