1991年9月29日 ホグズミード
「うむうむ。実に愉快なパブじゃったな、クィリナスの紹介してくれた店は」
「『交流・直流』か、覚えとこう。サイモンゲームにファミコン? 最近のマグルの電化製品は愉快なものが多いな」
「ほ……ホグズミードの中でもなかなか特徴的なお店でしてね。マグルの電化製品をよく置いているのですよ。興味深い」
「飲み屋探しですら自分の教えている科目を忘れないとは、さすがレイブンクローだな」
本日は日曜日。
偉大なる安息日を享受するジェームズ・ポッター、クィリナス・クィレル、シルバヌス・ケトルバーンの教授三人組は我らが校舎から離れ、ホグズミードでまた明日から訪れる労働のための燃料を摂取していた。
日はどっぷりと暮れ、もう辺りにホグワーツの生徒とおぼしき人影はない。
「うむ? そういうならわしもいつだって可愛い魔法生物のことは頭から離れておらんぞ?」
「あんたみたいな変人がよくもまあハッフルパフに入れたもんだ」
「それには裏があってな……わしが可愛い新入生だったころ、目を輝かせながら組み分け帽子をかぶり偉大なるニュート・スキャマンダーを輩出したハッフルパフに思いを馳せた。だが、組み分け帽子はわしの願いを聞き入れず、レイブンクローに入れようとした……しかしその瞬間! わしは閃いたのだ! 人語を理解して復唱するマーリンワタリガラスなどは、なにかを話そうとしたときに誰かが違うことを叫ぶと思わずその叫びに反応してその叫びの通りに話してしまう習性がある。そこで私は大広間に響き渡るほどの大声でハッフルパフ!! と叫んだのだ。どうやら仮説は当たったようで、私は無事ハッフルパフへと組み分けされた」
「いくらなんでもそりゃ大ボラだろ!」
「し……しかし今の話を大ボラとしたら、シルバヌスがハッフルパフに紛れ込めた理由が存在しなくなってしまいますよ!」
「違いない!」
千鳥足の三人組でホグズミード駅に向かうととっくに入り口は閉鎖されていた。
大げさに、わざとらしくシルバヌスは嘆いた。
「ああ、なんてことだ! ホグワーツへの帰途が失われてしまった」
「な……嘆くことはないでしょう。ここにいるのは我らが飲んべえの救世主、ジェームズ・ポッター!」
「はっはっは! 任せろ!」
「ああ、しかし先日のハッフルパフ女子寮に出るやつは勘弁してほしいの。恐ろしい勘でわしの侵入を感じ取った彼女たちは実におそろしかった。ヌンドゥの巣穴のようじゃった」
「となると、あれを使うかな」
学生時代もそれこそ満月の度に叫びの屋敷行きのルートを使ったものだが、それ以外にもホグズミードとホグワーツを繋ぐ隠し通路は山ほどある。
今日は……これにしよう。スリザリン生の寝床の手前、ダンジョンの端の行き止まり行きだ。
二人を連れて空井戸の先にあると示すと、意味もなく先を急いで降りようとしていく。酔っぱらいの考えていることはわからんな! わはは!
一番乗りしたクィリナスを巻き込んでシルバヌスが落下していったのでゲラゲラ笑う。
「痛いぞ、クィリナス。老人をいたわれ!」
「シルバヌス! あなたが加害側ですぞ!?」
アーガスが施錠したり見張っているポイントも教授の身ともなれば使い放題だ。(しかしアーガスが小言を言ってこないわけではない)
「元気だなあ二人とも。俺は結構授業しんどいよ。毎日準備しないといけないし」
「一番の若手がなにを言っとるか! わしはこの職についてから毎日しんどいと思っておる」
「お……お二人ほど授業機会が多いわけではない私ですが……それでも最近は多忙ですからな」
「そういや来年からクィリナスはサバティカルって言ってたな。引き継ぎで忙しそうだ」
「ええ。け……研究休暇でアルバニアに行く予定で。しゃ……社会主義政策の転換で市場開放しはじめたアルバニアは、マグルの技術を受け入れたときの魔法世界のモデルになると考えております。ぜひこの目で見ておきたいと」
「研究熱心だよなあ。資格も意味わからんぐらい持ってるし」
「違うぞジェームズ! 研究への熱意はともかく、こいつは単なる資格オタクなだけじゃ! マグル学に『天気予報予知検定』がいったいなんの役に立つというんじゃ!」
「ま……マグルの技術を魔法世界が利用する一例として、重要でして」
教育機関として、もちろんホグワーツもその手の資格の獲得を教員にも奨励している。
マクゴナガル副校長ももちろん事あるごとに説教ついでに早く獲れといってくるんだからたまらない。同期のスネイプ教授は先日癒者の資格を取りましたよだのなんだのって俺に関係あるか?
