ヴォルデモートなんていない   作:taku1531

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93.I Want To Break Free(1)

「さあ、みな校長であるわたしに気兼ねする必要はない。しっかり指示通りに調合してくれたまえ。影絵(シャドウプレイ)ポーションは実に面白い作用を引き起こす魔法薬でね、君たちの調合がうまくいった暁には実に楽しい光景がみれるだろう!」

 

 わたしたちが通う学校の長でありながら、魔法薬学の教授として教壇に立っているのはホラス・スラグホーン。ホグワーツの時代と比べてかなりカリキュラムは異なっているけど、魔法薬学は健在だ。やはり校長が魔法薬学の専門家だからだろうか?

 

「ほっほう! さすがホグワーツで魔法薬学を学んできただけある! グリーングラス家のご令嬢のポーションの出来栄えは実に素晴らしい!」

「ありがとうございます、スラグホーン学長」

 

 明言されているわけでも規則にあるわけでもないけれど、この学校では「ホグワーツ」の単語はタブーのようになっている。

 事実、学長が「ホグワーツ」と口に出したとき、生徒の間で一瞬緊張が走った。一見してセイウチのような鷹揚な見た目の彼だけれども、私は彼がスリザリンの卒業生の一員であり、長年寮監を務めてきたベテランであることを知っている。間違いなくこの雰囲気をわかった上で意図して言葉を選んでいると考えるべきだろう。海千山千の食えない相手なのは間違いなさそうだ。

 

「さあ、みな見たまえ! これが『影絵ポーション』の特徴である明るい灰色だ。ほっほう、横のミス・パーキンソンの調合もお見事、瓜二つの出来だ!」

 

 周囲を見渡すと苦戦しているもの、得意げなものと様々いるが……ホグワーツで学んできた人間の成果は有意に良好に見える。どうやらスリザリン生からもしばしば苦い顔をされていたセブルス・スネイプの厳しい指導は功を奏していたらしい。

 もっとも、ホグワーツ経験者であっても派手に失敗している例外がいないわけではない。ミリセント・ブルストロードはホグワーツ同様、鍋と秤に対して悪戦苦闘していた。とはいえ、お手上げというほどでもなさそうだからわざわざおせっかいを焼きに行く必要もないだろう。

 

「作業はおおむね順調のようだ。作業を終えているものもちらほら出始めたようだし……せっかくだからここでちょっとお知らせしておこう。このクラスは通常コースと呼ばれ、特進コースとは異なるカリキュラムが組まれているが……一方で、学長の私としてはここに若い才能が眠っていることをよーく知っている! その才能が目覚めるのを助けるために、ちょっとしたご褒美を用意させてもらった!」

 

 そう言って、彼はガラスのアンプルを懐から出し、高々と掲げた。アンプルの中身には透明だが、ときおり金色に煌めく液体が封じられている。

 

「これが魔法薬の真髄の一つ……幸運薬(フェリックス・フェリシス)だ! 期末試験で最も優秀であることを証明してみせたチャンピオンにこれを一つ差し上げよう。念の為ではあるが、これはわたしからの非公式の賞品だ。特進コースのご友人には秘密にするように!」

 

 そう言って彼はニヤリと笑う。

 なるほど、パパとママが報酬で人を操作する傾向にある、などと話していたがその通りのようだ。とはいえ、わかっていても幸運薬(フェリックス・フェリシス)という餌は魅力的ではある。貴重な材料が必要なだけではなく、高い技能の調合師を半年という異例ともいえる長い間、醸造期間として拘束する幸運薬(フェリックス・フェリシス)は市場にはまったく出回っていない。薬、そして毒の専門家であるグリーングラス家の人間として私も存在や効力を知ってはいたけれど、お目にかかるのは初めてだ。

 パパなんかは「私も調合は可能だ。手間に見合う価値はないと判断しているがね」と言っていたが(本当に調合できるかはわからない。案外、負け惜しみかも)。

 

