もはや説明は要らぬッ……!(煎じすぎてお湯にしかならない)

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烈海王は異世界転生しても……

「………………エ…………?」

 

「ああ……彼ですか」

 

「なんというか、真面目な人ですよ」

 

「先輩の代わりにこの場を任されることになったんですけど───」

 

「最初に担当する人が、まさかの中国人さんだったんです」

 

「おかしいでしょう?」

 

「ハハ」

 

「日本で若くして亡くなった人を導く仕事だ───なんて聞いていた筈だったのに」

 

「ええ、最初はえらく混乱していたようでしたよ」

 

「生きていた時代でも間違っていたんですか、なんて言いたくなるくらいに、言っていた言葉も不思議でした」

 

「右を見て、左を見て、わたしにまずなにを言うのかと思えば───」

 

“わたしは宮本武蔵に腹を斬られた筈……ッ!”

 

「ですよ?」

 

「何年前から飛んできたんですか、と思わず言ってしまいそうになりましたよ」

 

「それでその。彼の経歴を他の天使に調べてもらったらですよ」

 

「真実だったんです」

 

「え?」

 

「どれが………………って」

 

「ゼンブですよ。全て。全部」

 

「中国人なのも、日本で斬られたのも、斬った相手が宮本武蔵なのも」

 

「それは驚きますよね。疑うのは当然だと思います」

 

「わたしもそうでしたし」

 

「ハハ」

 

「でも……真実です。嘘は一切申しておりません」

 

「え? はあ、それでどうした…………ですか?」

 

「送りましたよ、異世界に」

 

「日本で若くして亡くなった、という条件を満たしていますもん」

 

「特典を選んでください、と言ったら何も要らないと言い出したのは困りましたけど」

 

「ええ、もちろん困りますと正直に言いました。規約…………って言うんでしょうか。これ、天界のルールなんです。わたしたちは仕事でこーゆーことしているわけです。手抜きは出来ません」

 

「………………って………………言うまでもありませんでしたね」

 

「ハハ……」

 

「そういうこともあって何度も説得したのですが」

 

「何度言ってもこうです。“わたしはかまわん”」

 

「もう一度言ってみても、“わたしはかまわん”」

 

「それでもルールですのでって言ってみれば、大声で“わたしは一向にかまわんッッ”とか言い出すんです」

 

「こちらも仕事なので、と何度も説得して、ようやくですよ。骨が折れました。もう二度とごめんですね」

 

「話している感じはとてもいい人みたいだったのに、構わんと決めたら融通が利かないみたいで」

 

「…………?」

 

「特典ですか?」

 

「こちらへ丸投げでしたよ」

 

「エ~……って思いますよね?」

 

「困る困ると必死に訴えていたら、突然“ならば君が決めてほしい”…………って」

 

「わたし、もう泣きそうでした」

 

「思えばどんなに強い魔剣を渡したって、扱えなければ宝の持ち腐れなんです」

 

「以前の…………なんッていいましたっけ…………」

 

「あの魔剣グラムの…………」

 

「マツルギ、でしたっけ? ともかくその人のように、魔剣を振るっているだけで強い気になっているようでは、いずれ壁にぶつかるのでは…………って」

 

「でも、その人はわたしを見ると、くすりと笑ったんです」

 

「魔王を倒してほしい、と願ったわたしを見て」

 

「あれは…………なんの笑みだったんでしょうねぇ……」

 

「ただ、出来なかった“次”を活かせる生き方をすると約束しよう、って。それだけ言って、旅立ちました」

 

「分かります? 活かすって。いったいなんの話だったのか…………」

 

「エエ、ハイ」

 

「さっぱりです」

 

「…………………………え?」

 

「結局特典がなにかを言っていない…………?」

 

「……………」

 

「先輩、言っていいことと悪いことがありますよ」

 

「ただ起こったことを順に、分かりやすく説明しているだけです」

 

「特典はありました」

 

「それは───」

 

 

 

-_-/烈永周

 

 見たこともない景色、見たこともない町。名を……アクセル、といったか。

 初心冒険者が集うらしいこの町には、今日も強き自分を思い描いた命知らずどもがやってくる。

 そんな言葉を言った、上半身は肩当のみのモヒカン刈りの男が、エールを煽りながらも小さく笑う。

 

「……………」

 

 右を見ても左を見ても、なるほど…………つくづく異世界ッッ……!

 日本では見られぬような、どこか田舎臭さを残しつつも外国、国で言うならばヨーロッパあたりだろうか……そういった場を思い出させる建物の外観は、ここがやはり日本ではないことをわたしに思い知らせた。

 文字は天使を名乗る女性に記憶させてもらったが……ふむ。

 

「ようこそ冒険者ギル……ドホォッ!?」

 

 ん? 受付のカウンターを掃除していた女性が、わたしを見て驚いた声を上げたようだが……随分と緩い格好をしている。

 ギルド内に酒場があるらしく、そこらをうろつく男性からもだらしのない顔で見られているようだ。

 

「君。男性が多く足を運ぶ場だ。服装は固いぐらいで済ませたほうがいい。ごろつきに軽い女だと軽んじられることになる」

 

 大声で言うわけにもいかず、軽く注意を促してみれば、ポムと頬を染めて、傍にかけておいたらしいスカーフで大きく開いていた胸元を隠した。

 ……うむ。緩い服を着るなとは言わないが、視線は意識するべきだろう。

 

「ああ……ルナちゃんの谷間が……」

「誰だよあいつ、もったいね……ぇ……コト……」

「…………オイオイオイ、なんだよありゃあ。どう鍛えりゃあんな筋肉に……」

巨大(デッケ)ェエエ~~~ッ……!」

 

 わたし自身、目立つためにここに来たわけではない。ここで冒険者登録なるものを済まさねば、かえって問題になると言われてしまったからだ。

 今でも目に焼き付き、拳に感触が残っている。

 この世界に降り、異形と戦ったあの瞬間ッッ……!!

 

 

  ───このすばッッ!!(cv:小山力也)

 

 

=_=/回想デス

 

 天使とやらに異世界転生を頼まれ、特典とやらも任せた結果、わたしは確かに見たこともない世界に立っていた。

 しかしわたしは感謝していた。魔王を倒してくれ…………などと。創作の話だと思っていたものに自分の功夫を試せるまたとない好機に。

 刀、の切れ味も味わった。活かせぬまま力尽きてしまったことは悔やまれるが、その悔いこそをここで存分に晴らすことが出来るのだ。

 

  天使言うところの“剣と魔法の世界”ッッ!!

