ヴォルデモートなんていない   作:taku1531

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98.スコットランド、フィンガルの洞窟(1)

「わはは、いい感じに排水できとるじゃないか。侵入経路として使え、追っ手となるであろう魔法省の連中への足止めにもなる……一石二鳥!」

「シルバヌス、なにあんたの手柄みたいに話してるのよ! 移動キーの対象を人じゃなく水に変える魔法式の組み換えをやらされてるのは私なんですけど!?」

「細かいことを気にするな、セプティマ」

「ぜんっぜん細かくないんですけど!?」

 

 セプティマはケトルバーンに対して抗議するが、あのジジイが人間の声ごときで動じるわけがない。

 引退したはずのトラブルメーカー、シルバヌス・ケトルバーンが胸を張る中で、隣にいるルシウスの奥方であるナルシッサ・マルフォイ氏はイライラした様子を隠そうともせず、それを眺めていた。

 

「わたしたちは一刻も早くこの場を離れるべきではありませんか? セブルス。こんなことをしている余裕があるとはとても思えません。正義の味方とは七面倒なことですね」

「道理です。しかし、我々は今、悪党として開き直った連中に立ち向かう立場でもあります。これを提案したのはルシウスでもあります」

「ルシウスが?」

 

 ご夫人は怪訝そうに尋ね返す。

 

「ええ。彼のことです、もうアズカバンを出た後のことを考えているのでしょう。彼なりの戦う方法を、です。……ああ、噂をすれば」

 

 我々は合流後、一旦2つの班に分かれて行動を始めた。1つは地下区域の排水、および牢獄区域全体の警戒を行う我々。

 もう一方は地上の看守などのアズカバンに駐在しているスタッフの偵察と制圧を行う武力班だ。

 

「ちょっと、あんたホグワーツにいたときはもうちょいまともに杖振れてたでしょ」

「黙れ。年がら年中呪いを撃っている闇祓いや魔法警察の連中とは違うのだ」

「なまって腕が鈍ったのをずいぶん偉そうに言うじゃない」

「そういう貴様は在学中となにも変化していないと言える。相変わらず噛み付くしか能がない」

「ま、まあまあ……マルフォイ卿も、ロングボトム夫人も落ち着いて……」

 

 戻ってきた武力班のメンバーはロングボトム夫妻とルシウス、レギュラスの4名だ。

 もともとはフランク・ロングボトム氏から私が指名され、3名で行動する予定だったのだが……それに異論を挟んだのがルシウスだ。

 武力班に戦力を集めた場合、他のメンバーのいる側に不測の攻撃があった場合に対応できない可能性が高い。予備の戦力としてセブルスは残すべき……そう進言した。まあ、要は自分や奥方を守る戦力を近くに置いておきたかったのだろう。

 フランク・ロングボトム氏はそれに頷いて従ったが、やや不満げな様子のアリス・ロングボトム氏は戦力が低下するリスクを埋め合わせるため、補助戦力の追加を要求し、ルシウスは妥当な要求だと判断し頷いた。

 それを聞いたロングボトム夫人は、ニンマリと笑って「ああ。それならもちろん、持ってる呪文の幅とか把握してる人間がいいわね」といい……ホグワーツ入学以来の旧知であり、どうも色々と因縁があった様子であるルシウスを補助戦力として連れて行った(卒倒しそうな様子のナルシッサ氏をなだめるため、レギュラスは補佐としてそれについていった)。

 

「ほら、スリザリンの後輩にも心配されてんじゃない! 盾の呪文(プロテゴ)ぐらい出せるようにしときなさいよ、在学中は普通にできてたでしょ?」

「使わんだろう! そんな呪文! 普段!」

「え? 毎日のように訓練と称してアラスター局長が呪いぶち込んできたりするでしょ? まあ、引退してからはなくなったけど」

「アリス。それは一般的な普段じゃないよ」

「だいたいだな! 最初の取り決めとして敵が10人を越えていたら一旦撤退するという話だったろうが」

「行けると思ったから行ったのよ! 事実問題なかったじゃない!」

 

 ……どうやら、闇祓い局の鬼教官としてよく知られる彼女は倍以上の看守たちをあっさり叩きのめしたらしい。

 かなりの大立ち回りをしてきたようで、ルシウスのただでさえ悪かった身なりはよりはっきりとボロボロになっている。

 