 作業を終えた生徒が恍惚とした表情で幸運薬(フェリックス・フェリシス)を眺めていたところで……教室の後ろの方で悲鳴があがった。見知らぬ顔――他の学校から合流してきた人間か、はたまたホームスクーリング生だったかは知らないが――のセブルス・スネイプの薫陶を受ける機会のなかった男は、鍋の底を溶かし派手に中の液体をあたりにばら撒いたらしい。おおかた、自分の手元にあるポーションよりも学長が掲げたポーションのほうに気を取られてしまったのだろう。

 

「おおっと! いやはや、慌てることはない。鍋に穴を開ける人間が出なければ、魔法薬学の授業をしたとは言えないからね! さあさあ、浴びた人間はいるかな? 浄化せよ(スコージファイ)!」

 

 杖をスラグホーン学長が一振りすると、床にこぼれた液体と鍋の中身は一瞬で片付いた。もっとも、ほぼ新品のはずだった床のタイルは黒ずんでしまっていたが。

 騒ぎが一段落したのを図ったように、授業の終わりを告げるベルが響いた。このベル、割と便利だからホグワーツにもそのまま導入して欲しいわね。「魔法史」のビンズ教授なんかは誰かが止めない限りしばしば定められた授業時間をオーバーしていたし。

 スラグホーン学長が授業の終わりと解散を告げると、蜘蛛の子を散らすように生徒が教室から去っていく。

 

「ほら、グリーングラス。接触のチャンスよ」

「わかってるわよ」

 

 横のパーキンソンがせっついてくる。

 そう、私たちはあのどこから侵入したかも知れない三文記者のリータ・スキーターに言いくるめられ、内部の情報を集めることになった。

 どうしようか頭をひねって考えた最初のアイデアはシンプルで、授業の機会を利用してスラグホーン学長に接触する、というもの。

 彼から情報を引き出せるなら一番手っ取り早いはずだ。

 だが……

 

「スラグホーン教授、ちょっと今日の『影絵ポーション』について質問が……」

「あら。ごめんなさいね、ミス・グリーングラス。学長は多忙なの、まずは自習で調べてみて、それでもわからなかったら他の教授を当たってくれるかしら? ではごきげんよう」

 

 そこに突然現れ、割って入ったのはロジエール副学長(口うるさいオバサン)だ。

 どうやら、一般クラスの私たちと学長を深く接触させるつもりはないらしい。

 スラグホーン学長はなにか言いたげに口をもごもごとさせてはいたけど、そのまま副学長が押し切り、連れ去ってしまった。

 

「あーあ、私ら下々の人間は学長とも個人で話せないみたいよ。どうすんの、グリーングラス」

「はー……面倒極まりないわね。あのスキーターとかいう女に乗せられたの、後悔してきた」

「あの時は助け舟だと思ったのにね。まあ、困ったときの助け舟の渡し賃はだいたい割高ね」

 

 パーキンソンがそう言って肩をすくめる。

 まあしかし、このままただ引き下がっても何かやることがあるわけでもない。幸い次は空きコマだ。

 

「まあ、とりあえず形だけでもやったって見せておかないと。あの女、なぜか校舎の内部にいる人間の動きもある程度掴んでるし」

「不思議よね。変な魔法具つけられてない?」

「私らごときで検出できるようなもの、プロは使わないでしょ」

「そういうもん? さすがイギリス魔法界の裏側にある家の人間は詳しいわね」

「喧嘩売ってる? まあいいわ、せめて学長室ぐらいまで着いていきましょ。どこかで一人になるタイミングがあるかも」

 

 そう考えてこっそりと尾行していくと副学長は途中の空き教室に学長を連れ込んだ。

 彼ら二人は中に入って扉を閉めると……中から話し声が聞こえてきた。

 

「ええー。こんな古典的な盗み聞きやるわけ?」

「静かに。パーキンソン」

 

