かつて相手したトロールも危険だったけど、それと比べても遥かに別格の闇の魔法生物だ。
そもそも、アズカバンにしかいないはずの魔法生物で、こんなところにいるはずもないんだけど。
にじり寄ってくる
「
ひとまず窓に向けて救援信号の呪文を唱える。赤い花火が騒音とともに上がり……それに驚いたのか、
「ドラコ、箒に乗って! 前だ!」
「わかったが……どうするつもりだ!?
「今学期が始まってからパパからちょっと教わったんだ。でも教わりはじめて1ヶ月も経ってないから実体の守護霊は今は無理。でも、誰かが来るまで時間稼ぎぐらいにはなるかも」
「わかった。僕の母上だ、頼んだぞ」
そう言ってドラコを僕の箒の前側に跨がらせ、僕は後ろ向きに座る。
「全速力で飛ばして!
「任せろ!」
天文塔の北向きの窓を大きく開け、透明マントも置いて一気に飛び立つ。ニンバスはあっという間にトップスピードに達し、ドラコは前傾姿勢を取ってスピードを殺さない形で一気に追いすがる。
ドラコのお母さんは……守護霊は出せないものの呪文を唱え、杖先からなにか出すことで抵抗を試みているようだ。
「もうすぐ
「そのまま突っ切って! すれ違うタイミングで唱えるから!」
普通の魔法生物を撃退するのであれば当然できるだけ近づき、正面に捉えて魔法を放つ。
でも、そうしないのは相手が近づくだけで僕たちの気力を奪う
実際、箒の後ろに座っているから僕からは
これまでの人生で受け取った幸福を詰めた瓶の中身が、すごい勢いで蒸発していくような感覚。これが全てなくなってしまうと気を失うのが実感としてわかる。
学び始めたばかりの
「真下だ!」
「
真下に見えた
実体のない白いもやのようなもの……しかし、
「やった!」
「まだだ、ハリー! 足が止まってない!」
思わず歓喜の声を上げた僕をドラコが諌めた。箒をUターンさせ、再び接近する。
「もう一発いけるか?」
「……ちょっと厳しいかも」
「クソッ! 夜遅いのはわかってるけど、まだ誰か来ないのか!」
天文塔から更に外れのほうにあるホグワーツの外周部だ。
寮や教職員の部屋からはそれなりに遠く、誰も気付いていないのかもしれない。せめて誰か人を呼んでくれる人がいれば……
「おやあ……?」
「あ、あそこにいるのは……」
「ああっ……ポッターちゃんとマルフォイちゃんが仲良く真夜中の運動会中! みんなも今すぐ参加だ!」
「ピーブズだ!」
どうやら、校舎の中でピーブズが大声でシャングラスを破壊しながら大騒ぎしているらしい。
最高の仕事ぶりだ!
「あいつを頼もしく思うときが来るとはな!」
「言えてる。でもあいつが制止されないってことはまだ周りに誰もいないってことだね」
「もう少し時間を稼ぐ必要があるか……なにか手は……」
そう言って下を覗くと、
いや、引っかかってるんじゃない。なにかが食らいついてる……?
「蛇だ!」
「蛇?」
「母上が
「なるほど! ……
「
僕ら二人は高度を落として、動物を呼ぶ呪文を
上空から落ちてきた蛇が
確実に動きは鈍っているけど、それでもよろよろと気力を振り絞って離れるドラコのお母さんとの距離は縮まりつつある。
距離はわずかに数インチ。
「やめろ!」
ドラコが叫びながら箒を一気に急旋回させて……飛び降りた!?
そのままドラコのお母さんと
動かなくなった
このままだとドラコが!
「
僕が杖を握り、一か八かで守護霊呪文を再び唱えようとしたところで……耳に馴染みのある女性の声が響いた。
それとともに、眩い光を放つ銀色の守護霊が僕の下を駆け抜けていく。
守護霊に怯えて
守護霊は牝鹿……ママだ!