というわけでそういうお小言を言われそうな気配のする週末はこうしてホグズミードで飲み歩いている。うむ、実に有意義な時間の使い方だ。
「が……学生時代に憧れていた資格も多くあるのですが、予算カットの憂き目にあっているものも多くて残念でなりません。へ……『閉心術資格検定』の一般受験がなくなったのは大きな痛手でした」
「閉心術? あー、そういや闇祓いも必須だったはずだが、俺が入るときには必要資格からなくなってたな。個人的にアラスター局長から学んだが」
「マッドアイ・ムーディから直接!? 彼に記憶を覗かせるのは……その、少し失礼に当たるかもしれませんが怖くはありませんか?」
「俺個人の考えを言わせてもらうと、局長は開心術なしでもなんかよくわからん手で人の脳みそを読んでそうだからたいして変わらん」
「わはは、確かに! わしが一度ご厄介になったときは『おい、シルバヌス。まだ惨毒アッシュワインダーを隠してるだろ? 今すぐ出せ。そして殺せ』と一発で見抜かれた」
「それは俺でもわかる」
ケトルバーン教授は俺の在学中からやばい人間だと思っていたが、教授陣に加わってからなお強く実感する。禁断の森の管理は教職員で分担してやっているが……ケトルバーン教授は『管理』という言葉の意味を『より危険にすること』と誤解しているフシを感じる。
一度辞書で引いて欲しいんだが、ケトルバーン教授の部屋に辞書などという弱い本を置くと一瞬で生存競争に負けて分解される。
本の強い弱いってセールスポイントになりうるんだな。
「シルバヌスはえ……エネルギッシュですな」
「まあ、流石にそろそろ引退して余生を送る予定じゃ。人が足りないといってアルバスには引き止められっぱなしではあるが」
「こ……後任探しは大変ですな……講師探しの面談を毎週のようにやっておりますがなかなか手間で……祭日であるハロウィンですら埋まってしまいました」
「ん? いや、わしはそのへん全部校長に投げた」
「卑劣なジジイだなこいつ!」
「ゆ……許されませんよ、それは!」
「わはは、これが若手とベテランの扱いの違いじゃ」
空井戸の底から続く横道を3人で少しばかり歩くと、地面が土から石畳へと変化した。
ここがホグワーツとそうでない場所の境目だ。
「二人共気付いてないかもしれないが……実はもうホグワーツの敷地だ」
「ただいま、ポッター教授。明日の授業も頑張るとしよう。元気な雄鶏のようにな。ふわあ、もう寝る時間じゃ」
「と……閉ざされた扉の前でよく帰ってこれた気分になれますな、ケトルバーン教授。し……しかし、これはかなり簡易的な錠に見えますな……ジェームズ、生徒が通れないようになっているんでしょうな?」
「もちろんよ。元闇祓いが教える最強の施錠の仕方を今講義してやる。強烈な施錠呪文だの反悪意ルーンだのいくらでも
「なな……なるほど……いいいいや、それでは我々も入れないのでは!?」
「おいおい、もうここはホグワーツの敷地内だぜ? こっち側さえ開けてしまえば、あとはしもべ妖精を呼んで向こう側を開けてもらえばいい」
まず内側の錠を
当然、しまっている筈の扉はビクともするはずが……した。してしまった。
扉は鈍い音を立てて開いていく。
内開きの(外に居た俺達から見ると外開きの)扉に寄りかかっていた俺たち三人はそのまま開いた扉に倒れ込むようにして廊下に這いずり出ていってしまった。