 

 そう、刃物に対して武で。

 未知なる魔法に対して武を行使できる、またとないッ……! またとない好機(チャンス)ッッ!!

 自然と小さく口角は上がり、拳は勝手にギウウと力強く握られた。

 誰あろう同じ人間に腹を裂かれ、無様にも伏して散ったこの身を……もう一度鍛え直すため。幼名である烈小龍の名を思い浮かべ、烈永周という己の二本の足でしかと立ち、烈海王の名に恥じぬ己でいようと覚悟を胸に刻んだ。

 

「しかし───」

 

 ふむ、と声をこぼす。

 見渡す限りの草原に、果てなく続いていそうな道。

 馬の蹄と車輪が通った跡のようなものがあるあたり、なるほど、車のようなものは無いのだろう。

 そんなことを思っていたわたしの耳が、かすかな音…………声? を拾う。

 顔を上げ、道の先を見てみれば、争う小さな人影と、何もないのに急に火の光が舞う光景。

 遠目から見ても争っているのは間違い無く、どうやら馬車を囲まれて襲われているらしい。

 少し距離があるが───問題ないッッ!! この程度の距離ならばッッ!!

 地を蹴り、腕を振るい、一直線に脇目も振らず。

 姿勢を低く、より速く脚が地に付き地面を蹴り弾くよう、前へ前へ───!

 

「ん?」

 

 そうして見えてきた光景に、違和感を抱いた。馬車を囲んでいる存在が、どう見ても人間ではないのだ。

 頭は禿げ、鼻は大きく長く、口は裂けているかのような……? あれがいわゆる魔物、モンスター、というものなのだろうか?

 否ッ……どの道刃物を手に人を襲うというのであれば───いや。馬車を守る者の姿が見える。あの者達は恐らく護衛か、そもそもの馬車の持ち主か。

 これは下手に手を出せば、相手の獲物を奪うことになるのでは?

 そう思えば足も止まるというもの。他人の獲物を奪ってまで見せつける武などいったい何処に───などと思っていると、

 

「ゲギャッ!? ゲーギャー!」

 

 異形の中の一体がわたしに気づき、持っている得物……こん棒、だろうか。を振りかざし、わたしへ向けて駆けてきた。

 なんとも締まらんが……これで正当防衛。

 ぶつけさせてもらうぞッ……中国四千年ッッ!!

 

(ふん)ッッ!!」

 

 震脚にてしかと大地を踏み締め、足の感触を確かめる。

 ピクルに食われた筈の足に感覚が戻っていることは、天使とやらが居たあの瞬間にもう確認が済んでいる。

 しかし、失ったはずの感触が戻ってくる、というのは存外…………フフ、くすぐったいものだ…………!

 

「ゲギャー!」

 

 いとも容易く、躊躇もなく得物が振るわれる。

 向けられる殺気は確かなものだが───

 

「邪ッ!!」

 

 それを、踏み込みと同時に半身避けるとともに突き出した崩拳が、魔物の腹に埋まり、内臓を抉るような感触ののちに魔物を吹き飛ばした。

 

(…………こんなものでは───)

 

 感じたのは落胆だろうか。

 消力を使うまでもない、殴殺目的の得物での攻撃など……こんなものではあの一撃を、痛みを、理解を、次に活かすなど…………とてもとても。とてもとてもとてもとてもとても…………。

 

「ゲギョゲギャー!」

「ケキョ!? ゲーギョー!!」

 

 一体が吹き飛ばされたのに気づいたのか、馬車を襲う魔物の数体がこちらを見て、襲い掛かってくる。

 それを迎え撃つために構えた───と同時に、こちらに飛んでくるものを手で掴み取る。

 

「矢か…………」

「ゲーーーッ!?」

 

 魔物は驚いていたようだが、こんなものでは避けてくれと言っているような速度。

 宮本武蔵氏の太刀筋の速さを思えば。克己さんの音速拳を思えば。

 

「ゲギョギョギャー!」

「ゲギョッ!? ゲギョゲギョー!」

 

 魔物たちが声を上げ、ひとまず馬車を放置し、こちらへと向かってくる。

 矢を掴んだことをどう捉えたのかは分からぬままに、だが……

 

「…………」

 

 フフ、と口角が持ち上がってしまった。

 刃物を手に襲い掛かってくる魔物が混じっていることに、活かせる好機が向こうからやってくることに。

 だが、同時に理解(ワカ)ってもいたのだ。

 この者らでは、武蔵氏のような斬撃は望めない。消力を使うまでもないということに。

 ならば? ならば。

 言ったように、ぶつけさせてもらうのみッッ!!

 中国四千年を! 烈海王をッ!!

 

 

 

-_-/のちにその場に居合わせた護衛冒険者の一人はこう語る

 

「ええ、最初はなにがなんだかって感じでしたよ」

 

「アルカンレティアからアクセルに行く馬車に乗ってたんですが……」

 

「急にゴブリンが出てきて馬車を囲んだんです」

 

「そりゃあ今さらゴブリン相手に、なんて思っていたんですがね、なにせ数が数だったもんで」

 

「俺達もそこそこ慣れてたってこともあって、どうせ…………って意識もあったんだと思います」

 

「言い訳が許されるなら───」

 

「アルカンレティアでこれ以上ないくらいに疲れてたってことくらいですが」

 

「ハハ……」

 

「けど森から外れたあんな場所でゴブリンに襲われるなんて想定外もいいところです」

 

「戦うだけの余力はそりゃあありましたよ」

 

「でも……数の暴力ってんですかね……」

 

「死にはしないだろーケド、厄介なことになったなァ~~~…………なんて心境でした」

 

「冒険者なんてそんなもんですよ」

 

「そんな時です」

 

「ゴブリンが…………ええ、急に騒ぎ出したんですわ」

 

「目の前のゴブリンに蹴り入れて、一息つくためにも少し下がって視線をズラしたんですが……」

 

「妙~~なのが居るンです」

 

「こう、なんか………………ええ、ハイ」

 

「見たことない服着てて。はい、そうです、明らかに冒険者の出で立ちじゃない」

 

「どっか小奇麗な印象を持たせる感じの……言っちまうなら、我儘言ってた金持ちンとこの筋肉ぼっちゃんが、我儘言って乗ってた馬車に置いていかれたんじゃ、ってくらいの服装の男性でした」

 

「ただ、服じゃなく……顔を見た瞬間に理解(ワカ)ったことがある」

 

