「あんたさっきの話聞いてた? どう考えても隣の人間の方目当てで来たのよ。外してくれる?」
予想していなかったホグワーツに無関係なトレフル=ピックという人間の登場に、パーキンソンがじっとりと睨む。だが、目の前の人間はずいぶんと図太いようで、そんな視線にも動じない。
そんな非友好的な雰囲気に割って入ったのは、やはりミスター・ハッフルパフことセドリック・ディゴリーだった。
「まあまあ。彼はホグワーツとは無縁だったけれど良心的な人だ。まあ、ハッフルパフにはいないタイプの人間でもあるけれど。それでなんの件だい? もしかしたら彼も力になれるかもしれない」
「ホントかしら?」
「そんなつっけんどんに扱わないでくれ! この短い間に僕とセドリックは親友ともいえる関係となった、彼の悩みは僕の悩み! さあ、ぜひとも僕にも話してくれたまえ!」
「いや、同じロンドン市内に住んでいて、通うルートが同じだからつるむようになっただけなんだけどね……」
少し警戒しながらも、話せる範囲で先ほどの出来事を伝えるとともに、ふくろう便の行き先、場合によっては中身も検められていることを伝えた。
加えて、あわよくばホグワーツに復帰したいという話も(パーキンソンのほうはそんなに強くは乗り気じゃなく、ここでの学生生活をそれなりに楽しむつもりはあるみたいだけど)。
「だいたい特進コースにはお偉方のご子息だのなんだのもいるんでしょ? ふくろう便がいちいち覗かれてるとか連中もキレないわけ?」
「いや、特進コースの僕らは自分のふくろうが使えるから」
「
廊下で虚空に向けてパーキンソンが叫ぶ。
こっそりと教員の目を盗んで来てるんだからあんまり目立つような行為はやめて欲しいのだけれど。
「なんて自由がない学校なのここは! 信じられない!」
「パーキンソン、あんたってそんな自由とか不自由とか声高々に訴えるようなキャラだったっけ」
「他人の不自由なんかどうでもいいけど、私の不自由は大問題なのよ」
パーキンソンが自己中心主義丸出しの発言をさらっとすると、その対極ともいえる目の前の人間は苦笑して受け入れた。
「まあ、なにか僕に出来ることがあれば喜んで力を貸すよ」
「あれ? 意外ね。ハッフルパフ寮らしく『自分が不公平になったときだけ不満を訴えるなんて!』って反発するかもと思ったんだけど」
「そりゃ、そう思う気持ちもあったけど。というか結構客観的だね」
「だって私たちに協力する理由ないじゃない。だからちょっと焚き付けてみようかなって。私に対してムカついても、目の前に不正義があったらもやもやしちゃうのがハッフルパフでしょ?」
ふふん、と自慢げに鼻を鳴らす。
この手の人の動かし方に長けているのがパーキンソンの長所でもあり、それを目の前で当人に対して自慢してしまうのがそれを塗りつぶすほどの短所にもなっている。
「うーん……そう言われても僕はあまり自分のことを典型的なハッフルパフとは思ってないからなあ。あまり効かなかったと思うよ」
「嘘でしょ!? 『ミスター・ハッフルパフ』が典型的なハッフルパフの模範じゃなかったら誰がそうなのよ!」
「『ミスター・ハッフルパフ』?」
「あ、これスリザリンの外で言っていいほうの陰口だったわ。忘れて頂戴」
「言っていいほうの陰口!?」
あまりにも複雑なカテゴリ分けがされた渾名に対して、流石のセドリック・ディゴリーも驚いて表情を崩している。
しかし、模範生らしくすぐに表情を戻し、咳払いをした。
「ま、まあ……僕自身はそんな風に呼ばれるような人間じゃないと思ってるよ。僕が君らに協力すると即断したのは僕の個人的な事情だ」
「というと?」
「ここに入れるのに熱心だったのは魔法省に勤めている父でね。まあ、僕としては……その意見に賛成したとはいい難い」