「……ェヘン、ェヘン。スネイプ教授……どうやら施錠はしっかりなされていないようですね?」
愛しき我が校舎の廊下には杖を構えるスネイプと、先日から着任しているホグワーツ高等監督官のドローレス・アンブリッジが立っていた。
─────
魔法省を出たときは終わらない深夜残業とも口うるさい上司ともおさらばと喜んだものだが、残念ながらそれは幻想だった。
「ェヘン、ェヘン。あら嫌ですわ、もう日付が変わってしまいました。こんな時間に学生がようやく寮に向かうというのはやはり問題なのではなくて?」
貴様が嬉々として長広舌で説教らしきものを繰り広げていたからだ、と喉まで出かかったが堪える。
本来であれば就寝時間を数分すぎた程度の段階で寮の前の廊下をうろついている程度であれば多少叱って終わらせるのだが、今週から赴任したこのアンブリッジが見咎めたのが悪かった。
哀れな運が悪い(そして間も悪い)スリザリンの2年生は数時間にわたってネチネチと説教されていたらしい。それを聞きつけた私が介入しなければ今も好き勝手に下級生をいびっていただろう。
ダンブルドアを通じて早い段階で聞かされていた我々はともかく、突然聞き慣れない「ホグワーツ高等監督官」という役職の人間が省から派遣されてきたことについて教職員も生徒も未だ慣れていなかった。が、今回の騒動でこの女がどういう人間かすぐに広まることだろう。
「高等監督官がホグワーツに求めるものは多岐に渡りますが……生徒の安全というのはその最たるものでしょう。例えば、この謎の扉。どこに繋がっているかもわからない扉がある! ああ、恐ろしい。やはりこんなホグワーツという建物を使い続けるのは危険すぎるのではありませんか?」
いまのところ、奴らがなにを目的にこの女を投げ込んできたかはまだわからないが……どうやら「ホグワーツは危険である」と言うための材料を集めているようだ。
実際、中の人間として思うところはないでもないが(湖に巨大イカを放ったのはおそるべきことにケトルバーン教授ではないらしい。つまり、伝統的に魔法生物飼育学の教授は狂っている可能性が高いということがわかる)、それでもこの女がつけてくる指摘事項とやらは難癖のようなものばかりだ。
「見ての通り施錠されております。監督官」
「ええ。しかし……簡単に外せる錠など何の意味があるんでしょう?
目が曇っていてどうやら鎖と錠が見えないのかと思ったら、どうやら一応視認はできているらしく杖でその錠を外した。しかし、確かこの扉は施錠を解いても建て付けが悪いのか開かない扉のはずだ。
実際にアンブリッジにもわかるように目の前で押し、引っ張ってみせる。
「見ての通り動きません。これで無問題ですな」
「ぬぐぐ……まあとりあえずここは問題なしとしま……」
その瞬間。扉が音をたてた……どうやら、外側からなにかが入ろうとしているようだ。
「ヒッ!」
なにを想像したのだろうか、怪物が外から侵入して取って食われるとでも思っているのだろうか。
……ありえないとは言えないのがホグワーツのおそろしいところだ。いや、ほぼないとは思うが。
アンブリッジが後退りし、私も念のために杖を構える。
扉が押し込まれ、開かれる――するとそこから出てきたのは腐れポッターとケトルバーン、クィレルの教授3人組だった。頭痛がしてくる。私が深夜遅くまで残ってゴミのような仕事を嫌々こなしているというのに、こいつらと来たら!