「というわけでバチルダお婆ちゃん、だいたい脱出経路は確保してきたわよ。とはいえ、全員は抑えられてないから油断はしないでほしいけど」

 

 我々の現在の目的は当然、脱出だ。

 シンプルに侵入した経路をそのまま遡って戻る予定ではあったようだが、水の流入があるタイミングで緩んだ、と侵入したメンバーから聞いた。

 そこからルシウスは「アズカバンのスタッフが水の流れを辿って上流にたどり着き、塞ごうと試みた可能性が高い」と予測した。対策のためロングボトム夫人を顎で使おうとして反発を受けるなどのひと悶着はあったが、ともあれ追っ手の追撃を止める部隊と脱出ルートを確保する部隊に分けることとなった。

 我々はひとまず、もぬけの殻になっていた看守室のロッカーなど漁ってみたところ、移動キーになっている鉄釘――ご丁寧にも魔法省行きとメモ書きがつけられたもの――を見つけることができた。厳重に保管されているべき物だろうに、鍵をかけただけのロッカーにしまっているなど随分管理意識が乱れているようだな。

 流石に敵陣のド真ん中である魔法省に出るのは危険すぎるということで使用しての強行突破する案(ケトルバーンの案を青ざめた顔でクィレルが退けていた)は却下されたが、こんな格好の道具を使わない手もない、ということで……セプティマに任せてみたところ、移動キーの術式を書き換え、人間の代わりに水を移動させるようにしてしまった。

 セプティマは事も無げに作ってみせ、ケトルバーンも一切ためらうことなく水の中に放り込んでいたが、彼らは海に投げ込むだけでロンドンに大洪水を引き起こせる邪悪な魔法具を作ったことをわかっているのだろうか?

 魔法使いの法でもマグルの法でも起訴の構成要件を満たし、無事容疑者から世界を破滅させる悪の魔法使い予備軍にランクアップしたケトルバーンは、戻ってきたレギュラスに駆け寄り、手を握った。

 

「おお、レギュラスくん。よく戻ってきてくれた。君とは腰を据えて話したいと思っておってな」

「は、はあ……ご無沙汰しております。ケトルバーン教授」

「君の在学中の成績は非常に良かったが、まさか教授になるとはの。儂の後任としてしっかりやってくれたと聞いておる。今後も頼むぞ」

「い、いえ。省の命令でホグワーツに潜入していただけで、教授職を続けるつもりは……」

「なに!? 辞職願が通ったのか!? 儂の意向はあの爺(アルバス)に10年は握りつぶされておったぞ! 君もだな、それに倣って最低でも10年は務めるべきで……」

「え、えーと。辞職願もなにも夏季休暇のタイミングで断りもせずに飛び出してきたので……」

「なんと! 儂もそうすべきじゃった!」

 

 爺がキャリアの長さをいいことに後輩に絡んでいる。

 レギュラスも在学時代に学んだ相手でもあるので、強く出られない様子だ。仕方あるまい。私が割って入るべきか。

 そう悩んでいたところで、ケトルバーンは話題を変えた。

 

「おっと、今日話したいのはそういう恨み節ではなくてだな。聞いたぞ、『授業の名前が魔法生物飼育学とは言語道断だ』と話していたそうじゃな」

「よ、よくご存知ですね」

「ちと卒業生から聞いてな」

「もしかして、お気に障りましたか?」

「いやいやいや! とんでもない。儂が言うべきだったことを新任の教授に言われて一本取られたなあと思っとってな。ホグワーツの選択科目の中身なんてのはしょっちゅう変わる。『占い学』なんて校長の気分と雇う人間の有無でできたり消えたりしょっちゅうじゃ。そんな中、『魔法生物飼育学』は古株ではあるが……そろそろ淘汰されて然るべき科目、とも思うようになった」

「……」

「君はしばらくアズカバンにおったから知らんと思うが、ちょっと見返してやろうと思ってな。慣れんなりに色々動いておった。『魔法生物飼育学』を『生物学』にするためにな」