“ゴブリンなんかじゃ歯が立たない”

 

「そう思った瞬間にはゴブリンの体が潰れてました」

 

「こう、キュッと握った拳で、こう……勢いもなさそうな、前に突き出しただけの拳でですよ?」

 

「途端に周囲のゴブリンが警戒するみたいに喚き出して……あ、やべ、と思った時には、矢を放つゴブリンが居たんですわ」

 

「ゴブリンの矢です。ぼろぼろだし、命中率は高いもんじゃないでしょうけど、当たり所が悪けりゃ面倒なことになるし、なにより汚ぇ。病気にでもなりゃやっぱり面倒なことになります」

 

「え? ………………刺さったのか………………って?」

 

「イヤ……ン~~~…………

 

「いやハハハ、なんと言えばいいのか」

 

「ええ、そうですね、答えるなら刺さりませんでしたよ」

 

「違います。命中しなかった~とかじゃあなくってですね」

 

「…………掴んだ、んですわ」

 

「そう。自分の胸に飛んでくる矢を」

 

「胸に飛んだってのはまあ、掴んだ位置でたまたま知れたんですケドね」

 

「ハハ……」

 

「ゴブリンも信じられないものを見たって様子でしたよ」

 

「そりゃあレベルが上がれば、経験を積めばそんなことが出来る冒険者だって出てくるでしょう」

 

「でも…………なんでか、思ったんですよ」

 

“あれはレベルじゃない”

 

「積んだ経験もあったんだと思います」

 

「重ねた戦いの数がものをいった、ということもあるでしょう」

 

「ケド、明らかに違うって思えたんです」

 

「ええ、あれは───」

 

“ただ敵を倒してレベルが上がったから強くなった”、なんて動きじゃなかったんですわ」

 

「なんて言うんですかね」

 

「こう」

 

「人の可能性を見せてもらった…………っていうか……ハハ」

 

「エ? ……その後の彼…………ですか?」

 

「ア~…………町を探している、というので依頼人である商人さんの厚意でアクセルまで乗せることになって」

 

「話してみたんだけど、不思議なんです」

 

「なんかこう、初めてここらへんに来た、みたいな感じで」

 

「おかしいですよね、あんな小奇麗な格好なのに」

 

「訊いてみれば冒険者でもないって言うし仕事もないって言うでしょ?」

 

「だから冒険者なんてどうだ、って」

 

「アクセルに着くまでに、アクセルの流儀っていうんですかね、それと一緒に、質問されたことに答えていって……」

 

「どっから来たんでしょうかね。常識的なことをあまり知ってなかったんですよ」

 

「ただ………………不思議と憎めない人だったんですよねェ~…………」

 

 

 

 

-_-/烈海王

 

 そして───

 

「レツエイシュウさんのステータスは……えっ!? すごい! どのステータスも今まで見たことがないくらいに高いですよ!? これならどのような職業にでもなれます! ソードマスターはもちろん、アークウィザードにもアークプリーストにも! クルセイダーにだって……騎乗できるドラゴンが居れば、伝説のドラゴンライダーにだって……!」

「……? 拳法家はないのか?」

「え?」

「うん?」

「?」

「?」

 

 ……ない、というのか。

 いや、僧、という意味でいえばプリーストがこれに当たるか。

 ならば───プリーストしか有り得んッッ!!

 上級職がアークプリーストらしいが、未だ修行を重ねるこの身で上級を語るなどとてもとても…………とてもとてもとてもとても……!

 

「ならばプリーストで頼みたい」

「分かりました! アークプリーストですね!?」

「いや、プリーs───」

「はい、これで登録は完了です。それではギルドスタッフ一同、レツさんのご活躍を期待しております!」

「……………」

 

 話を聞かんお嬢さんだ。

 少しだけ顔がムス……っとなってしまった。

 だが、これは考え方を変えればいいだけだ。お嬢さんは受付としての仕事をしたに過ぎないのだ。上級職があってそれになれるとして、わざわざ下を選ぶ冒険者など今まで居なかったのだろう。

 そう考えればお嬢さんの行動も当然のものだ。つまりこれは───わたしが上級職の……アークプリーストとやらに相応しい僧として功夫を鍛え上げればいいだけのことッッ!!

 

「………………」

 

 ならばと、早速とばかりにクエストボードと呼ばれるものの前に歩き、そこに貼り付けられた依頼書とやらを見つめた。

 文字は……問題無く読める。

 不思議な形の文字だが、それがどういう意味を持っているのかが、見つめるだけで頭に叩き込まれるような不思議な感覚だ。

 商人にもらった金はまだある。

 冒険者ではないのだから、依頼を受けたわけではないのだから、受け取るわけにはいかぬと言ったのだが、感謝というものは受け取るものだと逆に諭されてしまった。思い出すと笑えてしまい、まだまだ未熟だ、とこぼした。

 

「ふむ」

 

 クエストボードには様々な依頼がある。

 初心者向けと書かれたものや、職業限定のもの、そして慣れた者へ向けるもの、など。

 息子に剣術を教えてほしい、ペットのホワイトウルフを探してほしい、魔法実験の練習台……ふぅむ。

 剣は使えるが、剣、というよりは曲刀に似た柳葉刀。ペット探しは一向に構わんが、ホワイトウルフ、というからには魔物なのではないだろうか。攻撃してくるようならば痛めつける許可を得ねば、危ういかもしれん。

 見下ろし、握る掌にはゴブリン、とやらを()った感触。

 それをミリ……と握り、眉間に皺が寄るのを感じた。

 

  あんなものではないだろう、異世界よ……ッッ!

 

 がっかりさせてくれるなと、自分の体が、技が叫んでいる。

 魔王を倒してくれと頼まれた。

 魔物たちの先に、その者が居るというのなら、あれしきで済むなどということはあるまい。

 魔王と呼ばれる存在に、王を守る者が居ない筈はないだろう。

 ならばあれしきではない筈ッ……!

 そして、我が武もあれしきではない……ッ!!

 

(まずは…………フフ)

 

 戻ってきた足の感覚を、しっかりと体に思い出させなくては。

 義足を操りボクシングもした。

 慣れぬグローブで人も殴った。

 生前、片足義足というオリジナルを見い出せたか、といえば……恐らくは否。

 ならばこの世界で新たなる烈海王として……否。海王の名も、百林寺の名もここでは関係ない。背負うものなど何もない、己の納得いくまで烈を磨くのみッッ!!