 不満そうな顔のパーキンソンを制止し、扉に対して耳をそばだてる。

 単なる空き教室には防音の魔法もかけられていないようで、中から二人の話し声がしっかりと聞こえてきた。

 

「……スラグホーン学長。私としては学長室でしっかりとお話したいところだったのですが」

「いやはや、副校長。そう言いたいのはもちろんもっともだ! しかし、いち教授としての立場を兼任している老いた身としては建屋の端から端まで歩くのは、なかなかの苦労でしてね」

「まあいいでしょう。先ほどの授業ですが、『ホグワーツ』という単語は控えて欲しいとお伝えしましたよね?」

「はて? 私はここの学長だったはずだが」

「これは、この学校の創立者の指示です」

「いやはや、彼はそれ以前に第一号の生徒だろう。いち生徒が独断で学長を縛る規則などつくるものではない」

 

 第一号の生徒というと、魔法大臣であるトム・リドルが新しい学校の創立にあたって自分自身を最初の生徒としたのは有名な話だ。もちろんそれはマーケティングのための儀礼的行為だったのだけれども、記録上もしっかりと生徒として認められているらしい。

 

「スラグホーン学長? そのような物言いは避けるべきでしょう。彼の指示に従うのが賢明というものです」

「創立者には敬意を払っております。しかし、学内の方針を定めるのは学長でしょう。サラザール・スリザリンが蘇ってホグワーツに現れたとしても、権限はホグワーツ校長にある」

「その皮肉めいた言い方をやめろと言っているのです! いまやホグワーツは、魔法省の定める法に反する反社会的集団です!」

「それは見解の違いというものですな。私がこの仕事を受けたのは母校を害するためではない。イギリス魔法界に学問の場として選択肢が複数あるのは、学問に貢献するものだと考えたからです。つまり、ホグワーツは競争相手である一方で、補完しあう相手でもあると」

「……」

 

 どうやら学長と副学長にはなんらかの対立があるらしい。

 校長から話を聞く、というアイデアはそもそも相手から拒否されれば立ち行かなくなるものだったが……異なる立場にいるのであればかなり有望かもしれない。

 

「スラグホーン学長。もしやあなたは替えのきかない存在だと自分を考えておりませんか? それは思い上がりですよ」

「これは……もしや脅迫かね?」

「いえ、まさか。しかし、替えの効かないポジションの人間を思うがままに操る手段を取ろうとする悪党が巷にいると噂が流れています。ホグワーツに与する人間でしょうが」

「……服従の呪文は許されざる呪文の一つ。知らぬわけではあるまい!」

「ええ。ですから警告しているのです。そのような輩がいると」

 

 しかし、話は「なんらかの対立」に留まらず、剣呑な雰囲気まで進んでいった。

 彼らの仕草や顔は見えないが、私の耳でもわかる。否定はしたが……明らかに脅迫だ。

 

「副学長。もし私に『服従の呪文』をかけようとしているなら、やめたほうがいい」

「いえいえ、まさか。そのような意図はまったくございませんよ」

「私は幸運薬(フェリックス・フェリシス)を飲んでいる」

「……!」

「『服従の呪文』は強力だが、決して対抗できない呪文ではない。効力の強さはお互いの精神状況などに強く依存する……つまり偶然によるところが大きい。幸運薬(フェリックス・フェリシス)を飲んでいる相手に試みれば、よほどの力量差がない限りは許されざる呪文を人に向けて放った、という証拠を残すだけになるだろう」

「……あれはあなたにとっても非常に貴重な薬でしょう。悪影響を考えると、毎日摂取できるものでもありません」

 

 私にとってもそう思う。

 つまり、スラグホーン学長のセリフは十中八九ブラフだ。しかし……

 その読みが外れ、幸運薬(フェリックス・フェリシス)を敵に回したときは、間違いなくひどい目に合う。

 