「なるほど。飼育という実利にこだわらない、純粋な学問として確立しようというわけですか」

「さすが飲み込みが早い。しかし、儂はそれを越えて……魔法生物と生物に垣根を敷くことすら改めるべきじゃと思っとる。ヒトのようにな」

「……私は、魔法族とマグルは異なると思いますが」

「そうか? ならば半純血は雑種か? 違うじゃろ。生殖はしっかりされとる。種の定義に魔法の有無は関係せん。そこからきっちり叩き込んでやれば、くだらん諍いも減ると思ってな。まあ、ここでする話でもない。ここから出たら大いに議論しようではないか」

「ええ。楽しみにしておきます」

 

 まったく。ここを出さえすればいくらでも話せるようなことを長々と。

 相変わらずマイペースな爺だ。

 哀れにも巻き込まれたレギュラスともども、バチルダ・バグショット氏の叱責が入った。

 

「あんたら! なにボーッと喋ってるんだい、とっととこんな薄暗いとこ出るよ!」

「はっはっは。許せバチルダ。婆さんもアズカバンの史料でも集めるぐらいの余裕は見せてもいいんじゃぞ?」

「そいつはクィリナスに任せてるよ」

「あいつ……ここでもコキ使われて哀れじゃの……」

 

 どうやら準備は整ったようで、だいぶ水位は低下し足首程度になっているものの、未だ残っている水流に船を浮かべている。

 こんな浅さでもしっかりと動く辺り、よほど強力な魔法具なのだろう。

 我々は全員が健在であることを確認しあい、船に乗り込んだ。

 

 

 我々を乗せた船は、拍子抜けするほどにアズカバンの内部を軽快に進んでいった。

 妨害もなにもない。よほど丹念に"掃除"したのだろう。

 侵入時にこさえた大穴は土嚢と修復呪文(レパロ)で塞ごうとした後が見えたが、水流の中での作業は困難を極めたか、それとも穴に向かって杖を向けているタイミングでアリス・ロングボトムあたりに叩きのめされたか。流れはしっかりと残っており、船は勢いよくそこから飛び出すことが出来た。

 

「油断大敵……と言いたいところだけど、ここまで来たらかなり安心できるわね。連中が同等の船で追っかけてくるとは思えないし」

「ええ。でしょうな。もし追跡してくるなら箒でしょうか?」

 

 アリス・ロングボトムが一息つき、クィレルがそれに相槌を打つ。

 

「まあね。ただ、今の箒は速すぎるからね」

「というと?」

「ヒトじゃあ動体視力が普通追っつかないのよ。デカい目標(ターゲット)ならともかく、大海で小舟一隻見つけるのは相当しんどいわ。風を切る音も相当大きいし、遮蔽物がない海の上となると9割がた私らが先に見つけることになるわね。そうなれば撃ち落として終わり」

 

 箒で飛ぶ魔法使いに呪いを当てるのも相当な技量が必要だが、アリス・ロングボトムは出来て当然と言わんばかりの口調でそう言った。まあ、彼女が言うのならば事実そうなのだろう。

 

「だから……全員! 伏せて!

 

 突然、アリス・ロングボトムが叫んだ。我々は咄嗟に伏せると、頭上を緑色の閃光を通過していった。

 死の呪いだ。

 我々は身を伏せながら呪いが飛んできた方角に目を凝らす。

 

「嘘でしょ……そんなこと出来るの!?」

 

 方角はアズカバン。我々の追っ手はここにいる全員の宿敵。

 トム・リドルは箒の力を借りず、空中に浮かんでいた。

 

「セブルス。お前、似たような呪文を作っていただろう。あれは可能か?」

身体浮上呪文(レビコーパス)のことでしょうか? 原理的には近いかもしれませんが……杖なしで自分の五体を浮上させながら、死の呪文を放てるのは、もはや別物です」

「お前さんがた、いくら奇襲とはいえあの爺(アルバス)を殺した魔法使いじゃぞ。これぐらいで浮き足立つでない」

「クィリナス! 振り切るのは無理かい!?」

「バ、バチルダ! これで全速力です!」

 

 クィレルが悲鳴を上げる。

 トム・リドルの飛行呪文はかなりの速度を誇るようで、我々との距離をゆっくりとではあるが縮めつつある。

 

「ふん。宿敵がのこのこ我々の目の前に現れたのだ。むしろ千載一遇の好機だ……アバダケダブラ!」

 

 ルシウスは勇ましくトム・リドルに向けて杖を振るが、杖は一瞬緑色に発光したのち、火花と黒い煙を出しただけで終わった。アズカバン内で作った間にあわせの杖で最難度とも言える死の呪文を唱えればそうもなろう。