 

「ゴブリンの強さは試した。ならば───」

 

 コボルトの討伐ッ!!

 謎の記号の羅列にしか見えないそれが書かれた依頼書を剥がし、確認してから歩く。

 何故こんな羅列がきちんとした文字や意味として受け取れるのかは謎でしかないが……それに思考を割くわけにもいくまい。

 受付のお嬢さんに依頼書を出せば受理され、これで堂々とコボルトと戦う資格を得たことになった。

 

「いざ───」

 

 いざ、未知なる生殺与奪の世界へ───!!

 

 

   ~~~ッ……このすばッッ!!(cv:小山力也)

 

 

 コボルト。

 犬の頭部を持った人型の魔物……と書いてあったが、なるほど、現実的ではないが、それもかつての世界でならばということ。

 現実にこうして本物を見てしまえば、こういう世界なのだと納得もしよう。

 

「グルッ!?」

 

 そしてなるほど、犬の頭部というだけあって鼻も利く。

 警戒をしていなかったわけではないが、相手に対して風上に立ってしまったのは失敗だ。

 コボルトの一体がこちらに顔を向けた瞬間、チャリッ……と拾った石をその動作のままに投げつけ、狂い無く眉間に当てる。

 

「ギャンッ!?」

 

 街からはかなり離れた森に生息していたその存在。

 森に流れる川の傍を三体で歩いていたそれらは、己らへの攻撃に即座に構えるが、常に備えていない存在など恐るるに足らない。

 礫を眉間に投げるのと同時に、踏み込み茂みを揺らすとともに上空に礫を投げていた。

 それが、コボルトたちの背後の茂みにぶつかると、三体ともが背後へと振り向いてしまう。

 

「未熟───!!」

 

 踏み込み、崩拳。

 脇腹を陥没させ吹き飛ぶ一体と、振り向く動作に合わせて側頭を蹴り込み倒す一体、その一体が持っていた刃物を投擲、喉に突き刺さり倒れる一体。

 ここに、コボルト討伐は完了した。

 

「侮ることをせず、狩りのつもりで向かったものの………………」

 

 あまりに一方的。

 正々堂々と向かうべきだっただろうかと考えなくもないが、それが驕りとなることも知っている。

 相手にならなかったと言ってしまえばそれまでだ。小細工を弄する必要もなく、確実に仕留められる程度だろう。

 確かめる意味も込めて振るった、かつては義足だった足も存分に振るえる。

 より強敵をとどうしても燻る心があるものの、それではピクルを求めて収容所に忍び込んだ時と変わらない。

 あの時は結果として、真面目に働いていた警備の者に恥を掻かせたことなるのだ。

 侵入を許し、特殊な製法の強化扉まで破壊され(これは勇次郎氏の仕業だが)、問題にならないわけもないだろう。クビになってしまったかもしれない。

 反省せねば。

 強者を求めるあまり、普通に暮らしていた他者を苦しめる行為など……。

 目を閉じ、心の中で“すまぬッッ……!”と謝罪をし、苦しむコボルトにとどめを刺して終了とする。

 コボルトにしてみれば普通に生きていただけなのかもしれないが、依頼が来るということはそういうことなのだ。

 次はせめて、人に目をつけられぬものとして生まれ、生きてほしい。

 

「しかし、コボルトも……いや」

 

 この程度か、とこぼしそうになり、目を閉じ首を横に振るう。

 魔物が滅びず冒険者という職業と討伐依頼が尽きることなく来るのならば、ここはそういう世界なのだ。

 目を逸らさず順応していくのだ、烈よ。

 わたしが今生きているここは、そういった世界なのだから。

 

「…………うん?」

 

 目的の魔物も斃し、死体はどうしたものか……と思っていると、ちらりと見た植物のことが頭の中に浮かんでくる。

 それがどういったものなのか、なにと混ぜるとどういった効果をもたらすのか。無意識に気になってしまったためか、意識がそちらに向いてしまえば、見たこともなかった筈のここらの知識が頭の中に浮かんできた。

 地図、といえばいいのだろうか。それを高い位置から見下ろしている感覚だ。そして、初めて見る筈の植物の名前も分かり、薬としての扱い方も、毒物としての扱い方までもが浮かんでくる。これは……?

 

「………」

 

 自分自身に変化はない。あるとするなら与えられたものだろうと判断し、登録した際に渡されたカードを取り出し、おかしなところがないかを見る。

 ……コボルトの討伐数が追加されている。経験値、とやらも。そして……どうやらレベルとやらが上がったらしいが……?

 

「……? これは」

 

 不思議なものを発見した。取得したわけでもないのに浮き出ている文字に、“真・狩人生活”というものが。

 触れてみれば説明が浮き出て、その効果を教えてくれた。

 

 ◆真・狩人生活───しん・かりうどせいかつ【転生特典】

 脳内地図(知らない場所でも全体図が分かる)

 自ら失敗しようとしない限り調合成功率100%

 高速調合(触れなくても高速で調合。なんなら戦いながらでも調合)

 高速収集(剥ぎ取り&採取高速化)

 調理成功率100%&美味しさ向上補正

 どんな肉でも最適の焼き加減で上手に焼ける

 アイテムポーチ(持ち込み50種類、採取獲得20種類、各種99個まで収納できる謎ポーチ)

 素材鑑定(調合、調理等に使える植物の確認)

 釣りが必ず成功する

 釣りセット、高級よろず焼きセットG、濾過器材、調理道具、野営道具常備

 運搬の達人・着地の鉄人・ランナー・ツタ昇り名人

 武具常備(持ったことのある武具などを出せる。手を突っ込めるところからなら何処からでも)

 *天使の一言:「冒険に役立つ便利なものを贈らせていただきます」

 

「~~…………」

 

 なんともまあ、見たこともないスキル。

 しかも一つで随分と多用が出来る仕様のようだ。

 すぐに必要、というわけではないものの、あれば遠出の時は役立つものばかりだ。野営道具、というのならば、テント等もポーチにあるのだろうか、と意識してポーチを開け、手を突っ込んでみれば……固いものを掴む感触と、それを引っ張れば出てくるテント。

 

哇啊(オワ)ッ!?

 

 さすがに驚き即座に仕舞った……が、なるほど、これがあればアクセルの流儀というものの中の、金の無い冒険者は馬小屋生活、からは脱せられるだろう。

 しかし……ふむ? 調合……?

 

「ン……」

 

