ヴォルデモートなんていない   作:taku1531

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95.Down in the River to Pray(1)

「これは別に守護霊の呪文に限らん話ではあるが……防衛術を働かせるタイミングってのは万全とはほど遠い状況のときが多い。レイブンクロー出の首席の卒業生が、自宅で火を出した時にパニックで水を出す一連の呪文をすべて忘れちまった、なんて話もある。こんな呪文、使う状況が来ないに越したことはねえが、しっかり呪文を体で覚えとけ」

「はい、ジェームズ先生!」

 

 俺は教卓に積んだ教科書をひっつかんで、2年生の闇の魔術に対する防衛術のための教室を後にする。

 守護霊の呪文はかなり高度だから、2年のレベルで使えるやつがいるとは思ってなかったが……コリンやルーナはなかなかやるな。実体は出なかったが、少なくとも霧まではなんとか出せていた。

 今日の俺の授業は終わりだ。ホグワーツの人数が減ったため、闇の魔術に対する防衛術も選択科目同様四寮合同となった。そのため、スケジュール的にはだいぶサボれる……今年は授業を充実させる時間がかなりできた形になった。

 とくにアテもなく廊下を進むと……昨年は使われることがなかった部屋に明かりが灯っていた。クィリナス・クィレルの居室だ。

 

「おーっす、暇ならちょっと抜けてバーにでも……ん? 論文執筆か?」

「あ、ああ。ジェームズですか。ええ、その通り。昨年のフィールドワークの成果を仕上げろとバチルダに尻を叩かれましてね」

 

 クィリナスの机に積み上がった冊子の表にはタイトルとして「ホグワーツ以前のロウェナ・レイブンクロー」と記されている。

 魔法史系の論文は引用を強く想定してるから、基本的に論文も巻物(スクロール)じゃなくて冊子(コーデックス)らしいんだよな。防衛術は比較的に呪文学とかそっち寄りだからあんま冊子の形で書いたことねえや。

 

「アズカバン救出作戦に関わるもろもろでいろいろ忙しいだろうに、あの婆さんも随分厳しいな」

「『論文出さない学者は息してないのと一緒だよ! とっとと書きな! いくら忙しかろうとあんたみたいな若手が年間通して1本も書かないようじゃ終わりだよ』と言われましてな」

「はー。俺は赴任してから一度も書いてないけどな」

「そ、それもどうかと思いますが……」

 

 そのあたり、ダンブルドア校長は実に寛大で……いや待て、どう考えても我らが寮長であったマクゴナガルがその手の話で寛大になってくれるとは思えん。

 ヤバいな。もう書き方覚えてねえぞ。

 

「と……というわけで、ジェームズには申し訳ないのですが……外に行って飲む余裕はなさそうです」

「そう言うなら仕方ないな。ちと残念ではあるが――」

「しかし、ここでこっそりと飲むぐらいなら悪くはないでしょう」

 

 クィリナスはほくそ笑みながら、杖を振って棚の奥からウイスキーの瓶と厚手の布で包まれたチェダーチーズ、それに革袋いっぱいのレーズン、そしてクィリナスのお気に入りであるお馴染みのジンジャーワインを引き寄せ(アクシオ)した。

 こいつ。手慣れてやがるな。

 ニヤニヤしながら俺はグラスを受け取り、ウイスキーを注ぐ。クィリナスはいつものようにウイスキーにジンジャーワインを加えていた。

 

「多少アルコールが入ったほうが、羽根ペンは進むというものですからね」

「違いねえ。じゃあ、クィリナスの論文と……マーリンが罰当たりなウイスキーの飲み方を禁じなかったことに乾杯!」

「い、いいではありませんか! 人がどんな飲み方をしても!」

「いいけどさあ……ほら、見ろよ。これそこそこいいスコッチだろ? 酒飲みとしてはたまにはそのまま味わってもらいたいなあって……」

「タダ酒にありついておきながら!」

「わはは、確かに」

 

 クィリナスが俺を睨みつけてくる。

 でも誰だって思うだろ。たまにならアリだと思うが、こいつ毎回だぜ。

 目を逸らすと、ちょうどクィリナスの書きかけの論文が手の届くところにあるのが見えた。

 

