スコットランド北部、ハイランド地方にフォートローズという街がある。
北海に面し、スコットランド最大の湾であるマレー湾沿いに建つ街だ。古くからある街にはそれほど大きくはないものの魔法使いのコミュニティが強かに生き残っており、そこをホームタウンとするクィディッチクラブが一つあった。
そのチームはホームグラウンドとするクィディッチ競技場の横に広がる巨大な湖の名を冠している。
その名も「ネス湖
私はネス湖の岸辺、アーカート城内にあるクィディッチ競技場に足を運んでいた。
「カトリオナの婆さん。調子はどうだい?」
「おう、オーナーのババさんじゃないか。バッチリだよ」
彼女はカトリオナ・マコーマック。スコットランドの名門プロチームである「プライド・オブ・ポートリー」に所属してチェイサーを務めていたこともある実績ある選手であり、このチームのキャプテン。
プロとは比較にならない給与しか出せないセミプロチーム。本業の合間にクィディッチをプレイする選手が大半の中で、トッププロの経験がある人間はなかなか貴重で、代えがたいものである。
「親善試合だってのにずいぶんと気合が入ってるようだねえ」
「そうからかわんでくれよ、カトリオナ主将。今は状況が特殊だからね。魔法省もさすがにクィディッチの試合まで止められなかったようだが……それでも、イングランドとスコットランドの行き来が制限されてる状況で影響が出ないわけがない」
「つまり?」
「我々にとってはチャンスだってことだ。波乱を起こすタイミングは整ってる」
「いい言葉だ。あんたの手腕は信じてるよ、オーナー」
いま、イギリス魔法界のプロリーグには13のチームが参加している。そのうちスコットランドのチームは3つ。もちろん、セミプロであるうちのチームは含まれていない。
彼らと競争する機会はそう多くはない……けれど、ないわけではない。
目前に迫っているのが「懐かしき木陰カップ」。このカップ戦は参加資格がオープンになっていて、プロとアマチュアがしのぎを削る舞台の一つだ。
とはいえ、参加資格がオープンとはいえ希望するチームすべてが参加できるわけではない。スコットランドのアマチュア出場枠はイングランドのチームに比べると遥かに狭い門だ。うちのチームは本命の一つだが、それでもアピールの場はあって困るものじゃない。
「ホグワーツ選抜チームはかなり話題になっている。親善試合とはいえ、この注目度が高い試合を落とすわけにはいかない。我らが母校の後輩たちには悪いが、手を抜く余裕はないぞ」
「わかってるさ……ああ、来なすった」
方角にして南。ネス湖を越えて飛んでくる箒の集団が上空に見えた。
あれが噂のホグワーツ選抜なのだろう。彼らはぐんぐんとこの競技場に近づき……一列になって競技場に飛来した。
彼らは競技場の大きさやコンディションを確かめるかのように外周をぐるっと回り、その後場内に着陸した。
「オーナー。なかなか向こうも気合が入っているようだねえ。目をみりゃわかる。向こうさんもしっかり勝つ気でいるようだ」
「ほう、そうか。勝つ自信はないかね?」
「はっ。言葉にするだけ野暮だねえ。こちとら元プロだよ? 悪いがベテランの重みってのをあいつらは知らないはずさ。挫折を経験するのは若けりゃ若いほどいい、今日はそれを知ってもらうとするかい!」
―――
「皆さん、よくやりました。修正すべき課題点がないわけではありませんが」
ホグワーツ選抜の監督に(半ば強引な形で)就任したフーチ先生が試合終了後の僕らをねぎらう。
スコアは260―20。圧勝だ。もちろん僕がしっかりとスニッチをキャッチして試合を決めた。
「虐殺スコアだな」
「フーチ監督もハーマイオニーマネージャーも実に容赦がない」
「冷酷無比」
「宝石を見つけた火蟹だ」
「ジョージもフレッドも黙って! ハリー、ナイスキャッチよ。でもやはり今日の最優秀選手はウッドね」