 流れる川を見て、素材鑑定を意識してみる。

 すると濾過器材と調合をすれば濾過水が出来ることが判明。早速濾過器材を出そうと……してみれば、コシャン、という音が頭の中に響き、ポーチ内に“濾過水”が追加されたことが何故だか理解(ワカ)った。

 

「~~~~~…………ッ!!」

 

 謎である。謎であるが、なるほど……これは便利なのだろう。

 己の五体のみで生きていかんとする意思は確かに大事だ。だが、厚意で与えてくれたものを無下にするのも持ち腐れに過ぎる。

 謝謝、と呟いて、ポーチから水を取り出す……までもなく、取り出そうとしてみれば手の中にそれはあった。

 どうやら竹筒の形をしているそれにそれの中にあるらしい水を、栓を抜いて舐めてみる。

 ……スッキリした、雑味もない……蒸留水のような……味、と言っていいのやらどうなのやら。

 

(だが……有難いッッ!)

 

 素直に水を飲み干すと、空になったソレを仕舞おうと……しただけで、手の中から竹筒が消えた。

 なるほど……便利なものだな。

 

「ふむ……」

 

 そうなると今度は腹が減ってくる。

 思えば……内臓を断たれて意識を失ってから、腹になにも入れていなかった。

 よろず焼きセットというものにも興味がある……と、なれば。

 そういえば……いつか刃牙さんが話してくれたな。Tレックスの肉は、生でも美味かった、と。

 

「フフッ……」

 

 思い出した過去に笑みをこぼし、とりあえず個数が99になるまで水の調合をしてみることにする。と、幾つ調合するかも決められるらしく、素直に99、と意識してみれば、頭の中に並ぶポーチの枠の一つが“濾過水99”で埋まった。

 ひとつ取り出してみれば、頭の中に浮かぶポーチの中の濾過水の数は98になることから、確認の意味も込めて行なった行動はどうやら目的を達成できたらしい。

 食事もそうだが、水分確保はサバイバルの基本だ。ならばありすぎて困ることなどそうそうない筈。どれほど保存が利くのかは分からんが……これでいい。

 

「……? いや───」

 

 そうか。どんな肉でも焼けるよろず焼きセットなるものがあるのなら、この川で魚を釣り、焼いてしまっても一向にかまわんわけだ。

 などと釣り竿を用意した途端、耳を劈き、大気を震わせるような振動と音が辺りに響いた。

 森の鳥が我先にと急ぐように空へと逃げていく。

 

「これはっ……!?」

 

 木々の隙間から、空に巨大な煙が昇るのが見えた。

 そう遠くはない……もし魔物の仕業であるならば、次が無いとも限らん上、狙われるのが街でないとは言い切れんッ……!

 急ぎ、走って森を抜け川を越えた。その先に───……草原にて一人倒れる少女と、離れた場所でクレーターを作るほどの、未だ煙を吐く爆発跡のようなものがあった。

 これは…………いや。今は人命を優先する!

 

君ッッ! 意識はあるかッッ!!

「ぇぁ……は、はい? あります、ありますのでそんな、自分の声で自分の体が揺れるほど叫ばないでください……」

「む……」

 

 意識はあるようだ。だが体に力が入らないのか、声もどこか頼りない。

 魔物と戦い、麻痺毒かなにかを喰らってしまったのか? その瞬間、返り討ちにはしたものの、動けなくなってしまった……と?

 ……いずれにせよこのままにはしておけぬ。

 だがわたしはまだこの世界での救護というものを知らない。

 街へ運ぶのがいいのか、動かさずにここで守護(まも)るべきなのか。

 

「すまぬッッ……! わたしにはこの場での行動が君にとって最善なのかがわからんッ……!!」

「あぁいえその……魔力が尽きて動けないだけなので、べつにどうこうしてほしいとかは───」

「魔力……」

 

 なるほど、魔力、というものが尽きると動けなくなるのか。

 人体がエネルギーという燃料を無くすとハンガーノックとなり動けなくなるのと同じようなものか。

 

 ◆ハンガーノック

 ハンガー。ハングリーなどの空腹を意味する言葉。

 ノック。ノックダウンから来る言葉。

 つまり空腹で倒れてしまうことの意味であり、その言葉以上に厄介な状態を指す。

 ただの空腹をイメージする人が多いが、ノック、とついている時点で危険である。

 エネルギー切れであるからには意識すら途切れることもあり、また、その状態になってからエネルギーを摂取したところで、それらをエネルギーに変える体力さえ尽きている場合はほぼ絶望的と言っていい。

 出来るだけ吸収に“消化力”を必要としないものの摂取を推奨する。

 14キロも要らないから砂糖水でもいいと思われる。

 炭酸抜きコーラなんて某頭の大きなウマ娘もオススメしておりますよ?

 *神冥書房刊:『オイオイオイ アニメじゃ出番ねぇわオレら』より

 

 ……ふむ。

 ならば食事などから摂取したもので、魔力になるものがあったりするのではないだろうか。

 独特の構えを取っていれば自然回復するだの、寝れば回復するだの言ってはいるが、それもエネルギーがあってこそだろう。

 ならば───

 

「ここで待っていなさい」

「え? はあ、まあどの道動けませんが……」

 

 む。確かに。そんな状態の少女……13~14あたりの少女をこのままにしておくなど危険だ。

 ならば先ほど引っ込めてしまったテントを取り出s───出した途端に組み立てられただとッッ!?

 ……中を見てみれば、ご丁寧に寝具まで用意してあった。

 どの道このままにしておくわけにもいくまい……ッ! 許可を得たのち、少女をテントの中の寝袋に納め、テントを閉じ、わたしは駆け出した。

 調合、調理、素材鑑定、これらを駆使して……魔力回復料理を作ってくれるッッ!!

 

 

  このすばァッッ!!(cv:小山力也)

 

 

 ウオオオオオオと口から絶叫が漏れた。漏れたどころではないが、漏れた。

 なんと……この世界の野菜、野草は……生きているらしい。採取しようとした途端に地面から這い出て、二足歩行で走り出したのだ。

 だが───逃しはせぬッ……! 地を蹴りすぐに追うが───速いッッ!! なんという速度ッッ!! 体が小さいこともあって、注意せねば見失ってしまうほどに…………ッ!!

 

「フンッ!!」

 

 バッと広げた服の裏地。そこに並んだクナイを抜き去り投擲。それは野草の足に突き刺さり、野草は倒れ、もがき、やがて動かなくなった。

 