ふむ。そう言われるとグリーングラス家で父とした会話を思い出す。
ごく一部の忠実な家を除き、イギリス魔法界のもっとも高貴な家々はトム・リドルを好ましく思っていない。マルフォイ家に近しかった魔法使いは、さすがに彼が服従の呪文を受けたという告発をした時点で多くが離反したか、あるいは……行方不明になったとか(さすがに大部分はトム・リドルに消されたとかじゃなく、トレイシーみたいに海外に逃げたケースが大半でしょうけど)。
トム・リドルからみてもグリーングラス家のような立場の魔法使いは目の上のこぶのようなもので、態度を決めかねているうちに家財の押収にあったような家は今や上流階級では多数派だ。
「ああ。父も話していたわね。今のトム・リドルの主要な支持層は省とかその関係者の中流層に固まってるとか」
そう私がつぶやくと、ディゴリーさんは頷いた。
「僕の父なんかはまさにその一員だ。まあ、僕としても父の立場上、上役の顔を伺わなきゃいけない面があるのは理解しているけれど……それでも、感情的に父に反発したい気持ちは強い」
「ふーん。だからそういう個人的事情で協力するのを決めたから典型的ハッフルパフじゃない、って言いたい感じ?」
「まあ、おおよそは」
そう言うとパーキンソンはゲラゲラ笑いながら気安くポンポンとディゴリーさんの肩を叩き始めた。
この子って割と自然に失礼な態度取るわね。知ってたけど。
「安心しなさいよ。そんなとこでくよくよ悩むのは『ミスター・ハッフルパフ』だけよ。というか、それぐらいで『僕は典型的なハッフルパフじゃないんだ……』なんて考えるのがまさにハッフルパフよ」
「そ、そうかい?」
「だいたいあんたがそういう人間だなんてとうに知れ渡ってるから。スリザリンの外で言っちゃダメなあんたの渾名知ってる?『プチ反抗期3年目』よ」
「プチ反抗期3年目……」
「しかし、意外と思い込み激しいわねー。もっと気楽に生きなさいよ、気楽に。そのままだと悪い大人に騙されて変な組織とかに入れられるわよ」
「そんなことあるかい!?」
「意外とあんたみたいなのは、なんか失敗とかで折れるとそういうとこに生きがい見い出しがちよ」
「……まあ、そう言うなら心には留めておくけれど」
そういいながらもあまりディゴリーさんは納得した表情を頂いてない。
私もパーキンソンの言い分が必ずしも正しいとは思ってないけれど……パーキンソンは割とそういう点に関しては鋭いから案外そういうものなのかもしれない。
「言い分はわかったよ。それで僕はどうしたらいい?」
「スラグホーン学長への接触がなかなか出来ないのよ。そっちはできるのかしら?」
「ふむ。確かに長らくホグワーツの教授を務めていた方だからね。ここの生え抜きの教員やスタッフより話が通じるかもしれない」
「あの副校長はじめ、省から送り込まれた連中は私らの自由を縛ってなんぼだと思ってるフシがあるのよね。あー! ホグワーツの無軌道とも言える自由さが懐かしいわー!」
「ふむ。自由さ、か。自由というのは多義的な言葉であるから、それを頭から否定はしないけれども……」
ディゴリーはあっさりと頷いたものの、横にいたギヨームとか言う人間はなにか言いたげにしていた。
とはいえ、元より無関係な人間だ。無視しておけばいいのに……パーキンソンは噛み付いていった。
「なに? あんた言いたいことでもあるの?」
「ちょっとだけね。僕はホグワーツに通うのを断念してボーバトンに行ったクチだから」
「……ああ。そういやディゴリーがあんたもロンドンに住んでて一緒に通ってるって言ってたわね。通学の許可が得られたの?」
私たちは共同寮に案内されたけど、この学校は事前に申請し許可を得れば通学も可能だ。もっとも、その許可を取得できるのは学校の上層部の覚えがめでたい生徒だけ、という留保がつくけれど。