「ああ。しかし、今日たまたま摂取した日なのかもしれんだろう? そう、私を害しようとする人間が許されざる呪文を試み、馬脚を現す……そういった幸運が訪れる日かも知れん」

「なるほど、なるほど。素晴らしい。学校の長として見習うべき警戒心です。ともかく、魔法大臣の意向はお伝えしました。幸運に頼らずにあなたの立場を維持するためには、従うのが賢明ですよ」

 

 どうやら話は一段落したらしい。私たちは教室から離れ、廊下の角に逃げ込んだ。

 

「ちょっと。思ったよりヤバい話を聞いちゃったわよ、グリーングラス。案外、前大臣のバーテミウス・クラウチが現大臣に服従の呪文を受けてた的な陰謀論、外れてないのかもね」

「どこで読んだのよ、そんな話」

「『クィブラー』。たまに笑える記事があるわよ、まあとっくのとうに手に入らなくなったけど。それで、どうする? ちょっと私ら二人で抱えられる問題じゃないわよ、これ」

 

 確かに。あまりにも荷が重すぎる……

 となれば、荷は分散するに限る。

 私たちがホグワーツでラジオ局をやっていたときに学んだことだ。

 

「そうね。頼れそうな人のところに行きましょう」

 

 親しくさせてもらっていた人はホグワーツとこちらで別れてしまい、知己の人物が近くにたくさんいるわけではないけれど、それでもこちらにいないわけではない。

 

「パーキンソン、特進コースの人間に会いたいんだけど、なにか手はある?」

「いいじゃない。任せなさいよ」

 

 

 実際のところ、別のコースの人間との親密な接触は暗に控えるように伝えられている。

 別にわざわざ見咎める人もいないし、やましいこともなにもないのだから堂々と会いに行く手もあるのだろうが……誰が学長派で誰が副学長派かわからない現段階では、この学校の教職員の目を盗んで会うのが妥当だろう。

 そう考えた私はパーキンソンに案を求めたところ、なかなか良い回答を得ることができた。

 手筈はこうだ。

 まず、特進コースの人間の授業スケジュールを調べる。別に非公開でもなんでもないものだから、容易なものだった。

 次に、そのスケジュールを元に授業の終わるタイミング(かつこちらが自由に動けるタイミング)を見計らい、教室から出る移動経路を予測する。

 そして、偶然を装ってすれ違う形で接触し、肩を叩いて人影のない廊下のほうに引き込む。単純だがよく練られている。

 パーキンソン曰く、「別寮の人間とこっそり交際する手段としてスリザリンの女生徒に伝統的に伝えられている」手だそう。誰から聞いたのよ、それ。

 

 私たちのターゲットはさすがの勘の良さで、事前に示し合わすことはなかったにも関わらず知った顔の私たちが人気のない廊下の近くで肩を叩いただけで察し、こちらに身を翻してくれた。

 パーキンソンはなぜか身をかがめ、上目遣いで話しかけはじめた。

 

「ディゴリーせんぱぁ~い、お願いしたいことがあってきたんですけどぉ~」

「え? 今、あんたどっから声出したの?」

「喉に決まってんでしょ! しばくわよグリーングラス!」

 

 私たちが頼ることにしたのは2つ上の特進コース生徒、かつてはハッフルパフ生だったセドリック・ディゴリーさんだ。

 もっとも、横には余計な人間もいるのだけれど。

 

「ああ、もしやそこにいるのはグリーングラス家のご令嬢! 入学式にお会いしたギヨーム・デュック・ド・トレフル=ピックです。わたしめをわざわざ探して会いに来ていただけるとはなんたる光栄!」

 

 そう、なぜかディゴリーさんの隣には入学式のときに一瞬だけ顔を合わしたキザな元ボーバトン生、トレフル=ピックとかいう人間も居り、再び私に話しかけてきたのだ。

 いや、前に会ったとか言われても全く覚えてないし、あんたを探しに来たわけじゃないんだけど。

 

 

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