「………」

 

 なんだ。なんなのだ。わたしはなにを見せられているのだ……ッッ!!

 この世界に降りた時、異種との闘いに心を震わせたことは認めよう。

 だが、まさか野草と……逃げ惑う野草に苦無を投げ、仕留めるような戦いなど……!!

 キリ……と歯噛みし、しかし気持ちを切り替える。調合・調理で必要となる素材に、あの野草は必須だったのだ。

 

「許せッ……! お前の命はしかと少女の糧にしようッ……!!」

 

 それからも───

 

「根菜……。根……菜…………? この足にも滋養効果は望めるのか……?」

 

 草自体は小さいというのに、足が大根のような太さで尚且つ走って逃げる草を採取し、

 

「……これだ。この野草に、微量ながら魔力を回復させる効果g───“丁寧に抜かねば自爆する”!? ~~~~ッッッ!! はっ……走るだけではなく爆発する薬草があるなど……! つくづくッ……!! つくづく異世界ッッ……!!」

 

 野草や茸、薬草や香草を採取していき……

 

「茸……だな。なんの変哲もない茸……なのだが。採って3秒以内に湯に浸けねば毒ガスを放射する、と……? なんなのだ……なんなのだこの世界の生き物(?)は……!!」

 

 時に効果や採取方法に唖然とするも、採取してみれば面白いものだと笑っていたりもして。

 

「釣りか…………道具として特典に付属されているが、エサなどなくとも釣れるのかどうか……───ウオッ!?」

 

 釣りは……酷かった。

 ルアー型になっているらしいそれを川に投げ入れた途端、即座にかかり、引き揚げてみれば……それに連なるように、川に居た魚が飛び魚のように川から飛び出て襲い掛かってきたのだッッ!!

 

「~~~~~~~~ッッ!!」

 

 だが即座に反応。

 襲い掛かられるより速く、殺気を察知出来たのが良かった。

 裤子(ピンイン)*1に手を突っ込めば確かにある感触を一気に引きずり出し、筒から出ている紐をシュターンと引っ張れば多節棍が一つの棍となる。それを体の振りから加速し振るい、「カァアアッッ!!」襲い掛かる魚の悉くを叩き落していく。

 先で落とせば後ろが下がる棍術は刀剣のように振ったあとの戻しが必要にならない分、体の振りさえ万全ならばとことんまでに隙というものが存在しない。

 それを存分に振るい、ドイルの体に刺さったクナイを落とした時のように、魚を叩き落としていく。

 

はいいぃいいいぃッッッ!!

 

 それが終われば最後に残身。次がないかを十分に警戒したのち、回収作業に移った。

 棍を仕舞い、首の後ろ側に手を回すと、襟部分から背に手を突っ込み、そこからズラ……と柳葉刀(りゅうようとう)を抜き出し、打たれ、気絶している魚の処理を即座に済ませる。氣を込めた震脚にて魚を浮かせ、振るった刃で魚を内臓と身で分け、処理した先から枝を切って整えた串に刺してポーチに納める。焼くのは後でいいだろう。

 

「さて次は───うん? …………んぬっ!?」

 

 鑑定で川を見つめ、もはや敵……もとい魚は居ないだろうかと警戒した矢先。鑑定が、川底に住まう存在の名称をわたしに知らせた。

 

  ロブスター

 

 ……目を疑った。ロブッ……ロブスター、とは。川に居るものなのか?

 いや…………いやいやいや。イヤイヤイヤイヤイヤ、それはない。ない、が…………この世界では、有り得るということか。

 

「……魚を倒してもレベルは上がる。野菜野草の類を討っても同じく。つくづく……フフ、退屈はさせてくれぬようだ……」

 

 ならばこの世界の流儀に従おう。強くなりたくば喰らえッッ!!

 そんなわけで何故か川底に居たロブスターなどを採り、調合し、調理し、それなりの料理を完成させた。

 テントに戻れば少女はすいよすいよと眠っていて、軽くゆすってみれば少しは回復したのか、もぞりと動いた。

 

「ああ、すいません……眠ってしまいましたか……。予想以上に寝心地がよかったもので……」

「かまわん。それより食事と薬を用意した。食べられるか?」

「食事……!? え……いいのですかいただきます!」

「………」

 

 いいのですかと訊いてきた割に、否定も許さぬ追撃でいただきますを言われてしまった。

 まあ、いい。どうせ食べさせるために作ったものだ、残されても困る。

 そうして、ひどくだるそうに寝袋から這い出て来た少女に、作ってすぐにポーチに収納した食事を取り出し、目の前に出した。

 少女にとって、それをどうやって出したのかなど、目の前の食事の前には些細なことだったのだろう。驚いた様子を見せたものの、即座に「食べていいのですか食べていいのですねいただきますよいただきます!」と流れるような言葉ののちに食事を始めた。

 

「うまくはないぞ」

 

 かつてドイルに振る舞った時のように言ってはみたが、物凄い食いっぷりだ。

 先ほどまでのけだるげな様子は何処へ行ったのか……フッと笑ってしまうが、どうにも他人の世話を焼いてしまうのは性分らしい。

 しかしその笑いが彼女の羞恥心に触れたのか、ぴたりと止まっては口の中のものを嚥下。こちらをちらりと見て……

 

「……おいしいです」

 

 と言った。

 ドイルの時のように“え”と声を漏らすことはしない。代わりに、「豪快に食って貰えるほうが嬉しいものだ。遠慮はいらん」と返すと、少女は表情を綻ばせて食事を再開させた。

 

「………」

 

 冒険者、か。

 この世界では、このような幼少の頃から命のやり取りを始めるのだな。

 ……いや。この世界にはこの世界の流儀がある。わたしの常識などこの世界の住人にとってはなんの価値もないだろう。

 

(どれ、わたしも食事にするとしよう)

 

 この世界の食材や素材が、人体にどういった影響を及ぼすのか。それについてを調合の説明についてのものでしか理解出来ていない。

 だが、理解(ワカ)ったことの中から応用を見つけ、広げていくことこそ学ぶ者の務めだ。

 調合で完成したスパイスなども使用(つかわ)せてもらった。結果、野草臭かった食事も香りの良いものになった。

 

(しかし、不思議なものだな)

 

 仕舞っておいた食事をポーチから取り出すと、仕舞った瞬間から時間が止まっていたかのように、熱い湯気を放つ。