観客席から降りてきたハーマイオニー・ゼネラルマネージャー(フーチ先生の監督就任と違い、こちらに反対はなかった。だって「ゼネラルマネージャー」がなにをやるかその時点では把握してなかったし)が双子を睨みながら、僕とウッドを評価する言葉をかけると監督のフーチ先生もそれを肯定し頷いた。
「ええ。ポッターくんはしっかりとゲームを決定づけてくれましたが、やはり一番違いを見せつけたのはウッドキーパーでしたね。フィジカル的にも仕上がっており、やはりプロ内定者は違います」
「とはいえアマチュア強豪を大差で破れたのは大きいわね。これなら水曜日の試合もかなり期待できそうかしら」
「水曜日? 待て待てミス・グレンジャー。平日に? クィディッチの試合を?」
うえー、とジョージが不平の声を漏らす。僕も初耳だけど、ハーマイオニーが組んだスケジュールはかなり過酷な様子。
一番消耗が激しいビーターが文句を言うのは当然で、それに比べるとシーカーもマシとはいえやっぱ疲労があると集中力も落ちるし、僅差の試合だと潰しにこられるからあんまり望ましくないのは確かだ。
今回試合に出ていた選抜メンバー、チェイサーのハッフルパフ生2人とレイブンクロー生1人も同様にハーマイオニーに抗議する。
僕も、さすがにちょっと疑問に思う部分があったのでこれを機にハーマイオニーに聞いてみることにした。
「なんでそんなに日程が過密になってるの、ハーマイオニー?」
「そもそも私たちの目的は注目を集めることでしょ? そのためにはプロと当たる公式戦に出るのが一番だわ。となると一番有望なのがこれよ!」
準備がいいことに、ハーマイオニーは拡大呪文がかかったポーチから一枚のチラシを取り出した。そこには「懐かしき木陰カップ」と書かれている……もちろん、クィディッチファンにはおなじみの、リーグ戦と並行して行われるトーナメント形式のカップ戦だ。
「この『懐かしき木陰カップ』にはスコットランドのアマチュアチームによる出場枠があるの。親善試合で名を高めて、この枠を奪い取るのよ!」
「うーん……でもハーマイオニー。あのカップ戦って、確か『審査の対象は3年以上の結成期間のチーム』とかそんな感じの規定がなかったっけ?」
「ええ。しっかり書かれているわ。でも、理屈の上ではホグワーツの各寮チームの延長線にあると主張もできるだろうし、それにハリー……私は丸2年、イギリス魔法界で暮らしてよくわかったの」
「なにを?」
「イギリスの魔法使いってのは、面白がらせてしまえば喜んで規定なんて曲げてくれるってことをね!」
ハーマイオニーが堂々と無茶苦茶なことを言った。いや、でも……正直なところそれはおそらく正しい。
ホグワーツ(の名誉のために正しく言うならば、一部の)教職員はその代表格ではあるが僕が知る限り、他の大人はその例外ではない。今年一年限りで結成された我らが母校、ホグワーツの選抜チームがアマチュアやセミプロ強豪相手に大活躍! となれば……面白がって推薦してくれそうな人は両手両足で数え切れないぐらい脳裏に浮かぶ。
ジョージとフレッドが素晴らしい、と言いながらハーマイオニーの主張に手を叩いて賛成する。
「なんてこった、ミス・グレンジャーが隠されていた陰謀的真実に気がついてしまった」
「しかし、そうは言っても中2日でクィディッチをやらせるのは魔法使いの権利条約に反するはずだぜ」
「そこは大丈夫よ。私たちホグワーツ選抜の強みは層の厚さ。その辺のアマチュアチームじゃ真似できない
「うおっし! 腕がなるぜ!」
「おおっとウッド、マジか?」
「本当に同じ人間か? まあでも、ロニーにも出番を回してやれよ」
「ええ、僕!?」
ハーマイオニーやフーチ監督の補佐としてアシスタント・マネージャーに任命されたロンは、一応バックアップのキーパーとしてメンバーに名を連ねている。序列としてはハッフルパフの正キーパー、ハーバート・フリートさんが上ではあるけれどね。
「ウッドが去ったあとのキーパーはロニー、君しかいない!」
