勇者パーティを追放された剣聖、次代の勇者を育てる 作:雨在新人
そして、フェロニアがエルフ達……いや、この世界に生きるほぼ全ての者にとっての聖地に来て2日目の昼。
「ちーず、ちぃずー」
ご機嫌にその毛のほぼ無い尻尾を揺らして少女は唄う。
エルフ達からチーズならあると聞いた朝御飯からずっとこれだ。朝御飯の始まりは疲れきり、割れ目を飛び越えられずにしょんぼりしていたというのに、今やそんなこと左右に揺れる尻尾は感じさせない。
それだけチーズが好きなのだろう。
そんな弟子の姿を微笑ましく思いながら、ファリスは数時間ごろごろして回復した弟子と共にエルフ達の集まる場所へと向かっていた。
朝は二人……と、ひょいと顔を出したネージュとネージュに追い立てられていたまだ若く基礎訓練の最中であるエルフだけであったが、昼は違う。
師範に呼ばれているとネージュが教えてくれたから、大半のエルフ達と共に食べるのだ。
「……ししょー、他のエルフさん達ってニアがいてもへーきなんですか?」
と、耳をぴくぴくと動かして少しだけ警戒しながら少女は問いかける。
ファリスは、それに大丈夫だよと軽く返した。
「ニア、私が居た頃からそうだけど、エルフっていうのは興味がない事に関してはとことんどうでも良い感じなんだ」
「そですか?」
少しだけ少女は幼くきょとんとした表情を浮かべ、すぐに納得したようにうなずく。
「そですね。でも、ニアが知ってるエルフさんって、ししょーのお姉さん弟子さんくらいですし」
「いや、ネージュもかなり分かりやすいよ。
だってネージュ、私と違ってあのゴミカス共……こほん」
勇者ディランと共に散々言っていた頃の癖でついつい出てしまう彼等への汚い言葉遣いを咳払いで誤魔化して、ファリスは続けた。
「終末論者達について、全く気にしている様子なんて無い。それに、魔王だ魔物だについても、結構気楽な気がしない?」
「……でも、ニアもまおーって話しか知らないからじっかんないですよ?」
「ニア、ネージュは……魔王軍の侵攻指揮官である四天王の配下である四魔英雄のうち1体を単独で倒したりしてるんだ。
私とディランが、ルネ殿下と3人で何とか1体止めて倒してた時にね。
だから、魔物についてなら、結構当事者で、英雄の一人でもあるんだけどね」
そこら辺の名声だなんだを全く気にしてなさそうな姉弟子の顔を思い浮かべて複雑な顔で、ファリスは言う。
「それなのに、ネージュってばああいう態度だから。
多分、もう自分が倒した四魔英雄の事なんて覚えてないと思うよ」
「そういえばなんですけど、ししょー」
ふとその話の中で気になって、フェロニアは己の師を見上げる。
「まおーさんって、どういう魔物なんですか?
他の魔物と何が違うんです?」
「ああ、魔王?
ニアは、ダンジョンってどういうものかはまだ覚えてるよね?」
その言葉にネズミの勇者はこくこくと頷く。
「ダンジョンコアによって産まれる瘴気の世界がダンジョン。魔王というか、魔王城もその一種なんだけど……
一万年に一度かな、瘴気が普段より遥かに強くなる時期があるんだ。その時期に一つだけ産み出される瘴気の増大の原因、そこから更に無限に瘴気を産み出して世界を覆うとてつもない結晶、それが魔王城のダンジョンコア。
そして魔王っていうのは、そのダンジョンコアを体内に取り込んだ魔物の事。つまり、生きた魔王城のダンジョンコアなんだ」
そんな解説に、フェロニアはへぇーとちょっと理解できていない言葉を返す。
「普通のダンジョンコアはそれそのものに防衛機能とか無くて、だから他の魔物に自身を守らせたりする。
まあ、例えてみればダンジョン自体が一個の動けない巨大魔物で、コアはその心臓だからね。
でも、魔王は違う。それ自体が活動する最強のダンジョンコア防衛機能。
って言っても、あくまでも魔王城ってダンジョンのコアである事には変わりがないから、どうやっても外には出られないし、だから四天王だ何だって送り込んでくるんだけどね」
「それで、じゃあ……」
「うん。魔王は死んだってことは、魔王城のコアはもう無い筈なんだ。
魔王はコアそのものの筈だからね。なのに、魔王城というダンジョンが残っているらしい」
タウンダンジョンに挑む際に聞いた可笑しな事を、ファリスは不思議な話だって蒸し返す。
「それに、月が普段より赤い。
何かが、まだ終わってないのかもしれないね」
「怖いですねししょー」
「大丈夫さニア。全部結局のところ私達旧い時代の者達が何とかする話だから」
弟子を安心させるように、ファリスは言って。
「ほら、チーズが待ってるよ、ニア」
「……ちーず!」