 なるほど、ポーチに入れた瞬間、その道具や素材などといったものの時間は止まるらしい。

 早速枝を削って作った箸で食事を始めてみれば、そこらで見つけたもので作ったにしては美味、と感じる食事。いや……噛み締めれば噛み締めるほど味が深くなっていく気さえする。

 これは…………ウマい。

 

「おっと」

 

 香草のスープを飲んだところで思い出した。

 そういえば焼き魚にするために、魚も獲ってきたのだ。

 この世界の魚は……攻撃的だった。一尾釣れたと思うや、水中から飛びついて襲い掛かってくるのだから。

 咄嗟に棒術にて全て叩き落したわたしの判断は間違っていないだろう。

 

「では───フッッ……!!」

 

 ポーチから高級よろず焼きセットを取り出し、地面に置く。───と、仕掛けが発動して串を置く部分が自動で開き、ボッと火が灯った。

 少々驚いたものの、魚を仕込むために屈んだ腰が、いつの間にそこにあったのか、小さな椅子に納まる。

 便利……なるほど、便利だ。

 

(……すまぬッッ)

 

 心の中で、あれほど受け取ったくださいと言っていたのに何度も断ってしまった天使に謝罪する。

 確かにこれは便利な上、鍛錬などの邪魔になるわけでもない。

 なるほど……こういう選び方は想定していなかった。バキさんがピクルに対して鞭打を放った時もそうだが……わたしもまだまだ考え方が浅い。

 その手があったかと思うことなど山ほどある。

 

「ウオッ!?」

「!? な、なんなのですかこの音は!」

 

 しかし急に謎の音楽が流れ始めた時は、さすがに驚いた。

 

  ベッポッベッポッ♪

 

  テントコトコテト・テントコトコテト♪

 

  テレレンテレレンテレレントロロン・ルェントンテントンテンッ♪

 

 謎の音楽が流れる……いったい…………? と警戒していたわたしの背に、なにかが語り掛けてきた気がした。

 トン、と背を押されたのだ。

 まるで、料理の師に「それっ、今だぞ永周っ」と合図を貰ったように。

 

()ァッッ!!

 

 勢いよく腕を掲げ、火から魚を逃がす。

 すると、褒められたように背が温かくなる。

 まるで「上手に焼けましたー!」と調理補佐に喜ばれた時のように。

 

「………………」

 

 見上げれば、じゅわぁと熱々の脂をとろりと滴らせるこんがりと焼けた魚。

 腕を下ろして胸の前まで持ってきてみれば、今まで感じたこともないほどの芳醇な香りを放つ焼き魚がそこにあった。

 思わず喉が鳴る。ごくり、と大きな音が。それは向かいに座る少女もそうだったようで、ぼーっとした顔でこの焼き魚を見ている。

 

「……食うか?」

 

 思わずフッ……と笑みがこぼれ、差し出してみた、ら、さっと取られたと思えばもうかぶりついて「ふぉおおおおおおおっ!? この味はぁあああっ!!」……忙しい娘だ。

 しかしこうまで心惹かれる反応をされては、自分も食べたくなるというもの。続いて二尾三尾と焼いていくと、おかわりを差し出したり自分も食べt「~~~~~~ッッッ!?」……感動した。たかが焼き魚……されど焼き魚ッッ!! スパイスを振った焼き魚のなんと美味なことか…………ッッ!!

 噛めば噛むほど味と脂が染み出て、魚の骨を出汁に使った吸い物は味覚の奥をゆるやかにほぐすように体を温めてくれる。

 原始的ではあるのだろう。だが、だからこそのこの身が喜ぶこの味なのだ。

 “生きている”、というのは、体にものを入れていくことだと日本の美食家が言っていたと聞いたことがある。ナルホドォ~~~ッ……と思わずにおれぬ。

 

(…………この一食に、感謝を)

 

 ハモ…………パキ……パリ…………モグ、モニュ……。

 スズ……ゴッ……ゴクッ…………シュルッ……モゴ……モニュ……ゴキュ、キュ……。

 

「ほわあああ……! なんでも焼けば食べられると、焼くことでしか食べなかったしばらくの食事事情が塗り替えられていきます……!」

 

 パリッと焼けた魚の皮を()み、咀嚼し、熱々の汁物をすするようにシュル……と口に含んでは、ゴクゴキュと喉を鳴らし嚥下する。

 味覚を刺激するものは喜びの味ばかり。これは……美味い。

 

「ふむっ……はぐ、んっ……はふっ、はふっ……んくっ、んひゅっ……はひゅっ、はうわふっ……! ……ん~っ! 美味しいですー!」

 

 大変好評らしく、わたしの頬も思わず緩む。そんな緩みを目ざとく見つめる少女の視線に、やはり顔を背けつつも顔に熱がこもるのを感じた。

 そうこうしている内に用意した素材の全てを見事完食し、おかわりまで要求した少女は満足そうにしていた。つまり、ここに心が温まる食事は終了した。

 そうしてからは少女を寝かせようと思ったが、少女はパーティーでもないのにこれ以上世話になるわけには、と遠慮した。

 遠慮、したのだが……立ち上がっても未だにフラフラしているその姿を見れば、安心など出来るはずもなく。

 あのクレーターを作ったのがこの少女だとしても、奥の手である可能性が高い。もしくはあれしか出来ぬか、という可能性。

 事態というものは常に“有り得ない”から辿った方が近い、とはよく言ったものだ。

 奥の手とするならば何度でも撃てるとは考えない方がいい。恐らく撃てて1・2発……否、奥の手を数度撃てると考えるというのがおかしいのだ。奥の手とは常に一度。同じ相手には通用せぬと考えるべきッ!

 そして存在と存在の交信がある限り、初めて出会う闘者であろうと知っている可能性があるのが奥の手というもの。何処に目があり耳があるのかなど誰にも分からぬのであれば、奥の手とは真に奥の手であるべきで───……いや、今はそういうことを言っているのではなく。

 

「はー……それにしても本当に助かりました」

「かまわん。だが少女よ。君は今、満足に動けるか?」

「いえ、正直魔力が回復しきっていないので、動けるようになるまではまだまだかかりそうです」

「そうか。寝るのを拒むのは一向にかまわんが……街まで連れていくことくらいならしてやれる。どうだろう」

「………………」

「?」

 

 提案をしてみれば、ぽかーんとした表情でわたしを見る少女。

 しかしクスッ……と笑うと、

 

「なんというか、硬い表情の割にはやさしいんですね」

 

 と言ってきた。

 ……顔に熱が集まるのを感じた。

 