「まあね。今のイギリス魔法省はずいぶんと僕やセドのような中流層の歓心を買うことに熱心になってるからね。特進コースへの参加も通学の許可もあっさりと貰えた。とはいえ、きちんと審査をしてるかなんて怪しいもんだけど。成績優秀者に向けてなどと案内には書かれていたけれど、言語の問題もあってボーバトンでは優秀な生徒とは言えなかったから」
「へえ。そもそもなんでボーバトンに?」
そう言うと、立板に水を流すように喋り倒していたトレフル=ピックは一瞬口を止めて、ためらう様子を見せたが……結局、また口を開いた。
「僕の家系の本家はフランスでね。向こうのほうから案内が届いたんだ。もちろんホグワーツからも案内を受けたんだけどね。ほら、組分けによっては寮に異性が入ろうとすると弾かれるとかなんとか、そのあたりの話を聞いたことがあったから先方に問い合わせてみたんだ」
「あんたなに? 女子寮に侵入でも試みたいの?」
「……」
唐突に異性の寮部屋への侵入計画を話され、面食らう。
パーキンソンも似たような反応をしそうなものだけど、意外にも目の前の相手をじっと見て押し黙っていた。
「……ははは! その通り、僕の愛を捧げるべき相手の部屋に夜訪れ、花を差し出せないというのは僕の主義に反する! そのあたり、フランスのボーバトン校は理解があって――」
「あんた。その骨格……もしかして女性なの?」
キザな性格を隠そうともせず、ずいぶんと芝居じみた発言を重ねる彼に嫌気がさしてきた頃に……突然、パーキンソンが思いもよらぬ一言を放った。
……女性!? 目の前のこいつが?!
だが、意外にも……目の前の人間は否定しなかった。もっとも、頷きもしなかったけれど。
「生まれたときの身体はね。君の名前は?」
「パンジー・パーキンソンよ」
「なるほど、パーキンソン家かのご令嬢か。あそこは癒術の家だったかな? 体格の性差ぐらいはお手の物ということか」
「骨盤を変形させるまでは魔法を使ってもやる人は少ないから。そこでちょっと違和感はあったわ」
パーキンソンがいつもは見せない部類の技能を見せる。
うちの家だって伝統的に「死」を扱い、表向きは葬儀、裏ではいろいろやってたとかあるし、スリザリン生は意外な特技を持っていることが珍しくないけど……一見頭空っぽな雰囲気のパーキンソンからそういうのが出ると普段は何枚猫をかぶってるかわかったもんじゃない、と思えるわね。
「まあ、君が指摘したとおりだ。男子寮と女子寮にかけられた魔法は……結局のところ、教職員の方からも場合によっては対応できない、と言われたよ。ホグワーツの魔法はずいぶんと古いからどう判断されるかわからなくて、僕に深刻な不利益をもたらす可能性がある、と」
「なるほどね。まあ、昨日までと別のところに繋がってる大階段とか、私らもたいがい悩まされてるとこはあるけど」
「ははは、ホグワーツの大階段は毎日行き先が違うのかい? 逆に興味が出てきたよ。まあ、とにかく……国境を渡って向こうに下宿しながらボーバトンに通うのは、楽しみも少なからずあったけど苦労は大きかった。だから、この学校ができたのは渡りに船ってわけだ。つまり、僕にとってはホグワーツのほうが自由だ、と言われるとちょっと引っかかりはあるね」
「あんたの主張はわかったけど……今、ホグワーツに縁もゆかりもない人間がしゃしゃりでないでよ」
パーキンソンがそう言い突き放す。
確かに、そうではある。そうではあるんだけど……
「パーキンソン、私も慣れてないことで、うまく言語化しづらいんだけれども……今の現状だと、それだけじゃダメなのかも」
「なんでよ? グリーングラス」
「ホグワーツの内部だけの問題にして片付けたら、今の現状だと不利になる一方じゃない? それこそ学生という立場を活かして、ホグワーツに関係なかった人も巻き込んでいくようなのが必要な気も……それこそ、海を越えて」