「酒のアテ代わりに読んでもいいか?」

「ええ、どうぞ」

「昨年の研究だが……ブリテン島(ここ)から始まって北フランス、デンマーク、ノルウェー、果てはアイスランドまで行ってきたんだろ? 丸一年かけたとはいええらい色んな所を渡り歩いたもんだな」

「収穫はいろいろとありましたよ。まあ、しかし一番長くいたのはノルウェーでした。実は、控えているセブルスたちの救出作戦に使う予定のロウェナ・レイブンクローゆかりのものと推測される魔法具(マジックアイテム)を見つけたのもノルウェーなのですよ」

「へえ!」

 

 そういやバチルダの婆さんがなにか使うとか言ってたな……詳細は聞かせてもらえなかったし、俺は直接作戦に関わるわけではないから(当日、俺はスコットランドもイングランドの境に詰めて、陽動作戦を行う。リーマスもウェールズで同時に騒ぎを起こす予定だ)、あんま興味を持っていなかったが。

 

「創立者ゆかりの魔法具といやあ、俺でも知ってるのがあるぜ。ほら、グリフィンドールの剣」

「有名ですな。しかし、やはり叡智の寮の創立者であるロウェナ・レイブンクローのものは、真偽が怪しいものも含めれば他の三人とは比較にならぬほど遺物が残されています」

「マジか! でも、なんでそんなすげえもんが山ほどあるのにあまり知られてないんだ?」

「……そ、それはですね……叡智の寮らしく、意味不明なものが大半で……入れた酒がそのままボトルに戻る木のコップとか……明るい真昼に使うと太陽の方角を示すクリスタルとか……」

 

 ああ。合点がいった。

 わけのわからない物をまず作り、それから使い方を考える……まさにレイブンクロー生の偉大な起源だな。

 そうやってダベっていたタイミングで、外で足音が聞こえた。

 バチルダの婆さんならクィリナスにとって都合が悪いし、マクゴナガル校長なら俺にとって都合が悪い。俺たちは入り口から見えないところに酒瓶を押しやった。

 

「この部屋のあたりから……タダ酒の匂いがするのう」

「なんだ、ただの老グールか」

「老グールとはなんじゃい。失礼な」

「タダ酒の匂いとはいったい……?」

「そりゃ、あれじゃよ。アルコールの匂いと後ろめたさを足して2で割った匂いじゃな。飼い主の宝物を盗んだときのニフラーの毛の香りに近い」

「ああ! 私のグラスを!」

「いいじゃろいいじゃろ、ちょびっとぐらい……しまった、クィリナスめ。相変わらずの飲み方しとるのう! ジェームズのほうを取るべきだったわい」

「文句を言うなら飲まないでください!」

 

 部屋をぬっと覗き込んだのは、一時的にホグワーツに舞い戻ったシルバヌス・ケトルバーンだった。

 ぶつぶつ文句を言いながらグラスを再度取り出して継ぎ直すクィリナスに、シルバヌスは厚顔にもグラスを差し出すとクィリナスが珍しく抵抗した。

 

「シ……シルバヌスもいい歳でしょう。お体に差し障りますぞ」

「なにを渋っとるんじゃ、バチルダのババアにチクっちまうぞ。ああ、あるならウイスキーより儂はビールがいいのう。キルケニーとかあるかの?」

「タチ悪いなあ、このグール」

「しかも厚顔です」

 

 俺たちの白けた顔に構わず、シルバヌスはクィリナスから奪ったばかりのグラスにウイスキーを注ぎ直した。

 

「ま……まあ、いいでしょう。手足が残ったままのシルバヌスと再会するとは思ってませんでしたからね」

「確かに! シルバヌスの残った手に乾杯!」

「こいつら、歳上を敬わんもんか? 儂の腕がもげたほうが楽しいみたいな言いぶりをしおって。まあ、そもそもここ半年はほとんど都市部に詰めてての。腕を失う機会さえありゃせんかったわい」

 

 ……なに?

 引退したシルバヌスが余生を都市部で過ごしている?