ショックから立ち直ったらしきアンブリッジが咳払いをした。
「……ェヘン、ェヘン。スネイプ教授……どうやら施錠はしっかりなされていないようですね?」
「遺憾ながら、そのようですな。全責任は彼らにありますが」
「ふむ。これは失礼しました、高等監督官、お仕事ご苦労さまです。明日も早いので失礼させてもらいますな」
いち早く状況を把握したらしきケトルバーンはそう手早く挨拶し、そそくさと離れていった。
「……はっ! あのジジイ、逃げるのが早すぎるだろ!?」
「こここ、高等監督官にスネイプ教授! いや、やましいことは一切なくてですな!」
「まあ、まあ……なんという体たらく! ホグワーツの教授陣が、こんな遅い時間までこのようなことを! ポッター教授、いったいどちらにいらしたのですか? この道はどこに繋がっているのですか?」
「いやあ、俺にもさっぱり。生徒の安全のためにちょっと三人で調査していただけですよ」
「あらあら。実に献身的な姿勢ですこと。では、それが真実か確かめるとしましょう」
クィレルはオロオロとしているだけで役に立たない中、ポッターは平気で適当な嘘を宣った。なんでそんなすぐにバレる嘘をつく。
実際、アンブリッジはすぐに確認するため進もうとしている。が、一応足を踏み入れる前に振り返った。
「念の為ですが、安全ですよね」
「あー……実はいま、三人がかりでアクロマンチュラと河童とヌンドゥを退治してきたところだ。あまり進むのはオススメしない」
アンブリッジはひっ! と声を上げ、少し行くかどうか迷った挙げ句に「よろしい、ではスネイプ教授。今の話が真実かきちんと調査して報告するように」と私に丸投げして立ち去っていった。
「……もう少しマシな言い訳はできないのかポッター」
「しかし、追い払うことはできたろ? じゃあ、なんか上手いこと報告書作っておいてくれ」
「扉一枚挟んでヌンドゥがいたという報告をしたらあの女は諸手を挙げて喜ぶに違いないな」
「ごごご……ご迷惑をおかけしております、スネイプ教授」
「その通り、たいへんな迷惑ですな」
吃音癖の男は私にすくみ上がっているようだった。ホグワーツの教師としては先輩ではあるが知るか。言いたいことぐらい言わせろ。
「そ……それにしても突然できた役職ですけども、いったいなにが目的なんでしょうねえ」
「あー、まあホグワーツにケチつけて介入する余地を増やしたいんだろ。予算もどんどんカットされてるし」
「? ジェームズ、詳しいですね。意外です。魔法省にいたときの縁ですか?」
あのアホ。ダンブルドア経由で先んじて我々だけ聞いていたのを漏らしそうになっているな。あれは極秘情報でジェームズなどという間抜けが先んじて知っているわけのない情報だというのに。
「ああ、まあそんなもんだ。なんでもあれだ、えーと法律上の位置づけとしては、昔魔法省が生まれたてホヤホヤの頃にホグワーツと連携を取るためにあった『独立連絡官』という存在がベースになっているらしい」
私が校長室でした話を得意げに繰り返す。又聞きの話だというのによく教えた人間の前で自慢気に披露できるものだ。
「左様。よって奴は生徒に対して強い権限は持たない。それこそ、生徒が『あなたの話を聞かねばならない法的根拠はない』と否定すれば説教すらできない身だ。しかし、権威を帯びた人間にそう言える生徒はほぼいないだろう」
「たぶん在学中の俺は言えたぜ。ってか、ならあの女の狙いってなんなんだ?」
「我々教員が狙いだろう。省にとって都合のいい人間をねじ込む枠を作れるにこしたことはないからな」
「ひいっ! ほ……本当ですか、それは」
狙いが自分たち教職員だと知らされ、クィレル教授は怯え始めた。
「もっとも……本丸は我々ではない。ホグワーツそのものであろう。権限がないといっても政府の承認で成り立っている部分はある。たとえば国際魔法使いスポーツ連盟の承認のもと運営されているクラブはいくつかあるが、こうした箇所から切り崩される可能性はある」
「ああ! そうだスネイプ! スポーツクラブといえばハリーのためのクィディッチクラブの顧問にしれっと収まったらしいな! 聞いてねえぞ!」
「言っていない。そしてお前の息子のためのクラブではない」
「今からでもいい、俺に譲れ。クィディッチにお前は興味がないタチで、その上忙しいんだろ? 任せろ。俺は暇だからな!!」
「死ね。仕事をしろ」
「そんな言われるほどサボってるわけじゃないと思うんだけどな……」
皺寄せが私に行っている状況でよくこんなこと言えるものだ。
もしや、服従の呪文を既にかけられていて私を激務で殺す任務を負っているのかもしれない。
この場で消そう。
「おい、待て、ちょっと本気の目で杖に手をかけるな」
「チッ、目ざとい奴め……例のクラブは生徒の自主性に任せるべきだと考えている。貴様のような人間に渡せばただ甘やかすだけの遊びのクラブになるだろう」
「遊びは大事だろ?」
……まあ、父親を実質的に失っているドラコにのびのびと遊ばせてやりたいという気持ちは確かにある。
しかし、なにからなにまで大人のサポートが得られると思ってもらっては困る。文字通り、いちから任せてある。なかなか苦労するだろう。
「その通り。学生の遊びを守るために我々が働くのだ」
「まあ、違いない」
「び……微力ながらお手伝いしますぞ」
我々の仕事があるとすれば……彼らをあのアンブリッジから守るということだ。