「~……どうするんだッ

 

 それが照れであると自覚しながら返し、顔の熱を振るうようにそっぽを向く。

 武に関して褒められることはあっても、それ以外で褒められることにはどうにも慣れていない。

 これも、闘者としての……弊害、といっていいのかどうか。

 

「いえ、お願いします。自分で来ておいてなんですけど、今の状態で街に戻るのは大変つらい上に、魔物と遭遇しても勝てる未来が見えません。食事まで頂いておいてあれですけど、是非」

「…………承った」

 

 頷けば後は速い。テントなどの、出したものをポーチへ収納す「ウオッッ!?」……片付けよう、とした途端にポーチへとジュルリと納まった。

 便利……なのだが、無知のままでは恐ろしいものだな……異世界の道具、というものは。

 少女がいやに赤い目を輝かせ、どうやったのかを訊いてきたが……それよりも、と安全確保を盾に追及を躱し、彼女を背負った。

 ……随分と軽い。ドイルの半分以下……そもそもきちんと食事を摂っているいるのかさえ怪しい体形だ。

 失礼のないように冒険者という体で年齢を訊いたが、まだ13だという。

 13。ふむ……13で戦の道に歩を進める、か。まあ……その歳ならばべつにおかしくはない、か……。(拳法家脳)

 

「あまりじっとしていても日が暮れる。少々急ぐぞ」

「いえまあ、連れていってもらう状況で文句は言いませんけど、べつに特別急がなくても───ぉぅぉっひゅ!?」

 

 そして走る。

 子供というのは免疫力抵抗力の弱い生き物だ。

 それがこんな森の傍、魔物が居るような場で倒れていたのであれば、急いで家か宿に戻り、寝かせてやるべきだろう。

 病気になってからでは遅い! ならば? ならば───急ぐのみっ!

 

「ふ、ふおっ、ほわぁあああっ!? 速っ……え!? 人ってこんなに速く走れr───ってあのっ、そっちは川が!」

「問題ない!! 15メートルまでなら!!」

 

 川の幅はあの時のものより狭く、背負う少女はドイルより軽い!

 ならばなんの問題もない!

 

「え、え? えぇえっ……えぇええええええっ!? 走っ……渡って……川の上ですよ!? 川ぁわぇぇおぇあぇぁあああっ!? 揺れますっ! 揺れまごこっ!? あ゙ーーーっ!! イッタイ舌がぁああーっ!!

 

 走るッ! 渡るッ!! 川に住む魚が襲い掛かってこようが問題はない! 逆にいい足場となるッッ!!

 

「フンッ!!」

 

 やがて反対側に辿り着くと、呼吸を整え地を蹴り走る!

 ……なにやら肩越しの背後から赤い光が眩しいが、背にあるのは少女のみ。

 そういえば先ほども目が光っていたなと思いつつ、体質的なものだろうと気にすることもなく走った。

 森を駆ける中、魔物が襲い掛かってくれば高い位置の枝へと分銅を飛ばし樹の上へと飛び上がり、枝を蹴っては先を急ぎ───

 

「あの高さを縄だけで飛び上がりますか!? な……なんなのですか、なんなのですかあなたは!」

 

 少女が大変興奮した声調で騒ぎ、背後の赤い光がいっそうやかましくなるが、それでも急ぎ───

 

「あっ……しょ、初心者殺しです! 逃げてください! 私を背負った状態でアレと、しかも素手で向き合うなど自殺行為dえぇえええええええっ!?」

 

 途中、ネコ科の動物……牙が突き出た雌の虎のようなものを正面から打突し、打ち下す。

 足では勝てぬと判断すれば、足を止めてでも対処せねば生き残れん。

 噛みつこうと口を開き、打突点が高い位置に上がる前に殴り、衝撃を下半身へと徹す。するとその魔物の下半身にこそ衝撃は走り、足の骨が砕けたのかその場で崩れ落ち、もがき苦しみ出す。

 

「襲い掛かってきたことを不運に思え」

 

 トドメを刺すには相手が頑丈すぎるだろう。見下ろすそれの後頭部に手刀を落とし、せめて今は気絶させた。

 そして走る。走って、襲われて、対処し、森を抜け、襲われ、クナイを投げまくり対処し、また走る。

 面白いもので、一度投げてしまった苦無も再び服を広げてみれば、いつの間にか服に仕込まれていた。

 それを存分に利用させてもらい、離れた位置に居る魔物はそれを投擲することで対処。動きが速く体の小さい魔物は棍で対処、やわらかそうな生き物は柳葉刀で切り刻み、対処した。

 

「あの………………職業はソードマスターかなにか、ですよね?」

「プリーストだ」

「はあ、プリースtあの嘘ですよね?

「プリーストだ。厳密に言えばアークプリーストだが」

「………」

「………」

 

 以降、言葉は紡がれなかった。

 不思議に思い、チラリと肩越しに覗き見れば、目を半眼に、口をHの字にした少女の顔がそこにあった。

 

「プリーストも近接攻撃を極める時代ですか……。拳に爆裂魔法の魔力を込めた、爆裂拳、などどうでしょう……」

 

 紡がれなかったが、ぶつぶつと何事かを呟いてはいたようだった。

 こうして街に着いてからはひとまず噴水前の段差に彼女を座らせ、ギルドに行っては達成報酬を得、動かずに待っていた彼女に半分を持たせる。

 

「え? あの……」

「持っていきなさい。これからの君が強く在れるための軍資金だ。そして強く成長し、どうしても気になるようであれば返しにきなさい。それは、君が強くなった証になる」

「…………ほう。現在の私が弱く見えると、あなたはそう言いたいのですね? いいでしょう乗ってやりますよその挑発! お金が出来ればすぐにでも叩き返してやりましょう!」

「………」

 

 フッ……と笑い、もはや心配は要らんか、と背を向け去「待ってくださいどこへ行こうと言うのですか! ちゃんと最後まで運搬の使命を全うしてください!」…………ることは出来なかった。

 なんて奴ッッ……!! 寂海王氏の在り方に驚いたいつかのように内心で驚きつつも、なるほど、どこへ運ぶかまでは詳しく言わなかったわたしだ。街まで、と言いはしたが街の何処までとも言ってはいない。

 若干の気まずさと呆れを抱きつつも嘆息し、彼女を背負い街の景色を歩きだした。

 

 

 

*1
中国語でズボン、またはパンツのこと




 なしてこげな良かキャラ殺してしまったん……?
 と思いつつ、頭に浮かぶものが無い限りは続きません。


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