 

正気に戻れ(キュアー)!」

化けの皮、剥がれよ(スペシアリス・レベリオ)!」

 

 俺は即座に杖を抜き、錯乱呪文の反対呪文を唱えたのとほぼ同時に、クィリナスは正体看破呪文(スペシアリス・レベリオ)を唱えた。

 しかし、目の前のシルバヌスは変わらぬ様子のままだった。

 

「お前ら、ほんと失礼じゃのう」

「い、いえ……し、しかしですよ! シルバヌスが老後を街でゆったり過ごすなんて、フィリウスがクィディッチを始めるぐらいありえません!」

「だーれがゆったり過ごしとると言った? まあ、儂としてもまさかこうなるとはホグワーツを出たときは思っとらんかったが」

「隠居してるわけじゃないってんなら、いったいなにしてるんだ?」

「うむ……ちと、知り合いとかの顔を見て回ってな。魔法生物研究のための基金と、研究所を作ろうと思っとる」

 

 俺は思わずあんぐりと口を開けると、同じようにクィリナスも口をぽっかりと開けていた。

 

「そ、そんな……シルバヌスがまともな社会貢献を始めるなんて」

魔法使い(ヒト)と話すよりサラマンダーと話すほうが得意だと思ってたぜ」

「まあ、お前らにおちょくられんでも、ガラじゃないことやっとるのはわかっとる。しかしなあ……ほら、儂の後任でレギュラス・ブラックが一年勤めてったんじゃろ? 儂の教え子でもあるから顔ぐらいは知っとったんだが」

「ああ。今はまあ、あんたが救助に向かう予定のアズカバンにいる。それが?」

「昨年の復職を固辞した儂がいまさら戻ってきたのは、数年付き合いがあったセブルスとセプティマが捕まっとるってのは目覚めが悪いと思ったのが一つだが、もう一つはそのレギュラスと顔を合わせて話したいと思ったからじゃ。風の噂で聞いたんじゃが、授業の初っ端から『授業の名前が魔法生物飼育学とは言語道断だ』とかなんとか言ったとか」

「そうだな。俺もそんなようなことを言ったってのは聞いてる」

 

 意識して距離を向こうが置いてたのも大きいが、そんなに絡む機会があった相手ではなかった。

 しかし、魔法生物飼育学を選んだ生徒はグリフィンドール生にもそこそこいるから、噂ぐらいはもちろん俺の耳にも入ってきていた。

 

「教員一年目のひよっこに、ずいぶん痛いところを突かれたと思ってなあ。魔法使い(ヒト)は魔法界の動植物を魔法薬やらパイの材料やら占いの判断材料やら、徹底的に利用してきたわけだが、裏返しとして魔法生物の研究はほとんどが利用や飼育に偏ってきたという面も確かにある。なぜだと思う?」

「危ないだけの動物を愛する狂人も普通は片腕片脚をなくした段階で懲りるからか?」

「違う! カネにならんからだ!」

 

 酒の勢いもあって、俺の茶々入れもお構いなしにシルバヌスの熱弁はどんどんヒートアップしていく。

 

「そこでだ! 純粋な魔法生物の研究所、という場とそれに対して報酬を提供する基金を用意すればまずはその一歩になると思ったのだ! 長年教壇に立ってきただけあって、顔の広さに関しては多少自信があるが……カネを引っ張るという部分は門外漢じゃ。そこで、レギュラス氏にはいろいろ相談したいと思っていた。……ブラック家というバックにもいろいろ期待できるしの」

「はあ、なるほどね」

「はあん。あんた引退してからそんなことやってたのかい」

「おうとも。儂が動物の世話しかできないジジイだと思ってたら大間違いだぞ!」

「いや。あんたはなんだかんだ言って論文もそこそこ書いてたしね。なあ、クィリナス? 進捗はどうだい?」

「……ばばばばばバチルダ師匠!?」

「げええー! いつのまに入ってきやがった!」

 

 シルバヌスの熱弁に付き合っていた結果、どうやら俺たちは外の足音を完全に聞き逃したらしい。

 いつのまにかバチルダの婆さんが部屋に入り、シルバヌスの後ろに立っていた。

 