「試合経験を積んどくことに越したことはないぞ、我が弟よ」
「そ、そりゃ……やってみたいに越したことはないけどさ……」
お? 思ったよりも満更でも無さそうだ。口に出すことはなかったけど、ロンもどうやらグリフィンドールチームのレギュラーの座に興味があるらしい。
フーチ監督はちょっと考え込んだのちに口を開いた。
「もちろん、グリフィンドール寮を贔屓するわけにはいきませんが……他のポジションに比べてバックアップのキーパーの出場機会は意識しない限り乏しいのは事実です。他のゴールキーパー候補と同列の扱いはいたしましょう」
「
「うわあ!」
突然、横のネス湖からずぶ濡れの人間……? が現れた。少なくとも英語は喋っている。
僕ら生徒を守るようにしてフーチ監督が前に出る。
「な、何者ですかあなたは!」
「おっと、これは失礼。怪しいものではない。『ザ・クィブラー』の編集長にして一人のジャーナリスト。ゼノフィリウス・ラブグッドという」
「で、では、なぜ湖の中から現れたのですか……?」
「このネス湖に巨大半魚人の一族が密かに住んでいると聞いてな。ぜひともその姿を見たいと思い『泡頭呪文』を使い取材していたところだ。巨大半魚人そのものは見つけられなかったものの、その証拠は十分に集められた。実に有意義であった」
「はあ……」
現れた男はどうやら僕たちに害意あるわけではないらしい。
ザ・クィブラー。聞いたことはある雑誌だけどどんな内容かまでは把握してない。でも編集長なのにずぶ濡れになってまで取材するなんてすごいなあ……
「ところで君たちは? もしや君らも巨大半魚人か、はたまたネス湖に潜んでいるという二足ジャンボタニシを探しに?」
「見ての通りクィディッチですが」
「わ、私たちホグワーツ選抜チームなんです! もしよければ記事にしてもらえれば」
「クィディッチ! 言われてみれば確かにユニフォームを着ている。ではよろしい。記事のために一枚撮らせてもらっても?」
服はビショビショだけど、ラブグッドさんが取り出したカメラは不思議なことにピカピカだった。予想外の出来事に固まっていた僕らだけど、いち早く動き始めたハーマイオニーがとりあえずメディア対応はしておいて損は無さそうと判断したようで、僕らは(かなり作ってる感じだけど)笑顔で撮影に応じた。
「よい取材の一日だった。ではさらば!」
そう言ってスタスタとラブグッドさんは歩き去ってしまった。
「な、なんだったのかしら……」
「なんか、どっと疲れたね……ホグワーツに帰ろうか」
試合の疲れを両肩に感じながら、僕らは再び箒にまたがり帰途についた。
―――
とっくに消灯時間は過ぎている。
もし昨年度だったら、スリザリンの談話室を抜けて外に出ようとする生徒が入れば、監督生あたりが咎めていただろう。
しかし今はそんなことをしようとする人間はいない。スリザリン生でホグワーツに通い続けている親しい人間といえばグレゴリー・ゴイルぐらいで、ビンセント・クラッブもパンジー・パーキンソンも、あるいは色々と面倒をみてくれたクィディッチチームのマーカス・フリントキャプテンもいなくなってしまった。手紙ですらも学校が始まってからは彼らから受け取っていない。あの学校はトム・リドルのお膝元だから、彼らにも色々と事情があるのだろう、と信じて気を紛らわせてはいるけれど。
機能不全となったがらんどうの寮を抜けて廊下を突き進み、忍び足でらせん階段をのぼる。
目的の場所は天文塔だ。天文学の授業にも使われる天体観測室の前で、僕はごく小さな声で呪文を唱えた。
「
するする、と僕の杖から出た蛇が扉の空いた隙間から部屋に入っていき……そのままゴロン、と転がった。
杖から出た蛇は生き物を察知し反応する。それがないということは誰もいないということだ。
無人を確認した僕は蛇を廊下側に配置し直して(今度は警報機として使える)、天体観測室に体を滑り込ませる。