「む……言いたいことはわかったけど、そういう話ってスリザリンの気質の私らにとって得意な分野じゃないわよね」
「そのために僕に助けを求めたんじゃないのかい?」
助け舟を出してくれたのは、やはりハッフルパフを代表していた一人、ディゴリーさんだった。
「僕ら元ホグワーツ生だけの話ではなく、ここの生徒も巻き込んでいく。方針としてはいいんじゃないかな」
「なるほどね。僕も現状、諸手を挙げて賛同するってわけでもないけれど……まあ、セドの友人として面白おかしく傍観させてもらおうかな」
「それにグリーングラスさん。君の友達も似たようなことは考えているみたいだ」
そう言って彼はポーチから雑誌を取り出した。ヨーロッパ大陸のほうで発行されているスポーツ誌(もちろん魔法世界のものだ)だ。
「前から購読してたもので、この記事に気付いたのは偶然なんだけどね」
「あっ! ほら見なさいよグリーングラス! あんたの愛しきハリーくんが写ってるわよ!」
「うわ、ホントね!」
そこには「若きクィディッチの卵……火中に手を入れる価値はある!」と題して、クィディッチの公式大会にアマチュア枠で出場を決めたホグワーツ選抜チームが特集されていた。
紙面では、ゼネラルマネージャー(なにそれ?)であるハーマイオニーさんが「国際的な注目を集めたい」とインタビューに答えていた。
「なるほどね。まあ、あっちにいる連中も平和に学生生活を送りますなんてのがガラじゃないしね」
「それにホグワーツ選抜……正直言うと、これだけでも僕としてはホグワーツに戻りたくなったね」
そうやって感心しながらディゴリーさんとパーキンソンが喋りはじめたところで……突然、その声量が突然、なにかに遮られたように小さくなった。
「心配しないでいい。消音呪文だ」
後ろから声をかけられ、杖を抜いて振り向く。
こんな状況にもかかわらず、他の3人は事態に気付いていない。おそらくは消音呪文とやら以外にも何かいろいろと使っているのだろう。
「君にだけ接触したかった。少し強引だったが許してくれるかね? 変身術でわたしの所在を誤魔化してはいるが、あまり時間がないものでね」
「スラグホーン学長!」
現れた男は、まさに私たちが接触を試みていた学長その人だった。
「君のお父上はよく知っている。私の生徒の一人でもあったし、卒業後も様々な催しで顔を合わせる機会もあった。だが、君の家に仕事を頼むのは初めてのことになるな」
そういってスラグホーン学長は私に手紙を差し出した。間違いなくグリーングラス家の裏の仕事を指している。
「私に話しても差し支えなければ、ある程度の概要をお聞きしたいです」
「もちろん。私がお願いしたいのは人物の拉致だ。場所はここ、ナショナルスクール。もう察しているようだが、ここのフクロウは使わないように。申し訳ないが、ご実家に手紙を送る手段に関しては一任したい。手を貸すのは難しそうでね」
「私を選んだのはなぜですか?」
「先ほど、教室での副校長との内緒話を聞いていただろう? まあ、手荒なことをされないように防音呪文のかかってない空き部屋を選んだ面はあったが……それを立ち聞きしたのがグリーングラス家のご令嬢とは僥倖だった。案外、今日のわたしは本当にツイているかもしれんな」
「ああ、察されていたのですね」
スラグホーン学長は私たちの盗み聞きをしっかりと把握していたらしい。
言われてみれば、誰と何を話しているかわざわざ親切なぐらいに声に出してくれていた。
「そして、肝心の拉致のターゲットは、ホラス・スラグホーン。私自身だ。私が意図せぬ形で攫われたように見せつつ、このイングランドからの脱出を手配してもらいたい」