「クィリナス、あんたこのバカと同レベルまで落ちたいのかい?」

「おい。お隣さんを指でさすな」

「い、いえ! な、なりたくありません!」

「クィリナス? それは結構ひどいぞ?」

「まあいい。今日の用事はあんたに発破をかけにきたわけじゃない。暇なら全員ホグワーツ湖まで顔出しな」

「ホグワーツ湖?」

「予行練習だよ」

 

 そう言って、説明もろくにせずバチルダは身を翻した。

 クィリナスは実に手早く身支度をしていた。慣れてんなー。

 俺とシルバヌスも一旦別れ、部屋から外套を取って(この時期の湖畔は相当寒い)、指示通りにホグワーツ湖のほとりに顔を出すと……その場にはバチルダの婆さん、呼び出されたシルバヌスとクィリナス、それにアリス・ロングボトム、マルフォイ夫人がいた。

 

「あれ? アリスまで。妙なメンツだが」

「ハロー、ジェームズ。相変わらずさっむいわね、ホグワーツ湖は」

「妙でもなんでもないよ。目前に迫ったアズカバンの連中を救出する作戦のメンバーだからね。あんた以外は」

「ああ、なるほどね」

 

 アズカバンに閉じ込められている一人がフランク・ロングボトム。アリスは強く志願し、メンバーに加わった。ベテラン闇祓い(オーラー)であるから、当然対魔法使いの戦闘に関しては専門家だ。

 なにかの専門家というわけではないが、メンバーにはマルフォイ夫人も志願している。動機としては当然ルシウス・マルフォイの救出だろう。アズカバンに向かう船の定員は帰りも考えるとかなり少ない。アラスター局長なんかはその一枠をド素人で埋めるのをかなり渋っていたが、最終的には受け入れた。

 俺? 俺はもちろん賛成したよ。仮に家族を助けに行くとなれば俺が120歳のジジイになってても行くだろうからな。止めるわけねえ。

 

「んで? 予行練習ってのは?」

「アズカバンの位置はだいたい割れた。とはいえ、魔法での防護やらなにやらがかかっているのは間違いない……箒で近寄るなんて考えりゃ鴨撃ちだろう。だから、これを持ってきた。ロウェナ・レイブンクローがスコットランドまで来たときの船……正確には、同時代の同型の可能性もあるが……ともあれ古く強力な魔法具(マジックアイテム)なのは間違いないね。現われよ(アパレシウム)!」

 

 バチルダの婆さんが湖に向けて杖を振ると、沿岸の杭にくくりつけられた船が姿を現した。

 船のサイズはそれほどではない。乗れて10人といったところか? しかし、掲げられた帆は目を引くほどの大きさで……(レイブン)が描かれ、魔法の帆船らしくその絵は翼を大きく振っている。

 

「こ、こりゃいったい? レイブンクローがこれと関係が?」

「ロウェナ・レイブンクローは谷川(グレン)から来た、というのは有名な一節だ。しかし、川から来たってのはちょっと奇妙な言い方だろう? 川の向こうのから来たなら、丘なり草原なりから来た、と言うほうが自然なはずだ。つまり、そう伝えなかったのは……文字通り、川を遡行して来た、と私は考えた」

「……んん? そういや去年クィリナスと研究で行ったのは北フランス、デンマーク、ノルウェー、果てはアイスランドだと……」

「ジェームズ。あんたにしては勘がいいじゃないか。その通り、私が目星をつけた土地は、彼女のルーツに基づく土地だ」

 

 鴉の帆が掲げられた船体は非常に細長く……前後が対称で、先端は大きく尖っていた。

 

「ホグワーツが創立された993年ごろ、(レイブン)を冠した氏族が川をのぼって来たとなりゃあ、ルーツの推測はつくってもんだ。世界中(ミズガルド)を飛び回り、オーディンの目となったフギンとムニンといやあ、ヨーロッパで一番有名なワタリガラス(レイブン)だからね」

 

 ホグワーツ湖に浮かんだ、ロウェナ・レイブンクローにゆかりのある魔法具(マジックアイテム)

 バチルダの婆さんが用意したそれは、ヨーロッパを代表する海洋民族が残した芸術品。

 

「海の上の収容所を襲って人間を攫ってくるとなりゃあ、バイキング・シップよりお誂え向きの船はない。だろう?」

 

 そういってバチルダの婆さんはニヤリと笑った。

 

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