「ハリー、皆は無事かしら?」
「ママ! えっと、『キス』は誰もされてないけど……」
「ドラコが! ドラコが私をかばって
マルフォイのお母さんが悲痛な叫び声をあげる。
ドラコは……その声にも反応せず、地面でぐったりとしたまま動かない。
ママはそこに近寄って仰向けにし、
「ふむ……頭部に外傷はないし、一過性だと思います。とにかく医務室に運ばないと。とりあえずお二人はチョコレートを食べてください。アクシオ!」
僕たちにチョコレートを振る舞ったママが杖を振ると、遠くから担架がすっとんできた。ドラコを浮遊呪文で担架に乗せると、担架は自動で浮き上がり医務室のほうへ進み始めた。
「ハリーとナルシッサさんは担架についていてあげてください。できればあなた方に一人、ここにいる
「何事でしょうか?」
「リリーにハリー!」
ママがテキパキと段取りを進めていたところで、フリットウィック先生とパパが駆けつけた。
「ああ良かった。フリットウィック教授、そこの即席の檻の中に
「やはり
「ありがとうございます。……それでハリー、チョコレートは食べた?」
「うん。食べたよ。だいぶ回復したと思う」
「それなら良かった。じゃあこっち来て」
ママが手招きするので、なにかと思って近づくと……
「あんた、消灯後に歩き回ってたでしょ!」
「痛っ!」
思いっきりゲンコツをもらった。頭頂部がジンジンする。
「後で説教もするからね! ジェームズ! ハリーとナルシッサさんを連れて担架の護衛しておいて!」
「え? なに? まだ状況把握してないんだけど? つうかそこの壁の中に
「あんたねえ。うちのかわいいハリーをいじめた
「確かに!」
「閉じ込めたあとホグワーツで用意できるありったけの
「仰せのままに!」
ママとフリットウィック先生はその場に残り、一方で僕とパパはドラコが載せられた担架とドラコのお母さんを挟んで医務室へと向かう。
「まったく。お前も悪い子に育っちゃったなあ。明日朝の説教楽しみにしとけよ、ガハハ!」
「ええー! パパにまで叱られるの!?」
「安心しろ。俺はお前がママに叱られてるのを観戦することにする」
「それ絶対パパにも飛び火するよ」
「心配するな。俺はママに怒られるようなことは何一つ……バレてないはずだ」
「ほんとー? だいたい、夜のお散歩してたのはパパが透明マントなんて格好の道具を渡したからだよ。パパが悪い」
「それは確かに一理ある……透明マントを渡されてホグワーツの校則破りに使わないグリフィンドール生はホグワーツ創立以来一人もいないだろうからな……」
それを証明するかのごとく、僕が天文塔に忘れてきた透明マントを見つけたジョージとフレッドが、ホグワーツ史に残るいたずらを敢行することになるのだった。
―――
「おおっと……会議には間に合ったか?」
「5分遅刻だ、ジェームズ」
「局長がギリギリになって地下牢のチェックとかクソめんどくさい仕事を振ってくるからだろうが!」
「儂に言われんでもやらんお前が悪い」
「このブラック上司が……」
騒ぎが一段落した段階で、校長室で状況の報告を行うことになった。
局長の扱いやすい駒として校内を駆けずり回っていたにもかかわらず、俺はなんとか時間内にたどり着くことができたわけだ。5分遅れなら誤差だろう。だよな?
外周部の調査にあたっていたアラスター・ムーディ警備局長はマクゴナガル校長代理に報告を始めた。
「森には他にも
「ありがとうございます、アラスター。信じられない出来事です……どのようにして奴らはここまでたどり着いたでしょうか?」
「これはあくまで予測だが……ハドリアヌスの城壁以北に儂は姿あらわし/くらまし防止呪文を敷いた。しかし、逆に言えば徒歩での侵入を遮るものはないと言える。つまり、食事も睡眠も必要ない
局長がとんでもないことを言い出すが、確かにその手であれば向こうとしては国境沿いに
ホグワーツに辿り着く前に奴らが多少「食事」をしても構いもしないという意味でもあるが。
「まあ、
「今、フィリウスとリリーにそのあたりを任せています。やはり、リリーには素晴らしい
「そうだろうそうだろう。えっへん!」
マクゴナガル校長代理がリリーをベタ褒めするので、俺が代わりに威張っておくと無言で流された。
かなしい……
「まずはホグワーツの外周部、その次はホグズミード村の周縁部に警戒ラインを敷く予定だ。とはいえ、あくまで警報が出るにすぎない。防衛要員を常に維持する必要性も考えればかなりのリソースを費やす羽目になるだろうな。忌々しい」
「大量の
「奴らは自分の支配下の土地でも
「ふむ」