上弦の月といったところだろうか? 月の光は天体観測室を窓越しに爛々と照らしていた。ほとんど雲もない、絶好の天体観測日和だ。
とはいえ、月を見ていても仕方がない。僕が用事があるのは逆側だ。北側の窓に近づき、空を見上げようとすると……
突然、僕の目の前の窓がひとりでに開いたのだ! 僕は腰を抜かして後ろに倒れ込んだ。
「ドラコ?」
「う、うわあああ!」
「し、静かに! 誰か来ちゃうかもしれないから!」
そして、空中にハリーの生首が……いや、冷静に考えてみれば胴体を透明マントで隠しているのだろう。箒に乗って窓から入ってきたハリーに対し、友人の前で醜態を晒してバツが悪くなった僕はそっぽを向いた。
「こんな時間の天文塔で人影が見えたから、誰かなと思って」
「そういうハリーはいったい?」
「僕? もちろん深夜の空中散歩だよ! 今はいろいろ手薄だからね」
「これだからグリフィンドールは……」
「ドラコも人のこと言えないと思うけど?」
どうやらこの様子だと、ハリーはこうやって日常的に深夜徘徊をしているらしい。まあ、確かにハリーが言う通り僕が言える口ではないが……
「まあ、僕も似たようなものだ。今のスリザリン寮は手薄でね」
「なるほどね。でも、なんで天文塔?」
「……感傷的と笑うかもしれないけど、アレだ」
僕はハリーが入ってきた窓、北の空を指差す。
ちょうどキラリと光る流れ星が見えた。
「
「ああ、そうなんだ! 星座が由来なんだね」
「ブラック家の人間はしばしば星から名前を借りるそうだ。ブラック家から嫁いできた母上がつけてくださったと聞いている。地平線に沈むことない周極星、マルフォイ家の跡継ぎにふさわしい星座を選んだと」
「なるほど、合点がいったよ。シリウスおじさんの名前も星かあ、そういえば」
ああ、確かに彼もそうだろう。ブラック家から縁を切られた彼と僕が顔を合わせる機会はあまりなかったが、ハリーと親しいのはよく知っている。
「ホグワーツ入学前は、こうして毎年この季節に訪れる流星群を家族で眺めていたんだ。いつしか父上はその習慣から離れ、母上とだけになったけれど……その理由はトム・リドルによる服従の呪文だったと今の僕はよくわかっている。だから願掛けだ。アズカバンにいる父上と再会できるようにと」
「せっかくホグワーツにお母さんがいるんだから、一緒に見ればいいんじゃないの?」
「気恥ずかしいだろう。流石に」
「だよね。言えてる」
同じく校内に血縁者を抱えるハリーは僕の胸中を察し、頷いてくれた。
「でも、もしかしてあれ……ドラコのお母さんじゃない?」
ハリーが眼下に見えるホグワーツの外周部で、かすかに見える人影を指差した。こんな暗いのによく気付くものだ。
でも、確かにあれは僕の母上のようだ。
スリザリン出身者がほとんどいなくなった今のホグワーツは赤だの金だの派手な色の装いばかり。品の良い真っ黒のローブを纏う魔女は僕の母上ぐらいだ。
「どうやら、ドラコと同じ用事みたいだね」
「……そのようだな」
母上が見上げていた方角も僕らと同じ。北の空、りゅう座の方向だ。
「どうする? 一人で見る? お邪魔だったら僕は帰るけど」
「まあ、たまにはいいだろう。横にいることを許してやろう」
「うわっ、上から目線! だからロンに嫌われるんだよ!」
「ウィーズリーに嫌われる? 願ったり叶ったりだな」
そうやってハリーと話しながら北の空を眺めつつも、母上はそろそろ戻られるだろうかと思いながら再び視線を落とした。
母上に近づく何か。それが視界に入った途端。
背筋が凍った。
「な、なんだ……?」
僕のとまどったような声に反応してハリーも同じように下を見ると……僕と同じように顔をこわばらせた。
どうやら、この感覚は僕の気のせいではないらしい。下にいる母上も頭を抱えて蹲った。
黒いフードをまとった謎の存在は、母上との距離を縮めていく。あれは……あれはまさか!
「そんな、なんでアレがここに!」
「ドラコ……あれってもしかして」
「