 

「……条件が悪すぎる! 逃げるぞ!」

「ははは、ルシウス。話題が一拍遅いよ」

「となると、誰かが足止めせねばならんのう。よっと」

 

 年の功か、一人落ち着いた様子のケトルバーンは……突然、船のへりに足をかけた。

 そして、誰かが止める間もなく……海に向かってジャンプした。

 

「しししシルバヌス!? まさか泳いで!?」

「あの爺、ああ見えてパニックになってたのかい? それともボケたかね?」

 

 返事はない。

 だが……飛び込んだあたりから空気の泡がぶくぶくと立ち……

 

 大きな水しぶきとともに、水中に住む魔法生物である水棲馬(ケルピー)にまたがったケトルバーンが現れた。

 

「お前ら! 儂のことをなんだと思っとる! これでちーっと足止めしてくる」

「シルバヌス。あんたがしてきた中でもトップクラスの無理だよ、そいつは」

「おお、バチルダ! そりゃ、儂がしてきた無茶を1割も知らんと見えるな! では諸君、ホグワーツで会おう!」

 

 

 

 ―――

 

 

 

 奴の視線は船に行っとる。海の中を進むケルピーまで気を払う余裕はなさそうじゃな。

 今のところは牽制で船に向かって呪文を撃つ段階のようじゃが、狙って当てれる距離までそう遠くはなさそうじゃ。早めに近づいて邪魔しとかんとな。

 儂は懐をまさぐって、革袋を掴む。

 いくら儂でも水中で呪いは唱えられんからのう。

 水中から空中に浮かぶ奴に視線を合わせ……ケルピーにかけた手綱で合図すると、ケルピーは進む勢いを前方から水面に向けた。

 

「さあ喰らえ!」

 

 そして、水上に出る瞬間を狙って、思いっきり奴に革袋を投げつける!

 奴は……なるほど。さすがダンブルドアを殺しただけある。咄嗟に無言呪文で反応し切り裂くとは。

 とはいえ、切断呪文(ディフィンド)は……中身入りの革袋に対して最適な呪文とは言えんの。奴は頭から中身をかぶった。

 

「わっはっは! お似合いじゃぞ、トム・リドル」

 

 一言煽ってやると、やつは動きを止めてこちらに視線を向けた。

 うむうむ。こう露骨にイラついてくれるとやった甲斐があるというもんじゃのう。

 

「シルバヌス・ケトルバーンか。何の真似だ? 一足先に死にに来たのか? どうやら、僕とお前の力量差がわかっていないようだな」

「いやいや、とんでもない。儂は油断もなんもしとらんよ。あの偉大なる魔法使いにしてクソジジイのアルバス・ダンブルドアが遅れを取った相手じゃ。わしなんかが及ぶ魔法使いじゃあない」

「よくわかっているじゃないか」

 

 ちょっとばかしおだててやると、奴は多少満足した様子で頷いた。頭から魚卵まみれでそんな態度をとっても格好つかんというのに。

 とはいえ、油断は禁物じゃ。見えない相手に魔法を当てることはできない。奴が杖を構えたらいつでも水中に逃げれるように手綱を握りながら、トム・リドルに向けてもう一言喋ってやる。時間稼ぎが必要じゃからな。

 

「じゃがのう……君のほうほど油断してるんじゃないかのう?」

「何?」

「確かに魔法使い(ヒト)としては及ぶまい。しかしのう、ここは決して魔法使い(ヒト)の領域じゃああるまい」

「……御託は飽きた。死ね、アバダケダ……!」

 

 奴の呪文を唱える声は、水柱とそれに伴う轟音によって遮られた。

 

 ああ、時間稼ぎ成功じゃ。リヴァイアサンはなかなか鼻が利くからのう。リヴァイアサンの好物はシュレイクの魚卵。わしの革袋にぎっちり詰め込んであったやつじゃ。

 好物を求めて水中から飛び出してきたリヴァイアサンは、どう見ても50フィートはある。わしらヒトなんぞ一瞬で丸呑みじゃな。頭から魚卵まみれの人間なんぞいたら、そりゃ食われるわい。

 

「陸から遠く離れた魔法の海の上、魔法生物の領域じゃろ」

 

 

 

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