「加えて、お前の嫁にはもうひと働きふた働きしてもらうつもりだ。ホグワーツの防護はもちろん維持するが、より強固なセーフハウスも別に取っておきたい。『忠誠の術』はお前の嫁が詳しいのだろう?」
どうやら、「秘密の守人」を設定することで建物や部屋を隠す「忠誠の術」を局長は活用したいようだ。
リリーが発明した……正確に言えば、埃のかぶっていたポッター家の古い秘伝(俺に伝わってないのに秘伝もなにもないな?)の蔵書を掘り起こして再発見したもの、かなり強力な儀式呪文だ。
ただ、あれも万能ってわけじゃねえんだよなあ。それこそ、リリーが編み出した当初は「忠誠の術」の対象にとった部屋に「秘密の守人」が入れないっていう仕組みで、呪文学系学術誌である「挑戦呪文」に載せたリリーの論文をもとに改修するアイデアというフィードバックがなければかなり使いづらい仕組みだった。
現在では、「忠誠の術」がかけられた部屋の中に「秘密の守人」が存在しても問題ない、つまりリリーの言い回しを借りると「鍵を箱に収める」ことが可能になったわけだが……それでも無敵というわけじゃない。大雑把な場所がわかっているなら、認識できないのもおかまいなし全部焼き払ってしまえばいい。それこそ、俺らがゴドリックの谷にある自宅を信用せずにホグワーツに留まっているのは、奴らがその気になればゴドリックの谷の魔法族コミュニティごと破壊しにくる可能性もある、という理由だ。まあ、一番大きい理由は家の外に出れない状態だといくら魔法族でも餓死するってとこだけど。
「まあ、『忠誠の術』の活用は局長に任せる。手が足りなければ呼んでくれ」
「無論だ」
「とはいえ、どれもこれも対処療法だよなあ。根本的になんとかできねえのか?」
そう言うと珍しく局長は苦言も呈さずに黙り込んだ。
いま、ホグワーツは明確にトム・リドルとその一派による攻撃を受け続けているが……こちらからアクションは何も起こせていない。
「それに関しては、私に考えがあるよ」
「おう、バチルダの婆さんか」
俺らの話を鋭い勘で聞きつけたか(この婆さんに関してはあながち冗談でもない)、魔法史の権威でありポッター家の隣人でもあったバチルダ・バグショットが扉をあけて入ってきた。マクゴナガル校長代理が頷いているのを見ると、どうやらこの時間にバチルダの婆さんが来るのは予定にあったらしい。
「あの理不尽極まりない闇の帝王に、古い魔法ってのがいかに理不尽か教えてやろうと思っててね」
「そりゃいい。俺としては理不尽と併せて『闇の帝王』『ロード・ヴォルデモート』って自分から名乗るのがダサすぎる点についてもぜひ教えてあげたいが」
「いいね。それも盛り込んでおくよ……とはいえ、私が考えてる手ってのはなかなかに面倒だ。準備の時間もいれば人手もいる。まず優先はアズカバンの連中の救出だろうね」
「それに関しては婆さんが計画を練ってると聞いたが……
「わかってるよ。安心しな、頭数はこっちで揃える予定だ。クィリナスだけは借りるつもりだがね」
「それは問題ない。というか、クィリナスは婆さんの所有物という認識だ」
後でクィリナスにめちゃくちゃ文句言われそうだが、知らんフリしとこう。
「しかし婆さんとクィリナスじゃ流石に足りんだろ。というかそもそも、アズカバンまで行く足とかどうすんだ? 箒か?」
「馬鹿たれ。大雑把にしか位置を掴めてない状態で箒飛行で厳重に守られた小さな島を探すなんて自殺行為だよ。見つける前に遭難しちまう」
「じゃあ、どうすんだよ」
「あんたに心配されなくてもちゃんと考えとる。クィリナスとの共同研究旅行の途中で素敵な船を見つけたんでね」
「ならいいが。んで、人手は?」
「帰りに今収監されてる連中を乗せることを考えると、そんなに多くはもともと乗せれないからね。まあ、暇してたジジイに声をかけることにした」
「暇してたジジイ?」
そのバチルダ婆さんの言葉に反応したかのように、校長室の扉が勢いよくバーンと開かれた。
そこから入ってきたのは、バチルダ婆さんのいうジジイ……
ではなく。巨大な……巨大な……なんだこれ?
「怪生物を校長室に入れていいと誰が言ったのですか!」
「いやあ、校長が替わってから禁止命令を受けていなかったものでな。もしかしたら許してもらえているのかと思って」
「退職ずみの者にわざわざ校則を再通達いたしません!」
「それにこれは怪生物ではない。タスマニア島の魔法の原生林にしかいないジャイアント・ウォンバットだ。こいつはすごいぞ、巨大な巣穴を掘るために前脚が発達していてな。うっかり前脚の動きに巻き込まれると魔法使いでもひとたまりもないのだ!」
「シルバヌス!」
校長室を訪れたのは……2年前に退職した魔法生物飼育学の教授にしてXXXXX級の危険人物。シルバヌス・ケトルバーンだった。